ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

季節の便り(2008.3.15)

昨日の雨とは打って変わって、今日は雲ひとつない快晴となった。気温も上がり初春を思わせる暖かさとなった。我が家の庭木も春の息吹を感じて動き出している。
最初に我が家に春を告げるのはサンシーである。可憐な黄色い花を枝一面につけて、今を盛りと満開である。

眼を地面に向けると、立性のローズマリーがこれも可憐なブルーの花を咲かせている。同じローズマリーでも匍匐性のものはまだ蕾みもつけていない。

もう少しで花を咲かすぞと準備しているのが、我が家でも一番派手な花を咲かす海棠である。海棠が花を咲かすと、庭がぱっと明るくなる。

春はまだまだだと、ゆっくり構えているのが、ハナミズキでつぼみも固い。蕾さえもつけていないのがエゴノキである。この木が白い花を咲かせると、我が家の春は終わる。

それ以外にもハナズオウとか花桃の木、木蓮なども着々と春の準備を進めている。






「In a Mellow Tone」と「Zoot Sims Recorded Live At E.J.'s」(2008.3.16)

ズート・シムズのディスコグラフィーをチェックしていたら、「Zoot Sims Recorded Live At E.J.'s」というCDが2003年にStoryvilleより発売されていた。これは何だろうと思って調べたら、どうも1996年にLive at E.J.'sより発売された「In a Mellow Tone」と同じであることが分かった。単なる再発CDかと思ったが疑問もあるのでもう少し中身を見てみた。
演奏者:ZOOT SIMZ(ts,ss) YANCY KOROSI(p) DEWEY SAMPSON(b) JAMES MARTIN(ds) RICK BELL(ts)
録音場所と日:Live At E.J.'s Atlanta , Aug 9.1981
ここまでは同じである。しかし収録されている曲目数が異なる。「In a Mellow Tone」は2枚のCDで構成され、「Zoot Sims Recorded Live At E.J.'s」は1枚で構成されている。
Disk 1
1. Groovin' High(8) 2. Emily 3. All the Things You Are 4. Take the "A" Train(9) 5. Lester Leaps In(10) 6. Girl from Ipanema
Disk 2
1. That Old Devil Called Love(1) 2. Jitterbug Waltz(2) 3. Softly, As in a Morning Sunrise(3) 4. Over the Rainbow(4) 5. In a Mellow Tone(5) 6. I Got It Bad (And That Ain't Good)(6) 7. Caravan(7)
曲の後のカッコ内の数字が1枚のCDの曲順であり、3曲少なくなっている。通常は後から出すCDの方が完全盤というのが多いのにここでは逆になっている。曲そのものの内容であるが、ぼくは「In a Mellow Tone」を持っていないので、両者の演奏時間を比較してみると、2〜3秒しか異なっておらず、同じ演奏と思われる。レーベルもLive at E.J.'sよりStoryvilleに変更されている。これは何かあるなと思って、アマゾンJPで調べてみると「In a Mellow Tone」は入手不可となっており、中古品が9千円以上の高値をつけている。アマゾンUSAでは入手不可となっている。そこで「Zoot Sims Recorded Live At E.J.'s」は無視するのではなく、「In a Mellow Tone」のあとに注釈付きでディスコグラフィーに残すこととした。

「Zoot Sims Recorded Live At E.J.'s」の演奏であるが、ズート・シムズは1925年の生まれで、1985年に60歳で亡くなっている。1981年の演奏ということは56歳の時の演奏ということになる。曲目的にはオールスタンダードであるが、スートは期待を裏切らないズート節を聞かせてくれる。さらに当日バックで演奏したのがヤンシー・キョロシーのピアノ・トリオとあって、いつものゆったりとしたズートが、心なしかきりっとしているようにも思える。

