キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第20話 ノルマの至芸 (2006.7.13)
皆様こんにちは。今日は「ノルマ」をご紹介しましょう。「ノルマ」。これぞベルカント・オペラの代表であり、歌手達のめざすゴールです。ベルカントって何でしょうか。原義は「美しく歌う」ことですね。それを考えればどんなオペラにも「ベルカント・オペラ」を適用できますが、ここでは「いわゆるベルカント・オペラ」に限定いたします。トリルが多く、音域がソプラノからアルトまで伸び、時に咆哮し、時に紅涙を絞る切々とした美しいメロディー・ラインを披露するという、いわばソプラノ歌手の百貨店みたいなものです。と書くとまるでベルカント・オペラとは何か弱々しいものを意味すると想像させますが、まあお聴きあれ。決して弱いばかりじゃない、人間の最も本質に迫るものがあります。「ノルマ」、そして「メデア」等がそれに当たります。
時はローマ時代、舞台はガリア。ドルイド教徒の住む所に、ポリオーネ率いるローマ軍団がいます。ノルマはドルイド教集団の最高位の巫女。しかしこの2人には大変な内緒があって、子供が2人も居ました。それが最近ノルマに寄り付かないポリオーネ。それはポリオーネの心はノルマの侍女たるアダルジーサに心変わりしていたから。ここまでがオペラ以前のプロットです。ポリオーネの本心を見抜いたノルマが死を覚悟していたら、アダルジーサにもう一度ポリオーネに頼んでは、と説得されます。ノルマはその気になったが、ポリオーネは全く心変わりを改めない。偶然つかまったポリオーネを目の前に据えられ、歌うのが「とうとうお前の運命は私の手の中に」。ポリオーネの、子供達だけは助けてくれ、という必死の懇願にも耳を貸さないノルマ。招集された民衆の前で、ここに恐ろしい裏切り者がいる、それは自分だ、と告白するノルマ。自らに火あぶりの刑を命じ、改心したポリオーネも一緒に火の中に歩み進む、というストーリーです。

ノルマもメデアも共に、2人の子供を抱え、夫には裏切られ、激しく復讐を誓い、そして最後には破滅が待っているストーリーです。主役にあまりに焦点が置かれ、主役の出来不出来が全体を左右するために、どうしてもプリマ・ドンナが中心になります。一般にプリマ・ドンナ・オペラというとネガティブな捉え方をされますが、「ノルマ」みたいな曲はプリマ・ドンナ・オペラだからこそやりがいがあり、聴きがいがあるというものです。作曲の段階で、主役に想定した歌手の館で生活し、その喉にテーラー・メイドで楽譜を作ったと言います。もちろん気に入らないところは書き直し、何度も繰り返し校正し、その歌手に最適なものを作曲したので、いわば今日の歌謡曲の作曲みたいなものでしょうか。実際に初演したのはジュディッタ・パスタですが、パスタの喉が優れていたからこそ「ノルマ」が産まれたとも言えます。

この「ノルマ」はあのワーグナーでさえ一目を置いた形跡があります。そしてショパンはノルマの作曲者ベルリーニに限りない同情を寄せました。僕が欧米のオペラ好き達に僕は「ノルマ」が好きだと言った時、「ノルマ」は貴族的だよ、という答えが返って来ました。「トスカ」のようなオペラしか聴いた事がない人はまず聴いてみることです。良いインストラクタと一緒に。「ノルマ」は能、ヴェルディは歌舞伎、ヴェリスモ・オペラは新劇みたいなものでしょうか。
僕自身は実はカラスの「ノルマ」のレコード(60年盤)を買ったのが1965年になってからでした。近所のレコード屋で「これはいいものですよ」と勧められたからなのですが、余り食指は動きませんでした。あの「カスタ・ディーヴァ」(第1幕にある大アリア)を聴いてもこれが代表的旋律?と疑ったものです。それが1971年になった時、突然「ノルマ」がよみがえったのです。初めは旋律の切れ端が、あちらから少し、こちらから少し、と集まり始め、しかも意味のつながり、全曲の中での順番等が次々と思い出されて、ついに全曲が7年ぶりに完成したのです。一度完成すると、もう「ノルマ」なしでは暮らせません。当時NHKイタリア・オペラでエレーナ・スリオティスの「ノルマ」を上演中でしたが、僕はその初日の実況をFM放送で聴きました(切符を買いに行ったのですが売り切れ。代わりにコソットとクラウスのドニゼッティ「ラ・ファヴォリータ」の切符を一枚入手しました)。

