キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
ドン・ジョヴァンニの星空 (2006.5.29)
皆様こんにちは。「ドン・ジョヴァンニ」は最も好きなモーツアルトのオペラです。僕が、あの砂糖菓子みたいな音楽といってモーツアルトを敬遠していたなんて、今となっては全くのお笑い草です。あんなに劇的な音楽は他にありません。これに関連してエピソードを紹介します。23歳の頃、友人が「人と超人」の本を貸してくれました。バーナード・ショウの戯曲です。これは実は僕自身も小学5年生の時、山口県の叔母の本棚に見つけて盗み読みした本でした。その本「英国戯曲集」は大学に入った時に、叔母から僕宛に郵送してくれていたのですが、その時は関心がなく、読みませんでした。ところが友人から改めて同じ本を突きつけられ、今度は渋々読みました。そしたら、「ドン・ジョヴァンニ」じゃないか、あのパロディーだよ、と叫びたくなりました。ドン・オッターヴィオがオクテヴィウス、ドンナ・アンナがアンなどと翻案されていることも了解。子供時代には見抜けなかったことが、いい年になって見抜けたのです。実は英国戯曲集に楽譜が書いてあって、それはドンナ・アンナが初めてドン・ジョヴァンニこそ仇だと見破って叫ぶ直前の旋律だったからです。それに、僕はその前の1年間に12回「ドン・ジョヴァンニ」を聴いていましたから。日記を基に回数の統計をとって、何が僕好みの音楽かを見ることが可能だったのです。この年は当然この曲が一位。

モーツアルトとの遭遇で肝心なのは、惚れ込んだ事じゃないかと思っています。聴けば聴くほど深く、劇的であり、しかもどんな悲劇でもそこはかとない微笑が感じられる音楽、それがモーツアルトです。このオペラは西ベルリンで初見参しました。まだ東西に分裂していた時代のベルリンの、ベルリン・ドイツ・オペラの本山です。当時ここにはディートリッヒ・フィッシャー=ディスカーウとか、ピラール・ローレンガーとかがよく出ていました。あの日生劇場のイゾルデ、グラディス・クフタもここの歌手です。この曲は日本でも日生劇場で見ましたが、この日何か人相の悪い男どもがうろついていると思っていたら、2幕の開始時間になったとき、その秘密が分かりました。皇太子妃が聴きにお出でだったのです。皇太子妃は真っ赤なドレスでした。それであんなに人相の悪いシークレット・サービスが多かったのですね。実はこれは二度目で、最初に見たのは清心女子大のクリスマス・チャペルの時で、座席へ向かう至近距離から見ました。日生劇場では佐藤しのぶさんがドンナ・エルヴィラを歌っていました。
実は僕の職場のお偉方の奥様がソプラノ歌手でした。あるパーティ会場でお目に掛かったとき、オペラだったらどの役柄に興味をお持ちでしょうか、と尋ねてみたところ、そうですねドンナ・エルヴィラかしら、という答えだったのを思い出します。今まであまりドンナ・アンナに興味を持つ人に巡り会っていません。オペラに対する関心は古い世代には残っているようです。ある時ニューヨークのホテルでエレベータに乗り込もうとしたら、米国老婦人が来たので順を譲りました。僕はある本屋で買って来た「ドン・ジョヴァンニ」のフルスコアを抱えていたのですが、老婦人はそれを目ざとく見つけ、何を買ったのか、と聞くから品を見せたら、結構なご趣味ですね、と評が返ってきました。

持っているレコードはジュリーニ(シュワルツコップ)、クリップス(デラ=カーザ)、ワルター(ノボトナ)、カラヤンLD(トモワ=シントワ)、フルトヴェングラーLD(グリュンマー)の五種類。

日常的にはジュリーニを多く聴いています。ここでサザーランドがドンナ・アンナを歌っていますが、これが当たり!サザーランドというと、とかく粘液質を連想しがちですが、これは違う。全身でぶつかってくる熱唱ぶりです。これを聴いて、モーツアルトが砂糖菓子なんて言ったの誰だ?と叫びたくなりました。サザーランドも気合いの入れ方が違います!オーディオ的に言いますと(常に感じている事ですが)、EMI録音盤の常として全体に脂っ気が感じられるのです。滑らかに音は出ているのだが、それはこの脂のせいかも。ストレートな音ではありません。やはりこれはお化粧でしょうか。またクリップス盤の方はもう少し直裁的です。ワルター盤は音が悪く、がっかりする人もおられるかもしれません。LDになっているフルトヴェングラー盤も音はグルーミー。その分、カラヤン盤は完璧です。カラヤン盤LDはオールスターキャストですが、サミュエル・レイミーがいい。またキャスリン・バトルも画像付きで見る分には申し分ないし、純粋に声楽的にも問題ありません。演出による差は、オペラという形式を見聴きする上で、宿命みたいなもの。