ヤンシー・キョロシーは1926年生まれの、ルーマニア出身のピアニストで、その名前も色々な綴り方がある。(Yancey Korosi , Jansci Korossy , Janos Krossy , Ianci korossy)60年ごろからプラハ、ワルシャワ、ブタペストなどで活躍し、その後ドイツに亡命した。さらに新天地を求めて渡米。近年祖国に帰って録音もしている。彼の録音したアルバムはそんなに多くなく、特に東欧で録音されたものはなかなか入手が困難である。分かる範囲で彼のアルバムを挙げておく。
・Jazz Recital(Supraphon)1960
・It's Midnight(Hungaroton)1964
Artist ; Janos Korossy and Dezso Lakatos
Recording Date ; Nov 24, 1964-Nov 26, 1964
・Jansci Korossy No1(Electrecord)1965(ジャケットなし)
・Seria"Jazz Restitutio"(Electrecord)1967-68
・IDENTIFICATION(MPS)1969
1.オール・ザ・シングス・ユー・アー 2.バイ・バイ・ブラックバード 3.ソロウ 4.星影のステラ 5.アイデンティフィケーション 6.捧ぐるは愛のみ 7.アイム・オン・マイ・ウェイ 8.サヴォイでストンプ
・Jancsi Korossy plays his own composition(Supraphon SUK35022 )
1. Fly to Erroll 2. Broody Brothers 3. Pakistan Cornet 4. Garai-blues
・Melodies De Paris(Hungaroton)



上記以外に
・GREAT JAZZ PIANO(ELECTRECORD)
というオムニバス盤を挙げておく。これはELECTRECORDでの極めつけの名演を15曲チョイスした編集物。
1.PRELUDE - improvisation 2. LA HORA 3. A NIGHT IN TUNISIA 4. BLUES FOR GARAY 5. BROADWAY 6. BUT NOT FOR ME 7. FIRE, FIRE! 8. IN A HURRY 9. SORROW 10. HORA DE LA VIZIRU a.k.a."Indentification"~Theme 11. EMILY 12. LESTER LEAPS IN 13. THAT OLD DEVIL CALLED LOVE 14. THE JITTERBUG WALTZ 15. I GOT IT BAD AND THAT AIN'T GOOD





旅立ちに寄せて(2008.3.17)

「旅立ち」

大勢の人達に祝福されて
若い二人が大海原に旅立とうとしています
運命をたくしたこの船の
羅針盤はあるのでしょうか
この船に乗せた荷物はなんでしょうか

この船の航路を示す
羅針盤はあなたです
二人がたくした荷物は
夢と希望と愛です
処女航海の準備はできました

航海の心地よい季節風のあとで
行く手に待ち受ける
船を襲う激しい嵐にも
二人で力を合わせて
立ち向かうと決心しました

夢が実現すると信じて
勇気がみなぎると信じて
恐れに打ち勝つと信じて
智恵があると信じて
愛があると信じて

若い二人がくじけそうになったら
励まして勇気を与えてください
航路を示す標となってください
帰港する港で歓迎してください
それが私の願いです
(若い二人の旅立ちのために、生(しょう)野(の)恭(きよし))





農ライフ基礎講座(野菜栽培の基礎)(2008.3.18)

昨日から農ライフの基礎講座が始まった。講師は元猿投農林高等学校の梅村先生である。60の手習いとはよく言ったもので、この歳からまた新しく勉強が出来るなんてと思うと、わくわくとしてくる。
昨日の講義は、野菜栽培の基礎ということで、先生も70歳を超えておられるそうだが、今日のために自らレジメを作成してこられた。その熱意には負けられない思いである。副読本として「農業の基礎、農山漁村文化協会」が使われる。この本は高校の教科書としても使われているようである。講義は9時から12時まで途中10分間の休憩を1回挟んで行われた。
講義の内容について簡単に紹介する。

図6に示したのが、栽培植物の生活史(模式図)であるが、種子が発芽し、栄養成長をして、花芽分化の後生殖成長をして、種子を形成するということを繰り返す中で、土壌を含めた環境とどう係わりあっているかの基本を理解することから始まる。
例えば種子の発芽の環境を考えると、好光性種子(多くの雑草、レタス、ミツバシソ、ゴボウなど)と嫌光性種子(ダイコン、スイカ、キュウリなど)があり、それぞれに発芽しやすい適温がある。これを理解して環境を準備しないと上手く発芽しない。また花芽の形成には、長日植物と短日植物があり、白菜などのあぶら菜科の植物は多くが長日植物であり、日が長くなると花が咲く。菊などは短日植物であり、その開花を調整するために電照菊栽培が行われている。栽培環境の中では何といっても土作りが大切であるが、土壌には3相(固相、液相、気相)があり、これを適正にするには有機物の活用が大切である。
と、今まで経験的に行ってきたことに対して、体系的に着眼点とデータを提供してもらい大いに頭の整理になる。それもかなり実践的な話を交えていただいた。
レタスは低温発芽性の種子であるが、秋に収穫するものは8月の末に種子をまく。いきなり蒔くと高温のために種子が休眠してしまう。それを防ぐためには一晩水につけて発芽を促し、起こしてしまう。そうすると種子が蒔きにくくなるので道具を工夫する。
あまり偉そうに書くと成果を問われそうだ!





