ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

10人10色と言うけれど(11月1日)

 CDとかLPを再生して音楽を聴く時に、少しでも良い音で聴きたいと思って、色々とオーディオ装置をそろえ、あれこれとチューニングする。そしてまあまあ自分の意図する音に近づいたといって、人に聞いてもらっても、本人ほどの感激はなかなか得られない。逆に人の音を聞かせてもらっても、たいていの場合、自分の音の方が好きだと思ってしまう。(幸せなことに、私の場合は、聞かせてもらって感動する音の仲間に恵まれているが)それほど再生する音は人によってみな違うのだ。
 それでは、誰もが目指す良い音とはどういう音をいうのか。CDとかLPが実際の楽器で演奏されたもので、それを再生するというのであれば、実際のコンサートで聞いている音に近づけるということに異論はないのではないか。これについてNHK交響楽団のバイオリニストの根津昭義さんが、ご自身のホームページで次のように述べている。
 「私はCDやレコードを聴く時演奏家の意図がよく分かるように会場の客席で聞こえる音を聴く事を一番大切にしています。ですが演奏家の弾き方を聞き取ろうと思う時は演奏家と同じステージの上で聴いているような感じで聴きます。(但しその場合も演奏家から少し距離をおいた感じで聴きます。演奏を至近距離で聴くのは迫力はたしかにありますが、全体のバランスが悪過ぎて一番大切な全体の構成が聞き取れないからです。それに音を遠くに飛ばす為の演奏雑音が強過ぎるのです。)」
ここで根津さんは、コンサートホールのS席で聞く音と、演奏家の近くで聞く音の2通りがあると言っておられる。しかしいずれの場合も、実際のコンサートに出かけていって、楽器の音色を良く聞いて、それをベンチマークにすることを推奨されている。
 これとは別に菅野沖彦さんが、レコード演奏家論ということを提唱しておられる。同じブラームスの曲でも、指揮者の数だけの演奏方法があり、どれもその曲の解釈としては正しいと同じように、コンサートホールで聞こえる音の解釈も、10人10色の解釈があっても良いのではないか、むしろ人の数だけ聞こえ方が違うはずだ、というような事である。
こんな風に書くと、結局どんな音でも本人が良いと思っているのなら、それが本人にとって一番良いのではないかという事になってしまう。しかし、果たしてそうであろうか。人の音を聞いて、この人は近い音が好きなんだ、この人はS席の音が好きなんだ、この人は響きの良いホールが好きなんだ、この人はクリアな音が好きなんだ、という様に理解できれば、10人10色といって済まされる。だがどうしても理解できない音がある。それは楽器の音が、楽器の音として聞こえないときである。本来どんなに鋭い音を出す楽器であっても、楽器という以上はその音は、人に心地よいはずである。ところが異様に音が硬かったり、音程が聞き取れないほどぼけていたりして、聞いていて不快になることがある。こういう音を聴かされた時に皆さんはどう対応しますか。
 思っていることを正直にいっても、聞いてもらえる人間関係が有れば問題ないが、そうでないと「小さな親切、大きな迷惑」状態になってしまう。これは自分自身にも言えることである。まだまだオーディオは奥が深く、人から学ぶことが多いので、自分の目指している音の方向を言葉で表現して、仲間の率直な意見を期待している。決して怒らないように心がけて。






朝からレコード三昧(11月2日)

今朝は、昨日のように雨はぱらついていないが、どんよりと曇ったヨーロッパの冬を連想させるような天気である。昨日は岡崎に中古のLPを買いに行き、40枚ちょっと購入した。1000枚以上はあると思われるLPを1枚1枚チェックし、ほしいなと思うものが見つかると、盤を取り出して、やつれを確認していると、あっという間に半日が過ぎてしまった。私としては興味のあるレコードが見つかり、予定よりも沢山買ってしまった。ジャズのLPも3枚あったが、他はすべてクラッシクのLPである。さらにこの手の店としては珍しく、少しおまけまでしてくれた。楽しい時間であった。
それを今朝から聴いているのである。今はさわりの部分だけを聞いて、演奏内容とか、ノイズのレベルとか、録音の良し悪しをチェックし、後からゆっくりと聴きなおすつもりでいる。初対面の人にあった感じで、わくわく、ドキドキする瞬間である。何を聞いているのか、そのリストをここに記す。
まずは3枚のジャズ
・Glad To Be Unhappy / Paul Desmond (VICTOR)
・Come With Me / Tania Maria (Concord)
・Largo / The Swingle Singers(Fontana)
日本語で「恋情」と題されたポール・デスモンドのLPは、ぺラ・ジャケで眺めているだけでも美しく、音も良い。次は私の好きなウエストミンスターのLP
・ベートーベン:SQ1番、2番/バリリ四重奏団
・ベートーベン:SQ15番/ウィーン・コンツェルトハウス四重奏団
バリリもウィーン・コンツェルトハウスもCDでは何枚か持っているが、やはりLPで聴く演奏は、音の鮮度といい、つやといい、圧倒的にすばらしい。特にバリリによる初期のベートーベンSQは本当に若々しく、感動する。次はバッハのロ短調ミサ曲
・カール・ミュンヒンガー指揮/シュトウツトガルト室内管弦楽団(ロンドン)
・カール・リヒター指揮/ミュンヘン・バッハ管弦楽団(アルヒーフ)
両者は対照的な演奏である。ミュンヒンガーの暖かさ、リヒターの厳しさ。それからリヒターのアルヒーフ盤には、なぜかグレゴリオ聖歌「わが主イエス・キリスト御降誕の第1ミサ」「聖霊降臨祭のミサ」パレストリナ「汝はペテロなり」「マリア被昇天のミサ」いずれもドイツ直輸入盤がセットされていた。次は古いレコード
・バッハ:組曲第2ロ短調、第3ニ長調/ミュンヒンガー指揮(ロンドン)1955年
・モーツァルト:クラリネット協奏曲/ウープラドゥ指揮(ANGEL 東芝電気)
・ベートーベン:ロマンス1番、2番/イゴール・オイストラフ(日本グラモフォン)
・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲2番/ルービンシュタイン(RCA1956
この頃のLPは重量盤である。次はビクターのリビング・ステレオの3枚
・チャイコフスキー:バイオリン協奏曲/ハイフェッツ
・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲1番/クライバーン(P)キリル・コンドラシン指揮
・モーツァルト:交響曲第40番/カラヤン指揮/ウィーン・フィル
若き日のカラヤンは、晩年の外面的な美音の追求のような作為は感じられず、本当に若々しく、みずみずしい。まだ半分も紹介できなかったが、もう時間だ。続きは、またいつか。




