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振れ幅を楽しむ
 皆さん、こんばんは。今日も暑かったですね。いかがお過ごしでしょうか。今日とてもショックな出来事が・・・。先日WE10D(1920年代のマグネチックSP)を買ったと報告申し上げましたが、荷主であるロス在住の友人から輸送途中のトラブルで今日品物が戻ってきた、と連絡があったのです。混載のコンテナの中で荷崩れが起こり10Dの入った箱そのものが潰れてしまった模様。折角VeryGoodコンディションの10Dが手に入る!と喜んでいたのに残念無念です。また時間を掛けて探せば良いようなものですが今回失われた10Dは二度と使われる事はない訳ですし、今から80年以上前の・・・云わば文化遺産のようなものですので単に壊れた、捨てたという問題ではないような気がします。この手のモノは所有するというよりも一時預かる的な感覚で使う必要があると常々思っています。皆さんの中でもWEのアンプやSPを使っている方もおられると思いますが、単なる耐久消費財を超えた価値があることを再認識いただき大切に使って頂きたいと思います。

 よく「このハイファイの時代にWEのアンプやSPがもてはやされるのでしょうか。単なる骨董趣味にしか思えませんが」というようなご質問を頂きます。これには使う人それぞれの回答があると思いますが、私の場合は自分の嗜好の揺らぎを楽しんでいるようなところが多々あります。何でもそうですが、どんなに優れているものや気に入っているものでも食傷気味になることがあります。幾ら麺好きでも毎日同じパスタばかり食べていてはきっと飽きるでしょうし食べる感動も薄らぐに違いありませんし、Tシャツを着慣れているからこそシルクの肌触りの素晴らしさも分かろうというもの。私はオートグラフで聴く音楽を勿論愛していますし充分に満足している訳ですが、時々WEやALTECのフルレンジを聴くことでその素晴らしさを再認識すると共に改めてオートグラフの魅力に気付く・・・その行ったり来たりを楽しんでいるところが多々あるのです。

 つい先日、ショールームにWE755Aが来ました。東京のK林さんが貸して下さったものですが、そのお知らせをこの日記でして以来、多くの方がこの名器の音を体験しにいらっしゃいました。その方々の多くが非常に大掛かりなシステムをお持ちであったり、現代のハイエンドシステム愛好家の方でいらっしゃった訳ですが一様に755Aの音を聴いて「なんて自然なんでしょう」,「これ以上何が要りましょう」と口々に仰います。勿論立派な自分のリファレンスシステムを持たれたうえで時々755Aの音も楽しみたい、というのは非常に贅沢なお話ですが、必ずしも大規模であったり高価であったり最新鋭であったからと言ってオーディオというのは一つで全てを網羅出来る訳ではないという裏付けでもあります。

 かの五味康祐氏はこう言いました。「あのほそい針先で、そのフォルテを拾おうというのもどだい無理な話である」と。この短い文章にオーディオの深遠さが全て集約されているような気がしてなりません。完全でないからこその美、とでも言いましょうか。オーディオという趣味はある意味箱庭的です。強いていえば盆栽に似ているかもしれません。何百年も風雪に耐えてきた巨木の佇まいを一つの鉢の上で再現しようという感覚。茶室の美学にも通じるような日本人ならではの色即是空の小宇宙。私が10Dや755Aにシンパシーを感じるには、こういう削ぎ落とされた美意識とも大いに関係がありそうです。

 皆さんのなかにも「やはりフルレンジSPでは低域や高域の再生に限界があるでしょうか」というご相談を頂くこともしばしばです。結論から言えばその通り・・・もっと言えば当たり前の話です。でも低域がズドーンと鳴って高域がチンチンいうのが優れたオーディオでない事はオーディオを長くやってきた人ほどよくご存じの筈。むしろ或る抑制された(制限された)なかで如何に良い音楽を楽しむか、というテーマにこそオーディオファンの業(ごう)と魅力があるに違いありません。
 何百万のシステムでも味わえないハッとするほどの感動や鮮度を時に聴かせるフルレンジ。この振れ幅を大いに楽しむことこそがオーディオという素晴らしい趣味を長く楽しむ大きな秘訣ということにもなるでしょう。つまりオーディオにおける「最高」は決して一つではないということです。高いものが優れている、新しいものが優れている・・・そんな教条的で堅苦しいオーディオでなく「これも最高」という開かれた気持ちで楽しめるオーディオマインドが早く戻って来て欲しいものです。その為に私どもも早く同軸10インチ2ウェイを完成させて、次のテーマである8インチフルレンジに挑戦したいと思っています。
 今日は私の手許からスルッとすり抜けて行ってしまった10Dの音に思いを馳せながらそんな事を考えていました。

 明日は朝5時半に家を出て佐藤氏と一緒に大阪へ据付に出かけます。市内でも屈指の高級中華のVIP用個室でタンノイDC8-Tを中核としたシステムがどう鳴るか、とても楽しみ。そして会社に戻る頃には試聴室にソナス・ファベールのミニマクレモナの試聴機が我々を待っていることでしょう。新たなリファレンスSPとして導入するか否かを真剣に検討したいと思っています。これも私たちの新たな本命の"振れ幅"の一つという事になるかもしれません。

 



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