比喩の力(2008.3.19)

初めてチャップマン訳ホーマーを
のぞき見て(ジョン・キーツ)


これまで多くの旅で黄金郷をたずね、
 またもろもろの美しい国や王土を見てきたし、
 詩人たちがうやうやしくアポロに捧げる
西方の島々もわたしはめぐり歩いてきた。
かつての額の秀でたホーマーが支配したところ
 一つの広大な領土のことをよく耳にしたが
 その清澄な大気に触れたことがなかった、
チャップマンが思いきって高らかに語るのを聴くまでは。
そのときわたしは新しい惑星が突如視界に入ってきたのを
目にした天体観測者のような思いがした、
あるいはまた鷲のような眼で睨んだ
 あの勇猛なコルテスにもひとしかったー部下たちは
ことごとく盛んな憶測で眼と眼を見交わしてー
 無言のまま、ダーリエンの岬の上で。
(安藤一郎訳)
(注)
 ・チャップマン訳:エリザベス朝の詩人、劇作家ジョージ・チャップマンの翻訳によるホメロスの「オデュセイアー」を友人カウデンと共に初めて読んだキーツは、それまでポウプ訳しか知らなかったので、これでギリシアの世界に開眼されたのである。
 ・コルテス:フェルナンド・コルテスはスペイン人でメキシコ沿岸から内陸へ侵攻、アズテック族を制圧、その後カリフォルニア半島を発見した。キーツは、これを太平洋を発見したヴァスコ・ヌーニェス・デ・バルボアと混同している。
 ・ダーリエン:パナマ地峡にある一つの大きな岬。スペイン人のインカ王国侵略の根拠地となった。

以上 豪華版 世界文学全集―38「世界詩集」 講談社 1976年、
より長々と引用しましたが、何かに感動した時に、感激のあまりしばらくは言葉も出なくなり、そのあとで自分の気持ちを言葉で、誰かに語りたくなるという経験は、誰にでもあることだと思います。キーツも20歳の時に、チャップマン訳のホメロスの「オデュセイアー」を読んで、しばらくは言葉も出ないほどに感動したのでしょう。普通の人ならば、「わたしも色々経験したけれど、あれは良いよ!しばらくは言葉も出なかったよ」で終わってしまうところを、巧みに比喩を用いて一編の詩に纏め上げているのです。最初の4行で自分の今までの詩人としての経験を、次の4行でホメロスの詩のことを、そして最後の6行でその感動を。これをキーツの壮大な技巧と思うのではなく、キーツはこういう風に表現せざるを得なかった、と思うとキーツの感動が伝わってくるのではないでしょうか。





ホメロスのイリアスとオデュッセイア(2008.3.20)

ぼくはキーツの詩を読んだことがきっかけで(単純!)、紀元前800年頃のギリシアの盲目の吟遊詩人ホメロスの作と伝えられる、長編叙事詩「イリアス」と「オデュッセイア」を読むことにしたのだ。日本では長編叙事詩という風に紹介されているが、「イリアス」で言えば、岩波文庫2冊にも相当する長大な英雄の物語である。日本の平家物語のスケールを大きくしたようなものである。「オデュッセイア」も同じような長さである。

