ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

3泊4日の沖縄旅行(11月18日)

今日、会社に勤めていた時の仲間とその奥さんも参加しての、14名による沖縄旅行から帰ってきた。旅行先は、沖縄本島の最北端、辺戸岬から南端のひめゆりの塔までの沖縄一周旅行である。沖縄の自然景観や観光産業である、パイナップル工場、黒糖工場、紫芋のお菓子工場、琉球ガラス工場、そして文化遺産である、今帰仁城跡、座喜味城跡、首里城跡それから蝶々園、水族館などを見学し、さらに、ひめゆりの塔に参拝した。すべてを通して、買い物好きが、お土産を大いに買って楽しんだのと、沖縄の料理を楽しんだ、駆け足の旅であった。今の季節は、一般観光客よりも、各地からの修学旅行生が多く訪れていた。帰宅しての余韻として強く残っているのは沖縄音楽である。5音音階の民謡、エイサー、カチャーシーなど。





旅のつれづれ(11月19日)

いつだったか以前、村上春樹と河合隼雄さんが対談している「村上春樹、河合隼雄に会いにいく」という本を読んだ。一つのことを除いて中身は忘れた。当時村上春樹は国内での喧騒を嫌って、米国で執筆をしていた。そのために日本と米国を行き来していた。飛行機の中での退屈な時間を、ミステリー小説を読んで過ごすというのだ。それも取り扱いやすい文庫本で持っていく。なぜミステリーがよいかといえば、一気に読みたくなるからだという。
ぼくは、これだと思った。ちょうど会社の同年の人たちと、永年勤続旅行でカナダに行くことになっていたので、ロバート・パーカーのスペンサー・シリーズの探偵小説を持っていくことにした。このことを妻に話したら、私もそうすると言った。かくして二人で飛行機の中でミステリーを読みながらカナダへとむかった。ところが、会社の仲間がこれを見て訝ったのである。仲間といっても、ほとんどの人が初対面であった。私よりもよほど妻の方が若く見えるらしく、あの二人は、本当に夫婦か。ろくに話もせずに、機内で本なぞを読んでいる。などなど・・・
この雰囲気を取り払うために、現地のバスの中で一段と陽気に振舞う必要があった。英語の国では、石はストーンと落ちる。などといって。最初はどちらかというと、ネガテブな強烈な印象を仲間に与えたが、今ではなくてはならない仲間として、お付き合いさせてもらっている。
バンクーバーのホテルに泊まったとき、洗濯が面倒ということで、着替えは捨ててもよいものを持ってきた。しかし、ホテルでは捨てにくく、朝早く、妻と二人で散歩に出かけ、近くの公園のくずかごに捨てた。朝食のあと、仲間が散歩に行こうというので、ついていったら、その公園に行ったのである。気づかれるかとひやひやしながら、くずかごを見たら、捨てた衣類が消えていた。このことを、後で現地にいる日本人ガイドさんに話したところ、よくあることだと言う。そういう日本人がいるので、定期的に巡回して捨てた衣類を回収して生活している人がいるとのことだそうだ。
しばらくして、妻とロシアに旅行に出かけた。このときもぼくは文庫本を持って行った。行きの飛行機の中で全部読み終えたので、本を飛行機のシートの前のポケットに置いてきた。これがいけなかった。飛行機がチャーター便だったので、サンクトペテルブルグの空港で、新設にも添乗員が忘れ物ですといって届けてくれた。ぼくはうっかり忘れものをした男になってしまったのだ。物を置いてくるということは、なかなか出来そうで難しい。
モスクワでトレチャコフ美術館に行った。ここの美術館はロシアの美術家の作品を展示してある、ロシア色豊かな美術館である。ロシア人のガイドさんが流暢な日本語で案内をしてくれた。ぼくはガイドさんを試したくなって、質問した。チェーホフというロシアの作家は、日本では大変賢い作家として有名ですがご存知ですか。いや知りません、どうしてそう思われているのですか。知恵豊富(チエホーフ)だからです。これはガイドさんには通じなかった。しかし、同じツアーで来ていた、高校生のゆかり(仮称)さんが近くでこれを聞いていて突然笑い出した。ゆかりさんは親父ギャグが大好きなのだ。
これが縁でゆかりさんとは休憩のたびにダジャレのクイズを楽しんだ。「名前がとってもおかしい市はどこですか。」「長岡市」「いつもアベックで歩いている鳥は」「ニワトリ」「魚屋から魚を盗んだ猫はオス化メスか」「ネコババしたからメス」・・・・・周りがあきれていた。
旅に出るといろんなことや、いろんな出会いがある。





