キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
(2006.6.30)
皆様こんにちは。今日は「トロヴァトーレ」の話をしましょう。「トロヴァトーレ」、なんと豊かな響きでしょうか。全編旋律に満ちています。時間の長さあたりに出てくる旋律、誰しも口ずさめるような旋律、の数を数えたら間違いなくトップでしょう。僕はかつて色々なオペラ毎に、ここぞ、という部分だけ抜き出してMDに焼いたことがありますが、「トロヴァトーレ」の「ここぞ」の数はダントツでした。最近それを確認しました。これに対抗できる曲は「カルメン」くらいしか思い当たりません。ワーグナーみたいに忘れた頃になつかしい旋律(もどき)に出くわすのとは大違いです。ちょっとしたシーン毎に、これほどふんだんに旋律をちりばめた曲は他に無いのではありませんか。

そして「トロヴァトーレ」は僕が18歳の時に初めて舞台を観た曲の一つ(もう一つは蝶々夫人)としても記憶に残ります。アントニエッタ・ステルラ、エットーレ・バスティアニーニ、ガストーネ・リマリルリ、ルチア・ダニエリという組み合わせ。これも初め予定された通りにマリオ・デル・モナコとジュリエッタ・シミオナートが加われば立派なものでしたが、デル・モナコは病気(実は不倫だと!)で来ず、またシミオナートは初日のみでした。しかし代役に立ったダニエリが立派なアズチェーナをこなしたので救われました。いやそういうことはどうでもいいのです。4幕のアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」に達するまでに旋律の山々を幾つも越えなければならないでしょう。まずは1幕の「静かな夜は」に耳を傾けて!その前の兵士のアリアも印象的ですし。また静かな夜のあたりで絡んでくるルーナ伯爵のアリア、マンリーコとの絡み合い。そして2幕のジプシーの歌。マンリーコの歌。歌、歌、そして歌!

この曲は最もヴェルディらしく元気はつらつとしています。イタリア・オペラの華と言えます。このあとでヴェルディは次第に暗い音楽に魅され、凄惨な「オテロ」へ向かうのですが、まだここでは「旋律が一番」の最後の中期オペラ。もちろん、もっと初期にはさらにダイナミックな、大伽藍を思わせるような「ナブッコ」とか「マクベス」とかありますし、それらも魅力的ですが、でも「トロヴァトーレ」のそれは繊細さを兼ね備えたもの。ソプラノはひたすら恋を歌いますが、その声はリリコでもドラマティコでもない、ドラマティコ・ダジリタの匂いを引きずっています。カラスみたいな声が求められます。56年にカラヤンと一緒にレコード録音したレコードはカラスの商業録音の中で最も成功したものです。静かな夜には、カラスのレオノーラに耳を傾けたくなりますよ。
僕が先述のMDに録音したのはガブリエルラ・トウッチによる盤。名声高いレコードです。これはマンリーコ役にフランコ・コレルリが出てくるので、彼の好きな向きには堪らないと察します。僕自身はあまりコレルリは好きじゃありません(彼の声は黄色いというのが僕の説。鼻にかかった様な音色は少しばかり、身構えさせます)。マンリーコはもう少し計算抜き(コレルリには何か計算がついて回る)でもいいのではありませんか。その意味ではデル・モナコの方がまし。そう言いながら僕はコレルリと握手したことがあります。昨年亡くなりましたね。本当に寂しいと思います。他にもセラフィンの指揮したレコードがありますが、これも快調です。昔日記をつけていたんですが、そこにセラフィンの「トロヴァトーレ」は快調だ!という記載が見つかります。これはベルゴンツイがマンリーコを歌っていて、それ以来ベルゴンツイの存在が大きくクローズアップされたものです。それまでベルゴンツイは何かコレルリの"2番手"という感じがしていたのが、ここで追いつきました。でもステルラのレオノーラは何となく、粉っぽい感じが付きまとうのです。またコソットのアズチェーナはまだ若過ぎます。声が若すぎてマイナスだという希有の例です。またチェルリーニ盤のフェドーラ・バルビエリも凄みがあります。カラヤン盤の方ではバルビエリはギョッとするほどの衰えを見せますが、これは直ぐに年寄りの役作りをしているんだ、と納得させられます。それくらい中音域の緊張感が効いていて、案外と良いのです。そしてシミオナートですが、エレーデ盤や、カラヤンのモスクワ実況盤はどちらも良く、ザルツブルクの実況盤も良いのですが、シッパーズ盤の老けた表現と比べてどうかな、好き嫌いの問題かな、という感じです。
現在持っているのはセラフィン(ステルラ)、カラヤン(カラス)、エレーデ(テバルディ)、カラヤン(プライス)、シッパーズ(トウッチ)、チェルリーニ(ミラノフ)、ボニング抜粋(サザーランド)です。