「イリアス」の物語の内容は、ギリシアとトロイアの戦争における英雄たちの活躍を描いたもので、岩波のキャッチコピーを引用すれば、上巻は「トロイア戦争の末期、物語はギリシア軍第一の勇将アキレウスと王アガメムノンの、火を吐くような舌戦に始まる。激情家で心優しいアキレウス、その親友パトクロス、トロイアの大将ヘクトルら、勇士たちの騎士道的な戦いと死を描く大英雄叙事詩」とあり、下巻では「勇将アキレウスを欠き苦戦するギリシア軍。アキレウスの武具を借りて一時はトロイア軍を敗走させたパトクロスも敵将ヘクトルに討たれる。死を覚悟して復讐戦に立ち上がるアキレウス」とある。この物語は「トロイ」という題名の映画でご存知の方も多いと思う。最も映画ではトロイアの滅亡までを描いているが、「イリアス」ではヘクトルの遺体引取りまでで終了している。
この物語のエピソードとして、アキレウスが自分の踵に矢を受けて、それが致命傷となって死ぬことから、アキレス腱という名で呼ばれるようになった。トロイアを発見したシュリーマンは、この「イリアス」の物語を読んでトロイアが架空の物語ではなく、実在すると確信し、発見につなげたのである。

「オデュッセイア」の物語は、「イリアス」の続編ともいう性格のもので、これも集英社のキャッチコピーを引用すれば「トロイア戦争後、海神ポセイドンの怒りにふれ漂流させられていたオデュッセウスが十年後に帰国、妻を苦しめていた邪悪な求婚者たちを討つギリシアの大叙事詩」ということになる。

「イリアス」ではトロイア戦争の後半から物語が始まっているが、そもそもこの戦争の原因は何であったのか。ホメロスの『キュプリア』によれば、大神ゼウスは、増え過ぎた人口を調節するためにテミス(秩序の女神)と試案を重ね、遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた。そしてパリスの審判と呼ばれる、ヘラ、アテナ、アフロディテの三女神から最も美しい女神選びが行われ、選ばれたアフロディテの約束により、スパルタ王メネラオスの妃ヘレネをパリスが奪ったことに端を発している。いわば神が仕組んだ戦争である。

それから3000年以上が過ぎているが、世界はいまだに信じる神の違いで戦争をしている。





プラスチック技術マニュアル(2000.3.21)

刈谷のブックオフを覗いたら、100円のコーナーに(「プラスチック技術マニュアル」松谷守康著、理工学社、2003年、3400円)が置いてあった。ぼくは現役を退いたのでこの種の本は無縁となったのだが、こういう専門書を見つけた以上思わず買ってしまった。材料の技術者として、日々頑張っている後輩に渡せば良いと思ったのだ。
本の著者略歴を見ると、松谷守康さんは市光の取締役研究部長を歴任された後、松谷研究所の所長として活躍されていると書いてあるが、1916年の生まれということで、ご存命ならば92歳になられる方である。
本書の中を斜め読みしてみると、いかにも実務経験のある技術者が書いたものらしく、材料の物性では豊富なデータが掲載されており、加工法から試験法にまでふれており、座右の参考として役に立つと思う。経験上からかエンジニアリング・プラスチック関係の記述が多いように見受けられる。
自動車に使用されるプラスチックは、内外装部品には汎用プラスチック(PP樹脂、ABS樹脂、PE樹脂など)が多く使用され、機能部品にはエンジニアリング・プラスチック(ナイロン樹脂、PBT樹脂、PPE樹脂、PC樹脂、POM樹脂など)が多く使用される。だが何といっても量的に多いのはPP(ポリプロピレン)樹脂であろう。
だが一口にPPといっても、ホモポリマーとコポリマーがあり、自動車に使われるのは圧倒的にコポリマーである。それも色々用途によって要求される特性が異なり、それに見合った特性となるように、さらに配合に工夫がされている。例を挙げると、
内装部品:インストルメントパネル
室内の大型部品であり、耐熱剛性、耐寒衝撃性および成形時の良流動性、寸法安定性が要求されるが、背反特性もあり適正なバランスが要求される。
外装部品:バンパー
外装の大型部品であり、耐候性、剛性、耐衝撃性、塗装性等が重要。
自動車材料の技術者は、先を読みながら、材料に要求される特性を的確に捉え、材料メーカーとのコラボレーションを行い、設計者に有用な材料および情報の提供をし、それを確実に評価してお客様のニーズに答える努力をしているのである。さらに近年では、自動車の生産がワールドワイドになっているので、世界の材料メーカーに目を向ける必要も当然高まっている。

