ジャズ・オーディオの雑記帳
by 6041のS

「FMジャズ喫茶Pitch」2018年2月1-2週放送分の収録 (2018.1.22)

 放送に使用するレコードを選定するときに、できるだけ音の良いレコードを!と思うとオリジナル盤が有れば、それに手が伸びるのであるが、ぼくの場合オリジナル盤というのはほとんどが中古レコードで入手したものである。特にアメリカで使用されていたレコードというのは、日本人のようにレコードを丁寧に扱うという習慣が少なく、聞いてみるとノイズの多いものが大半である。ぼくも実際にアメリカの方がレコードをかけるのを現地で経験したが、溝のある盤面を平気で持って取り扱っていた。個人で聞くときは、ノイズは脳のフィルターにかけて聞くのであまり気にしないが、放送では録音は良くてもノイズが多いと不快に感じる方もおられるので、使用しないようにする必要がある。持っているオリジナル盤の半分は放送に使えないようである。今回は神谷マスター、清水、大橋店主の順でスタートである。

 

1)神谷:Cherokee (10:25)
・Bobby Watson - Live In Europe - Perpetual Groove
・Red Record - VPA 173
・Recorded live at Scimmie Milano, Italy, November 83
  Alto, Soprano Saxophone - Bobby Watson
  Bass - Attilio Zanchi
  Drums - Giampiero Prina
  Piano - Piero Bassini

 またマスターが一般の人はあまり聞かないイタリア盤を持ってきた。リーダーのボビー・ワトソンは77年〜81年にはジャズメッセンジャーズに参加して音楽監督をしていたが、このアルバムを録音した83年には単独でイタリアに渡り現地のミュージシャンと何枚かアルバムを制作している。演奏のスタイルはチャーリー・パーカーもこうであっただろうと思われるようなバリバリのバップジャズである。83年のイタリアではこれがまだ受け入れられたのだろうか。

 

 

2)清水:The Eye Of The Hurricane (8:03)
・Herbie Hancock - Quartet
・Columbia - C2 38275
・Recorded July 28, 1981 at CBS Sony Studios, Shinanomachi, Tokyo, Japan
  Bass - Ron Carter
  Drums - Tony Williams
  Piano - Herbie Hancock
  Trumpet - Wynton Marsalis

 ぼくが選んだハービー・ハンコックのこのアルバムは、これが世に出た当時は大いに話題となったアルバムである。まずメンバーがハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズというかつてのマイルスバンドのリズム隊に新鋭のトランペッター、ウィントン・マルサリスが参加して構成されている。このウィントン・マルサリスの演奏が新人とも思えないほどに素晴らしいのである。このアルバムは東京信濃町のソニーのスタジオで録音されたのである。聞いていると録音も良く、バックでリズムを刻むトニー・ウィリアムズのシンバルレガートは、大橋さんに譲ってもらったJBLの16Ω075ツィーターから出てくるのを聞くと、まさに快感である。

 

 

3)大橋:Chelsea Bridge (7:09)
・Gerry Mulligan, Ben Webster - Gerry Mulligan Meets Ben Webster
・Verve Records - MG V-8343
・Recorded at Radio Recorders, L.A. Nov. 3 & Dec. 2, 1959
  Baritone Saxophone - Gerry Mulligan
  Bass - Leroy Vinnegar
  Drums - Mel Lewis
  Piano - Jimmy Rowles
  Tenor Saxophone - Ben Webster

 大橋さんが玄人好みのアルバムを出してきました。ジェリー・マリガンはノーマン・グランツの企画を受けて、セロニアス・モンク、スタン・ゲッツ、ジョニー・ホッジスなど大物と共演アルバムを出していますが、今回はなんとベン・ウェブスターです。彼の独特のテナーサックスの音色を何と表現するか、サブトーンのよく聞いたねばねばした音というか、ダミー声の演歌師のようなというか。また大橋さんの選曲が、チェルシー橋というスローバラードの曲で、ベン・ウェブスターを十分堪能できます。

 

 