豊田市コンサートホールのバースデー・コンサート(11月3日)

今日、11月3日は豊田市コンサートホールの開館9周年に当たるということで、バースデー・コンサートが行われた。豊田市を中心にした、愛知県出身の独奏者がたくさん出演して、22曲の小品をそれぞれが演奏した。伴奏を勤めるオーケストラは、小牧市に本拠地を置く中部フィルハーモニー交響楽団、指揮は松尾葉子(名古屋市出身)さんです。
印象が強かった独奏者を順不同で紹介すると、トップはフルートの高木綾子(豊田市出身)さんです。彼女が今日演奏したのは、ドップラー作曲の「アンダンテとロンド」よりロンド。これは彼女の恩師西村智江さんとの競演。それからボルヌ作曲「カルメン幻想曲」、これをオーケストラをバックに演奏。彼女のフルートは、確固たるテクニックはもちろんのこと、その深い音色と音楽性には感動の一言。
その次は大谷康子(名古屋出身)さんです。大谷さんは、モンティ作曲のチャールダーシュを演奏しながら、コンサートホールの後部より登場されました。私は例によって最前列の席にいたのですが、プロの音はこういうことかと納得させられる、とても音離れの良いしかも独特のポルタメントをかけたような響きの美音で演奏されました。NHKのラジオ番組「クイズ疑問の館」のテーマ曲、エルガー作曲の愛のあいさつを演奏されているのが、大谷康子さんなのだそうです。
その次は永田真希(豊田市出身)さんです。永田さんは、母でもあり、先生でもあった、ヴァイオリニストの永田真理子さんと、バッハの二つのバイオリンのための協奏曲ニ短調より第1楽章を演奏されました。曲そのものが私の好きな曲でもありますが、彼女の若々しくて、切れのよい、リズム感と、エッジの立った音色は大変魅力的で、まさに現代のバッハといった感じでした。
このほかにも、山本真由美(ソプラノ)さん、佐野成宏(テノール)さん、服部孝也(トランペット)さん、広瀬悦子(ピアノ)さん、徳岡めぐみ(オルガン)さん、といったすばらしいメンバーでした。
最後に特筆すべきは、コンサートの終わり近くで、中部フィルハーモニー交響楽団によって演奏されたシベリウスのフィンランディアでした。この曲を生演奏で聞くのは初めてでした。この曲が抑圧されたフィンランドの人々を勇気付け、第2の国家といわれているという知識はありましたが、実際のスケール感溢れる演奏を聴いて、この事を強く実感しました。大変感動的でした。








「ライブ・ハウスの夜」の解説文(11月5日)


今年の6月に、知立にあるジャズ喫茶グット・ベイトで「ライブ・ハウスの夜」というテーマで、ジャズのライブを楽しんでいただけたらと企画し、LPコンサートを行いました。これはその時のために作った私の解説文です。
選定した8枚のジャズ・ライブ録音のLPは、あえて奇をてらうのではなく、ライブの名盤と言われるものを選定しました。一部を除きオリジナル盤で、マスターに準備してもらいました。

(1) Art Blakey - Au Club St. Germain, Vol. 2 (RCA (F) 430044)
Lee Morgan (tp) Benny Golson (ts) Bobby Timmons (p) Jymie Merritt (b) Art Blakey (d)
"Club St. Germain", Paris, France, December 21, 1958
1. Moanin' With Hazel 13:56

「サンジェルマンのジャズメッセンジャーズ」より「モーニン・ウィズ・ヘイゼル」からスタートします。これはジャズのライブ録音では超有名な盤の一つで、パリのクラブ・サンジェルマンでの実況録音です。
メンバーの一人で、ピアニストのボビー・ティモンズが作曲したモーニンという曲の意味は、教会での祈りのつぶやきのようなものをいいます。ゴスペルソングでよく使われる、シャウト唱法とか合いの手といったものがこの曲からは聞こえてくるような気がします。
ジャズメッセンジャーズが日本に初来日してファンキー・ブームを巻き起こしたのが61年の1月ですから、その2年前のライブ録音と言うことになり、この中での当時のパリっ子の熱狂を聞くと、日本でのモーニンの熱狂振りがしのばれます。
このモーニンという曲のタイトルにウィズ・ヘイゼルと入っているのは、客の一人で、歌手でピアニストであるヘイゼル・スコットが演奏に感極まって Oh Lord, have mercy! と叫んでいるのがくっきりと録音されていると言われているからです。
ユニゾンでのテーマの後リー・モーガンのトランペット、ベニ―・ゴルソンのテナー、ボビー・ティモンズのピアノとアドリブが続き、このときにヘイゼルの声が入っているようです。それ以外にも手拍子とか掛け声が色々と入っていて、クラブでのリラックスした雰囲気とか、演奏と一体になった興奮が伝わってくると思います。

