キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第3話 椿姫は永遠 (2006.5.29)
皆さん今日は。僕にとっても特別な思い出のある曲「椿姫」のお話をしましょう。現在サンティーニ(カラス)、ジュリーニ(カラス)、レッシーニョ(カラス)、ギオーネ(カラス)、プレヴィターリ(モッフォ)、セラフィン(ステルラ)、プラデルリ(テバルディ)、プリッチャード(サザーランド)、ムーティ(スコット)、セラフィン抜粋(テバルディ)、トスカニーニ(アルバネーゼ)、チェッカート(シルズ)、クライバー(コトルバス)、マゼール(ローレンガー)、モラヨーリ(カプシール)、パニッツア(ポンセル)、パターネLD(モッフォ)、ハイティングLD(マクローリン)、サンツオーニョVHS(カルテリ)、ルーデルVHS(シルズ)、レヴァインDVD(ストラータス)の21種類のヴィオレッタのCD(そうでないものは特記)が僕の所にあります。

なぜこんなに増えちゃったかというと、好きだから、という理由しかありません。中学生になったばかりの時、これを全曲音楽の時間に聴き、学校中に「乾杯の歌」が大流行りしました。12歳の中学生にこのメロドラマを味わえ、とは少々無理な相談だったかも知れません。でも、あえて聴かせた判断は正しかったと思います。子供だからと言って媚びたり、よけいな翻案でお茶を濁さない、たとえフリガナ付きでも漢字を書く、という態度が好きです。ぼくなんか「椿姫」に狂いましたから。
このCD群で一番良いのはジュリーニ盤と言うのが順当かも知れませんが、僕にとってはプラデルリ盤とサンティーニ盤なのかもしれません。中学の時はまさにプラデルリ盤であり、そのテバルディの声に魅せられました。またカラスに参ったのがこのサンティーニ盤なんです。実は僕が最初にカラスの声を聴いたのが、このヴィオレッタだったのです。だれでも最初に受けた印象に左右されるのですね。カラス/サンティーニは力強いのですが、惜しむらくは録音が古く、しかも録音したのが音の悪いチェトラですからね。でも2幕の別れの場面の力強さなど、これでしか聞けません。英国の評論家は、まるで瓶の中で声を共鳴させ、壮大なゴシック建築に響かせて歌っているみたい、と評しています。その力強さは抜群。

この中で唯一、若干の古さを感じさせるのはカプシールのヴィオレッタですが、それも1928年録音という古さを考えれば許容範囲内。それより少し後のローザ・ポンセル盤は、複雑な気分にさせられてしまいます。暗い声で、欠点は特に見つからない(カラスと比較しようとしても)。これは実況ですが幕間インタビューには何とあのジェラルディン・ファーラーが担当。しかもファーラー自身が時々歌っている!(随分トクした気分)これを初めて聴いた2年後にファーラーも亡くなりました。トスカニーニ盤は余り聴きません。アルバネーゼというソプラノは古くから知っていましたが、まるで猫が歌うみたいで、余り好きではないタイプ。サザーランドはそれほど唾が飛ばず、それだけ本人の魅力が薄く周辺の諸役の方が立派、またモッフォは鉄仮面のような無表情な歌いぶり(3月に亡くなったばかり。カーネギー・ホールでシュトラウスの歌曲を歌ったのを見聞しましたが、遅れて入場する客を眺めて待つ姿を覚えております。彼女の肉筆サインを眺めながら複雑な気持です)。

ステルラは声が細かく震え、頼りがないのがかえって良く、不思議な魅力があります。「文学的なヴィオレッタ」という伊藤京子さんの評は当たっています。ただ肉声はそれほど大きくはありませんでした。コトルバスのヴィオレッタはカルロス・クライバーにひかれて食指を動かす人もあるでしょうが、僕には何という特別な点がない神経質なヴィオレッタ。そして何でもお上手にこなすスコット。上記のリストにはロス・アンヘレスが欠けていますが、ロス・アンヘレスにはコンサートをすっぽかされたことがあり、その説明というのが子供が病気だからという理由でしたが、信じられません。マクローリンのには第1幕で靴を投げ飛ばす場面がありますが、ああいう演出はカラスもやったようです。最近の椿姫はチェリル・スチューダーかと思っていたら、アンドレア・ゲオルギュウ、それがはやアンナ・ネトレプコのCDが出てきました。大変です。