ジャワ伝統舞踊「ラーマヤナ」(11月20日)

インドネシアのジョグジャカルタ市を訪れた時に、ジャワ伝統舞踊「ラーマヤナ」を観る機会があった。ジョグジャはジャワ島の中西部に位置し、今も王宮にスルタンが居住し、知事を兼ねるという政治をし、ボロブドゥール仏教寺院遺跡群(市中心部から北西40キロ)やプランバナン・ヒンズー教寺院遺跡群(市中心部から東へ18キロ)が観光地として有名である。現在は大部分がイスラム教徒であるが、ヒンズーの文化も残っており、インドネシアの古都として独自の文化的雰囲気が有り、多くの観光客が訪れる。しかし、現地の観光ガイドの話では、隣の島バリ島からの、日帰りオプショナルツアーの観光客が多く、ジョグジャに滞在する人はそんなに多くないという。
ジャワ伝統舞踊「ラーマヤナ」の物語もそのルーツは、インドのヒンズーにあるという。だがここジョグジャでは、ガムランの奏でる音楽と唄によって物語が進行し、多くの踊り手が華麗な衣装に身をつつんで、独特の表現でバレーを演じる。(PURAEISATA)

PURAWISATAで貰った「ラーマヤナ」物語の日本語のあらすじを次に紹介する。
「ラーマ王子とシンタ姫、王子の弟のラクスマナ王子は、黄金の鹿に姿を変えたラフワナの手下のマリチョに誘われて、森へ入った。姫を残して、二人が鹿を捕らえにいった隙に、姫はラフワナにさらわれてしまう。

ラーマ王子の仲間の鳥・ジャタユは姫を助けようと試みるがかなわず、逆に深手を負った。ジャタユは、王子に姫が捕らえられていることを伝え息絶えてしまう。これを聞いたラーマ王子は、猿の長のハヌマンを姫の様子を探りに、ラフワナの王国・アレンカに赴かせる。
ハヌマンは、王子からの指輪を姫に託して後、アフレガソカ庭園を襲撃し、ラフワナの大軍と戦う。遂にハヌマンは、ラフワナの片腕・ヒンドラジットに捕らえられ、火をかけられるが、なんとか生きのびる。

ラーマ王子は、ハヌマンからアレンカの様子を聞く。ハンゴドはアレンカに赴き、ラフワナに謁見して、姫を無事にラーマ王子のもとへかえすよう頼む。しかし、ラフワナはこれに怒り、手下にハンゴドを処刑するよう命じるが、ラフワナの兄のクンブカルノはこれを諌める。これをラフワナは聞き入れず、クンブカルノを追放する。

ラフワナが戦にむけ、兵を集めたのでヒンドラジットはクンブカルノに助けを求めた。戦により、アレンカの兵はすべて死に、クンブカルノも殺される。ラフワナは庭園にいるシンタ姫のもとを訪れた後、ラーマ王子と戦う。ラーマ王子はどうにか勝利し、ハヌマンはシンタ姫を救い出す。シンタ姫はラーマ王子との再会を心から喜ぶが、一方ラーマ王子は彼女の貞操を疑う。ラーマ王子は、姫に燃え盛る火の中に飛び込み、身の潔白を示すよう要求する。・・・・・」

