キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第22話 アイーダの威厳 (2006.8.21)
皆様こんにちは。旧盆の季節をいかがお過ごしでしたか?お盆だけじゃなく、日本の終戦記念日を含むという特別な意味がありますね。僕はその5ヶ月19日前に生まれ、敗戦に伴って両親と共に、その両腕に持つ荷物が全財産という状態で台湾から引き揚げました。栄養失調。よくぞ生き延びて来たものです。広島県に上陸し、それから山口県に数年間住みました。進駐軍の車両が道路を塞ぎ、小学校では耳殻の一部がない子供がいましたが、それは原爆で吹き飛ばされたせいだと知りました。本当に大変な時代を過ごしたものです。
今日は「アイーダ」をご紹介しましょう。作曲の動機はヴェルディの意志によってというより、カイロにできる歌劇場のオープニングの為の依頼があったためですが、それには間に合わず。それでもそこで初演し、スカラ座でも大成功。「アイーダ」以前といえば、「ドン・カルロ」や「運命の力」が代表でしたが、それに留まった場合、我々のヴェルディ評価も変っていたのではないでしょうか。もっともこれは「オテロ」が出来た時も出た話です。今や知名度から言えば「アイーダ」はヴェルディの代表です。

エジプトに捕われたエチオピア王女アイーダを救わんと起こされたエジプトとエチオピア間の戦争はエジプトの勝利に終わる。アイーダはその身分を隠し続け、エジプト王女のアムネリスに仕えますが、アムネリスの鋭い嗅覚は、エジプトの将軍ラダメスのアイーダに対する恋を見破ってしまいます。実はアムネリス自身がラダメスに恋をしていました。捕まったエチオピア王の意向を受けたアイーダは、ラダメスに軍勢の進む道筋を聞き出しますが、現場をアムネリスに見つかり、ラダメスは捕縛されてしまう。その裁判、そして生きたまま地下牢に埋められるという刑が宣告されます。気も狂わんばかりのアムネリス。地下牢では先に潜んでいたアイーダと再会し、ラダメスの腕の中でアイーダは息絶える。地上ではアムネリスの祈り。これがオペラ「アイーダ」のプロットです。
僕にとって「アイーダ」行進曲は高校生時代から知って来た曲です。それは僕が16歳の時に手にいれたステレオに付いていたオマケのレコードのせい。当時は「アイーダ」といえば、ミラノフのもの、テバルディのもの、さらにトスカニーニのレコードくらいしか市場に出ていなかったと思います。これはソプラノにとって重たい曲、というイメージがありました。実際そういうイメージで売られていたのではないでしょうか。ところが、トスカニーニの伝記を読むと、「アイーダ」を重いソプラノが歌うのを好まず、むしろ軽やかに歌え、と書いてありました。僕自身の軌道修正はそれから30年を要しました。

まずジンカ・ミラノフ。ミラノフは日本にも来たせいで知名度が高かったのです。吉田秀和氏の世界漫遊記でも取り上げられたミラノフはメットの大御所として君臨しました。メットの100周年記念でマリリン・ホーンが「サムソンとデリラ」のアリアを歌ったあと、舞台後ろに並んだゲスト席に挨拶しに寄ったのですが、ミラノフは当然自分の所に来るのだろうと考えていたところ、実際はリーゼ・スティーブンスの所へ向かったのでミラノフは憮然とし、その表情をTVカメラはアップで映しました。恐ろしや。ジョネル・ペルレア指揮の「アイーダ」のレコードではミラノフの相手役にフェードラ・バルビエーリ、レナード・ウォーレン、ユッシ・ピョルリンクという結構良いキャスティング。ラジオ放送ではソプラノを紹介する際にジンカ・ミラノフ、レナータ・テバルディ、そしてマリア・カラスという3点セットを紹介するのが常でした。「もう一人いますね、カラスと言うのが」という紹介ぶり。今やミラノフの名も遠くなりました。

そして1960年過ぎになるとカラヤン盤「アイーダ」です。テバルディ、ベルゴンツイ、シミオナートによるもの。でもあまりに高価(5,000円)でしたから、これを買うのはいつのことか、と思いました。値段は今と大して変らないのですが、当時は公務員の給料がまだ数万円程度だったことを思い浮かべなくてはなりません。
今僕が持っているのは以下の通りです。カラヤン(テバルディ)、エレーデ(テバルディ)、ショルティ(プライス)、ショルティNY(プライス)、セラフィン(カラス)、セラフィン(カリーニア)、カプアーナVHS(ジェンサー)、ヴオットー(ステルラ)、ムーティ(カバリエ)、トスカニーニ(ネルリ)、ファブリティス(カラス)、バルビローリ(カラス)。