レイミーはこの時、旭日昇天の勢いにありました。その数年前にニューヨークのシティ・オペラで彼の歌う「メフィストフェーレ」を観たことがあります。このシティ・オペラはメトロポリタンと違って予算が少なく苦労していることが丸見えなのですが、それでも「メフィストフェーレ」では宇宙の回転を表すスライドを舞台正面に大写しにしたり、なかなか見モノでした。もうひとつ記憶に残っているのは、その時ファンファーレの為のトランペットが客席中にあちこちに分散してあったのですが、それぞれのトランペット奏者の前に副指揮者が一人づつついて、その目の前にある小型テレビに映る全体の指揮者の棒を見ながら副指揮者も棒を振っていたのですよ。大成功で、最後には客席から花束が幾つも投げ込まれました。

そのレイミーがこのザルツブルクの「ドン・ジョヴァンニ」でした。個人的には石像が現れてからの場面が一番好きです。あのバスの朗唱は気持が良さそう!ああいうのが歌えたらいいな、と思っています。またその背景に現れる満点の星空の素晴らしさ!演出という仕事もいいな、と思う瞬間です。昔、父から演出に興味ないか?と聞かれたことがあります。当時の僕は全然興味ナシでしたが、今にして思えば、やはり同じ興味を持っていたのだなあ、と思えます。

これらをオーディオ装置で聴く場合、何と言っても低音が重要です。僕は個人的な好みもありますが、高音しか無いキイキイしたのに比せば、深々した低音の支配する単純な構成の方が遥かに好きです。またここでは「遠い声」がいい。あまり「近い声」で歌われると、その個人的技芸を鑑賞するにはいいけれど、モーツアルトには相応しくないんじゃないでしょうか。ワーグナーを聴くのに似た装置が必要では、と考えます。でも技巧か、全体の調和か、という問題は巧くバランスをとって追求した方が賢明です。
オペラの演出というのは永遠の憧れです。今は西欧諸国では実験的演出が多いのですが、正直言ってあまり好きでありません。ヴィーラント・ワーグナーのやったことが、ヒントを得られる、という意味で最後の演出ではないでしょうか。ブーレーズ以降、おもちゃ箱をひっくり返したような演出が続きますが、これがいつまでも続くのか不安を感じています。演出をやりたい人が多すぎるのかも知れません。また経済的な理由かも。つまり劇場側としては余りゴテゴテとした装飾、ゼッフィレルリみたいな装飾をすると大変お金がかかりますから、そこを簡素なものにして呉れた方が有り難いのです。演出家本人の側では、今回たまたま演出の仕事があったけれど、ここで人目を引く演出で注目を浴びておいた方が、次回の仕事の開拓に繋ぎ易い、という判断とか。本当の所は分かりません。僕が勝手に思い込んだ偏見かもしれません。深層心理学的分析が必要かも。

さてモーツアルトの「ドン・ジョヴァンニ」、是非おたのしみ下さい。決してイタリア・オペラ的な呑気さがなく、ワーグナー的な重々しさもなく、最後は満足して聴き終えて明かりを付けられると保証しますよ。また「ドン・ジョヴァンニ」みたいな音楽の再生には、まず低音がしっかりと出ることが要求されます。あの石像登場の場面、地獄落ちの場面等では何と言っても低音ですね。しっかりとした低音の出る装置、これこそ相応しいのです。加えてドンナ・アンナの後で出てくるアリアの如く、キラキラと星をちりばめたような輝きも十全に出せる装置が欲しい。となれば、そう、真空管アンプの登場でしょうか。このどっしりとした低音と、キラキラした感じを両立させるのは案外難かしいと思います。僕自身がまだ万全に成功したことがないのです。でも大好きな「ドン・ジョヴァンニ」の為に、皆様の知恵を拝借して成功させたいと思います。
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