キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
第1話 ことの起こり (2006.5.29)
皆様、初めまして。今年SV-501SEキットを購入して以来、キット屋さんとお付き合いを開始しました。オーディオの前に、どんな音楽を聴くかをはっきりさせたいのですが、先達のホームページを拝読した結果、オペラや歌曲等が少ないかな、と思いました。ここではそれに焦点を当ててみたいと思います。装置に関して私はビギナーですが、音楽を愛する気持では負けません。また、今まで40数年間聴いて来た内外のオペラ等の印象記(余りに自己流なので心配ですが)をお読み頂ければ嬉しいと思います。

長文を書く時の私の癖は、まず全体の構造枠を示し、その中で幾つかのハイライトを書いておき、それぞれのハイライトを膨らませて行く方法を取っております。ここでもその手法を用いました。何しろWEBに書くのは、これが初めてなんです。何かと至らないところ、御迷惑の掛かるところも有るやも知れませんが、どうかご容赦ください。
今まで見た舞台70数回、持っているオペラ全曲数で100曲程度、オペラ関係のCD枚数が1200枚程度あります(例えば「椿姫」は21組持っております)。その他にピアノやオーケストラのコンサートにも出掛けましたので、それも若干例加えてあります。

持っている楽譜類は、トリスタンとイゾルデ(P)、ワルキューレ(P)、薔薇の騎士(F)、ドン・ジョヴァンニ(F)、魔笛(P)、ランメルムーアのルチア(F)、トロヴアトーレ(P)、夢遊病の女(P)、ノルマ(FとP)。たった10曲分しか持っておりません。(F=フルスコア、P=ピアノスコア)。あとは断片的なヴェルディとワーグナー、およびその他のアリア集類です。

また、ここで使用したCD類、および参照したCD類は下記のとおりです。全曲盤を中心としています。
さまよえるオランダ人(ワーグナー)、タンホイザー(ワーグナー)、トリスタンとイゾルデ(ワーグナー)、ワルキューレ(ワーグナー)、ジークフリート(ワーグナー)、神々の黄昏(ワーグナー)、ニュルンベルクの名歌手(ワーグナー)、ラインの黄金(ワーグナー)、パルシファル(ワーグナー)、フィガロの結婚(モーツアルト)、ドン・ジョヴァンニ(モーツアルト)、魔笛(モーツアルト)、メフィストフェーレ(ボーイト)、メデア(ケルビーニ)、ホフマン物語(オッフェンバッハ)、カルメン(ビゼー)、カヴアレリア・ルスティカーナ(マスカーニ)、サムソンとデリラ(サン・サーンス)、海賊(ベルリーニ)、夢遊病の女(ベルリーニ)、ノルマ(ベルリーニ)、清教徒(ベルリーニ)、ランメルムーアのルチア(ドニゼッティ)、アンナ・ボレーナ(ドニゼッティ)、ラ・ファヴオリータ(ドニゼッティ)、ロベルト・デブリュー(ドニゼッティ)、愛の妙薬(ドニゼッティ)、セビリアの理髪師(ロッシーニ)、チェネレントラ(ロッシーニ)、アルジェのイタリア女(ロッシーニ)、イタリアのトルコ人(ロッシーニ)、シチリア島の夕べの祈り(ヴェルディ)、ナブッコ(ヴェルディ)、マクベス(ヴェルディ)、トロヴァトーレ(ヴェルディ)、椿姫(ヴェルディ)、仮面舞踏会(ヴェルディ)、運命の力(ヴェルディ)、ドン・カルロ(ヴェルディ)、アイーダ(ヴェルディ)、オテロ(ヴェルディ)、マノン・レスコー(プッチーニ)、ラ・ボエーム(プッチーニ)、蝶々夫人(プッチーニ)、トスカ(プッチーニ)、トウーランドット(プッチーニ)、ヘンゼルとグレーテル(フンパーディンク)、ばらの騎士(シュトラウス)、エレクトラ(シュトラウス)、ナクソス島のアリアードネ(シュトラウス)、サロメ(R.シュトラウス)、ファウスト(グノー)、ユグノー教徒(マイヤベーア)、こうもり(ヨハン・シュトラウス)、フィデリオ(ベートーベン)、アルチーナ(ヘンデル)、トーリードのイフィジェニー(グルック)、ラ・ジョコンダ(ポンキエルリ)、アンドレア・シェニエ(ジョルダーノ)、オルフェウスとエウリディーチェ(グルック)。
私はそのCDを持っていても、以上の紹介で1回も紹介しなかった曲(ちょっとメンションさえしていない曲。メンションは思いがけない所でされています)を下に書きます。
ローエングリン(ワーグナー)、エジプトのヘレン(R.シュトラウス)、ウリッセの帰還(モンテヴェルディ)、バスティアンとバスティアンヌ(モーツアルト)、コジファントウッテ(モーツアルト)、ディドとエネアス(パーセル)、ルイーズ(シャルパンティエ)、暴君エディプス(オルフ)、ルル(ベルク)、トロイの人々(ベルリオーズ)、ファウストの劫罰(ベルリオーズ)、道化師(レオン・カバルロ)、アドリアーナ・ルクヴルール(カプアーナ)、ラクメ(ドリーブ)、ボリス・ゴドノフ(ムソグルスキー)、魔弾の射手(ウエーバー)、青髭公の城(バルトーク)、エスクラルモンド(マスネー)、イーゴリ公(ボロディン)、ペレアスとメリザンド(ドビュッシー)、死の都(コルンゴルド)、フランチェスカ・ダ・リミニ(ザンドナイ)、ワリー(カタラーニ)、フェドーラ(ジョルダーノ)、カプレーティとモンテッキ(ベルリーニ)、テンダのベアトリーチェ(ベルリーニ)、マリア・スチュアルダ(ドニゼッティ)、連隊の娘(ドニゼッティ)、ルクレツイア・ボルジア(ドニゼッティ)、シャモニーのリンダ(ドニゼッティ)、セミラーミデ(ロッシーニ)、ランスへの旅(ロッシーニ)、十字軍のロンバルディア人(ヴェルディ)、アッティラ(ヴェルディ)、オベルト(ヴェルディ)、リゴレット(ヴェルディ)、シモン・ボッカネグラ(ヴェルディ)、ファルスタッフ(ヴェルディ)、西部の娘(プッチーニ)、3部作(プッチーニ)、つばめ(プッチーニ)。
下記は私の音楽バックグラウンドの話です。
今私の12畳の音楽スペースで、TL-51X、model 2、SV-501SE、友人作のプリアンプKYN-1、スターリング/HEから深々とした音を出しています。私はその音に満足していますが、皆様や大橋様のサジェッションを伺って、もっと素晴らしい音に改善すべく、努力しますので、どうかよろしくお願いします。まず僕のオーディオと音楽のバックグラウンドをお話して、次回から個別のお話をしようと思います。また私自身はソフトウエアの方がずっと好きだけれど、ハードウエアの好きな人も進歩のためには絶対必要であると、常に自分に言い聞かせております。以下僕と自称するのをお許しください。ここに紹介する42題の内容は本人は意図しなくても、今からみると、やや古い時代にウエイトが掛かっているかも知れない、と反省しています。もっと現代的な選択もあり得ると思います。