(2) The Cannonball Adderley Sextet In New York (Riverside RLP 404)
Nat Adderley (cor) Cannonball Adderley (as) Yusef Lateef (ts, fl, ob) Joe Zawinul (p) Sam Jones (b) Louis Hayes (d)
"Village Vanguard", NYC, January 12 & 14, 1962
1. Introduction 1:56
2. Gemini 11:36

キャノンボールといえば、ブルーノートの「サムシン・エルス」とか「イン・シカゴ」「イン・サンフランシスコ」といったアルバムが浮かんでくると思いますが、ここでは「イン・ニューヨーク」を取り上げます。
弟ナット・アダレイとのクインテットから、ユーセフ・ラティーフを加えた3管編成に拡大して、それまでのファンキーな演奏に重厚さが加わりました。
陽気で明るい兄、キャノンボール・アダレイのアルト、シャイな弟、ナット・アダレイのコルネット、東洋的な音色のユーセフ・ラティーフのフルートとテナーといった3管編成で、それぞれが個性的なアドリブを展開します。ピアニストは後にウエザーレポートを結成するジョー・ザビヌルが加わってアーシーな音色を聞かせます。
このメンバーはキャノンボールがこの年に、初来日した時のメンバーで、私も名古屋でのコンサートで彼らの演奏に接し、大変興奮したことを思い出します。

(3) Stan Getz And J.J. Johnson At The Opera House (mono) (Verve MGV 8265)
J.J. Johnson (tb -1/4) Stan Getz (ts) Oscar Peterson (p) Herb Ellis (g) Ray Brown (b) Connie Kay (d)
"Opera House", Chicago, IL, October 19, 1957
3. Crazy Rhythm 7:34
4. Yesterdays 3:38
5. It Never Entered My Mind 3:45

このアルバムは、オスカー・ピーターソンのレギュラー・トリオ(ピーターソンP、レイ・ブラウンB、ハーブ・エリスG)にドラムのコニー・ケイが加わって、バックをつとめ、そこにテナーの第1人者スタン・ゲッツとトロンボーンの第1人者J.J.ジョンソンが競演すると言う大変豪華な顔ぶれで、最初で最後の演奏会です。ここから3曲聴いていただきます。
最初のクレージー・リズムは両者のホットな競演です。最初にJ.J.がどうやったらあのようにトロンボーンが吹けるのかと思えるようなテクニックを披露し、続いてクールなゲッツがこれも大変ホットにアドリブを展開します。次のイエスタデイズではJ.J.のバラードプレイを、そしてイット・ネバー・エンタード・マイ・マインドではゲッツのバラードプレイをじっくりとお楽しみ下さい。3曲続けておかけします。

(4) Zoot Sims Quartet-Live at Ronnie Scott's '61
Zoot Sims (ts) Ronnie Scott (ts -1) Stan Tracey (p) Kenny Napper (b) Jackie Dougan (d)
"Ronnie Scott's Club", London, England, November 13-15, 1961
5. Autumn Leaves 7:24



テナーのバラードプレイが出てきたので、どうしても皆さんに聞いていただきたいと選曲したのが、ズート・シムズのロニー・スコットでのライブより枯葉の1曲です。ズートのテナーでミディアムやアップテンポの曲を聞くと楽しく、スローな曲を聞くと優しく、また時には切ない気持ちになります。どうしてそうなるか。彼のひとの良い、優しい生き様が音色やフレーズににじみ出てくるのかもしれません。
イギリスではユニオンの力が強くて、外国のミュージシャンはクラブで演奏できなかったのですが、それを最初に実現させたのがロニー・スコットでのズートだったのです。
枯葉といえば、古今東西のジャズミュージシャンが名演奏を繰り広げていますが、このズートの枯葉は私の最も好きな曲の一つです。ここではLPが無いのでフレッシュ・サウンドのCDをかけます。

(5) Chris Connor - Chris in Person (ATLANTIC SD-8040)
Chris Connor(Vocal) Bill Rubenstein (p) Kenny Burrell (g) Eddie de Haas (b) Lex Humphries (d)
"Village Vanguard", NYC,
1. Introduction
2. Strike Up The Band 2:07
3. Misty 3:10
4. Senor Blues 3:17
5. Lover Come Back To Me 2:38
6. Angel Eyes 3:46
7. Hallelujah I Love Him So 2:56


女性ジャズボーカルを取り上げるとしたら、黒人ではビリー・ホリディを別格として、エラ・フッツジェラルド、サラ・ボーン、カーメン・マックレイといったところになり、白人ではアニタ・オディ、ジューン・クリスティ、そして今回取り上げるクリス・コナーといった名前が挙げられると思います。
クリス・コナーの魅力は、声量豊かなハスキーボイスで、軽やかに、粋にスイングし、都会人の知的な、そして自立した女性を感じさせてくれるところではないでしょうか。
クリスのライブ録音はあまり多くないと思いますが、このニューヨークのビレッジ・バンガードのライブでは、エロール・ガーナの作曲したミスティとかホレス・シルバーのセニョール・ブルースそしてレイ・チャールスのハレルヤ・アイ・ラブ・ヒム・ソーといった黒っぽいものも取り上げてクールに粋にスイングしています。それでは聞いてください。