ネトレプコの「椿姫」も聴いてみました。ネトレプコは低い音を引きずるようですが、これからの人だと思います。でも既に34歳。34歳だったら、カラスは既にヴィスコンティ演出の「椿姫」を演じています。ネトレプコは最高音には達しておらず、ようやく最後まで終えた、という感じですが、声はよく練れており、有望だと思います。この最高音ですが、Opera Newsの4月号に、ネトレプコはあの最高音Fを1回だけ歌ったことがあると述べた記事を見つけました。でも、1回でやめてしまったとか。「夢遊病の女」とか「清教徒」をこれからオファーされるでしょうが、自分のはサザーランドのではなく、ミレルラ・フレーニのだ、って言っていました。つまり声があるのに出さないのでなく、思い切り出す、と言いたいようです。2幕のジェルモンとの2重唱、あれはやや期待はずれ。80点位でしょうか。
【筆者注】実際には「椿姫」にはFは含まれません。詳しくは第36話「これからのオペラ」文末をご覧ください(2007.1.9)

この再生には、僕の好みでいうならば、徹底して「近い声」で録音されたものをお勧めします。この「近い声」と「遠い声」というのはオンマイクかオフマイクかという差でしょうか。サンティーニ盤カラスは間違いなく「近い声」で録音されています。逆にサザーランドは「遠い声」で録音されています。「近い声」では唾が飛び散り、顔に掛かりそうになりますが、それは我慢しなければなりません。「遠い声」の録音の方が全体のバランス等を取り易いのですが、肝心な主役の声がその他大勢と一緒になってしまって、つまりません(決してその他大勢を貶める積もりはありません)。全体のバランスに特に気を使わなければならないのは、モーツアルトやシュトラウスのオペラの場合、さらにワーグナーの諸役です。唾のとび散るモーツアルトなんてご免ですからね。でもイタリア・オペラはそうでない(自説)。これを間違えて、機器選択を誤ると不幸なことになります。もしイタリア・オペラとワーグナーの両方を聴くのなら、2種類の機器を用意しましょう。金がかかりますが、その値打ちはあります。

結局は「椿姫」の価値を決めるのは歌手の声(もちろんヴィオレッタです。アルフレードで買うかどうか決める人なんて想像もできない)、そして指揮者のテンポ設定や、強弱の付け方です。そのための有力な判断材料は、楽譜ですよ。それもヴォーカル・スコアがいいと思います。フル・スコアもありますが、一般にフル・スコアの方がメロディー・ラインが薄れてしまう。まず歌を覚えましょう。イタリア語で!ムクつけき男であってもソプラノで!第3幕冒頭のアリアなぞ、僕は楽譜から覚えました。そうすることによって、聴く時の注意点が違ってきます。どんな音がするかは、CD なりLPを掛けた瞬間に判別可能です。不幸にして古くて黄ばんだ音の録音だったりすると、不幸を共有するしかありません。あるいは引導を渡してしまうことです。僕は今までに「アイーダ」や「オルフェウスとエウリディーチェ」で見切りをつけて、買い直したことがあります。そしたらチャンと聴こえるようになりました。ただし音源は同じでも音決めをしたのは別のレコード会社でした。音の記録を取りたい、できるだけ良い音で、という場合はそれくらいしないとダメです。つまり歌手の選択があり、オーディオ装置の選択もあり、CD自体の工学的なものもあり、それを聴く環境もあるのですね。これら全てが揃って初めて気に入ったものが聴こえるのかも知れません。
僕は若い時に赤ん坊がハイハイし始めて、足下に絡み付かれた時、めげずに聴きつづけたのですが、ある時(一度だけですが)、赤ん坊に怒鳴ってしまったことがあります。そうしたら妻に叱られました(これは妻が正しい)。その時のCDは「トウーランドット」でした。それ以来、「トウーランドット」はレコードを見るのも気が滅入るようなものでした。諸々の事が済んだ最近になって、また聴き始めました。音楽を聴くと言うのも生活しながらですと、このような障害を無事に避けて行かなければなりません。閑話休題。
オペラは演劇でもあります。だからCDから判断するのでなく、実際の生舞台を見ないと本当のところは何とも言えないのです。オーディオとは別の基準です。オペラとして面白い事が必ずしも純粋に歌唱技術の問題としても優秀という保証はありません。ストラータスのヴィオレッタは演技は優秀ですが、目をつぶって聴くとそうでもない、と私には思えます。でも妻は人がどう思おうと、自分にはストラータスが最高、と言います。彼女にとってストラータスが最初のヴィオレッタだったからだと思います。ほかの曲でも、例えば「チェネレントラ」の映像はフォン・シュターデが可愛らしいが、それでも技術的には声の階段の作り方が粘液質で、やや気になります。それにも関わらず、僕は「チェネレントラ」の映像が大好きです。判断の基準が違うからです。