幼年期には父が薪割りのアルバイトをして入手したコロンビア製の蓄音機で、「魔王」とか「未完成交響曲」などのレコードと親しんで育ちました。忘れもしないワルター/ウイーンフィルのSP盤です。小学生時代、お金がないからゴミ捨て場にラジオとか電気製品があれば歓声をあげて飛びつき、しゃぶったのは言うまでもありません。当時は「初歩のラジオ」とか「無線と実験」、「ラジオの製作」とかありましたが、ソニーがまだ東京通信工業と言っていた時代で、半導体は高かった。当時NECが780円のゲルマニウム・トランジスタを出した時、ついに出た!1,000円以下のトランジスタ!と、大騒ぎになったのです。秋葉原通いしたら45円しか残ってなくて、秋葉原から荻窪までしか切符が買えず、あとは徒歩で帰ったこともあります。まだパワートランジスタは高価で、出力1Wの米国製で1個10,000円もしました。公務員の給料がまだ1万円台だった時にですよ。そして高周波トランジスタは性能が悪いからFM放送(開始以前でしたが)のためにはまだまだ真空管でないと、とも言われました。当時最高の性能を誇ったのは日立製のトランジスタでしたが、1個2,300円以上もして、当然論外でした。

1957年の中学の入学式は「フィンランディア」をオルガンで演奏する中を入場したのですが、この中学の影響は凄く大きかったと思います。「今日から皆さんは紳士淑女」と言われたのですよ。発売されたばかりのテバルディ(2005年12月に死去)の「椿姫」のレコードを堂々と授業時間を使って聴かせて呉れたのです。今頃こんな中学があるでしょうか。10年後にこの中学を訪問し、テバルディの「椿姫」が廃盤中なので探しており、ここにあるはずだから売って呉れないか、と申し出ました。さすがに売っては呉れず、代わりに貸し出してくれました。後にテバルディ本人に挨拶申しあげ、サインまで貰ったのですが、当時はそれはまだ夢物語でした。

テバルディは当時の新聞記事では昇り坂にある歌手で、新しい歌も期日までに覚えてきて真面目、なんてのが載っていました。テバルディの東京での引退公演があった時は当然聴きに行きました。もう一つ重要なのはホロヴィッツ/トスカニーニのチャイコフスキーのピアノ協奏曲1番をここで聞いたことです。そして22年後、ホロヴィッツをニューヨークで実演を聴きました。この中学ではテニス部に入ったのですが、5時近くになるとペールギュントの「朝」(また明日ね、という意味でしょうか)が流れ、週番が回って来て早く帰れ、と促すので、恨めしい音楽でした。僕があまりに電気回路に打ち込むから、中学の担任から「この夏休みの計画表、ラジオ研究とあるけど、もう少し縮めては?」などと注意されました。もう一つは2年生から3年生までポップスの洗礼を受けたことを白状します。