4)神谷:My Love (5:14)
・Salena Jones - My Love
・JVC - VIJ-28013
・Recorded at Victor Studio, Tokyo on April 8 & 13, 1981
  Bass - Gordon Edwards
  Drums - Steve Gadd
  Guitar - Cornell Dupree, Eric Gale
  Keyboards - Richard Tee
  Vocals - Salena Jones

 マスターがジャズヴォーカルを選曲してきました。このアルバムはサリナ・ジョーンズとスタッフが1981年に来日した時に共演が実現して、東京で製作されたものです。My Loveという曲はポール・マッカートニーの作曲で、サリナは実にゆったりと歌っています。彼女は日本を第2の故郷と言っているように、日本びいきで来日回数も多いので、良くご存じの方も多いと思います。

 

 

5)清水:Solvejg's Song (From Peer Gynt Suite) (6:50)
・Toshiko Akiyoshi - Finesse
・Concord Jazz - CJ-69
・Recorded 1978 in San Francisco
  Bass - Monty Budwig
  Drums - Jake Hanna
  Piano - Toshiko Akiyoshi

 ぼくが選んだのは、秋吉敏子が1978年にサンフランシスコで録音した、Finesseというピアノ・トリオのアルバムです。彼女は1973年にロスアンジェルスでビッグバンドを結成し、74年には「孤軍」、75年には「花魁譚」、「ロング・イエロー・ロード」などといったアルバムを制作し、79年には「すみ絵」を製作しています。そんな時代の彼女が製作したFinesse(delicate and impressive skill: dancers performing with finesse;Longman American English Dictionaryより)というアルバムのFinesseを感じるのにふさわしい曲、Solvejg’s Song(From Peer Gynt Suite)をお楽しみください。

 

 

 今回もどこでどう話が弾んだのか、6曲の予定だ5曲となってしまいました。せっかくですので大橋さんの選曲だけでも紹介しておきます。準備していたのはジャッキー・マクリーンのAction(Blue Note)というアルバムのHootnanという曲です。少しフリーキーなマクリーンのアルトの演奏に加えて、ヴィブラフォンのボビー・ハッチャーソンがとても良い味を出している演奏です。

 

 

 

 日本のLPレコードの歴史を紐解いてみると、1951年(昭和26年)4月に日本コロムビアが最初のLPレコードを発売しました。 WL5001-2:ブルーノ・ワルター指揮、ニューヨークフィル/ベートーヴェン交響曲第9番「合唱」 など。米国ではこの2年前に登場している。一方SPレコードが完全に市場から姿を消したのが1955年(昭和30年)である。この間はSPとLPが共存していた。
 SPレコードは78回転/分で鉄針をサウンドボックスに取り付けて再生していた。 (後には電気式蓄音機が登場した)このサウンドボックスの重量は100〜150g程度あり、LP用語でいえばカートリッジの針圧が150gということである。もしLPをこの装置にかけたらレコードが傷だらけとなってしまう。
 ぼくの持っている1954年に発売されたLONDONレコードのLLA10034:クレメンス・クラウス指揮、ウィーンフィルハーモニー/第3回新年演奏会−シュトラウス一家の音楽− (これは初めてLP化されたニューイヤーコンサート)のジャケットにはLPレコードの取り扱いについての注意書きが9項目ある。主なものを書きだすと、
 ・LPレコードはかならずLPプレーヤーで演奏してください。そして回転数は毎分332/3回転に正しく整えてください。
 ・ピックアップはLP用として特に軽く(10g以下)、針先を正しく仕上げたものをご使用ください。
 ・レコードの出し入れのさいレコード表面を指先で触れて、爪傷や指紋をつけぬようご注意ください。
 ・演奏にあたってはピックアップを慎重に溝におろして、針先で盤面を傷つけないようにして下さい。
 などなど、である。こういったことを書かないといけないのは、SPの時はあまり気にしなくてよかったからであろう。 日本よりSPの普及がはるかに進んでいた米国では、SPの文化が定着しており、 それがLPの時代になっても盤面を平気で素手で触るということになったのではないかと、勝手に推測しているのである。 もっとも、1954年の日本では、平均月給が2.8万円の時代に、LPは1枚2300円もしたのだから、高級品扱いせざるを得なかったのではとも思う。

 

 


 

 


 

 









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