いいと思う歌手を考えると、レオノーラはテバルディが結構巧い。実際に舞台で歌ったことが無いこの役をなんと巧く歌っている事でしょう。特に1幕のアリア。実際あれを聴くとこれで舞台で歌ったことがないとは信じられません。それでも本人は「トロヴァトーレ」はドラマティック・ソプラノの曲だから、自分には向かないなんて言うのですよ。ジョコンダまで歌った人が「トロヴァトーレ」を避けるなんて分かりません。ジンカ・ミラノフのレオノーラも一時はメトロポリタンの売りでした。ミラノフの方はドラマティック・ソプラノだと思います。彼女の高音やピアニッシモはなかなかの聴き物です。どちらかと言うと中音域では楽天的なソプラノなんですが、高音域は良いと思います。最近これを聴き直しましたが、ミラノフの高音処理は特別な旨さを持っていると思いました。
第4幕のアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」はNHKのコンクール課題曲になったこともありますが、チョットばかり難しい。僕の知り合いの中にいる、ソプラノを自称するI嶋さんが、それを素人発表会に取りあげたのですよ。無理だと思ったけど、案の定。それでも「サムソンとデリラ」のアリアを勧めたら、あれはメゾ・ソプラノでしょ、と一蹴されました。それにいつも思うのですが、こういう曲は大きな声で歌う方が安全かもしれませんが、実際には小さい声で歌えた方が素晴らしく響くのですね。フォルテでは欠点を隠せますが、ピアニシモの方は誤摩化せないからです。現実の彼女はドンドン声が大きくなって行ったのですよ。テバルディの「恋は薔薇色の翼に乗って」はトリルが殆ど感じられません。例の黄金の中音域でのフレージングで逃げ切ろうと言う姿勢を感じます。ザルツブルクでやったプライスのレオノーラもそれなりに聴き物です。僕はプライスという歌手に関心を持たなかったのですが、盛時を過ぎてから惜しむように聴いております。でもプライスのレオノーラはポルタメント過剰が気になりました。暗い声なんですが、カラヤンがあのポルタメントをよく許したな、と考えているところです。トウッチは指揮者がキビキビしているのに助けられて、全体の平均値は高いと思います。それにしても「恋は薔薇色の翼に乗って」は難しいアリアですね。声が上下するし、あらゆるテクニックを要するし、容易に歌える曲ではないと思います。

林康子のレオノーラも聴いたことがありますが、この時は調子が悪かったようで、ナーヴェのアズチェーナに押され気味でした。林はあまり演技力は無いと思います。上背が無いから、それでイタリア人に対抗するためか、いつも肩を張っているのが気になります。また本当に歌手は寿命が短い。だからこそ佐藤しのぶさんもデビューしたばかりのころ、将来への保険の積もりで「まだ20代のふつつかな歌ですけれど」と謙遜してみせたのだろうと思います。当時29歳くらいでしょうか。その15年位後で、一度コンサートで佐藤がやじられるのに遭遇しました。確かにその時の佐藤は巧くなく、声も技術も無くなったかな、と思いました。僕はそうなった時の身の処理を誤らないのが賢明と考えます。何も恥ずかしいことではありません。誰だっていずれその時を迎えるのですから。オマケですが、僕の経験とカンで言えば、女声歌手は髪型に気を配るようになると、もう黄昏時です。カラスもテバルディもそうでした。両人とも年と共にエレガンスが増してきますが、声は下降線をたどりました。是非、写真で比べてみて下さい。
「トロヴァトーレ」という曲には、「ジプシーの歌」とか、「兵士達の合唱」という覚え易い曲が並びますが、決して鼻歌で歌える歌じゃないんです。畳み込むような調子のノリが必要です。これでもか、これでもか、と次々にメロディーが襲います。最初に述べた僕の自作のMDなんて美味しいところばかりピックアップして25分程度でした。最高の美味しいとこだけ拾って、あとは惜しげもなく捨ててしまっても、です。トウッチのレオノーラはドラマティコ・ダジリタとして認められると思います。この点はテバルディとかステルラより上ではないでしょうか(林康子はトウッチを自分の前に立ち塞がる天敵みたいに考えているようですが、似たようなレパートリーだったからねえ)。

カラスはスカラ座で少し太っていた時代に歌ったことはありますが、細身になってからもう一度歌おうとしていたら、事情があって中止になりました。今となっては実に残念です。暗い音色がレオノーラに相応しいし、痩せた姿は中世スペインの雰囲気を持ったもので、音域は全く問題なく、トリルの技術も十分、となればやはりカラス!テバルディは第1幕のアリアは素晴らしいですが、終わり近くで声を張り上げてしまい、発声上のキズが丸見えになるという欠点があります。でもレコードとしてはこのテバルディのレコードを実によく聞き込みました。他のキャストも魅力的でしたし(デル・モナコ、シミオナート)、何といってもステレオ録音だからです。カラスのはモノラル。でも、このステレオかモノラルかというようなハードウエアに拘泥するのは、実はムダだったということを申し上げます。僕自身の強い反省です。良い物は良く、それは自ずと分かるものです。少し時間が掛かるにしても。カラスのそれをもう一度聴き直しますと、非常に巧みに旨く歌っていることが分かりました。あまり冴えない録音なんですが。またずっと後で追加されたカラスのアリア集に「恋は薔薇色の翼に乗って」がステレオで入っていますが、これは声の質は落ちていますが、表現の仕方とか、息の吸い方、等では驚くほど進歩しています。

