ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

クレモナの栄光(2008.6.2)

例によって、中古のLPレコードを探していたら、「クレモナの栄光」という珍しいLPに出会った。イタリアのクレモナでルネッサンス期に作られた15挺のヴァイオリンの名器を使って、ルジェーロ・リッチがヴァイオリンの小品を演奏したレコードである。
THE GLORY OF CREMONA / Ruggiero Ricci (Vn) / MCA RECORDS MCA-1001
・イントラーダ / Andrea Amati
・ラルゲット(ナルディーニ) / Antonio Stradivari "Rode"
・前奏曲(ヴィヴァルディ) / Nicolo Amati
・カンタービレとワルツ(パガニーニ) / Antonio Stradivari "Monasterio"
・アダージョ(モーツァルト) / Joseoh Guarneri del Gesu "Plowden"
・即興曲 作品21の1(カバレフスキー) / Antonio Stradivari "Spanish"
・メロディー(チャイコフスキー) / Joseoh Guarneri del Gesu "Lafont"
・ラルゴ(ヴェラチーニ) / Gasparo da Salo
・シシリエンヌ(パラデス) / Carlo Bergonzi "Constable"
・クレモナのヴァイオリン作り(フバイ) / Joseoh Guarneri del Gesu "De Beriot"
・ラルゲット(ヘンデル) / Antonio Stradivari "Madrileno"
・ロマンス イ長調(シューマン) / Joseoh Guarneri del Gesu "Ex-Vieuxtemps"
・ハンガリア舞曲 第20番(ブラームス) / Antonio Stradivari "Joachim"
・ハンガリア舞曲 第17番(ブラームス) / Joseoh Guarneri del Gesu "Gibson"
・五月のそよ風(メンデルスゾーン) / Antonio Stradivari "Ernst"
以上のような内容である。

このLPには、ルジェーロ・リッチが小文を載せており、多くのヴァイオリニストは、ストラディヴァリかグヮルネリのどちらかに好みが別れ、ストラディヴァリは柔らかい、オルガンのような音質であり、優しい繊細な扱いを要求し、音の変化もより流動的である。グヮルネリは芯のある音で、手荒い演奏にも良く耐える。そして、精妙なよいヴァイオリンほど、弾き手の手腕を必要とする。ヴァイオリンにその最高の音を出させるためには、ヴァイオリニストの方からヴァイオリンに歩み寄らなければならない、と言っている。
そんな解説を頭に入れてレコードを聴くと、ああ、なるほど、これがストラディヴァリの音で、これがグヮルネリの音かとわかったつもりでいるが、ではもう一度、ブラインドで音を聞いて、これはどちらのヴァイオリンかと、聞き分けれるか試してみると、ぼくのような素人では、そう簡単ではない。キット屋の大橋店主がよく例えられる、スピーカーが楽器で、アンプは演奏者のような関係である。アンプはスピーカーの性能を最大限引き出すよう組み合わせを考える、と言っておられるが、スピーカーにも個性があるが、アンプにも個性がある。
この演奏でも、ヴァイオリンの個性と共にルジェーロ・リッチの演奏の個性もあり、判別は簡単ではない。素人はブラインドで無理にわかろうとはせずに、解説を見ながら聞いてわかったつもりで楽しめばよいと思うことにする。






ジャズのお話(男と女)(2008.6.3)

古い雑記帳を見ていたら、タイトルのような題名の話がメモってあった。ちょっと季節外れの話であるが、なんとなく懐かしい話だったので紹介します。

ずっと寒いのでもなく、かといって暖かいと思ったらまた寒くなってとうとうぼくも風邪を引いたようです。インフルエンザではなく、古典的な風邪のようです。この季節は本当に体調のコントロールが難しいです。それでも春は確実に近づいているようです。あちこちで梅の花が咲き、サンシーの黄色い蕾みもほころびはじめました。君もご存知のように2月14日のバレンタインデイには女性が男性にチョコレートを贈ります。ぼくも受け取りましたが、とてもほろ苦い味がしました。