自分の正直な印象を記しますと、FM実況放送におけるスリオティスのノルマは風邪を引いていて、ひどい出来映えでした。当初おっかなびっくり歌っていて、ついに声が出なくなって1オクターブ低い音程を歌う始末。相手のコソットが絶好調でしたから、またその好調さをことさら強調するコソットのことですから、ノルマ役としては惨めでした。でも、その苦しい喉を用いてスリオティスは時としてハッとするような激しい表現をしていたのを認めます。喉の回転も終幕部に向かい良くなっていったと信じます。これは友人が録音してくれたカセット・テープが取ってあります。一度しか歌わなかったので雑誌にも無視されましたが、池袋ヤマハにいたN口さんという人の主催する小冊子に、あれは調子が悪かったけどいい所もあるし、死に至る過程を自殺に近い方法で演じた、という役者に似ている、と書かれたのは良く覚えております。しばらく毎日「ノルマ」を聴いていました。

かくして僕の「ノルマ」狂いは進み、毎年つけていた聴いた回数は、27歳〜36歳の10年間の合計で66回でした。さらに時代が進み、50歳代になると聴き方は変りましたが、ますます好きになりました。あのスリオティスは引退したし、たまに入るニュースに彼女の名前を見つけるとホッとする次第です。N口さんも、この公演が元で引退を早めたとなると後口が悪いなあ、とおっしゃっていたのです。当時スリオティスはこれからロンドンで「トスカ」公演があるし、まだ歌うつもりだと悔しそうにしていたそうです(その頃彼女は「マクベス」を録音しました)。僕は調子にのってリコルディ版のヴォーカル・スコアを買い、さらにドーヴァー版のフル・スコアまで買いましたが、フル・スコアを追いかけるのは辛く、主たるメロディー・ラインを追いかけ易いヴォーカル・スコアの方を頼っていることを白状します。
何と言っても「ノルマ」はカラスですね。カラスのノルマは様々な実況盤があります。今手元に持っているのは下記の通り。
セラフィン60年EMI(カラス)、セラフィン54年EMI(カラス)、ヴァルヴィーゾ(スリオティス)、ボニング(サザーランド)、グイ52年(カラス)、ガヴァツエーニ55年スカラ(カラス)、セラフィン55年ローマ(カラス)、サンティーニ(チェルクエッティ)、ガヴァツエーニ(ジェンサー)、チラーリオ(カバリエ)、レヴァインCT(シルズ)、ファブリティスCT(スリオティス)、ハラツ77年(バンブリー)、ピッコ52年(カラス)、マーク79年CT(ヴァーレット)、パタネ74年LD(カバリエ)、ボニング78年LD(サザーランド)、ボニング81年 DVD(サザーランド)。

カラスは音を気にしなければセラフィン盤55年(スカラ座実況)ですが、音はガヴァツエーニ盤55年(RAIラジオ放送実況)の方がマシです。聴き所はオペラ後半に集中しています。「カスタ・ディーヴァ」ではありません。第4幕(細かく分けた4幕仕立ての場合)の「とうとうお前の運命は私の手の中に」の部分がまず聴き所。カラスは喉を最初から全開せず、ぐっとこらえた表現で迫ります。そして爆発。また「この心をあなたは失ったのよ」では、切々とした表現で聴く者に涙を誘います。また終幕部の「子供をお願い」では哀切極まりない表現を聴かせます。それらの前のアダルジーザとの場面「え?ポリオーネだって?」では、これから恐ろしい事が始まるぞ、と示唆します。普通にいわれる「カスタ・ディーヴァ」ではそういう激しさがなく、テクニックの百貨店をのみを披露。ですから録音の印象を言うのは終幕部を聴くまで待ちましょう。第4幕の剣幕のような場面を他の誰が考え出せるでしょう。ベルリーニとパスタ天才説を裏付けるものです。そしてカラス天才説も。