高校時代は1960年にスタートしますが、この時代はあまり面白いことはありません。高校入試に失敗してしまい、暗い気持で過ごしました。あの一言を見返す為に頑張ったのダ。特に3年生になるやステレオに蓋をしてしまい、大学に入るまで決して開けまいと誓い、レコードは封印しました。それほどまでしなくても、と今でこそ思いますが、当時は思い出すたびに、イヤイヤあの一言には、目に見せてくれよう、そうしなければ息をするのも心重い、と思ったものです。

まったく音楽の無い1年間が過ぎて、1963年の大学入学式では、学生オーケストラがワーグナーのマイスタージンガー前奏曲を演奏するのを聴きましたが、まるで天国の音楽のようでした。1963年といえば日生劇場の開場記念にベルリン・ドイツ・オペラが引っ越し公演した年ですね。初めて聴く「トリスタンとイゾルデ」に打ちのめされてしまう。僕はワーグナーという人物は実は大嫌いなんです。ところが彼の音楽を聴くとマタタビを嗅がされた猫みたいになってしまう。ワーグナーから見れば当時の僕なんてウブな少年に過ぎない。そのワーグナーの哄笑の中に嬉々として落ちて行ったのが僕です。まったく同時に、僕はマリア・カラスにいかれてしまう。初めて接するカラスの声に魂を抜かれ、全く声が出ませんでした。1963年、本当に凄い年です。

大学時代には半田ゴテを持つこともありましたが、次第に自作はあきらめ、単に製品を買うユーザーになり下ってしまいました。さらに1969年以降の高城−五味論争を見聞して以来、五味氏の「西方の音」を常に読み返しております。結果的に周辺には廉価な英国製品が山をなしました(少しオーバーかな)。当初LP収集から始め、1,000枚を越えた頃からCDに移行。あくまで声楽が中心でした。最近ではモーツアルトの「レクイエム」やバッハの「マタイ受難曲」を良く聴くようになりました。この間オーディオの魅力を実感しましたが、当時は僕の家では万全な形で再生することはできませんでした。内外の友人たちの素晴らしい装置を聴くたびに漏らしたのは、ああいいな、というひと言です。

60歳の定年を迎えた時、密かに囁く声が聴こえたのです「真空管だよ!」。おそるおそる昨年10月から気になっていたサンバレーにメールを打ち、1月に入手したのがSV-501SEでした。真空管の世界を実行するには、イヤでもせざるを得ないように自らを追い込まないと、また残り時間が少ないから急がないとドンドン歳をとって、高音が聴こえなくなってしまう、という恐怖心があったからです。友人の多大な協力を得て大急ぎで作り、大橋様に打ったメールが掲載され、ここから現在の話になります。サイは投げられました!
さて、以下で述べる内容は僕の過去40数年間の体験に基づくものです。読めば分かりますが、そこにあるのは手放しの礼賛、あるいは完膚無き罵詈雑言のどちらかしかありません。あの演奏は聴くたびにワクワクするし、血沸き肉踊る、といった調子の賛辞があると思えば、あれはダメだよという一言だけ献呈したりしていて、それが正当かどうかの判定が難しい。要するにここで書いたのは、率直な(率直すぎるかも)印象記なんだと言うことです。幕が降りたあと、全体として残ったのは良い印象だったか、不満足なものだったか、という点を述べたものに過ぎません。その代わり、書いた内容は100%自分の耳で得た印象であり、それだけが取り柄です。

ここに引用したCDやレコードも、実際に僕が側に置いているものばかり。ですから文中にお断りしたとおり、やや古い録音が多い、つまり自分が最も盛んに音楽を聴いた日々に集めたものが多くなります。結果的に、今から見れば古い世代の歌手が多く、そして「今の若い歌手達は」、というお決まりの僻みコースになりがちです。でも古い歌手達の歌いぶりの中から、本当に人々を満足させたものは、生き残るという点を保証できます。また僕の古い日記を元にしました。昔だからオペラの切符の値段が馬鹿に安かったのです。でも安くても本物はいいですよ。

オペラってゴタゴタしたモノが混じり合った、不純物だらけの、純粋音楽なんて到底言えない代物なんです。それを承知して、それでなお、僕はオペラが大好きです。役者が好きで好きで堪らなく、それでその役者に入れ込むってこともあります。映画スターを見るような目でオペラ歌手を眺めることもあり得ます。ミーちゃんハーちゃんの世界です。衣装が豪華だから、演出が豪華絢爛だから、なにより楽しいから、という理由もなりたちます。純粋音楽の世界からは排除されるかも知れないのですが、僕はこれらもオーバーオールに受け入れてオペラを楽しんでおります。

自宅でオペラを鑑賞する際の障害は、やはり生活が大切だから、余りオペラだけにのめり込めない点ですね。それでもここでは、聴く時はどんな装置で聴いて欲しいかを、一言だけでも書いた積もりです。

次回からいよいよ各論です。お楽しみに!
イラスト 第2話へ>>
<<「音楽のすすめ」表紙へ
キット屋倶楽部のトップへ戻る