キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
第2話 ワルキューレの雄叫び (2006.5.29)
皆様こんにちは。今日はワーグナーの話しをしましょう。まず、「ワルキューレ」から。「ワルキューレ」は僕の若い日から親しんだ曲で、かつて教室忘年会か何かで、Leb whole, du kuhnes, herrliches Kind!と歌い出したことが(僕が)あったのですよ。皆唖然として、このドイツ語は何だ?「冬の旅」でも歌ってるのか、と囁く声が聴こえました。直ぐ止めましたけれど(実は覚えていなかった)、このような席では歌う事に意義があって、何でもいいのです。周辺には全く気を使わなかったし、教授達の表情にも無関心でした。若さっていいですね!当時まだ20代半ばでした。僕はこの「ヴォータンの告別」が大好きで、神様が自由に歌える曲として、一曲だけその声をあげようと言うのなら、これを選ぼうと思ってました。

1960年代の終わり頃だったと思いますが、深夜放送に連続音楽番組があって、各種のレコードを比較しており、そこに「ワルキューレ」も登場しました。「ジークフリート」へ進むと思っていたら、突然打ち切りになってしまいました。あと「運命の力」等も比較対象になりました。「ワルキューレ」を最初に舞台を見た時はよく覚えていますが、二期会による日本初演でした。ダブル・キャストだったので、その両方を見たのです。そしたら一番良い聴き所で、斜め前に舟を漕いでいる人が居たので、いったい何をしに来たんだ?と腹を立てたもんです。長野羊奈子さんの胸を張ったフリッカの姿も印象に残ります。海外のものはミュンヘン・オペラの時に見たイングリット・ビョーナーのブリュンヒルデ、ギネス・ジョーンズのジークリンデというキャスト。はじめジョーンズはこれには登場する予定がなかったのですが、ビルギット・ニルソンが来れなくなったので、急遽繰り上げ代役でジョーンズが出て来たのです(ジョーンズは良かった)。もっと最近は上野でやった時、家内と一緒に行ってみて切符が手に入れば見よう(どういう訳か、女性は余りワーグナーに興味がない!なぜ?)、と少し消極的な態度で舞台を見たことも。ニルソンは昨年12月25日、X'masに亡くなっています(87歳)。ご冥福を。

このLPは、この曲をデッカが録音中だというニュースがウイーンから世界中に飛び出している最中から、ショルティ盤を買うことにしていました。ホッターのヴォータン、ニルソンのブリュンヒルデ、ルートヴィヒのフリッカというキャスティングにわくわくしたものです。結果的にジークムント、ジークリンデの兄妹の声に関心は集中しましたが、それはキングも、クレスパンもそれまで聴いたことが無かったからです。後年、阿字ケ浦から那珂湊まで海岸の道を歩く道すがら、「ジークリンデの物語」を暗記しようと小声で歌ったことがあります。ホッターの声に盛りを過ぎた人だな、と思ったのですが、ニルソンは元気いっぱいでした。とにかく、LP盤の入手後しばらくは、明けても暮れてもワルキューレばかり聴いていました。

当時のオーディオはLoD HS-500とラックスSQ507Xを中心とするシステムでしたが、聴く上で不満はありませんでした。実際、気に入った音楽を聴く時はオーディオなんて何でも満足してしまう傾向があります。だから僕は「オーディオは音楽のしもべ」と言っています。
ここで少々脱線することをお許しください。また僕の年齢に免じて下記のややイヤミな文(堪忍して下さい)をお読みください。最近の歌手の口が小さくなったと思いませんか?ついこの間、次期の主役はこの人といわれたヒルデガルト・ベーレンスとかシェリル・スチューダー、ワルトラウテ・マイヤーも、それぞれ口が小さい。スチューダーなんてルチアまで歌っているし、その実績だけ見ればまるでマリア・カラスみたいと言えそう。でも、何か違います。誰もカラスとスチューダーを同じだと言う人は居ないでしょう。なぜ?もっと分かり易く言えば、冒険をしようとしないで、安全圏内で歌おうとする姿勢を感じてしまうのです。スチューダーだけでなく、昨今の歌手全般に共通のものかも知れません。

現在の歌手達はみな器用で、何でも巧くくこなします。その器用さが逆に問題なのではないかと思います。こう書くと、まるでいにしえの歌手達が現今の歌手を批評するイヤミたっぷりの文みたいですが、実際僕はそう思うのですよ。イタリア・オペラの場合、テバルディみたいに不器用でもいい、カバリエみたいに太りすぎて木偶の棒でもいい、とにかくイタリア・オペラのエッセンスを歌える歌手であって欲しい、と思います。そのイタリア・オペラの名歌手とは「近い声」の歌手であり、その鑑賞に耐える歌手だということを追加しておきます。でも今はワーグナーを論じる時ですから、ワーグナー歌手たる者「遠い声」を堂々と歌って欲しい、と言うことを主張いたしたく思います。小器用さは不要です。でも今は、皆が器用さを目指しているのですよ。余計なことかも知れないと思っています。
典型的な「遠い声」の歌手達、古くはキルステン・フラグスタート、そしてマルタ・メードル、アストリッド・ヴァルナイ、ビルギット・ニルソンたちは皆、不器用でした。不器用だけれどその範囲内で堂々ともっともらしく演じていたのではないでしょうか。メードルとヴァルナイは女優としても立派だったようですが、その女優とは舞台女優なのです。決してテレビ女優ではありません。バイロイトに置けるヴァルナイの登場の場面を探ると、そのヴィーラント様式の舞台(左右対称でシンプル)の中央にある岩が開いた所に、槍をもってすっくと立った、素晴らしい写真を思い出します。