最後はハッピーエンドとなる。この舞踊劇が夜の8時より、1時間半かけて、ジョグジャの星の下、野外劇場で演じられている。





岡崎第九演奏会(11月21日)

朝起きてみると、どんよりとした天気で雨が降り出しそうであった。しかし午後からしっかりと太陽が顔を出し、良い天気となった。夕方から岡崎の市民会館で「岡崎第九演奏会」があり、第9のIさんから招待していただいたので、車をやめて電車で出かけた。岡崎駅のバス案内所でどのバスに乗って、どこで降りればよいか聞いて、バスを利用して市民会館にやって来た。小高い丘の斜面を利用して立てられた、周りに溶け込んだような建物である。初めての場所なので少し時間に余裕を持ってきたのである。会場までにまだ時間が有った。休憩場所に行ってみると、第9のIさんが見えていて、いよいよですね、などといっているところへ会社の先輩であるSOさんが顔を出した。IさんとSOさんは顔見知りのようで、わけを聴くと、SOさんも、今年は事情があって参加していないが、もう5年も一緒にここで歌っているという。確かSOさんは会社にいた時に合唱をやっていましたよね。と質問すると、いややっていなかったよという。合唱団の女性専門にレクの面倒を見ていただけだというのである。私はSOさんのことをずっと勘違いしていたのである。
そうこうしているうちに、キット屋の大橋さん、佐藤さん、それからいつものデカチョーさん、タケさんが顔をそろえ、開演となった。関谷弘志さん指揮する大阪センチュリー交響楽団の演奏で、モーツァルトの歌劇「後宮からの誘拐」序曲が始まった。
オーケストラの演奏は細部まで神経の行き届いた、さわやかなモーツァルトであるが、何かいつもと違う感じがした。私は最前列で、オーケストラに近い音をいつも聞いているのであるが、今日はIさんのご配慮でS席で聞いている。音が響きあいながら且つ見通しの良い音、そんな期待があったのだが、それぞれのオケパートから、それぞれの音が分離して、遠い感じで聞こえてくるのである。ここのコンサートホールは、大変吸音が良いのである。
そんな感想を持ちながら、いよいよ第9の演奏が始まった。オーケストラはモーツァルトのときと同じように、細部までよく神経の行き届いた演奏であった。第2楽章も終わりいよいよ合唱団の入場である。私はIさんを探した。なんと、向かってホール右手より登場した合唱団の先頭である。舞台に整列した時には、最後列の中央に立っていた。大変わかりやすいポジションである。
第3楽章の演奏が始まった。この音響環境の中では、デリケートなパートがよくわかり、これから始まる第4楽章の壮大なドラマを充分予感させるものである。第4楽章冒頭のコントラバスはもう少し迫力のある聞こえ方がしてほしいところであるが、想像力で補うこととする。なんと言っても圧巻なのが、150名の男女が歌う合唱である。アマチュアとは思えない細部まで神経の行き届いた、迫力のある合唱は、いかに日頃からこの日のために練習を積んできたか容易に想像できるものである。興奮と盛り上がりの
フィナーレと共に万雷の拍手につつまれて、余韻を楽しむ中、オーケストラとそして合唱団の退場である。最初に入場してきたIさんが最後に退場して行った。そしてステージには誰もいなくなった。
演奏終了後、我々のところに、一緒に歌った奥さんと共に挨拶に見えたIさんは、一つのことをなし終えた清々しい表情であった。





レイモンド・カーヴァー詩集(11月23日)

ぼくは中学生の頃から詩を読むのが好きで、ゲーテやリルケ、ヴェルレーヌといった人達の訳詩を中心に色々と読んできた。でも今は、レイモンド・カーヴァーの詩が気に入っている。レイモンド・カーヴァーは短編小説の名手で、日本では村上春樹が「レイモンド・カーヴァー全集」全7巻を中央公論社より翻訳出版している。その第6巻に詩集も入っている。だがぼくの好きなのは、詩集に関しては村上春樹訳ではなく、黒田絵美子訳の「レイモンド・カーヴァー詩集」の方である。訳がどう違うか、詩集のタイトルともなっている、「水の出会うところ」という詩で比較する。