ぼくの心がまだ若かった頃

ぼくの心がまだ若かった頃
或る乙女を讃える言葉が
あちらこちらに溢れていた
ぼくはそれを花束を贈るように
乙女に捧げた

ぼくの言葉は爽やかに
乙女を讃えたが、次第に
狂気を帯びてきた
言葉を抑えると
余白に狂気が走った

彼女は怯えた
ぼくが怖がらなくても
いいよと言えば、益々怯えた
ぼくは自分の言葉で
傷ついた

まださよならを言ってないので
ぼくの心に、時々痛みが走るが
それでもせつなく思い出す
ぼくの心がまだ若かった頃の
話である
(生野 恭)

オランダ生まれの女性歌手アン・バートンに「ブルー・バートン」というアルバムがあります。 Louis van Dyke Piano Trioの素晴らしいバックで彼女はバラードを切々と歌っています。ぼくはこのアルバムの冒頭の曲、I can't give you anything but loveを苦いチョコレートをかじりながら聞いています。

大丈夫ですか?しっかり養生して早くお元気になってくださいね。インフルエンザでなくてよかったですね。風邪は引きこんでしまうとなかなか治らないですね。早めに対処が良いようですが先日読んだ本によるとおかしいな?と思ったときすぐにトローチが一番効果があるとか、それとうがいだそうですね。この作戦で成功したときとすでに手遅れのこともありましたが。季節の変わり目は気をつけてくださいね。四季の変化が楽しめるのも離れてみるといいものですね。こちらでは年中同じ季節なので変化がありませんがそれでも風邪をひく人はひいています。エアコンが強いからかもしれません。日本でインフルエンザが流行ってる時期はこちらでも多くの人がインフルエンザのような症状になっています。飛行機が運んでくるのでしょうね。 バレンタインデーはにぎやかにおこなわれたようですね。あなたのほろ苦いチョコレートの味はどんな意味のある味だったのでしょう!
日本の習慣はチョコレート会社が作ったようですが国によってその習慣が違うのも面白いですね。アメリカにいたころは男女を問わず誰にでもカードを出していましたが。
こちらでは男性が女性に花束を贈ります。チョコレートは目立たないけど花束を持った男の人たちはよく分かります。いいなぁと思いますが・・・・日本人男性はチョコレートのほうがいいでしょうね。 素敵な詩ですね。純情な心が伝わってきますね。あのころにもどりたいな〜と思ってしまいました。ブルー・バートンというアルバムも聞いてみたいです。今日時間があればHMVに行って見たくなりました。

Round Midnightという曲はセロニアス・モンクの作曲したバラードですね。同じタイトルの映画がありました。舞台はパリ、バド・パウエルをモデルにしてテナーのデクスター・ゴードンが主役を演じていました。物語はどうということはありませんが、パリのジャズクラブがとても良い雰囲気で描かれていました。
音楽プロデューサー兼ピアノがハービー・ハンコック、ベースがロン・カーター、ドラムスがエディー・ヒギンズ、ギターがジョン・マクラリン等そうそうたるミュージシャンが出演していました。サウンド・トラックもRound Midnightというタイトルでアルバム化されています。 今ぼくはそのアルバムとは別のThe Other Side Of Round Midnightというブルー・ノートから出ているアルバムを聞いています。ぼくはこの映画で使われた曲ではAutumn In New Yorkがとても印象的でしたがどちらのアルバムにも入っていません。Daddy Plays The Hornというアルバムに入っています。今聞いている曲はAs Time Goes Byという曲です。ここではデクスターのテナーと共にジョンのギターがとてもいい感じです。
それにしてもデクスター・ゴードンのテナーはどこか茫洋として、暖かく、懐の深いところがあり聞いていてとても和みます。
3月に入り、梅の花も過ぎてサンシーの黄色い可憐な花が開き始めました。今からは日ごとに春らしくなって行くと思います。桜の花の艶やかさも見事ですが、その前に春を告げる水仙などがぼくは好きです。






ブックオフでの買い物(2008.6.5)