(6) Wynton Kelly/Wes Montgomery - Smokin' At The Half Note (Verve V/V6 8633)
Wynton Kelly (p) Wes Montgomery (g) Paul Chambers (b) Jimmy Cobb (d)
"Half Note", NYC, June 24, 1965
1. No Blues 12:49




このアルバムも、名盤といわれているものの一つです。ウイントン・ケリーのピアノ・トリオにギターのウエス・モンゴメリーが参加して、まさに白熱の演奏を展開しています。ウエス・モンゴメリーといえばギターで1オクターブ離れた音を同時にユニゾンで演奏するという、いわゆるオクターブ奏法のテクニックを多用した人でもあります。
ここでもウエスのアドリブが静かに始まり、徐々に、徐々にと白熱を帯びてくるとオクターブ奏法が冴えまくり、あまりのすごさにウイントン・ケリーが聞きほれて、バックを取るのを時々止めてしまっています。もちろんウイントン・ケリーもウエスに触発されたのか、素晴らしくスイングしています。またチェンバースのベースソロも負けずに熱を帯びています。まさに白熱のライブ盤です。

(7) Bill Evans - Waltz For Debby (Riverside RLP 399)
Bill Evans (p) Scott LaFaro (b) Paul Motian (d)
"Village Vanguard", NYC, matinee 1, June 25, 1961

1. My Foolish Heart 4:56
2. Waltz For Debby 6:54


ビル・エバンスがベーシストのスコット・ラファロを迎えてピアノ・トリオを結成し、ポートレイト・イン・ジャズというアルバムを発表したのが1959年の暮れでした。それから1.5年経って、ビレッジ・バンガードでのライブをサンデイ・アット・ザ・ビレッジ・バンガードとワルツ・フォー・デビィという2枚のLPとして発表したのが1961年の6月です。そしてその11日後にスコット・ラファロは交通事故で亡くなりました。
このピアノ・トリオの特徴はスコット・ラファロのベース奏法にあるといっても良いでしょう。従来のベースが、コードを一音、一音の単音で一定のリズムを刻みながら演奏する、いわゆるウォーキング・ベースであるのに対して、ここでのスコット・ラファロのベースはまるでホーン奏者のように、ピアノと会話するようなインタープレイを行っています。是非ベースの音に注目して聞いていただきたいと思います。
1曲目のマイ・フーリッシュ・ハートではビル・エバンスがていねいに音を選んで、ゆっくりとしかも非常にテンションの高いピアノを演奏し始めると、これまたスコット・ラファロがゆったりとしたベースで、ピアノに語りかけるように、相槌を打つように演奏します。それによって益々エバンスのピアノが内向的になって行き、緊張感の高いリリカルなバラードプレイになっていると思います。曲が始まって少ししたところで、ニューヨークの地下鉄の電車の音が聞こえてきます。そんなところも注意して聞いてみてください。
次のワルツ・フォー・デビィでは、一転してベースがピアノ以上に雄弁にピアノと対話しています。それでも、どんなにベースが雄弁になっても、決してウォーキング・ベースにはなっていません。それがある種の緊張感につながっていると思います。そんなベースとピアノのインタープレイにも着目して聞いてください。

(8) Eric Dolphy - Last Date (Fontana (H) 681 008-ZL)
Eric Dolphy (as, bcl, fl) Misja Mengelberg (p) Jacques Schols (b) Han Bennink (d)
Hilversum, Holland, June 2, 1964
5. You Don't Know What Love Is 11:20

最後にエリック・ドルフィーのLast Dateと言うアルバムよりYou Don't Know What Love Isを聞いていただきます。
エリック・ドルフィーの魅力とは何か。これを語るにふさわしい人は、実は私ではなく、ここグット・ベイトのマスターであります。マスターは日本でも名の知れたエリック・ドルフィーの研究者であり、理解者でもあります。そのコレクションは世界でも有数のものであると思います。そんなひとの前でドルフィーを語るのはいかがなものかと思いますが、少し話してみます。
ジャズのみでなく、芸術一般において、その作品に接した時に割りと抵抗なく理解できるものと、最初は違和感を覚えるが、その良さがわかるとその魅力に取り付かれてしまうものがあるとすると、ドルフィーは後者に当たると思います。
それは彼のアドリブ表現における革新性、想像の自由さ、意表性といった言葉で表される創造性の天才的なところにあるのではないかと思います。彼はアルトサックスのほかにバスクラリネットとかフルートを用いて演奏しますが、なかでも彼のフルートの演奏は大変リリカルで、まるで小鳥と対話しているような優しさがあります。
ここではただひたすらにドルフィーのフルートの素晴らしさに耳を傾けてください。フルートという楽器でジャズを表現した演奏では、表現内容といい、音色といい、これをしのぐような演奏は無いといっても良いでしょう。




米原万理の「愛の法則」(11月7日)