他方、サザーランドのレオノーラはあまり聴きたくない代物でした。僕の耳にはそう聴こえます。彼女の最盛期だったら興味があったかもしれませんが、録音が遅すぎました。パヴァロッティとの競演にも関わらず、残念な結果です。サザーランドに特別な思いのある僕としては、苦しい選択ですが、レコードも抜粋盤で十分だと思いました。あれはプロデューサーの時期選択の誤り。カデンツアは独特なもので、その出来映えは無理しているな、と思った程度でした。彼女の再録したレパートリーを見ますと、「ルチア」、「夢遊病の女」、「清教徒」、「椿姫」、「ノルマ」などいずれも後の方が巧くないのです。声そのもの、テクニックそのものが後の方があやしくなっています。「夢遊病の女」など典型です。「ノルマ」は後の録音に折角モンセラ・カバリエを起用していながら、カバリエの同情でようやく場が持っている、と判断しました。もう少し早ければ!と悔やまれてなりません。彼女自身がもっと若い時分に、「トロヴァトーレ」等を歌わなければならないんだろうけれど、今はそれより自分にしか歌えない珍しい曲を歌いたい!とインタビューに答えていたのを思い出します。大変残念です!!

シルヴィア・シャーシュの歌う「トロヴァトーレ」のアリアを聴くと、これは遠慮しがちな姫君のレオノーラだと思いました。そう思ってしまえば安心して聴けます。ただ正面から、さあ聴いてくれ、と見栄を切るようなことを期待するとがっかりします。実際彼女のリサイタルではプログラムに印刷してあった「トロヴァトーレ」のアリアは実際にはキャンセルされましたし(代わりに何を歌ったか覚えていない)。やはり世界中の人が歌おうと身構えている曲だから、競争も激しいのです。

国産品の「トロヴァトーレ」を聴いた時の記録を、僕の古い日記に見つけました。下記の通りです。
「7.16(土):上野で二期会の「トロヴァトーレ」を聴く。指揮トゥリオ・コラチョッポ、レオノーラ岩井理花、マンリーコ田口興輔、ルーナ伯爵直野資、アズチェーナ伊原直子、フェランド小鉄和広、イネス木村圭子。コラチョッポはまるでイタリア語番組のジロラモ氏みたいな容貌の持ち主だった。田口はジークムントみたいな音色(少しこもった色合いで、ジェームス・キングを彷彿とさせる)を出していたが、調子がいい時は心地よく響く。一度音色が急に頼りなげに変わってハッとさせられたが、どうやらセリフを忘れたらしい。レオノーラがそばに寄って筋立てに関係ないしぐさ(マンリーコの剣を抜いて傍に置く)をしたら音色も回復したから、レオノーラがプロンプタの代役を務めたか?伊原直子は声が散らばり、老婆としては適切だろうが、声楽的には難があった。岩井理花は痩身で背の高いレオノーラで、見栄えがいい。本来のドラマティコ・ダジリタではないようだが、音域も一応カバーしている。中音域で声量を押さえた時の声は美しい。コラチョッポの指揮は極めて明快、でごく速いテンポだった。場面転換の多いこの曲を全く長いと感じさせずに引っ張ったのも技量の一部だろう。恐らく最も良かったのは二期会合唱団ではないか。男性合唱が素晴らしく、上質の真空管アンプ(妙な表現!)のようなまろやかな音色をしていた。2幕の幕間に妻とシャンパンで乾杯。」
再生装置は「近い声」が欲しいですね。できるだけ唾のしぶきを多く浴びるものをお選びください。いくら唾が掛かっても楽しいのが「トロヴァトーレ」です。ギシギシいうような、生身がのた打つようなもの、そして憂愁のオーケストラが密やかに周囲に漂う装置が理想だと思います。そしてこの曲にはエネルギッシュな脂が必要です。何と言ってもヴェルディですから!
第4幕のアリア「恋は薔薇色の翼に乗って」が難しいと申しましたので、その楽譜を示します。かなり音域が低いことが分かります。
楽譜
まるでメゾ・ソプラノ。一見簡単そうですが、rose-eの部分を見て下さい。ここをどう歌うかで全体の印象が左右されますよ。肝心なことはroseのseの部分にスムースに入らなくちゃならないことです。まずい例では、一旦息をついてからseに入るのですが、それではダメ。しかもroseのseの部分は、奥に引っ込んだように歌わなくちゃいけません。最後のeなんていわば「飲み込む」ように歌うのです。しかも全体がピアニッシモです!カラスはこれをやって居ました。ミラノフもそうです。トリルは本当に震わせなくてはなりません。これだけ注文があるので、完璧に歌う為にはもの凄い練習を積まなければなりません。トリルの良い練習台になります。これをさぼって、練習不十分のまま、急いでプッチーニの曲を歌おうとしても無理が生じます。「恋は薔薇色の翼に乗って」の後半ではテンポが伸縮します。ほんの僅かですが、確実に変化します。テンポが変化すれば、息継ぎが変化し、アクセントが変化します。あとでまた触れますが、テンポって変るのですよ。練習で体得するしかありませんね!
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