ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

最近の好きな時代小説 (2010.7.4)

 気分転換を図る読書には、時代小説を読みます。もちろん若い頃にも時代小説は読みました。山岡荘八の「織田信長」、吉川英治の「宮本武蔵」、司馬遼太郎の多くの著作を、夢中になって徹夜してでも読んだものです。しかし、今は違います。もっと気楽に読む物です。
 1番好きなのは、藤沢周平の時代小説です。彼の書いたものはすべて好きですが、中でも気に入っているのは、「用心棒」シリーズ、「せみ時雨」、「三屋清左衛門残日録」などです。その前は池波正太郎でした。「剣客商売」、「鬼平犯科帳」、「仕掛人・藤枝梅安」「真田太平記」などを読みました。最近よく読むのは、平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズと「はやぶさ新八御用帳」シリーズです。
 昔読んだ、時代歴史小説といった、スケールの大きなものではなく、これらの小説は、市井の人々の暮らしぶり、人情といったものを、それぞれの作家の視点で描いた話を楽しんでいるのです。こういう本は、中古本でコツコツと集めては読んでいるので、気がつくと随分たまったという感じです。
 つい最近手に入れたのは、「はやぶさ新八御用帳(10)幽霊屋敷の女」です。この物語集の最後に「小町踊り」という話が載っており、その話の終わり方が次のようになっています。
 ・・・・・
 肥前守の視線がお鯉が前へおいた包に止まった。
 「お鯉、それは・・・・・」
 「向島の味噌松風にございます。戻りしなに立ち寄って求めてまいりました」
 早速、お茶の用意をいたします、と、いそいそと下って行くお鯉の姿を見送っていらっしゃった肥前守が、新八郎へお尋ねになった。
 「新八は、ここ数日、何度、向島に参ったか」
 「はあ」
 心中、指を折りかけると、
 「数えずともよい」
 目許をゆるめて、つけ加えられた。
 「男と申すものは、気がきかぬのう」
 そうか、と新八郎は膝を叩きたくなった。
 ・・・・・
 こういった何気ない日常的な会話が、今のぼくにはとても新鮮で印象的に聞こえるのである。この「はやぶさ新八御用帳」は全10巻あるが、ぼくが持っているのは、1、2、3、4、7、10の6巻である。さらに、この後、「はやぶさ新八御用旅」シリーズが4巻あるようである。ぼくの古本屋通いはまだまだ続きそうである。
 





源氏物語のこと(2010.7.7)

 豊明のブックオフに行って100円コーナーを見ていたら、河出の与謝野晶子訳「源氏物語 上・下」を見つけた。長い間、源氏物語を開いたことはなかったが、この本にまつわる思い出がよみがえり、買って帰ることにした。
 思い出といっても、大したことではなく、会社に入社してすぐのこと、河出書房が、明治100年記念出版として、カラー版 日本文学全集を1967年に発行し、そこに与謝野晶子訳「源氏物語 上・下」があり、その豪華な本の挿絵に新井勝利画伯の新作カラー挿絵が多く使われ、価格も750円と値頃であったので購入した。そのうちの上巻をある人に貸したのが帰ってこないままとなっている、それだけのことである。それを思い出し、その時は上巻がないのか、下巻がないのかはっきりしなかったので、両方を買ってきたのである。しかし、大した事ではないといいながら、何かのきっかけで、何十年も前のことを思い出すのであるから、ぼくも他人が大切にしている本を借りた時は、なるべく早く返すように気をつけている。
 家に帰って、買ってきた本を見ていると、何か雰囲気が違うのである。装丁も違うし、タイトルのつけ方も違う。よくよく眺めると、こちらは、河出書房新社のカラー版 現代語訳 日本の古典より与謝野晶子訳「源氏物語 上・下」である。価格も1900円と1975年の発行にしては高価である。挿絵も異なる。上巻は安田靫彦画伯、下巻は平山郁夫画伯が担当し、新井勝利画伯の華やかな挿絵から、グット渋い挿絵に雰囲気が変わっている。
 ぱらぱらっとめくっているうちに、ぼくはほかの作者の訳した源氏物語も持っているので、それも引っ張り出してきた。まずは円地文子訳のもの、これは単行本で全巻まとめて買ったもの。それから田辺聖子訳のもの、これは文庫本で3巻まとめて持っているが、古本の単行本をこつこつと集めている。それから瀬戸内寂聴の単行本、これも古本で少しずつ集めている。下に掲げたのはいずれも文庫本の紹介である。
 そんな中で圧倒的に変わって入るのが、橋本治の窯変源氏物語である。源氏物語に興味のある人は一読すると良いだろう。以上作家の訳した源氏物語であるが、ぼくはまだ読んでいないが、話題となっているのが林 望さんが訳した謹訳源氏物語である。
 これ以外に、谷崎潤一郎の訳したものもあるが、今では読みにくいと思う。大和和紀さんの源氏物語を漫画化した「あさきゆめみし」も面白いと思う。
 どうも、源氏物語といっても、本の蒐集の話になってしまったが、もちろん読書するのが目的である。しかし、ここに書かれていることは、読者がどれだけ当時の習慣とか、ものの考え方などを理解できるかにより、理解の程度が変化する。それ以外にも訳者の価値観が口語訳に出てくるのを発見するのも面白い。
 田辺聖子さんは「源氏紙風船」の中で、源氏物語を口語訳する楽しみは二つあるといっておられる。一つは原作の脱落部分を「埋める」作業、もう一つは主人公の「源氏という男」に顔を与える作業である。このように訳者は単に原作の字面をおって訳しているのではなく、登場人物を想像して自分の頭の中で組み立てて、訳しているのである。
 瀬戸内寂聴さんは「私の好きな古典の女たち」の中で、源氏物語の女たちの中では、六条御息所と、朧月夜と、明石が好きです。それから源氏に愛されなかった女三宮も好きだし、容貌もみっともない末摘花も好きだといっておられます。理想的な紫上とか貞淑の鏡のような花散里などはあまり好きになれない、と、言っておられます。
 源氏物語というのは、宝塚の熱烈なファンと同じように、圧倒的に女性の愛読者が多いようである。確かに、極端に言えば、「女好きな男の女性遍歴の自慢話物語」であり、ストーリー展開にスリルとかミステリーがあるわけでもなく、かといって男の好むような「濡れ場」が生々しいわけでもなくい。男にとっては、読んでいて少々まどろっこしいのである。
 それでも、訳者の源氏物語の周辺について書いた著作などを読んで、少し登場人物の性格などを理解すると、面白さが沸いてくるのである。それ以外に、多分、年のせいもあるだろうが。
 












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