キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
第10話 NYのオペラハウス (2006.6.16)
皆さんこんにちは。今までオペラ、オペラと強調して来たので、今日はオペラハウスの内部事情をお話します。今までに70余回ものオペラを見参しましたが、最も慣れ親しんだのはニューヨークのメトロポリタン・オペラです。ここは開始が通常は夜8時からなので、いったん家に戻って夕食をすませ、着替えてから出直す余裕が持てます。到着したばかりの頃、一番の問題は子供の世話をどうするか、という点でした。ベビーシッターが必要なのですが、当時我が家には3歳と2歳になったばかりの2人の娘がいて、さまざまな困難を醸し出していました。そこで努めてベビーシッターを探すことにしましたが、はじめ日本人に1回頼んだあと、米国人そして最後に韓国人がみつかりました。韓国人は親子でしたが、親はともかく、その娘の方は英語しか話せませんし、それで日本語さえおぼつかない子供を操るのは至難のわざだったと思います。

クイーンズ区にアパートを借りていたのですが、夕方早く帰ってきて、ネクタイなどいじっていると、「今日はお姉ちゃん来ない?」と聞くのですよ。実に察しがよく、勘がするどいのです。子供の勘ほど恐ろしいものはありません。たちまちに泣きわめき、どうしても収まりません。ベビーシッターには悪いと思いつつ、それじゃ行ってきますとそそくさと夫婦で出掛けました。その間にベビーシッターの食事でもと考え、軽食の材料を買っておいたり、ジュースのたぐいを用意しておきました。

戻るのは大概夜11時頃でしたが、それから彼女のアパートまで送り届けなければなりません。我々が自動車を持っていなかったから、歩いて送ったのです。徒歩10分程度。駐車料が高い上に、実際問題としてニューヨーク市内に生活するなら、必要を感じなかったのです。オフィスはマンハッタンでも、地下鉄は24時間営業だし、ブロンクスとかブルックリンの一部は問題があるかも知れませんが、クイーンズならそれに乗るのは平気でした。

送る道すがら今日の出し物は何で、どんなだったか等を説明して上げるのが常でした。1時間あたり2.5ドル。実際にはそれにチップを上乗せしました。そしたら我々が帰る日に、彼女からチョン・キョンファの弾くヴァイオリン協奏曲のレコードをプレゼントして呉れたのですよ。あなたはいつもベビーシッター料を沢山呉れ、呉れ過ぎていたのでこのレコードを収めて欲しいと言われ、受け取りました。今でもあります。そのレコードの存在自体は知っていましたが、手に入れたのは初めてでした。彼女のお兄さんがマリア・カラスの韓国公演を聴いたという話とか、彼女自身は薬局で働いていて、趣味にバレエをやっているとか、色々な話をしました。それを覚えていたから最後の晩には、僕の方からナターリヤ・マカロワ(USSRからアメリカン・バレエに亡命した舞踏手)の写真集をプレゼントしたのです。実は我々はニューヨーク時代に、オペラだけでなく、バレエ見物にもよく通ったのです。夫婦でアメリカン・バレエ・シアタの定期会員になっていましたし。
あとでもニューヨークには何度も行きましたが、それらの時は私は単身でした。妻は最初の時に行ったきりで、あとは常に日本で留守番でした。大体到着して最初にするのはリンカーン・センターのボックス・オフィスへ飛んで行くことであり、何かいい切符はないだろうか、と物色するのが常でした。同じリンカーン・センターにはステーツ・シアタがあって、そこがニューヨーク・シティ・オペラとシティ・バレエの本拠地になっていました。ステーツ・シアタには最近もっと南に移動するという話も出ています。メトロポリタンの切符は大概は最も安いファミリー・サークルで7ドル、これを手に入れるため、切符の売り出しの始まる日曜日の朝10時にシーズン中は毎週のように通っておりました。そこでは同じような趣味と経済状況の人がいるらしく、同じ顔ぶれが集まっていました。そしてメットのシーズンが終わる頃になると、今度はシティ・オペラの方の最後の出し物のシーズンに入ります。

