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2008,01,15, Tuesday
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皆さん、こんばんは。今日は朝8時半から東京ご出張前のK角さんが試聴に来て下さってから暮れにオリジナルオートグラフを仮納品させて頂いたI瀬さんとの2階への搬入の打合せまで、かなり色々と案件の多い一日でありました。K角さんはメインシステムをデジタルアンプ中心に構築されていらっしゃるそうで「球アンプというものを一度聴きたくて」ということでお越しになりました。
デジタルアンプと真空管アンプ・・・この違いをどのように言葉に託して良いのか良く分かりません。増幅回路(方式)の違いだけとは到底言えない根本的な差異を感じることは事実です。勿論私が真空管アンプ屋だから真空管アンプが優れていてデジタルアンプが劣っている、とは決して申しません。いつも言うようにオーディオは優劣で括れるものでなく最終的には嗜好の世界ですから。 デジタルアンプの良さを言うとすればその音の「速さ」ということになるでしょうか。スカッとした抜けの良さとワイドレンジな聴感がお好きという方も多いことでしょう。K角さんはディナウディオのSPと組まれているそうです。 一方、対比的にみて真空管アンプの表現は倍音感の適切さや、音の湿度感,温度感や階調的表現(ニュアンス),あと根本的なエネルギーバランスにおいて私にはより生の楽器の出音の再現性に優れていると感じています。敢えて言うと球アンプの方が「らしく」聴かせてくれるというかCD一枚聴いた時の満足度が全然違う気がします。この「包まれる」ような感覚は半導体アンプやデジタルアンプではなかなか得られません。 これらを纏めて「響きの良さ」という事に約言できるかと思うのですが、ここが大いなる誤解の根源でもあって響きが良い=モワモワ、という誤った理解を生んできた事も事実です。今でも試聴が終わって帰られる時に「真空管アンプってもっと昔の蓄音機みたいな音がするのかと思ってました」とか言われて「ああ、そういう誤解があるんだなあ」と気付かされることがあるのですが、少なくとも私どもの場合はその出音に回顧的なものは全く求めていません。寧ろCDの時代になってから失われたと言われる音の潤いやしなやかさを復元させ、音に澄み切った透明感を与える事こそが真空管アンプの最大のレゾンデートルではないかと常々思っているのです。 そういえば以前試聴室にデジタルアンプを持ち込まれて球アンプと比較して聴いてみたいと仰る方と大論争になったことがありました。どうでしょう・・・もう2年以上前のことでしょうか。その方は「僕はソースに含まれている情報そのものを細大漏らさず聴きとりたいからデジタルアンプを使っています。ファーストヴァイオリンがどんな表情で弾いているか、セカンドはどんなタッチか、ヴィオラは・・・チェロは・・・そして管が、と出来れば全ての楽器が個別に聴こえるような聴き方をしたいのです」と言われて単純,激情のA型気質の私は「それは違うんじゃないですか」と申し上げたことがきっかけで「朝まで生テレビ」以上の激論が試聴室で交わされたのは記憶に新しいところです。 この方のように音楽を分解したように聴きたい気持ちが分からないではありません。アンプでも音を聴いて直ぐにその個性を回路的なものと結び付けたがる人も沢山います。「ああNFBがしっかりかかっているから制動力がありますねえ」とか「おお直結アンプだけあって音がハイスピードですねえ」・・・違うって! この比喩が正鵠を得ているかどうかが議論となるかもしれませんが、料理を食して美味しいな、と思ったとき「これはコンソメを使って更に隠し味で岩塩をひとつまみ加えているからに違いない」などと分析的に味わいますか?そうじゃないでしょう。料理全体を、もっと言えば器やテーブルセッティングの美しさを含めた料理総体として「美味しい!」と感じるのではないでしょうか。私はそうです。 また例えばオーケストラの演奏家は自分の楽器を個別的に聴かせようと思っているでしょうか。私は違うと思います。あくまで想像ですが敢えて自分の楽器の音を押し殺すよう鳴らす事で音楽全体のニュアンスを作ることも絶対あると思いますし、料理と同じでハーモナイズした音楽全体,音楽そのものを聴いて欲しいと思いながら演奏されているのではないかと素人なりに思っています。隠し味が分かってしまうようでは、それこそ隠し味になっていないでしょう。音楽もオーディオもそんな単純なものとは思いません。 今日最後にいらしたI瀬さんはオリジナルオートグラフをこれから大切に使っていかれる訳ですが一方SPやアンプの自作にも大変積極的で今日はWoody34-SとEBDを試聴され予約されてお帰りになりました。EBDとオートグラフ・・・価格差でいえば150倍以上です。でもI瀬さんはそれを分析的にどちらがどう優れているなんて聴き方は全然されていません。両方の個性を把握し、両方の良いところをしっかり理解して両方の本分をしっかり引き出す・・・こういう使い方の出来る人です。物事に理由付けを求めるのではなく鷹揚に物事を広く受け止めるようなマインドで音楽に接することで、細分化した聴き方では決して見えてこない音楽そのものの姿,魅力が浮き彫りにされてくるような気がします。知ろうとすればするほど離れていくものもあるのです。新聞紙を虫眼鏡で覗いて黒い点が幾つあるか知るよりも離れて見ることで初めてそこに現われる絵そのものを理解することが大切でしょう。真空管アンプとはそういうものです。 |