ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

My Funny Valentine(2009.2.16)


 贈り物をもらって贅沢を言ってはいけないが、今年もバレンタイン・デーにかこつけて義理チョコをもらったが、身内からのものを除くと、なんとなく味気ないものとなった。もちろんこの年になると、いわゆる義理チョコしか来ないが、それでも職場で一緒に働いている人とか、何らかの形で交流のある人から貰ったものは、贈ってくれた人の顔が浮かぶのであるが、もしくは何らかの期待がこもっているなと相手の意図が分かるのであるが、今年はそういうのでもなかった。おかしなバレンタイン・デーとなった。
 My Funny Valentine
 My funny Valentine, sweet comic Valentine
 You make me smile with my heart
 Your looks are laughable, unphotographable
 Yet you're fav'rite work of art
 私のおかしなバレンタイン、スイートで面白いバレンタイン、
 あなたは私を心から微笑ませてくれる
 あなたのルックスは笑えるわ、写真向きじゃない
 でもあなたは大好きな芸術作品なの
 ジャズの名曲となったMy Funny Valentineを聞きながら、過ぎし日のバレンタイン・デーを懐かしむのか!ぼくがこの曲を名曲と思ったのは、マイルス・デイヴィスのCookin'というアルバムで聞いてからである。マイルス独特のミュートを聞かせた、少し鋭くて、甘く切ないバラードプレイは、この曲をトランペットの名曲とした。この曲をタイトルにしたマイルスのライブ盤も素晴らしい。
 この曲に対しては、ソニー・スティット「ペン・オブ・クインシー」、スタン・ゲッツ「アット・ジ・オペラハウス」、ビル・エバンス「アンダー・カレント」などの演奏があるが、マイルスのバラードプレイから受けた印象が強烈なので、いずれもピンと来ない。

 ヴォーカルも多くの人が歌っているが、やはりコミックな歌詞のイメージがマイルスとは異なる。(マイルスがやりすぎたのかもしれない)それでもシナトラが「スイング・イージー」で歌っているのと、カーメンが「アフター・グロウ」で歌っているのは聞いている。定番といわれるチェット・ベイカーは採用しない。
 それにしてもノスタルジーを感じるだけのMy Funny Valentineであった。






つきの落ちたあとの憑き(2009.2.17)


 いつもなら少し余裕を持って出かけるところを、もう一つ用事をこなしてからと思いギリギリに出かけた。これがすべての始まりであった。駐車場で車のエンジンをかけようとキーをまわしても、スターターが力なくキー、キーというだけである。バッテリーがパンクしているのだ。仕方がないので若者(彼)の車を借りて出かけるが、国道23号線の豊明の入り口から大渋滞である。交通事故がありいつもは15分くらいの道がノロノロと40分もかかった。彼の車はスポーツタイプのマニュアル車であり、ローギヤではレーシングしながらクラッチ操作をしないとエンストしてしまう。共和インターの出口まで緩やかな上り坂が続いており、坂上発進を繰り返す。左足が突然の高負荷に引きつりそうである。やっとの思いで目的地に着いたが、開始時間を30分以上過ぎているので駐車場がない。外れの方にスペースを見つけ車を止めるが、ふと見ると燃料警告灯が点灯しているではないか。
 講演会を聞きに来たのである。テーマは、「高度加工立国としての品質管理の考え方」「人に起因する事故・品質トラブルの未然防止」「競創を進める方法について」「カスタマーリレーションマネジメント」の4テーマである。最初のテーマはリンナイの内藤会長の人生談であり、大変真実味があった。2番目は中央大学の中條教授のアカデミックな報告であり、眠たかったが参考になる。3番目は本田技研の吉田氏の話である。テーマは大変興味あったが、講演のテンポが合わない。あらかじめ配られたレジメをゆっくりと解説してゆくテンポにイライラが募った。最後はソニーの中村氏の海外展開の体験談である。なかなか面白いが、どうしてもガス欠が気になってしまう。最後まで聞いていると帰りの渋滞に巻き込まれそうである。そんなところでガス欠になったらと思うと落ち着いて聞いていられない。残念だが30分前に退席する。
 まずは近くのガソリンスタンドに駆け込む。セルフのスタンドなので自分でガソリンを入れようとしたが、注入口が反対にある。仕方ないので車の位置を入れ替える。店員が怪訝な顔をしてこちらを眺めている。10リットルでは、彼に対してしみったれているようで満タンにする。とんだ出費である。だが、やっと落ち着いた気分になり、帰途につく。なんとつきのない一日であったことか。
 しかし冷静に考えてみると、誰にも大きな迷惑をかけてはいないでないか。そんな中で、日常ではめったに経験できないようなことをまとめて経験できたではないか。そう思えばまんざらつきがないといって嘆くこともあるまい。このくらいの困難であれば、焦ることなく、落ち着いて、成るようになると思っていれば、成るようになったのである。憑きがあるのである。
(ちょっとした経験談)







レスター・ヤング・メモリアル・アルバム(2009.2.18)


 米国CBS系にあたるレスター・ヤング全盛期のレコードは、「Lester Young Memorial Album」(Epic)としてカウント・ベイシー楽団との演奏が2枚組のLPとして発売されたが、より完璧なメモリアル・アルバムを作るということで企画されたのが、日本の大和明氏が監修された「Lester Young Memorial Album」(Epic)である。