ある時、見知らぬ男がやって来て、何を観るんだと聞かれたので、答えたら止めておけ、シティ・オペラなんて何もないよ、あそこは予算が乏しくて、やっとこさ上演しているんだから、と申します。余計なお世話ですよね。一度そのシティ・オペラで遅刻したことがあります。ロッシーニ「イタリアのトルコ人」の時で、ビヴァリー・シルズが主役でした。ロッシーニは序曲が長いから、なんとか間に合うよ、とうそぶいていたのですが、遅刻者は直ぐには入れてくれません。うまい間を見はからって、中へ進め!と衛視がゴーサインを出すのです。自分達の席に付くのはあきらめ、空いている席に座りました。シルズはあまり好みの声じゃなかったから、遅れてもそうがっかりすることは無かったのです。シルズはそのシーズン、メットではドニゼッティ「ドン・パスクアーレ」をやっていました。

メットではファミリー・サークルの欠点は、トイレが無いためもっと下のフロアまで探しにいかなくちゃなりません。シティ・オペラでは両方のウイングの端にトイレを、見つけましたが。ニューヨークで暮らす上で直ぐに役に立つ情報は、このトイレをどうすれば使えるか、ということなんです。地下鉄の駅のトイレはあっても大概閉鎖されていますし、実際に可能な所のマップを作れば売り物になるな、と思いました。バッテリー・パークではドアの半分閉まらないトイレも利用しましたが。デパートではとにかく店員に聞いてみることですね。あるいはガソリン・スタンドを利用することです。
メットとシティ・オペラを掛け持ちして出演するのは、若い歌手によく見られます。でもマイヤーは翌年バイロイトにも登場し、LDにイゾルデを残しましたから、もうお分かりになっているかも知れません。またエディタ・グルベローヴァの歌うシュトラウス「ナクソス島のアリアードネ」も素晴らしかった!これはまったく聴いた事のないソプラノだったし、そのテクニックに呆然とした覚えがあります。あの難しい歌を楽々と歌い、なお余裕と色気さえ感じさせていたのです。ナクソス島というのは後年ギリシャのロードス島の会議に行く時、飛行機の窓からしっかりと見ておきました。

あと「アイーダ」での傲然たるフィオレンツア・コソットのアムネリス。さらにプラチード・ドミンゴの「オテロ」。これは特別に平土間席で聞きました。さらにオールスター・キャストでやったヴェルディ「ドン・カルロ」では、ギャウロフ、ミルンズ、ジャコミーニ、スコット、ホーンの歌唱!こういうのを見聞きすると、やはりメットらしい豪華さだなあ、と思うのです。そしてマリリン・ホーンは別の機会にマイアベーア「予言者」を観ましたが、全く印象に残らない歌唱でした。あとシティ・オペラでは「ファウスト」を歌ったマリアンナ・ニスレスコのマルガリータが素晴らしかった。あとシティ・オペラでは今期デビューのアシュリー・パトナムのヴィオレッタも聴きました。

シャーリー・ヴァーレットの代役、マリサ・ガルヴァニ歌うベルリーニ「ノルマ」も観ました。放送の方はヴァーレットでしたが、良かったと思ったのですが、あとでテープを再度聞いた印象はどうもそうでもないらしい、と言う複雑なものでした。やはりノルマは無理なのでは?でも放送時の幕間インタビューでは何とローザ・ポンセル本人が出てきました。英語ですが彼女の発音はゆっくりしていて聞き取れました。その後2年以内にポンセルは亡くなりました。ラジオ放送とは言え、いい時にその声をリアル・タイムで聴いたと思います。
そしてメットの最初に見たのはR.シュトラウスの「エレクトラ」でした。指揮者はおなじみのエーリッヒ・ラインスドルフ、エレクトラはダニカ・マステロビッチ、クリソテミスはエヴァ・マルトン、クリテムネストラはミニヨン・ダン、オレスト役はノーマン・ベイリーでした。余り楽しい響きとは思わなかったけれど、後でニューヨーク・タイムス紙を見ると「指揮は生温くて白熱的な緊迫感に乏しい。また歌手は演技力も歌唱力もない」と書かれ、コテンパンでした。アメリカの批評というのはこのように遠慮がありません。同じ批評家が何十年も書き続けます。だから大変怖いのです。しかも上演の次の朝には出ますから後々の切符売り上げに影響します。だからこそ、ニューヨークで成功すると世界一の定評がつくのだと思います。