しかしCD で聴くため万全のチェネレントラ(シンデレラ)役を探そうとしたら?日本にも来たことのあるヴァレンティーニは?確かにヴァレンティーニを上野に聴きに行った時(娘の高校受験発表の前日だった)、コロラトウーラの技術は当時抜群でした。でも彼女は視覚的には全くダメですね。シンデレラが料理を作っている場面など、まるで「ヘンゼルとグレーテル」の魔女が大ナベを掻き回しているようでした。今を時めくバルトリの舞台姿をDVDで見る事もできますが、その印象は言うに及ばず(!)。あくまで舞台姿を言っているのです。レコードやCDでなく。この様に、オーディオだけで判断する場合のコロラトウーラと、画像付きのコロラトウーラでは、印象が同じでは無いのです。

同僚の不調に足を引っ張られることもあります。中丸三千絵の日本デビューの時、彼女のヴィオレッタは好調だったのに、不幸にしてアルフレード役が最低(今まで僕が見たあらゆる舞台での記憶を総動員して。申し訳有りませんが本当にそう思っています)でした。あの時アルフレード役は最後の舞台コールでずうずうしくも勘弁してくれ、と身をよじっていましたが、失礼ながら僕にはああいうテノールをわざわざイタリアから呼んで来たプロデューサーの意図が分かりません。ヴィオレッタ役としてのテバルディは見た事がありません。でも何種類も残っている写真を見ると余りうまいメイキャップでは無く、まるでドサ回りの芝居のドーラン化粧みたいで、それだけで、それ以上追求しようという気が無くなります。終わった途端にウキウキと鼻歌を歌いながら出て行ったと言われるのも、むべなるかな、です。カラスのは違います。彼女の「椿姫」の写真類はどれを見ても真剣で本物です。あるいは本物らしく見えます。だからカラスは一番!ただ少年時代に楽しんだテバルディを貶める積もりは全くありません。
というわけで、聴覚だけで味わうオーディオの世界と、実演は別の判断もあり得るのです。音だけで判断した一番良いヴィオレッタは、カラスです。演劇的にも最も優れていると喧伝されますが、それを楽しむには想像力で補わなければなりません(チェトラ盤は太っていた時代のカラス。太った体型が痩せ形に変ったのはジュリーニ盤)。想像力が全てを許容してくれます。虚像ですが。これは間違いなく「近い声」で聴きましょう。オーケストラにどんなに関心があっても、「椿姫」を判断する際に「遠い声」で良いということにはならないでしょう。どうせならヴィオレッタの魅力に参ってしまいたいからです。1にヴィオレッタ、2にヴィオレッタです!そして良く言われること、「声を楽しむなら真空管」というのは本当でした。そう、真空管アンプが最適だと実感しております!
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