松谷さんに刺激されて、忘れていたことを思い出してしまったが、久しぶりに頭の体操になった。しかしこの本は、ぼくの手元に置いておいても宝の持ち腐れとなるので、早く誰かに渡して活用してもらおう。





バッハのロ短調ミサ曲(2008.3.22)

ジャズ喫茶「グット・ベイト」に出入りするようになって、この店の常連客の方達とも知り合いになり、時々話をするようになると、実にさまざまな方がいるものだと思う。そんな中のお一人でTさんから、Mass in B minor / Conductor: Hermann Scherchen / Orchestra: Vienna State Opera Orchestra; Vienna Academy Chorus というウエスト・ミンスターのオリジナル盤のLPをお借りした。Tさんはジャズも大変造詣が深いが、クラシックも同様で、しかも海外の通販サイトよりオリジナル盤のLPを取り寄せて愛聴されている粋な方である。
ぼくもバッハのロ短調ミサ曲は、LPではリヒターのものとミュンヒンガーのものを、CDではコルボやコレギウム・ジャパンのものを持っていて聞いてはいるが、ヘルマン・シェルヘンのものはまだ聞いたことがなかった。今までは、この曲を単に音楽として聞いてはいたが、真剣になってあれこれと聞き較べたり、曲の構成について特別興味を持ったのではなく、バッハの最高傑作の一つだから聞こうという理解の程度であった。こんなチャンスが巡って来たので、カトリックのミサとはどういうものか調べてみることにした。
もちろんぼくはカトリック教徒ではないので、ミサを経験したことはない。しかし、古い話になるが、学士時代に、金もなくなった日曜日になると、いくところが無いので、近くのプロテスタント教会の日曜礼拝に出かけるようになった。しばらく続けるうちに、牧師さんとか信者の方に顔を覚えられ、簡単な晩餐会に招かれるようにもなった。したがって聖書の朗読とか讃美歌について少しは覚えたが、カトリックとなると用語の使い方も異なるようだし、もう一度理解してみようと思ったのである。
カトリックのミサは、キリストの死と復活の記念だといわれている。コリントの信徒への手紙11の23〜25で「すなわち、主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。私の記念としてこのように行いなさい」と言われました・・・」というように、主の晩餐の制定が書かれている。これをもとに、クリスチャンは礼拝と食事を共に行うようになった。これがミサの始まりといわれている。ミサ式については、カトリックではその手順が厳密に制定されている。ミサ式は大きく二つに分かれていて、礼拝の部(シナクス)は洗礼を受けていない未信者でも参加できるが、聖饗の部(ユーカリスト)はキリストの体と血であるパンとぶどう酒にあずかるので、信者だけしか参加できない。その手順とバッハのミサ曲の位置づけについて整理する。
「1」礼拝の部(シナクス)
1) 開催の儀
1 入祭唱
2 あわれみの賛歌(キリエ)
3 栄光の賛歌(グロリア)
4 集会祈願
2)言葉の典礼
  1〜5 省略
  6 信仰宣言(クレド)
「2」聖饗の部(ユーカリスト)
1) 奉納の儀
省略
2) 奉献文
1 叙唱
2 感謝の賛歌(サンクトス)
3 典文
3)交わりの儀
  1 主の祈り
  2 平和の賛歌(アニュス・デイ)
  3 聖体拝領唱
  4 聖体拝領祈願
4)閉祭の儀
  省略
以上の典礼の中で、太字の部分に該当するところで、バッハはミサ曲を作曲しているのである。
次に皆川達夫さんが、カール・リヒター指揮、ミュンヘン・バッハ合唱団、ミュンヘン・バッハ管弦楽団(ARCHIV)のレコードで解説している文を紹介しておく。
第1部 キリエ
これはミサ通常文のうち唯一のギリシア語の祈りで、聖父と聖子(キリスト)と聖霊にささげられている。
第2部 グロリア
これは、キリスト生誕のさいの天使たちの合唱をパラフレイズして、天主の栄光をたたえた歌である。典礼では、司祭が最初の1句を歌い、合唱は「地においては」の部分から歌い始めるが、ここでは最初から合唱に歌われている。華々しく力と喜ぶにあふれた賛歌である。
第3部 クレド
これはキリスト者の信仰の告白である。キリスト者は、父なる神を信じ、キリストを信じ、聖霊を信じ、また数々の玄義を信じる者であるが、それをここで朗々と告白するわけである。この言葉はニケヤの宗教会議で認められたもので、きわめて長大で内容的にも変化に富んでる。そこで作曲者はそれぞれの言葉の変化に応じて音楽を処理してゆくため、いきおい劇的なものにならざるを得なくなる。ミサ典例の実際では、司祭が最初の1句を歌い、合唱は次句の「全能の父」から歌い出すのが原則である。
第4部 サンクトス
いよいよミサの中心となる。このサンクトスは、預言者イザヤが幻影にセラフィムの歌うのを聞き伝えた聖頌で、もっとも荘重かつ崇高に歌われる部分である。典礼では、この間司祭はミサ典文をよみ、パンと葡萄酒をキリストの血肉に変ずる儀式を行う。
第5部 アニュス・デイ
ミサも終わりに近づいた。これは聖体拝領の直前にささげられる祈り。なおこの後にもいくつかの祈りがささげられるが、聖歌隊によって歌われるものではないため、このミサ曲には現れていない。
以上を頭の中に入れて、あらためてバッハのロ短調ミサ曲を聴くことにする。