ここで音が良くないセラフィン/カラス盤はとりません。カラスの声の調子が悪いのです。少し乾涸びています。エレーデ/テバルディ盤でも音質には注意しましょう。実は僕は最初に買ったとき余り良くなくて買い直したのです。一方、カバリエもいいと思いますし、カラヤン/テバルディ盤ではテバルディは決して絶好調ではないかも知れません。でも第1幕のアムネリスとのやり取り、エジプト軍の合唱のすばらしさ。そして「勝ちて帰れ」。「勝ちて帰れ」はテバルディらしからぬ叫びだったため、初めて聴いた時はギョッとしました。でも、音を気にする場合は、ほぼカラヤン/テバルディ盤で決まりでしょう。

第2幕の「凱旋行進曲」はもちろん素晴らしいところで、若い日にはこれを聴くとワクワクしました。ここで思い出すのはかつてさる歌劇場で、「アイーダ」の舞台に駱駝だったか象だったか、生き物を登場させたというニュース。いやはや。お客を1000人舞台に乗せることがあったとしても驚くことないか。いや、これは凱旋式なんだから、祝典なんだから、何があっても驚いてはいけないのかなあ。あのヨハン・シュトラウス「こうもり」第2幕で見せるお祭りみたいなもんだ、と割り切ればいいのかも。しかし、このようなケレンに過ぎた演出をされてしまう例があるために、「アイーダ」が単に豪華絢爛なだけのオペラに思われてしまいがちなのが残念です。「アイーダ」が好きだって?と、いぶかし気な視線でアナタを見る人もいるでしょうが、聴く者が本質を見誤らなければ構わないと思います。

第3幕はエジプト軍の勝利の後を描きますが、聴かせ所はナイル川のほとりのラダメスとの密会の場面。あの、オリジナルには作曲を考えなかったというアリア「おお我が故郷」に続くところ。ヴェルディはこの半音階づつ上昇するバックの音楽を何と効果的に用いているのでしょう。静かに確かに上昇しているぞ、ということを聴かせる肝心なところです。カラヤン万歳といいたいところ。これは他の指揮者では、例えばカバリエ盤のように他の部分は万全と思えるものを持ってきても、この上昇部分だけは巧くないのです。カラヤン盤ではここで背景の音が少し大きくなって強調されています。

そしてアイーダを捨て自分の愛を受け入れよ、そうするなら助けてやろうと、アムネリスがラダメスに迫るところ。これは聴き物です。聞く耳をもたないラダメス。思わずかっとなって摘発するアムネリス。でも直ぐに助けなければ、と思い直すアムネリス。ここのアムネリス、最高に素晴らしい。これはシミオナートの実況リサイタル盤を聴いても良くわかります。なんという煩悶を胸の内にひめているのでしょう。王女としての威厳をくずさず、それをあえて膝を折ってまで神官達に頼むのに受け入れられない。その屈辱に耐えてなお頼む、それも無駄。そしてアムネリスの神官達に対する怒りは頂点に達します。素晴らしい緊迫感!

こういう緊迫した場面ではシミオナートのようなベテランが旨味を発揮します。セラフィン盤のフェードラ・バルビエーリも声に魅力があるし、またショルティ盤のリタ・ゴールもよく、ゴールはこちらの胸の内を悟っているかのようですが、結局それでもシミオナートの敵ではないな、と思い知らされます。これはシミオナートの天性の良い勘のせいですね。最後の場面では全て許して死んでしまうアイーダ。全曲を聴き終えた時に思うのは、この曲の主役はアムネリスだということです。アイーダではないようです。カラスのアイーダ?カラスだったら更に素晴らしい表現もできたかも知れないのにな、と思います。カバリエ?指揮者がここではちょっと物足りないかも(あくまで僕の主観的な独断に過ぎません)。
実は最近、カラス/シミオナートのバルビローリ指揮1953年盤が手に入りました。ここでの印象はクルト・バウムのラダメスが何とも巧くないことです。しかしその難点を弾き飛ばしたのが、シミオナートの絶唱でした。シミオナートの最善の姿を見たようです。カラスは声の大きさではシミオナートに譲りますが、情熱的なフレージングで聴き手を圧倒します。この時期のシミオナートは、声が絶頂期だったのですね。なんと素晴らしい「アイーダ」でしょうか。カラスは常に不満を募らせている雌虎みたいだし、シミオナートは不安に駆られる大鷲っていう感じです。シミオナートは姿格好も良く、傲然としています(この時期の写真を持っていますが実に魅力的です)。そこから出る深々とした低音は実に素晴らしい。カラスは体躯がまだ太い!こういうのを聴くと、1955年録音のセラフィン盤におけるカラスの不調は何故だったんだろう、と思わせます。もちろんこの1953年盤は正規の録音ではありませんから、その限りで、という条件がつきます。しかし素晴らしい!しかもこのCDには、サザーランドの巫女長の声までが参加しています。カラスの記録を調べると1953年6月10日には確かにこの主役2人でコヴェント・ガーデンに出演していますが、ブライアン・アダムス著のサザーランドの記録では、1952年になっています。TESTAMENT社のCDですから、間違うはずは無いと思いますが、この巫女長の声は洞窟の中で歌っているようで、本当かどうかを判断し難い(個人的にはこの洞窟声のシーンはカットしても可)。カラスはこの5日後にコヴェント・ガーデンで「ノルマ」を歌い(サザーランドのクロチルデ役で)、6ヶ月後にはスカラ座で初の「メデア」を歌っています。もの凄い勢いで檜舞台を駆け昇っていた時期なのですね。繰り返します。このバルビローリ指揮のカラス/シミオナートの「アイーダ」は最高のコンビでした!!但し音質は余り良くありません。僕はこの種の録音に慣れていない人にはお勧めしないことにしていますが、それでもお聴きになりたい場合は、想像力を高めておくこと。