今日、久しぶりに本屋に行ったら、米原万理の「愛の法則」という本が目に留まった。米原万理さんは2006年5月にがんのために亡くなられた。僕が彼女のことを知ったのは2003年の1月11日であった。その時にメモしたことは次のようである。
「ぼくは、作家の米原万理さんという人を、今日テレビを見て初めて知った。万理さんの父親は日本共産党衆議院議員であった昶氏である。彼が国際共産主義運動の機関紙である「「平和と社会主義の諸問題」の編集局(プラハ)に派遣され一家がその地に住み、万理さんはそこのプラハ・ソビエト学校に小学校4年のときに転入し1959〜1964の間学ぶことになる。その後日本の大学でロシア文学を専攻し、ロシア語の通訳者としてゴルバチョフ、エリツィンなどの通訳を体験する。そうした体験をもとに多くの本を書く。主なものに、「不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か」新潮文庫「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」文芸シリーズ「ロシアは今日も荒れ模様 」講談社文庫「魔女の1ダース―正義と常識に冷や水を浴びせる13章」新潮文庫などがある。
テレビでは、影響を受けたお母さんのエピソードを三つ話していた。一つは、小学校に入学するときの話である。男は黒のランドセル、女は赤のランドセルと画一的では個性がないということで、一人だけ茶色のランドセルを背負って入学したということである。二つ目は、家で豆まきをさせなかった。福は内、鬼は外という考え方が良くないということだ。三つ目は、家を新築したときに、子供たちに壁中に落書きを許した。それを見て友人が子供の躾がなっていないと言ったら、こんなに広い白い壁を見て落書きをしたいと思わない子供のほうが不自然でしょう、と言ったそうである。
本人もプラハ・ソビエト学校の思い出を語る中で次のような話が印象的であった。この学校は世界50カ国からの子供たちが集まっていた。会話の中ではお互いに自分を主張し、なるべく相手の弱点を突くようにしていた。日本に戻って同じように話をしても、反応が返ってこなかった。1年くらいしてはっと気がついた。日本人ってなんと素晴らしいんだろう。自分が話をするときに、話した後で相手がどう感じるかまでを考えているなんて。
こんな彼女の話を聞いたので、ぼくはさっそく本屋に行って「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」と「ロシアは今日も荒れ模様 」を買ってきて読んでみた。文章もうまく、話も新鮮で大変面白かった。本を読みながらぼくは別のことを考えていた。日本人なら誰でも「和をもって尊しとなす」という言葉を知っているが、本来の意味は、意見の違う者がいるときにはお互いに徹底的に議論して一致点を見出しなさい、ということだと思っているが、どうもそうなっていない。権威のあるものに従う、反対意見は聞かない、そういう風に思っている日本人が多いように思える。自分の考えを主張するとともに、相手の意見に耳を貸す。そういったことが未だに苦手な日本人が多いのではないか。トヨタ自動車とJR東海、中部電力の3社で中学・高校の一貫した学校を設立すると報道されているが、知識をどれだけ詰めたかで評価するのではなく、自分と他人の違いがはっきりと認識できる、自立した人格形成を重視した教育に期待したいと思っている。これからもっともっと米原万理さんの作品を読んでいきたいと思います。」
と言うような物であった。何か支離滅裂な結論を導いているが、それはさておき、米原万理さんの複眼的視点で、描き出されるイロンナ出来事は本当に新鮮で、僕はすっかり彼女のファンになっていた。それがわずか3年後に亡くなってしまって大変残念に思っていたが、今年新たに、最初で最後の講演録集が出版されたのである。勿論購入した。



花の香る木(11月8日)

花の香る木を3つ挙げるとすれば、春の沈丁花、初夏のくちなし、秋の金木犀であろう。その中でも初夏のくちなしは、特別のものである。

梅雨に入って長雨が続き、夜、読書などしていると、いつしか雨音が止んでいる。気分転換に暗闇の中で、庭に出てみると、風のないムンムンとした空気の中に、ほのかな香りが匂ってくる。それがくちなしの花である。ぼくがくちなしの花を意識するのは、決まってこういう状況なのだ。そして、最初にこの事を意識した時に、読んでいた本がレイモンド・カーヴァーの詩集、黒田絵美子訳「水の出会うところ」論創社、であった。

「雨」・今朝目がさめた時、無性にこのまま一日中ベッドの中にいて・本を読んでいたいと思った。・しばらくその衝動と闘った。・それから窓の外の雨を見た。・そして、降参した。・この雨の朝にすっかり身を任せよう。・わたしはこの人生をまたもう一度生きるだろうか。・また同じ許されない過ちを犯すだろうか。・うん、確率は半分だ。うん。

くちなしの白い花が、レイモンド・カーヴァーの詩に香りを添えてくれたのである。ぼくも、レイモンド・カーヴァーのようにやさしい文体で、自分の感情を詩に書いてみようと思った。だから、ぼくにとってくちなしの香りは抒情詩の匂いがするのである。

ぼくは、くちなしの木を庭にいっぱい植えたいと思った。くちなしには、一重の花、八重の花、さらにそれの大輪といろんな種類がある。花の艶やかなのは八重の大輪であるが、香りが強く実を結ぶのは一重の花である。いずれも挿し木で増やせるので、町の中をあちこち歩き、挿し木に適した枝を集めてまわった。あれから7年経った今、庭に5本のくちなしの木が増えて、白い花を匂わせている。花を摘んで水に浮かべ、部屋でも匂いを楽しんでいる。ぼくの詩もあれから少しは増えている。

「あめ」・梅雨に入り・毎日雨が降っている・わたしの心も・涙で濡れている・  雨に濡れた・紫陽花では・雨蛙が・鳴いている・ 理由もなく・涙を流し・胸をしめつける・わたしの心・・・・・(生野 恭)

黒人女性のビリー・ホリデイは1940年から50年代に現れた天才ジャズ・シンガーである。彼女がステージで歌う時にいつも髪に挿していたのが、くちなしの花である。レディ・デイと呼ばれたその人生は辛酸そのものであったが、それでも彼女の歌は、くちなしの花の香りのように多くの人の心に染み入って響くのである。
読書で疲れた時には、ぼくもジャズのLPやCDを聞く。大抵は音の良い録音のピアノトリオが中心である。ベースのうねるような低音の中で、ゆったりとしたピアノの演奏を聞くと、本当にリラックスできる。でも時には無性にビリーのジャズボーカルが聞きたくなる。うったえるようなバラードに身を寄せて、くちなしの髪飾りの似合う、女性を思い出しながら。