さまざまな文章(2008.3.23)

「炎天の下、むせかえる土ほこりの中に、雑草のはびこるように人かたまり、よしず囲いをひしとならべた店の、地べたになにやら雑貨をあきなうものあり、衣料などひろげたものもあるが、おおむね食いものを売る屋台店で、これも主食をおおっぴらにもち出して、売り手は照りつける日ざしで顔をまっかに、あぶら汗をたぎらせながら、「さあ、きょうっきりだよ。きょう一日だよ。あしたからはだめだよ。」と、おんなの金切声もまじって、やけにわめきたてているのは、殺気立つほどすさましいけしきであった。」
(石川淳「焼け跡のイエス」)

「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱えて、それを裂き、弟子たちに与えながら言われた。「取って食べなさい。これはわたしの体である。」また杯を取り、感謝の祈りを唱え、彼らに渡して言われた。「皆、この杯から飲みなさい。これは罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である。・・・」
(マタイによる福音書「主の晩餐」)

子供の時の愛読書は「西遊記」が第一である。これ等は今日でも僕の愛読書である。比喩談としてこれほどの傑作は、西洋には一つもないであらうと思う。名高いバンヤンの「天路歴程」なども到底この「西遊記」の敵ではない。それから「水滸伝」も愛読書の一つである。これも今以て愛読している。一時は「水滸伝」の中の一百八人の豪傑の名前を悉く諳記していたことがある。その時分でも押川春浪氏の冒険小説や何かよりもこの「水滸伝」だの「西遊記」だのという方が遥かに僕に面白かつた。
 中学へ入学前から徳富蘆花氏の「自然と人生」や樗牛の「平家雑感」や小島烏水氏の「日本山水論」を愛読した。同時に、夏目さんの「猫」や鏡花氏の「風流線」や緑雨の「あられ酒」を愛読した。だから人の事は笑へない。僕にも「文章倶楽部」の「青年文士録」の中にあるような「トルストイ、坪内士行、大町桂月」時代があつた。
(芥川龍之介 愛読書の印象)

ここに掲げた文章は、文章の達人たちの文章であり、ぼくが目指していると言うのはおこがましく、また用いる用語というのは、その人の生活がにじみ出るものであって、他人ではまねの出来ないものであるが、せめて文章の句読点の打ち方くらいは参考にしたいと思っている。
石川淳は長い文章を書く名人であり、短すぎる文章はどうしても単調になるので、ぼくも彼のまねをしたいのだが、なかなか上手くいかない。句読点の多用という意味では、聖書はその典型と思われる。ぼくも迷った時には、句読点はつける方向に判断することが多い。芥川龍之介の文章については、なにをかいわんや、である。それと文章の終わり方が難しい。です、ます、調とか、である、調とか、使える言葉が少なく、これも多用すると文章が単調になる。
しかし、こういう技術的なことの前に、最も大切なのは、自分の言いたいこと、読む人に訴えたいことが何であるかを、しっかりと整理することである。これが良く整理されていれば、文章の稚拙に関係なく、言いたいことが確実に相手に伝わると思う。(自戒を込めて)












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