昔から、カラスとテバルディの仲直りの証に「アイーダ」をやったら、という夢がありました。もちろんテバルディのアイーダ、カラスのアムネリスですよ。両人にはノルマとアダルジーザを交互に歌ったらとか、ブリュンヒルデ(カラス)とジークリンデ(テバルディ)を分担したら、とか提案がなされましたが、無駄でした。一つ興味があるのはシカゴで、テバルディのアイーダに対してアストリード・ヴァルナイがアムネリスをやったことです。あれ、どうだったんでしょう?ヴァルナイの自伝を読んでも、どう評価されたかまでは明ら様には書いてありません(僕の英語力不足かも知れません)。

その他、アントニエッタ・ステルラがコソットと一緒に歌ったものとか、レイラ・ジェンサーがシミオナーと一緒に歌ったものがありますが、これらは画像付きなのが取り柄という程度です。ジェンサーの姿は何となくインドネシアのワヤン・クリット(人形劇)の影絵を想像させます。僕が約20年前にメットで見た「アイーダ」はジルダ・クルス=ロモのアイーダ、フィオレンツァ・コソットのアムネリス、エルマンノ・マウロのラダメスというキャストで、ジェームス・レヴァインの指揮でした。クルス=ロモはメキシコ人ですが、当時思い切り色々な役柄に挑戦中でした。欧州でやった時のDVDも出ていますが、彼女の長所は演技力があることでしょうか。長〜い上演で、終わった時は深夜12時を回っていました。すわ大変、と大急ぎで席を立ちましたが、途中で振り返ってみたら、コソットが天井桟敷から投げ込まれる紙吹雪を浴びつつ、御辞儀を繰り返していました。どういう訳か、米国人ってエジプト物が大好きなんですよ。メトロポリタン博物館に収納されているミイラの数の多いこと!
Opera News誌8月号(2006年最新版)によると、最近ではニューヨーク市民はクールというか、情熱から距離を置く人々が増しているそうです。かつてモンセラ・カバリエが定期的にカーネギー・ホールに登場した頃だったら、取り巻きが多く詰めかけて幸福に歌っていられたのが、今はバルトリが歌っても、いいね、という程度で覚めているという話。3大テノール公演で大騒ぎする群衆も、それほど演奏にこだわる人達では無いようです。同誌には1965年に2回だけあったカラスの「トスカ」公演の切符を求めて数日間メット旧館の前に寝泊まりする熱心なファン達の写真が載っていました。僕自身も古い世代に属するのかもしれません。ここで書いたように僕はどうしても、その臭みが出てしまいます。僕はカラスをどんなに讃えても、本気でその通りだと信じております。まだ聴いたことの無い人は是非、一度で良いから、最良の演奏を選んで聴いてみて下さい。なぜそれほどまで讃えるのか、きっと分かって頂けると信じます。古い世代から新しい世代へのお勧め!決して単なるミーハーではありません。

「アイーダ」を聴くにはやはり「近い声」のオーディオ装置が必要でしょう。やや「遠い声」を目指すムーティの目指すところと若干違うかも知れませんが、あるいはカラヤンともまた違いますが、そして彼等の指向を考えればそれも分かりますが、僕はやはりアムネリスの苦悩を露にして欲しいし、それが聴き取れる装置であって欲しい。「オテロ」ほどじゃないけれど、「アイーダ」、やはりいい曲です。是非「近い声」で!以上の感想を参考にして、機器をお選び下さい。

写真
アムネリスに扮するシミオナートの直筆サイン入り写真(メットで購入)
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