特別な本(11月9日)

「さよならバードランド」
ジャズ・マンの自伝を書いた本では、マイルス・デイビスとかアート・ペッパーのものが本格的であるが、ビル・クロウの書いた「さよならバードランド」は僕にとって特別なものである。これはベーシストのビル・クロウの50年代から60年代にかけての自伝的交遊録であるが、この本にはジャズを演奏する喜びといったものが溢れている。そこにはパーカー、エリントン、マイルス、ゲッツ、マリガン、ズート等のプレイヤーのエピソードから辛口の批評までが、彼の体験とともに語られていて大変おもしろい。なかでもズート・シムズの[楽器一つあれば、この世は極楽だった。]と言って、死の2日前までテナーを放さなかった一生には胸打たれるものがあった。訳者は村上春樹である。


この本と出会ったのは96年の10月だった。その時に僕は絶不調の時だったので、この本の世界に浸ってずいぶんと救われたものである。2900円でも安いと思った。今は新潮文庫で857円で買える。彼はこの本のほかに、ジャズ・アネクドーツという本も書いていて、これも村上春樹が翻訳している。


「昼寝のすすめ」

この本は、東京医科歯科大学教授の井上昌次郎先生の書かれた、タイトルは優しいが中身はなかなか深い一冊である。先生は、睡眠科学を専攻したのは、この領域ならライバルのいない未知の原野を探検するようなものだと思ったからだ、と書いておられるが、この分野のスペシャリストである。
・眠りにはレム睡眠と、ノンレム睡眠があり、レム睡眠は脳を活性化させ、ノンレム睡眠は脳を休養させる作用がある。
・レム睡眠が30分前後、ノンレム睡眠が60分前後の90分が睡眠の一つのサイクルとなっている。
・レム睡眠のタイミングで目を覚ますと、目覚めが良い。
・したがって昼寝は15分程度かもしくは90分以上が良い。中途半端では目覚めが悪くかえって逆効果である。
そのほか睡眠不足は累積するが寝だめはできないとか、ストレスは睡眠時間を減らすとか、眠りは風邪ウイルスに侵された体を治療に集中させるとか、左右の脳を交互に眠らせるイルカや渡り鳥がいる。等睡眠についての知識がいっぱい詰まった本である。

とかくストレスの多い、会社生活を送っているサラリーマン諸氏は、ここに書かれた知識を知っていると、疲労を回復させるのに役に立つと思う。同じような内容を、新書本にした「睡眠の技術」という本がワニのNEW新書で出版されている。




ちょっとした想像(11月10日)

先月の28日に親戚の法事にいった時、居合わせた従兄弟が、私のオーディオ好きを知っていて、声をかけてきた。家に古い電蓄があるが、邪魔だから処分しようと思っている。もし良かったら、持って行くかい。こういう話は滅多に断らない。たとえごみの可能性があっても貰ってくる。(それで後で苦労することもあるが)数日後、家の修理を頼んだついでに、従兄弟が電蓄を持ってきてくれた。
いつの時代の電蓄かは、はっきりと分からないが、日本ビクター製の、おそらく30~40年くらい前のものであろう。仕様はステレオになっているが、AM放送の受信機が2台付いているのは、NHKの第1と第2放送でステレオ放送を行っていた名残であろう。パワー部は真空管6BM8を4本用いたプッシュ・プル・ステレオアンプとなっている。しかし、使用可能なのは、真空管とスピーカーのみである。それも埃まみれであり、スピーカーはすべて分解して、剥がれていた補強板を接着しなおしたりしてリファインした。
スピーカーは2Wayであるがすべてアルニコ磁石が使用されている。その音は、大変素直で、すがすがしく、響きの良い音である。(箱を鳴らしているようだ)真空管アンプを使用して、LPでバロック音楽とか室内楽を聴くと最高である。

前置きが長くなったが、以上のような訳で、また中古のLPを買いに出かけた。そこで入手したLPの中に、音楽とは関係ないところで、私の想像力をかきたてたLPが4枚あった。
・ヘンデル:合奏協奏曲集/カール・シューリヒト、バイエルン放(コンサートホール)
・ヘンデル:水上の音楽/ピエール・ブーレーズ、ハーグ・フィル(コンサートホール)

この2枚が昭和45年4月にWさんよりTSさん、TYさん御夫妻の結婚祝いに贈られたものである。
・ハンガリー田園幻想曲/ピエール・ランパル(フィリップス)
これは同じ年の8月に、TSさんが奥さんのTYさんの24歳の誕生日にプレゼントしたものである。
・ヴィバルディ:フルート協奏曲「海の嵐」/イ・ムジチ合奏団(フィリップス)
これは46年の8月に、やはりTSさんが奥さんのTYさんの25歳の誕生日にプレゼントしたものである。(この年にお子様も生まれたようである)