水の出会うところ
ぼくは小川が好きだ。せせらぎが好きだ。
林の中や原っぱを流れている細い流れも好きだ。
まだ小川にたどりつく前の細い流れ。
秘めやかに流れているかんじが、何よりも好きだ。流れの源のこと
を言うのを忘れていた!泉ほどすばらしいものがあるだろうか。
だが、大きな川にも心をひかれる。
・・・・・・
(黒田絵美子訳 論創社)

水と水とが出会うところ
僕は小川と、それが奏でる音楽が好きだ。
小川になる前の、湿原や草地を縫って流れる
細い水流が好きだ。
そのこっそりと密やかなところがすごく
気に入っているんだ。そうそう
水源のことを忘れちゃいけない!
源の泉くらい素晴らしいものがほかにあるだろうか?
とはいってもちゃんとした川だってやはり捨てがたい。
・・・・・・
(村上春樹訳 中央公論社)

ぼくは、英語の原文を読んでいないし、また読んでもどちらの訳がカーヴァーの文体に近いのか、また言語が違う中でそんなことにどれだけの意味があるのか、そんなことは判断できない。ぼくの受け取りは、カーヴァーの詩は口語体でやさしく書いてあると思うけど、村上訳ほどの会話体よりも、黒田訳の文体の方がぼくにとってすんなりと受け入れやすい。それだけのことである。
彼の詩を読んでいると、今までよりも少し自分の感性を高めて、感じたことを表現し、どうしてそうなのかなどといったことを書きとめればよいのかと思い、ぼくにも出来そうな気がしてくる。しかしやってみるとなかなかむつかしい。





レイモンド・カーヴァー風に(11月24日)

気ままに

ぼくは山が好きだ。
汗をいっぱいかきながら、
歯を食いしばって登ったあと、
山頂の雄大な眺めと、
可憐な花がいっぱい咲いているお花畑に、
身をおくと、とても幸せになれる。
だから、白山とか御岳といった、
山頂の広々とした山が好きだ。
もちろん槍ヶ岳のようなスリルのある山も、
嫌いではないけど。

ぼくは現在とても元気だよ。七年前のぼくを、
誰が想像できるだろう。
あの頃の、ぼくの心は空っぽであった。
それを取り戻すのに五年かかったよ。
でも今は充実しているんだ。
山頂に身をおいて、自由な気持ちで
気ままに、もう少し思索しよう。
ぼくを豊かにしてくれる、
すべてのものを愛することを。
このことを君に言いたかったんだ。

これは、初めて黒田絵美子訳のレイモンド・カーヴァー詩集に出会って、刺激されて書いたものであるが、今読み返してみると、ただ単に易しい文章を書いただけのような気もするが、ぼくの文体はこの影響を受けていると思っている。





フジキヨさんのレコード(11月25日)

先日、会社の同僚と沖縄旅行に出かけた折に、フジキヨ(仮称)さんから、聞かなくなったLPが有るけど、と言われて喜んでもらってきた。それを、汚れたビニルカバーを取り替えたりしながら聞いている。フジキヨさんの集めたコレクションを引き取って聞いていると、ぼくが1950年代、60年代に耳にした音が甦ってきて大変懐かしい。そのLPの一部を紹介する。

 ・アルフレッド・ハウゼ楽団:「コンチネンタル・タンゴ・イン・トーキョー」「小指の思い出・日本のアルフレッド・ハウゼ」
 ・カーメン・キャヴァレロ:「夜霧の慕情」「二人の世界」「わが心の詩情」
 ・エドモンド・ロス:「ロス・イン・ジャパン」

当時日本で大変人気のあった楽団で、日本のポピュラー音楽や童謡をアレンジして演奏している。

 ・フランク・プウルセル:「フランク・プウルセル・デラックス」
 ・ウェルナー・ミューラー:「ウェルナー・ミューラーのすべて」
 ・パーシー・フェイス:「星影のムード」
 ・ザビア・クガート:「ゴールデン・クガート・デラックス」