今までカラスの対抗馬はローザ・ポンセルでした。ポンセルは比較したいけれど、全曲盤がありませんので、比較できません。古老達のいい分を聞くしかないのです。ポンセルは含み声ですし、指揮者に人を得れば可能だったかもしれません。少なくとも過去50年間の記憶の結論として、あらゆる歌手達の中でも最高、それはイタリア・オペラの歌手達にとどまらず、ワーグナー歌手を含め、モーツアルト歌手、シュトラウス歌手を含めて最高です。かつてアニア・シーリアが、一昨年までのカラスは最も尊敬する歌手だったと述べたことがありますが、参考になる意見です。でもこれは「歌うカラス」をそう言っただけで、決してカラス本人の人格を評じてはおりません。僕はカラスという人物でなく、カラスの歌った歌が好きなのです。カラス本人はちゃらんぽらんかも知れないし、あまり趣味が良くないだろうことも伺えます。そういう事に目をつぶり、歌っている記録だけを判断した場合、カラスは最高です、と申し上げたいのです。
「ノルマ」歌いとして有名なのにはアニタ・チェルクエッティとか、あのトルコのレイラ・ジェンサーとか、おりますが決してカラスを超えるものではありません。チェルクエッティのノルマは声が本人の体躯同様に図太くて勢いがあります。でもしみじみした味は別問題。ジェンサーのは若い声ですが、やや頼りないところ。そのあとジョーン・サザーランドやモンセラ・カバリエも歌いました。サザーランドは早くから「ノルマ」をメットに打診されていたのですが、まだ時期尚早と断って遅らせたとか。僕は正直いって、カバリエのノルマはいい線行っていると思います。そのあと色々な歌手がノルマに挑戦するようになりましたが、メゾ・ソプラノの人が挑戦するのがファッションにもなりました。カラヤンは死ぬ頃になって「ノルマ」録音の計画を立てたと聞きました。カーチャ・リッチャレルリとミレルラ・フレーニという2人のソプラノを立てての話だったと記憶していますが、別の人だったかも知れません。でもカラスの録音が残っている限り、それさえあれば、「ノルマ」の理解には十分だと思います。

普段はアダルジーザを受け持つジュリエッタ・シミオナートが、ノルマの方のアリアを歌ったCDがあります。1961年録音といいますから、既にシミオナートは下り坂。トリルなんかは殆ど聞こえません。そういう歴史的証拠としてとっておけば良いと思います。またジンカ・ミラノフが1945年に録音した「ノルマ」2重唱もありますが、共演したマーガレット・ハーショウと共に、歴史的存在。録音が古いからこれだけで判断すると決して良くはありませんが、リアルタイムで聴いた場合を想像しましょう。少し外れますがこのハーショウの声って、僕は好きです。少し油気があって、しかも遠方起源の声で、例えればロシアのエレーナ・オブラスツオワのような声。メットでイゾルデやブリュンヒルデを演じていますが、どういうわけか、ハーショウはメットの出演記録から除かれています。
「ノルマ」の難しさは、トリルを完璧に歌いたいと思えば劇的な爆発力が弱くなりがちですし、逆も真なのです。決して片方だけ良ければ済むという訳でないのですが、それにも関わらず、挑戦したいと思う歌手が多いので、僕としては良い事だと思ったり、無駄だよ、と申したかったりします。カラスの声を御聴きください。絶頂期のカラスだけに可能だった2つの要素の両立があります。決して彼女は高い音を外したり、避けたりしておりません。完璧に歌おうとしております。また音の高さだけでなく、音の質つまり表現のための力を犠牲にしておりません。力(パワー)を秘め、トリルの技巧を秘めて堂々と正面から勝負しております。これを御聴き下さい。