A-1 Shoe Shine Boy
A-2 Evenin'
A-3 Boogie Woogie
A-4 Lady, Be Good
Jones - Smith Incorporated Oct. 9, 1936, Chicago A-5 Dickie's Dream
A-6 Lester Leaps in (alternate take)
A-7 Lester Leaps in
Count Basie's Kansas City Seven Sep. 5, 1939, New York B-1 Rain Rain Go Away
B-2 Summertime
Jerry Kruger and Her Orchestra Apr. 25, 1939, New York B-3 China Boy
B-4 Exactly Like You
B-5 On the Sunny Side of the Sreet
B-6 Upright Organ Blues
B-7 Who
B-8Jazz Me Blues
Glenn Hardman and His Hammond Five Jun. 26, 1939, Chicago
C-1 Taxi War Dance
C-2 12th Street Rag
C-3 Pound Cake
C-4 Song of the Islands
C-5 Clap Hands, Here Comes Charlie
C-6 The Apple Jump
C-7 Riff Interlude
C-8 Ham'n Eggs
D-1 Hollywood Jump
Count Basie and His Orchestra New York、1939.3.19(C-1)、New York、1939.4.5(C-2)、Chicago、1939.5.19(C-3)、New York、1939.8.4(C-4 & 5)、New York、1939.11.6(C-6 & 7)、New York、1939.11.7(C-8 & D-1) D-2 I Never Knew
D-3 Tickle Toe
D-4 Louisiana
D-5 Easy Does It
D-6 Let Me See
Count Basie and His Orchestra New York、1940.3.19(D-2.3 & 4)、New York、1940.3.20(B-5 & 6) D-7 Blow Top
D-8 Broadway
Count Basie and His Orchestra New York、1940.5.31(D-7)、New York、1940.11.19(D-8)




 1枚目が小編成のバンドでの演奏、2枚目がカウント・ベイシー楽団での演奏である。中には、今となってはなかなか入手の困難な音源を、SP盤とか個人所有の音源から編集して製作されており、貴重なアルバムである。






「Tilt」Barney Wilen(2009.2.19)


 バルネ・ウィランは1936年にフランスのニースに生まれ、1996年に亡くなった。このTiltというアルバムは1957年、彼が20歳になる直前に録音したファーストリーダーアルバムである。ガレスビーやモンクの曲を取り上げて、瑞々しい音色で、ハードバッパーぶりを発揮している。一時は幻の名盤と言われ、オリジナルLPでは何十万円もしたそうであるが、今ではCDで比較的簡単に入手できる。左のジャケットはLP盤、右はCDで出されたジャケットである。

 バルネ・ウィランはこのリーダーアルバムでデビューしたあと、50年代はハードバッパーとしてマイルス・デイヴィスやアート・ブレーキーと共演し、その地位を確立した。サウンドトラック「死刑台のエレベーター」「危険な関係」は良く知られている。しかし60年代にはフリーに傾き、70年代にはアフリカに渡り音楽活動はほとんど停止した。80年代の後半になってIDAより「ラ・ノート・ブルー」「フレンチ・バラッド」などの作品を発表した後、日本のヴィーナスレコードに精力的に録音を残した。
 IDA録音以降のバルネについては以前の雑記帳に書いたこともあるが、それがきっかけで50年代のバルネの作品も手に入れ、手元にあったが、「バルネ」以外はなぜかあまり聴くこともなかった。それが先日、ジャズ喫茶「グット・ベイト」にみえたお客さんとバルネの話になり、「Tilt」も「Barney」と同じぐらい良いよと言われ改めて聞いたというわけだ。古い作品を懐かしがってもしょうがないが、こういう演奏こそはぼくの好きなジャズである。Nature Boyのバラードプレイなどは絶品である。これに刺激されて、他の作品も改めて聞いてみた。
 Barney Wilen Quintet/Fresh Sound/1957
 More From Barney At The Club Saint-Germain/BMG France 1959
 Les Liaisons Dangereuses 1960/Original Soundtrack


 いずれの作品もフランスの香り漂う、心地よいジャズである。特にクラブ・サンジェルマンでのライブにおけるデューク・ジョーダンのピアノは本当に良くスイングしている。






ジョルジュ・アルバニタ(2009.2.20)


 ジョルジュ・アルバニタというフランスのジャズ・ピアニストの名は、欧州のジャズに関心のある人にはすぐに分かるようであるが、残念ながらぼくは分からなかった。ジャズ喫茶「グット・ベイト」で突然デューク・エリントンのピアノ曲が鳴り出した。それも中音域の骨格のはっきりとしたタッチのピアノで、ちょうど大西順子がデビューしたときの「WOW」という作品の雰囲気で、こういうタッチの音はぼくの好きな音である。思わずマスターに「これ誰」と質問してしまった。それがジョルジュ・アルバニタであった。アルバムのタイトルもずばり「GEORGES ARVANITAS plays・・・DUKE ELLINGTON」1993年録音である。メンバーはアルバニタの他ルイジ・トラサルディ(b)、クリストフ・マーゲット(d)のピアノ・トリオだ。
 エリントンの作曲した、・It don't mean a thing、・Take the A train、・Warm valley、・Satin doll、・Caravan、・Come Sunday、・C jam blues、・Prelude to a kiss、・Drop me off in harlem、・Lush lifeなどという曲も素晴らしいが、これを気負いもなく演奏するアルバニタも上手い。しかもルイジ・トラサルディのベース・ワークが、あちこちで光っている。
 エリントンの曲については多くのジャズマンが取り上げて演奏しているが、plays DUKE ELLINGTONと名うって、まるごとエリントン・ナンバーのアルバムも結構ある。そんな中で、ピアノではセロニアス・モンク、オスカー・ピーターソン、変わったところではピーター・ネロのアルバムなどがある。

 ピアノ以外では、ぼくの好きなズート・シムズとかベン・ウェブスターのアルバムがある。

 ここに今回アルバニタのアルバムが加わったのである。彼については、評判の良い「イン・コンサート」というアルバムや、まだまだ多くの作品が録音されており、どんな演奏が聞けるか楽しみである。









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