この1ヶ月にブックオフで、105円で買った主な本のリストです。

・中国の歴史(全10巻)
 1970年代に発行された講談社の本、現在は新本の入手は不可であるが、文庫本で改定発行がされているはずである。(1巻と10巻が欠けていた)今読んでも中国通史の一級の歴史書であると思う。
1.「原始から春秋戦国」貝塚茂樹、伊藤道治
2.「秦漢帝国」西嶋定生
3.「魏晋南北朝」川勝義雄
4.「隋唐帝国」布目潮[水風]、栗原益男
5.「五代・宋」周藤吉之、中島敏
6.「元・明」愛宕松男、寺田隆信
7.「清帝国」増井経夫
8.「近代中国」佐伯有一
9.「人民中国の誕生」野村浩一

10.「目で見る中国の歴史」日比野丈夫

・風俗の歴史(全10巻)安田徳太郎訳
 ぼくが、安田徳太郎の名前を知ったのは、学生時代に氏の書かれた「人間の歴史」(全6巻)を読んだのがきっかけである。一般の歴史書のイメージとかけ離れたユニークな歴史書で、とにかく面白かった。1巻・食と性の発端、2巻・日本人の起源、3巻・女の全盛時代、4巻・光は東方から、5巻・食と性の交換、6巻・火と性の祭典という内容である。氏が訳した「風俗の歴史」も、ヨーロッパにおける男女間の性風俗を中心として、近代人間性の社会的発展と変遷を探求した、フックスが書いた人間の笑いと涙の歴史である。
1.ルネッサンスの肉体観
2.ルネッサンスの恋愛と結婚
3.ルネッサンスの社会風俗
4.新しいアダムとイヴ
5.危険な関係
6.十八世紀の女
7.市民階級の自由宣言
8.世紀末の風潮
9.性の商品化時代
10.画集・風俗の歴史

 懐かしさのあまり、古い話を持ち出したので、途中ですが続きはまたいつか。






オニオンスープの作り方(2008.6.9)

この季節になると、あちらこちらで新たまねぎが店頭にならべられていると思います。ぼくはたまねぎが好きで、最近は早稲の辛味の少ないものをスライスして、めんつゆの素を2倍に希釈したものをかけて、もっぱら生で食べています。
たまねぎは、酢豚とか肉じゃがとか色々な食べ方があり、どれも好きですが、最後に行き着くのはオニオンスープです。
以前、カナダのモントリオール市を訪れたときに、レストランの名前は忘れたが、フランス料理を食べに行った。確かホリディ・イン・ホテルで紹介してもらい訪れたところである。食事に3時間くらいかかり、その間にレストランの主人が、ひとつひとつのテーブルをまわって来て、食事を楽しんでいるか丁寧に聞いていた。
このときの料理で大変印象的であったのが、オニオンスープである。こんなに美味しいと思ったスープは初めてである。オニオンの味も、ブランデーが利いていて素晴らしかったが、そこに入っていたチーズが美味しかった。とろけるような食感が、日本の餅を食べているようにしっとりとしていた。

この時のことがきっかけで、オニオンスープ作りに挑戦するようになった。作り方は至ってシンプルであるが、やってみると結構味が変わる。
1.玉ねぎをなるべく薄く切る。使う玉ねぎは辛いものほど甘味が出る。
2.厚手のなべにバターを入れ、玉ねぎを炒める。水分のあるうちは、強火でも良いが、なくなったら、弱火で絶対に焦がさないように、狐色になるまで炒める。ここにじっくり時間をかけるほど、甘味が出る。
3.小麦粉を玉ねぎの1割くらいの分量入れ、小麦粉にも色がつくように、弱火で数分炒める。
4.コンソメ味のブイヨンを、炒めた玉ねぎとあわせ、弱火で30分以上煮込む。塩、コショウで味を調え、お好みで白ワインまたはブランデーを加える。
5.小分けしたあと、焼いたフランスパンと溶けるチーズを載せオーブンで温める。
6.応用として、乾し椎茸の戻したものを加えたり、トマトを加えたりしてもよい。小麦粉はもっと減らしたり、使わなくても良い。