もちろん私は、WさんもTSさんもTYさんも知らないし、あれこれと詮索するつもりはないが、奥さんのTYさんが私と同じ年回りなのに気づいた。そこで自分だったらどうしただろうか、などと想像しながら少し考えた。Wさんはコンサートホール・ソサエティの会員であった可能性がある。そのWさんは結婚祝いにヘンデルを贈った。今だったらわたしもなるほどと思うが、当時の年代であれば、モーツァルトのピアノ協奏曲にするだろう。奥さんはフルートの音色が好きなんだ。盤面を見ると、4枚ともよく聞いていたようだ。しかしジャケットはほとんど痛んでいない、大切に保管していたようである。特にコンサートホールのLPはジャケットの痛んだのが多いが、綺麗である。誕生日ごとにLPレコードをプレゼントするなんて、当時としては大変おしゃれと思う。それにしてもどうして、ここに来てLPを奥さんは手放したのだろう。色々と想像をかき立てられる。
ヘンデルの水上の音楽がスピーカーより典雅に流れている。



シャコンヌ(11月11日)

バッハは無伴奏バイオリン曲を6曲書いている。無伴奏バイオリンソナタ3曲と無伴奏バイオリンパルティータ3曲である。この中でもっとも有名なものが、第5楽章にシャコンヌを含むパルティータ第2番ニ短調であろう。
シャコンヌは「荘重な主題が提示され、これが30回変奏される。シャコンヌとは変奏を築き上げる古い舞曲形式の一種である。変奏から変奏へと気分的に緊張の高潮してゆく力強さが特徴である」(名曲の案内(中)、音楽の友社、S39年)とある。
ぼくが、バッハの無伴奏バイオリン曲を聞いて、もっとも感動したのはほんの数年前である。従来のCD中心から、音の良さを再認識してLPレコードをもう一度集めだした頃である。クラッシクのLPなら何でもよいと、友人に頼んで30枚、50枚と纏め買いしていた時に、若い女性が表紙に映ったハングル文字で解説が書かれた、韓国製のLPが1枚はいっていた。それが英国DECCA録音、チョン・キョンファ演奏の「無伴奏バイオリンのためのパルティータ第2番・ソナタ第3番」であった。最初にこのLPを聞いたとき、彼女のみずみずしい情感あふれた、美音で奏でる、若い情熱に溢れた演奏に思わず引き込まれてしまい、全曲を通して3回も聞いてしまった程である。偶然手に入れたこのLPは、今では、ぼくのもっとも大切なLPの1枚である。
先日キット屋の大橋さんが見えて、その音を聞いてアキシオムが鳴っているようだと、過大な比喩をしていただいた、ビクターのレトロ・スピーカーであるが、とにかく寛いだ素直な良い音を聞かせる。ヴォーカルとともに弦楽器の音はとても艶やかである。今日も朝から、バッハの無伴奏バイオリン曲を聞こうと、手持ちのCD、LPをひっぱり出して聞いている。
出てきた音源は、LPでは、チョン・キョンファ(1974年)、ヨーゼフ・シゲッティ(1973年)、ヨーゼフ・スーク(1971年)、ヘンリク・シェリング(1967年)の4枚。CDでは、ナタン・ミルシティン(1956年、1975年、1986年)、ギドン・クレメール(1975年、1980年)、フェリックス・アーヨ(1974年)、ヒラリー・ハーン(1997年)の7枚である。バイオリン奏者であればいつかは演奏してみたい名曲であるだけに、いずれの演奏も大変すばらしいと思うが、ぼくの好きなのは、キョンファとシゲッティの両極端の演奏と、中庸の75年ミルシティンの演奏か。クレメールの凛として、細部まで見通しの良い演奏も好みであるし、シェリングの清澄な演奏も素晴らしいし・・・この曲は、キョンファのものを特別として、皆良いのである。まだ怪物ハイフェッの演奏を聞いていないし、パールマンもまだだ。この件でもまだまだ楽しめそうである。





ホイットマンの詩(11月12日)

トヨタ自動車の山本副社長(1999年当時)がホイットマンの「ブロードウェーの景観」という詩を中日新聞の「紙つぶて」に紹介をされていた。

 西方の海を越えて此方へ日本から渡米した、
 謙譲にして色浅黒く両刀をさした使節達は、
 無帽にして臆せず、無蓋の四輪馬車に反りかえり、
 今日マンハッタンを練って行く・・・・・
 百万のマンハッタン人がその舗道に飛び出した・・・・・
 この景観の列に交じりて私もまた揚言する・・・・・
 彼等は肯定された。彼等は成就した。
  (ホイットマン詩集 弥生書房 白鳥省吾訳)

これは幕末の遣米使節団が熱烈な歓迎を、かの地で受けたことを歌ったものである。それを思うと大きな感動を覚えると語ってみえる。
さり気ない一文であるが、ホイットマンの詩の中よりこれを探し出し、遣米使節団を思いやり、今の日米関係の始まりを思い、そして感動する想像力を持つ。そこに深い知識と、豊かな人生経験を感じ取ることができる。





孤軍(11月13日)

私の勤めていた会社に、車のカラーコーディネートを担当するのぞみさんというデザイナーがいた。彼女は当時、色の流行に一番影響力を持っていたファッションの動向を丹念に調べ、車のカラー設定に取り入れていた。そしていつか車からカラーの流行を発信するのが夢だと言っていた。そんな彼女と僕が時々話をするのはビッグ・バンドのジャズについてであった。僕は天才ギタリスト、フレディ・グリーンの弾むリズムに乗って快調にスイングするカウント・ベイシーのバンドが最高に楽しいと思っている。彼女のお気に入りは秋吉敏子=ルー・タバキン・ビッグ・バンドである。僕はその時秋吉敏子のピアノトリオは知っていても、ビッグ・バンドはわからなかった。さっそく「ロード・タイム」という来日ステージの録音盤を買って聴いてみた。これは凄いと思った。この中に孤軍という曲があるが、まさに日本のにおいがぷんぷんする秋吉敏子の曲である。ルー・タバキンのフルートが尺八の音色を奏でながら、ジャズのビートにのって最高に盛り上がっている。日本がジャズで表現されている。
彼女が作曲した孤軍という曲のタイトルの意味は、この年に世間の話題となった小野田寛郎少尉のことと、彼女自身が米国で孤軍奮闘しているという意味を込めてつけたものであると、本人が語っている。この時期に孤軍以外に墨絵とかミナマタ、塩銀杏、ロング・イエロー・ロードといった彼女自身の手による日本のにおいを取り入れた曲がたくさん発表されている。