現今ではテレビで映えることを求めるヒトが多いのです。モッフォみたいに痩身で美人、そして映画にも出演しているとか(ただしその映画でも静止してしまっていて面白くないかも)、ベーレンスやスチューダー達も、皆細さを保ち、テレビ映りと器用さを競うというのが現状です。DVDの普及が原因の一つかも知れないと思います。でもオペラは、やはり舞台のものです。もともとそうなんです。テレビだったら、途中で電話がなれば掛けられるし、気が散る事が多いのですが、舞台はそうでない。いったん幕が上がったらそこは戦場であり、注意は舞台上だけに集中します。この集中度の違いによって、われわれは舞台から、テレビでは得られない感動を得ることができるのです。外を顧みずひたすら舞台に集中するという姿勢ですよ。オペラは舞台芸術なんです。

これを自宅でオーディオを通して再現するためには、何より大切なのは想像力じゃないでしょうか。演劇的な部分がカットされてしまうから、音だけしか再現できないからです。音だけでもよい演奏は直ぐ分かります。万全な装置でお聴き下さい。もちろん実況録音が多いから、あまり音に期待しないでくださいね。でも時には万全な音で録音されたものもいいですよ!僕が最初にショルティ盤を選んだのはそのため。

フルトヴェングラー盤の中では、EMIのスタジオ録音が最も有名ですが、他にもローマ放送実況録音盤あり、スカラ座盤ありで、百花繚乱。またワルターの古いワルキューレ全曲録音計画という素晴らしいSP時代の計画の証拠も残っています。ワルター盤ではラウリッツ・メルヒオールのジークムント、ロッテ・レーマンのジークリンデという素晴らしいコンビが聴けます。しかもテンポがキビキビしていて、畳み込むような調子で1幕終幕に向かうところが素晴らしい。一説によれば、SP録音だから時間制限があったんだろうというのですが、それはそれ。実にロマンティックな雰囲気が出ています。これはCDで持っていますが、LPの方もまだ保存してあり、それは1幕のみならず、2幕も付いています。マルタ・フックスのブリュンヒルデが聴けます。またヴァルナイの41年実況はまだ青いと思います。これは日米開戦2日前の晩のニューヨーク実況。

僕が持っているワルキューレの一覧を示すと、ショルティ(ニルソン等)、フルトヴェングラーEMI-LP(メードル)、クナッパーツブッシュ57年(ヴァルナイ)、クナッパーツブッシュ58年(ヴァルナイ)、レヴァインDVD(ベーレンス)、ラインスドルフ41(トロウベル)、カラヤン(クレスパン)、クラウス53(ヴァルナイ)、フルトヴェングラー53LPローマ(メードル)、フルトヴェングラー53イタリア放送(メードル)、ラインスドルフ41NY(トラウベル)、フルトヴェングラー50スカラ(フラグスタート)、ブーレーズLD抜粋(ジョーンズ)、クレンペラー1幕(デルネシュ)、ワルター1幕・2幕(レーマン)、クナッパーツブッシュ1幕(フラグスタート)、トスカニーニ1幕3場(トロウベル)、ライトナー1幕LP(デルモナコ)、ライナー2幕サンフランシスコ(フラグスタート)ショルティ1幕(フラグスタート)、カラヤン3幕(ヴァルナイ)。

また余り聴かないけれど、舞鶴の友人から入手したオープンテープではクナッパーツブッシュ58OT(ヴァルナイ)、クナッパーツブッシュ57OT(ヴァルナイ)、ブーレーズOT(ジョーンズ)があります。なお、特記してないものはCDで、全曲です。
「ワルキューレ」、なんと凄い曲でしょうか。5分おきに懐かしい旋律にぶつかります。退屈を感じさせることはありません。2幕後半(ヴォータンがグダグダとブリュンヒルデにいきさつを説明するところ)で眠くなると言った先輩も居ますが、聴き方が悪いのでは、と疑っています。やはりテキストを予習しておいた方がいいのでは。また余計な知識を持っていると、それが楽しむことから遠ざけることもあるのでご注意(ホッターの「冬の旅」を聴きに行ったことがあるのですが、どうしてもホッター=ヴォータンという固定観念があって、肝心のシューベルトを熱心に聴いていませんでした)。また、これは「遠い声」で聴いた方が良いのでは?ワーグナー全般に言えることですが、オーケストラにも十分気をつければ「近い声」だって悪くはないと思います。但し「近い声」では歌手に焦点が当てられがちです。でもワーグナーは、歌手というより全体でしょう?金管楽器がオーディオ的に素晴らしく良く分離して再生され、従って金管だけが浮き上がってしまう傾向のある「ワルキューレ」よりも、金管は全体の中にうまく沈めた「ワルキューレ」を聴きたい!第3幕冒頭の「ワルキューレの騎行」よりも、第1幕終幕部、第3幕終幕部にこそ注目して頂きたいと思います。
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