実際には観なかったのですが、夏にはセントラル・パークで野外オペラをやります。行こうと計画していたのですが、上の子供が熱を出してしまい、あきらめたものです。やはり子供連れでは難しい。但しこの公演には録音テープを使うとか。アンナ・モッフォ等が椿姫、アイーダなどを上演します。参加費はタダ(これ魅力!)。毛布と、バスケットにつめた飲み物と食料をもって星空の下で聞くタダのオペラなんて、理想的ですね。安い音楽会は一杯あるのですよ。カーネギーホールだって、大小2つホールがありますが、大小の違いを伝えずにカーネギーホールでデビューした、なんて事実だけを売り物にする人もいます(!)。夕方ホールの入り口付近には沢山の切符売りがたむろしています。「ニューヨークで切符をソールドアウトにするのは全ての音楽家の夢!」という記事のビラを持ってね。だから切符を買って呉れ、というのですが、それも分かります。
別の時にニューヨークで実際にあった会話をご紹介しましょう(当時つけていた日記の抜粋)。
「今晩はメットに行ってオペラを見るんだ、と言ったら、米国人達は何を見るんだと聞く。ドニゼッティの"La Fille du Regiment"(連隊の娘)だよ、と答えたら遠くからAが、パヴァロッティは先日不調で代役が歌ったぞ、と言う。よく知っているな。パヴァロッティ目当てにオペラ・ボウル(ディナー/舞踏会つきガラ公演)に数100ドルも払った金持ちはがっかりしただろう。

メットでは「今晩売り切れ」の札が貼ってあり、入場開始したばかり。ロビーに並んでいて、ふと右側2人目を見たら知っている顔だった。あれはドナルド・キーンだ。まず地下のトイレに。入り口で配るパンフレットに代役を告げる「しおり」が挟んでなかったから今晩はパヴァロッティがちゃんと歌うんだな、と一安心する。ベルが鳴りシャンデリアが上空に吊り上げられたあと、カーテン前に支配人が出てきたから満員の観衆から"Oh, no!"という悲鳴が上がる。大体こういう場合は主要キャストが降板した時なのだ。ところが支配人はポーカーフェイスで"Ladies and gentlemen, although Luciano Pavarotti still suffers cold, he agreed to sing tonight."とアナウンスした。途端に3800人の観衆から大歓声が沸き上がった。これでやっとパヴァロッティを聴ける。パヴァロッティが登場した時は姿を見せただけで拍手が沸き起こった。不調なのは明らかで、9回の高いC音(あとで分かったが半度下げていたそうだ)はオーケストラと指揮者ミュラーの名人芸的サポートでようやく無事に終えたという感じ。楽器の音量を抑え、テンポを落とした中パヴァロッティは必死で高音を絞り出す。単に風邪のせいか、それともお歳のせいか。他の箇所は無難に歌っていたが、それでも声をかばっているのが解かってしまう。多分パヴァロッティを聴くのはこれが最後だろう。結構日本人客が多く、トイレから戻る時「さっきの高音を済ませればあとは楽だよ」と話している日本語が聞こえる。「連隊の娘」第2幕は短く、すぐに終わってしまった。10時35分に終了。」
在米中は多くの音楽会があったので、折角だから良い機器で録音すれば良かったようなものですが、そうは行かなかったのです。僕の稼ぎが悪くて、本当に安物のテレビとステレオしか買えなかったからです(全然そんなことにこだわっていません。実物の数々を拝めたのですから)。楽しみの現場では、それ自身を楽しむことが、まず重要です。次にはオペラ以外の音楽会とのつき合いを報告しましょう。
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