ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

EP盤「夫婦坂」 (2011.9.7)

 都はるみが、昭和59年のNHK紅白歌合戦で歌ったのが「夫婦坂」です。赤組の司会をした森光子が、今日のこの歌を最後に都はるみさんは引退しますと紹介しました。昭和39年のデビューから20年がたち、これを1つの区切りとして、一人の女に戻り、これからの人生を見つめ直し、そして、一生懸命生きて行きたいと思っています。彼女はそういって引退しました。(結果として、また彼女は現役復帰しました)
 この坂を 越えたなら
 しあわせが 待っている
 そんなことばを 信じて
 越えた七坂 四十路坂
 いいの いいのよ あなたとふたり
 冬の木枯し 笑顔で耐えりゃ
 春の陽も射す 夫婦坂
 
 実は、演歌の解説をするつもりではありません。都はるみの歌った「夫婦坂」のEP盤を、ぼくはオーディオのチェックに使っているという話です。
 まずはこの曲をかけて、彼女の声が両スピーカーの中央に浮かび上がってくるか、スピーカーのセッティングの確認に使います。
 でもそれよりも重宝しているのが、再生するカートリッジの調子が良いかどうかのチェックに使っています。・・・はるのひもさす めおとざか・・・ここで彼女の声が割れなくてスカッと聞こえてくるかどうか。これは2番、3番の歌詞でもチェックできますが、こんな単純なことで今まで色々な不具合を見つけてきました。今までに経験した主な音が割れる原因を紹介します。
 1)針圧が軽い
 長いこと使用していなかったカートリッジを、標準針圧で再生したところ上手く行かなかった。最高針圧でしばらく使用したら、標準針圧で使用しても割れなくなった。
 2)レコードとカートリッジが平行になっていなかった。
 他人から借りたカートリッジを安易に取り付けて再生したら、音が割れた。前上がりに取り付いていた。平行もしくは少し前下がりに取り付ける。
 3)針先にゴミの付着
 針先を20倍のルーペで確認したら、粘着性のゴミが付着していた。オーディオテクニカのELECTRONIC STYLUS CLEANER AT637という超音波洗浄器でクリーニングした。この洗浄器は今でも重宝して使っています。
 以上、この曲を聞くだけである程度のカートリッジの状態を簡単に把握できるので、時々聞いています。しかし、幾ら何回か聞いても歌は上手くはなりません。
 
 




S先生の思い出(2011.9.15)

 古い話である。私が小学4年生の時、愛知教育大学を卒業してS先生が赴任してきた。そして4年、5年の2年間私たちのクラスを担当した。当時私たちのクラスは、今で言うクラス崩壊に近い状態であったと思う。その原因はクラスにボスが二人いて、ことごとく反目し合い騒然としていた。その一人が私であった。
 今から思えばS先生は、ずいぶんと苦労したのであろう。私たちを理科の授業だと言っては川に連れて行き、魚採りをさせてくれたり、社会の授業だと言っては人形劇をしたりして、何とかクラスの結集力を強めようとした。そんなことで2年間のうちに私たちは、先生の言う事は何でも理解できるようになった。
 もう一年私たちのクラスを担当すると言っていたが、突然変更されてしまった。後から先生に聞いた話では、この2年間でクラスに与えた自分の影響力の大きさに驚き、もうこれ以上担当することは偏ったクラスになる事を恐れ、先生自ら担当の変更を校長に申し出たとの事であった。そういう経験を共有していたので、先生と私たちは特別の結びつきを感じていた。普段は便りがなくとも、何かきっかけがあればすぐに集まって、ワイワイガヤガヤと最近では友達づき合いにみたいにしていた。そんな先生があるとき、突然亡くなった。奥様から葬儀に出席して欲しいと連絡を受けた。死因については聞いても奥様は言葉を濁すのみであった。でも私には思い当たることがある。
 先生が亡くなる数ヶ月前、私たちは先生のご苦労さん会を開いた。定年までを、最後は校長にまでなって勤め上げたのである。会はたいへん盛り上がり、先生は上機嫌であった。2次会に行こうと先生が言い私たちはそうした。さらに、3次会に行こうと先生が言い私たちはそうした。さすがに誰かが、先生もうずいぶんと遅くなったから帰りましょうと声をかけた。その時に先生は突然、今は毎日毎日が退屈で、やる事が無く、辛いと寂しそうに言ったのである。何を言っているのですか、元気を出しなさいよ。と声をかけたが、私たちのしたことはそれだけであった。
 この事について私は今、少し悔いている。先生が川遊びに付き合ってくれたように、パソコンでEメールしよう。またクラス会やろう。私たちにはまだまだ先生が必要だよと、もう一度苦労をかけなかった事に対して。
 
 定年後は、のんびりと好きなことをやって過ごそうと思っていたが、気がついてみると、農業の講師をしたり、自治区の役員にされたり、農業団体の役員になったりで、時には自分の意に沿わないこともやらざるを得なくなり、ストレスの少ない生活を送るつもりが、結構ストレスを感じる生活をしている。
 そんな時にS先生のことを思い出して、こんな自分でもまだ少しは世の中に役立つことが出来る機会を与えてもらっていることに、感謝しなくてはと思っている。
 
 











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