以上が色々やってみたなかで、落ち着いたところである。オニオンスープを作る楽しさは、単純ではあるが、1時間くらいかけて玉ねぎを炒めているときだ。反面この作業があるので、いつでもというわけにはいかない。
"オニオンスープ"で検索して、パソコンを眺めていたら、織田さんという方のブログに「極上オニオンスープの簡単な作り方」という記事があり、何が簡単かと言うと、玉ねぎを炒めるときに、なべに蓋をして水分を飛ばさないようにする。そうすれば弱火で30分立った時に一度かき混ぜ、さらに1時間すれば出来上がり、と書いておられる。1.5時間かかるが、その間付きっきりでいる必要はないのである。確かに水分があれば100℃より温度が上がることはなく焦げないだろう。
この方法で従来のやり方と等価の甘味が出れば問題はないので、是非一度挑戦してみたいと思っている。成功すればオニオンスープが一段と身近になる。






シベリウスの交響詩「フィンランディア」(2008.6.10)

ぼくが実際の演奏を聴いて大変感動したのに、LPとかCDでは同じような感動を得られない音楽に、ブルックナーの交響曲とシベリウスのフィンランディアがあります。ブルックナーについては、またいつか整理したいと思っているので、フィンランディアについて書きます。
この曲のことを書こうとすると、どんな解説書にも書いてあるように、フィンランドという国の歴史について書かざるを得ません。フィンランドは13世紀にスエーデンに支配され、その中で自治権を与えられていたが、19世紀になり強大となったロシアがスエーデンとの争いに勝つと、フィンランドはロシアの属領となってしまう。その後フィンランドの自治権が次々と奪われロシアの属領となって行った。そのためにフィンランドの愛国独立運動が高まった。この愛国運動に共感したシベリウスが、国民の愛国心を高めるために作曲したのがこのフィンランディアという曲である。この曲は1899年11月に、ヘルシンキのスェーデン劇場で、愛国歴史劇「いにしえからの情景」中の劇音楽として初演された。交響詩「フィンランディア」の形では1900年7月にパリ博覧会で初演された。今ではこの曲はフィンランドの第二の国歌と言うまでに親しまれている。
 この曲の構造を知るために、「名曲解説全集」音楽之友社発行を参考に解説する。(楽譜は引用)
曲はアンダンテ・ソステヌートの金管による重々しい序奏で始まる。譜例1の「苦難のモティーフ」である。このモティーフは、音程を下げながら音を大きくしていくので、大変重苦しい印象を与える。この序奏が終わると、譜例2の「闘争の呼びかけのモティーフ」がトランペットで鋭くうち鳴らされる。このモティーフは前に休符が付いているので、一気にエネルギーを爆発させるような印象を与える。やがて譜例3の「闘争の呼びかけ第2のモティーフ」が現れ曲は高揚していく。そして譜例4の「祝典へのモティーフ」が現れ曲はクライマックスとなる。そのあと曲が静かになると譜例5のような、静かな民謡調の旋律が現れる。曲のところどころで、休符のあと音程が1度上がっているが、これはフィンランド語の撥音(例えば、ハッキネンの"ッ"のような音)に対応しているといわれ、フィンランド人には大変親しみやすいそうである。この部分は、あとから「フィンランディア賛歌」という詩が書かれて、合唱曲としても歌われている。これが終わると再び「闘争の呼びかけのモティーフ」と「祝典へのモティーフ」が現れ、再びクライマックスをむかえ終曲となる。
このような曲の構造を頭に入れて、レコードのフィンランディアを聴くと、色々と指揮者による表現の違いもわかるようになり、フィンランディアがより身近なものになってくる。ぼくのお気に入りの演奏は、ベルグンド指揮/ボーンマス管、バルビローリ指揮/ハルレ管、カラヤン指揮/ベルリン・フィルが、それぞれ個性があって良い。















<<雑記帳トップへ戻る