世界を代表するムード・ムージックの演奏に定評のある楽団の代表的演奏ばかりだ。

フジキヨさんのコレクションはこれ以外にも、ジャズ、クラッシク、日本の流行歌と大変多岐にわたっているが、それでもなぜかこれらの音楽を最もよく聞いていたのではないかとぼくは思う。フジキヨさんはロマンチストなのだ。





退職後の雑学生活入門(11月27日)

昨日のNHK番組、視点・論点のなかでNPOコミュニティ支援センター理事長の相原和幸氏が、退職後の雑学生活入門というタイトルでお話をされていました。相原さんは中高年の再就職支援活動などをされている方で、御自分の経験に基づいて退職した人たちが、新しい仕事なり、新しい生活を始めるに当たって身につけてほしい雑学をお話されていたのだが、聞いていて感じるところがあったので紹介する。

  1) 場読能力を身につける。
  話をする時にその場の雰囲気を読めるようにする。今までは、周りの人が雰囲気を読んであわせてくれていたが、今度は自分がそういう能力をもう一度身につけるようにする。それにはケース・スタディをする。
2) 目線効力を意識する。
  相手と話をする時に、上から見下ろすような視線でいないか、きちっと対等な目線で話をしているか。鏡を使って訓練する。朝、顔を洗ったり、歯を磨いたりする時に鏡を見て、今日の自分の表情は明るいか、暗いか確認する。鏡の自分に向かって笑いかける。そして目を見る。優しい目をしているか。
3) 失敗話力を身につける。
  自分の成功体験を得意げに話すのではなく、失敗体験を面白おかしく話が出来るか。自分のマイナス面をさらりと言ってのける心の広さを持っているか。

こうした雑学を身に着けて、異なった新しい世界でのびのびと生活してください。

このような内容のお話であった。私も今年会社を退職し、今までと異なった環境の中で、農業をしたり、趣味の音楽やオーディオ仲間とお付き合いしたりして生活しているが、時々会社生活を引きずっている。よい事も沢山あるが、相原さんの指摘されるようなマイナス面が出ないように、こういった雑学を身につけなくてはと思う。





ゲッツの歌心(11月29日)

最近はLPレコードでジャズを聞くことが多くて、CDはめったに聞かないが、それでもこれだけはCDで(CDしか無い)というものもある。その1枚がスタン・ゲッツのラウンド・ミッドナイトというタイトルのCDである。このCDは8年前にドイツのデュッセルドルフで購入したものである。ベルギーで製作されたジャズマンのベスト盤の一つで、「Stan Getz In Scandinavia With Oscar Pettiford (1959)」 からStuffy、I Remember Clifford、Laverne Walkが収録され、「Stan Getz In Denmark (1958-59)」 からPennies From Heavenが収録され、「Stan Getz Live In Europe 1958」からBroadway 、Round About Midnight 、Dear Old Stockholm 、Lady Birdなど全8曲が収録され、合計で12曲の構成となっている。前二枚のアルバムはコペンハーゲン、後の1枚はパリでの演奏である。

STAN GETZ ぼくはスタン・ゲッツの演奏するジャズをよく聞く。LPとCDをあわせれば50枚以上のアルバムがあるが、良く聞くのはStan Getz Playsというアルバムである。ここに入っている曲はすべて気にいっている。それからStan Getz Quartets、このアルバムに入っているWhat's New?は絶品である。それからJ.J.Johnsonとのオペラハウスのライブやスイートレインなども好きである。後期のものでは、コンコードに録音したもの、そしてケニー・バロンと組んでの演奏が良い。こう書いていくと次から次へとアルバムが出てきてきりがないのである。
ぼくがスタン・ゲッツの演奏で好んで聞く曲は、スローでもアップでもなくミディアムテンポの歌物である。ミディアムテンポのリズムをバックにして、彼の硬質でスピード感のあるテナーからアドリブで、歌心あふれるメロディが次から次へと繰り出されるのを聞くのは、一種の快感である。彼の演奏は、体調の悪い時にはバックミュージックとして聞き流しても良く、体調の良い時にはのめり込んでそのすごさが体感できる。