下記はニューヨークの見聞録を僕の古い日記から抜粋したものです。
これを聴かずに日本に帰れようか。メトロポリタン歌劇場9代目のノルマ(リリー・レーマン、ローザ・ポンセル、ジーナ・チーニャ、ジンカ・ミラノフ、マリア・カラス、ジョーン・サザーランド、モンセラ・カバリエ、リタ・ハンター、シャーリー・ヴァーレット)を歌うはずだったヴァーレットが突然ダウンしたと支配人の説明があり、代役の名が告げられたら、十数人の客がブラーヴァと叫んだ。代役の名を聞きそびれてしまい、あとでお隣の男性客に尋ねてみたがやはり分からないと言う。すると前の席にいたお婆さんがクルリと振り返って、マリサ・ガルヴァニだと教えてくれた。そんなソプラノの名前は聞いた事がないので、ついでに紙にスペルを書いて貰った。ガルヴァニはニューヨーク・シティ・オペラからの客演らしいという(ガルヴァニは1980年のシーズンには地方でトゥーランドットを歌うらしい)。高音が苦しそうだし、余り美声ではない。水々しさやしなやかさにも欠けるが全体としてはまあまあ。少しハスキーで、音色に不安定なところがある。でも「ノルマ」を完ぺきに歌える人など、そういるはずが無いのだから仕方がない。マリア・カラスが成し得たレベルは例外的な奇跡だったのだろう。メゾ・ソプラノのアダルジーザ役は売出し中のソ連のエレーナ・オブラスツォワ。こういう暗い音色の強靭な声は僕の最も好きな声。演技はうまいし、ソロを歌う限り申し分のないもの。コソットに似た声質だが、やや遠くから聴こえるような発声である。しかし、声量も豊かだし、何といって旭日昇天の勢いにある偉大な声だ。ただし、安定感がなく、ノルマとの重唱の時に合わなくなってしまうのが問題だ。ピッチが合わないのだ。淡いブルーのジョーゼット風の衣装を着たオブラスツォワは見栄えも良い。やはりこの「ノルマ」という悲劇はイタリア・オペラ最上の傑作だと思う。
声質について、ちょっとここで予習しておきましょう。カラスは3つの声を持っていたと言われます。弱い声のコロラトウーラ・ソプラノ(「ルチア」、「清教徒」など)、強い声のドラマティック・ソプラノ(「ナブッコ」、「トウーランドット」など)、そして3番目にメゾないしアルトの役柄です。この最後のグループはこの「ノルマ」に代表されますが、その他にも「メデア」や「マクベス」などの一部が含まれます。アルトの音域まで含みますが、実はアルトの音域で歌うのは曲の一部だけです。全体としては間違いなくソプラノです。それは彼女の持つ独特の音域、ソプラノ・ドラマティコ・ダジリタ、だからです。ドラマティック・ソプラノなんだけれど、軽やかさを備えたソプラノなんで、コロラトウーラも得意とするところ。だからって、ナタリー・デッセーやリリー・ポンスのような、ロバータ・ピータースのようなコロラトウーラ向きの声を想像すると全く違う。コロラトウーラからひょいとドラマティック・ソプラノに転身できるのです。

カラスの凄い所はこの3つのカテゴリーをマスターしていただけでなく、それぞれ専門のコロラトウーラ・ソプラノや、もっと強い声を要するドラマティック・ソプラノや、それらを共存させた領域で、それぞれ世界一だったことです。これは他人にとうてい真似の出来ないところです。また、それぞれの役柄を演じるのに、演技力もあったことでしょうか。彼女の「トスカ」の演技を一度でもご覧になれば同意されることと思います。演技なんてどうでも良いという方、一度カラスの残した画像をご覧下さい。あの説得力、一体どうしたらああ言う表現を思いつくのでしょうか。
「ノルマ」の代表的な旋律として、下記の箇所が上げられます。終幕部の「とうとうお前の運命は私の手の中に」という箇所です。本当にしみじみとした味わいがあります。これを見れば一目瞭然、ノルマはまるでアルトのような声で歌い始めます。そして僕は「ノルマ」を歌うという新人が出れば、必ずここを吟味します。胸声に落として歌っていますから、力強さは抜群。ただし声楽家の中には、このような胸声を出すのはソプラノ技術に問題がある、という説を持っておられる方もあります。恐ろしい歌です。

楽譜

必要なオーディオ装置は、徹底的に「近い声」を強調して欲しいと思います。それでも、もはや叶わないカラスの実演を再現できるのなら、安いものだと思います。そして唾が飛んで来るような、胸ぐらをつかんで目を血走らせるような音をお楽しみ下さい。カラスの場合、音さえある程度良ければ、画像が無くても十分に演技していることが分かります。「ノルマ」こそ、低声を浮かび上がらせ、演技力を彷彿とさせる真空管アンプの出番ではないでしょうか。
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