この動機について本人が「ジャズと生きる」という本の中で次のように語っている。MJQのピアニスト、ジョン・ルイスがコンコルド、バンドーム、フォンテッサといった一連の曲にバッハのフーガの技法とか、弦楽四重奏の技法を取り入れ発表していた。彼はヨーロッパに憧れてこういう曲を作ったのであろう。ならば私も同じ発想で日本を取り入れようと。しかし彼女の曲を聴いてジョン・ルイスは「日本は彼女に任せよう」といったそうである。すなわち彼はヨーロッパに憧れたのではなく、ジャズを世界の音楽にしたくて曲を書いたのである。後のものには東欧の匂いのする曲も出している。





物事の確からしさ(11月14日)
日本で国際化(グローバリゼーション)というと、国際的基準に自分たちを合わせていく、という風に受け止める人が大多数ではないでしょうか。英語であるグローバリゼーションを、米・英人はどう捕らえているのでしょうか。自分たちの使っている基準が最適であり、これを世界の標準として普及させる、という風に思っているのではないでしょうか。では、日本人が国際基準として描いているのは何でしょうか。それはアメリカの基準ではないでしょうか。日本人が描く国際化とは、その時々の軍事的、経済的にもっとも強い国のシステムを学び、取り入れるというのが行動パターンであり、かつて中国が強いと思った時は中国に学び、オランダがすすんでいると思った時はオランダに学び、今はアメリカ一辺倒である。(米原万理さんの「愛の法則」の中の国際化とグローバリゼーションのあいだ、より引用)
でも日本でグローバルスタンダードと呼ばれているものが、フランスではしばしばアングロサクソンの資本主義といわれる。市場のメカニズムにすべてをゆだねる方法は、決して世界の標準ではなく、社会的公正さを欠いた米英型資本主義にすぎないという意味である。つまり一つのものが、日本とフランスでは異なったものとして見えているのである。(内山節さんが週刊エコノミストの月曜日の手紙に書かれたものより引用)
引用が多くて申し訳ないが、上記のように考えると、世界に多くの民族や国があるかぎり、お互いが理解しあるためには、文化に触れ、歴史を知り、価値観を理解することが大切である。最近は多くの企業の方が、仕事で海外に出かけられるが、その機会を捉えて是非、積極的にその国のことを勉強し、文化に触れてほしいと思うのである。
理解しあうことの難しさは、国と国だけではなく、企業でもあるし、人と人の間にもある。価値観の違ったものが相手を理解しようとするときに、その差がどれだけ埋まって理解できているか分からない。とすれば自分のわかりやすい形でしか判断できない。ここにすれ違いが生じるわけであるが、これを埋めるのは対話しかないと思う。理解できていないという軋轢に、どの程度冷静さを失わずに対処できるかが大切なことと思う。
こう考えると分かったつもりでいることも、その根拠の確からしさは、はなはだ怪しいといわざるを得ない。よく考えて、誠実で、包容力のある人間が望ましいが、そんな人になれるだろうか。




ファインマンさん(11月15日)

僕は会社に入ってしばらくして「エコノミスト」という雑誌を定期的に読み始めた。実務的な経済誌というよりも、評論とか、対談とか、論文といったものが多くどちらかというとなかなか硬い本である。その中で欠かさずに目を通すものの一つが、書評欄である。この書評欄とは別に、夏休みに読む本の特集とかが定期的にある。
これを読んで影響を受け、読書のジャンルが広がった部分も多くある。早川文庫に代表される探偵ミステリーなどがそうである。それから軍事冒険小説がある。すべてこの種のものは、海外の翻訳物が圧倒的に面白い。
その中で面白い自伝小説に出会った。ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンの書いた「ご冗談でしょう、ファインマンさん」である。これは彼の飾り気のない人柄と、研究に対する情熱と、いたずらと冒険恋愛があり、中々のものである。
岩波から出版されている「ご冗談でしょう、ファインマンさんT」、「ご冗談でしょう、ファインマンさんU」、「困りますファインマンさん」、「ファインマンさん最後の冒険」の4冊は読んでいる。(今は岩波現代文庫になっている)



名古屋大学の飯島宗一元学長が書かれた学窓雑記と言う本を入手した。今回は第2弾であるが、第1弾もすでに入手している。エッセイ集であるがこれを読むと飯島先生の幅の広い学問知識に驚かされる。
その中にも「わからずやのファインマンさん」という文がある。これはファインマンが誰かの論文を読むと「社会における個々の人間は、しばしば視覚的、表象的経路を通して情報を受ける」と書いてある。これをよくよく翻訳してみると何の事は無い「人はものを読む」ということを言っているだけである。
こんな調子であるから、学会に出かけても判らないことは判らないと質問を連発する。すると会場の速記者に先生は大学の教授ではないでしょうと質問された。なぜなら言われていることの意味が私たちにも判りますからと言われた。面白いと思う。






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