この「ラウンド・ミッドナイト」というアルバムは、収録されている曲といい、ゲッツのテナーの音色といい、ぼくがゲッツの演奏に期待する要素がいっぱい詰まっているのである。但し録音の音があまり良くないのが玉に瑕である。
それから「スタン・ゲッツ ボサ&バラード ロストセッション」の1曲目SUNSHOWER、今ぼくが1曲選ぶとしたらこれで決まりである。ゲッツ以外にもケニー・バロンのピアノ、ジョージ・ムラーツのベースも哀愁が漂っている。録音も良い。





ポートレイト・イン・ジャズ(11月30日)

イラストレーターの和田誠は、また大のジャズファンでもある。彼が描いた26人のミュージシャンの肖像を見て村上春樹が、そのジャズマンに対するエッセイ(人物評と好きなCDの紹介)を添える、こうして出来たのがポートレイト・イン・ジャズという本である。したがって読者を強く意識したジャズマンの紹介本ではなく、和田誠の個人的な趣味で取り上げられた人物画に、これまた村上春樹の個人的な思い入れが書かれている。

例えば、春樹が好きだといっているスタン・ゲッツについては次のように書いている。

ポートレイト・イン・ジャズ 「スタン・ゲッツは情緒的に複雑なトラブルを抱えた得た人だったし、その人生はけっして平坦で幸福なものとは呼べなかった。・・・・・しかし生身のスタン・ゲッツが、たとえどのように厳しい極北に生を送っていたにせよ、彼の音楽が、その天使の羽ばたきのごとき魔術的な優しさを失ったことは、一度としてなかった。彼がひとたびステージに立ち、楽器を手にすると、そこにはまったく異次元の世界が生まれた。ちょうど不幸なマイダス王の手が、それに触れるすべての事物を輝く黄金に変えていったのと同じように。・・・・・ジャズの歴史の中には星の数ほどのサキソフォン奏者がいる。でもスタン・ゲッツほど激しく歌を歌い上げ、しかも安易なセンチメンタリズムに堕することのなかった人はいなかった。・・・・・」

ジャズについて書かれた本は多いが、取り上げたジャズマンの何を聞くべきかといったアルバムの紹介であったり、ジャズマンの経歴紹介で有ったりするものが多い。むしろこれからジャズを聴こうとする人にはこういった本で知識を整理するのが有用であり、この本のように人物評を書かれてもその音楽を想像するのは難しい。ジャズの世界に少し入り込んで、ジャズマンの名前を聞けばその音楽が浮かんでくる、そんな人がこの本を読むと、村上春樹特有の比喩をちりばめたこの文章はそれなりに面白いと思う。

ジャズ・ベーシストのビル・クロウが書いて、春樹が翻訳したジャズ・アネクドーツという本がある。この本もジャズについて書かれた本であるが、ジャズのミュージシャンという立場で、多くのジャズメンの秘話・裏話・こぼれ話などを収めた逸話集で、面白・おかしく読める。例えばジャズマンの好むジョークの一つについてこう書かれている。

「古いジョークにこういうのがある。ニューヨークの路上で老婦人がミュージシャンに尋ねる。「すみませんが、カーネギーホールへはどうやったらいけるのでしょう?」ミュージシャンは答える、「練習あるのみ」このジョークを知っているミュージシャンは皆このように答える。ピート・ブラッシュにも同じような機会が訪れた。ヴァイオリンを下げた女性が彼に尋ねた。「どうやってカーネギーホールに行けばいいのでしょう?」思い出すたびに深く悔やむことになるのだが、ピーとはこう答えた、「アップタウンを57丁目まで行って、左に曲がって7番街に行けばいいです」







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