キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第23話 トスカの苦痛 (2006.8.29)
皆様こんにちは。休暇の間に色々なことがありました。まずシュワルツコップが2006年8月4日に亡くなったのですね。90歳。当地は田舎町ですから、原則朝刊しか配達してくれません。それで夕刊を見逃してしまった次第。また過去に遡って調べたら、2年も前、2004年12月4日にはエレーナ・スリオティスも亡くなっていました。61歳。これも夕刊には載ったようです。ショックでした。2004年は僕はまだ現役時代でしたから、忙しすぎて死亡記事を見逃していたものと思います。シュワルツコップはもう直ぐだろうな、とは思っていましたが、スリオティスまでとは!両人とも当コラムの初期の章に登場していますから、早く書いておいてよかったな、と思いました。ご冥福を!
今日は「トスカ」をご紹介しましょう。「トスカ」は最もポピュラーなオペラの一つで、いわゆるヴェリズモ・オペラに分類されるものです。もっとも形は少しグランド・オペラ風ですが。あまりオペラを知らない人が、最初に聴く旋律、そして最初に覚える旋律は「トスカ」のどこかではないでしょうか。と言っても僕は決して「トスカ」を貶めるつもりはありません。どこか懐かしい旋律、どこか聴いたことがあるような気にさせる旋律、ストーリーはドラマティックだし、これはこれで完成度の高いオペラだと思います。学生時代に友人と一緒にオペラに行ったことがありますが、それは砂原美智子さんのトスカでした(古いなあ)。彼女の独特な発声法の癖とかが、ふと記憶に甦ってきます。

ナポレオン戦争の勝ち負けで右往左往するナポリ王国の有様を表すこの曲では、ローマを含む地域が再興し、特高警察がにらみを効かせている時を記述します。それがナポレオンが再び勝ってめちゃめちゃになって、それで警視総監スカルピアは絶望してしまう、そして悲劇が進む、というのがストーリーです。プッチーニは「トスカ」を計算づくで作っていると思います。僕が「トスカ」に時として感じるイヤミは、この計算され尽くしたオペラ、というところでしょうか。ベートーベンだってワーグナーだって計算はしていますが、プッチーニほどには「受け」を狙っていません。大衆に受けることを何よりも念頭においたオペラ作曲家、これがプッチーニではないかと考えています。到着が早すぎた映画音楽家みたいな。

このオペラを観た後、友人が大学の廊下を歩きながら「トスカ」の主役テノール、カヴァラドッシのアリアの旋律を口笛で吹いているのを聴いて、砂原美智子を一緒に聴きに行って成功だったと一人ほくそ笑んだものです。大抵の人はオペラ?「トスカ」なら、と答えます。海外でも事情は変わりません。私は「トスカ」が好きよ、と言ったある米国人の奥さん(故人)もいたし、また、ああ夕べの「トスカ」、なんて言っていた独り身の米国人(故人)もいました。また学生控え室でやったコンパの時、僕自身がカヴァラドッシの「星も光りぬ」を歌おうと苦しい喉を絞ったこともありました(まったく困った人です。所構わずアリアに挑戦するのだから。ある時なんかヴェルディ「運命の力」から「神よ平和を与えたまえ」を歌おうとしたことも何て恥ずかしい!)。
画家カヴァラドッシが教会の中で、一人で肖像画を描いていたら、旧友のアンジェロッティが政治犯として登場し、その彼を助けんが為に一旦一緒に姿を消したこと、これが悲劇のそもそもの原因です。そこで描いていたのが聖母マリアでなく、実はアッタヴァンティ侯爵夫人だったという事実にびっくりして、トスカが焼きもちを焼くのですが、あの場面で演技力が試されるような気がします。だって焼きもちというありふれた感情を、ありふれた紋切り型の表現でしちゃったら、そしてそれをひねくれた人が見ていたら、何だコレ、になってしまいますから。そういう素直でない人も納得させる演技が欲しい。歌だって同様です。カヴァラドッシはディ・ステーファノみたいな楽天的なタイプか、デル・モナコのような破天荒で向こう見ずのテノールの方が、現代の良くコントロールされたドミンゴよりも相応しいと信じます。コレルリは、あの「黄色い声」が余り好きでないので除く。コレルリの声を黄色に例えたのは僕のオリジナルの表現ですが、何かそういう感じがしませんか?ニルソンと組んだ「トスカ」で歌っていますね。ベルゴンツイは上手すぎるし、むしろカレラスみたいなタイプのテノールが望ましい。最近トスカの新録音のニュースを聞かないのですが、知能的なテノールよりも、少々ハメの外れた、若気の至りってタイプが望ましい。余りお上手でない方がいいのです。

実際問題として第1幕ではテバルディの歌が最も美しい。これは確かです。第1幕の終幕部の「テ・デウム」の合唱は、最も「トスカ」らしい部分であり、それがあるから「トスカ」大好き、という人がいると思います。プッチーニはこれを計算したのですね。何か劇的なもの、祭典的なものを探して「テ・デウム」を作曲したのでしょう。この部分でオーケストラに主導権を与え、堂々と進む展開を聴かせているのがカラヤン指揮ウィーン・フィルの「トスカ」です。レオンティン・プライスの、カラヤンに忠実な「トスカ」が聴けます。でも、多くの「トスカ」を聴いたあと、余り大げさにしない方が良いんじゃないか、と反省(かつて僕自身がこの部分に入れ込んでいたので)を迫られています。

第2幕に入ると様相は一変します。そこからの展開部分はカラスの独壇場です。警視総監スカルピアはカヴァラドッシがアンジェロッティ逃亡を助けたと考え、カヴァラドッシを拷問にかけて自白を迫るところ。CDではカヴァラドッシが苦しむので、カラスは悶えるような身振りと雰囲気の演技を、声で演じています。これはスカルピアが冷静なほど効果が上がるのですが、新旧両盤のカラス盤のティト・ゴッビは適役じゃないですか。スカルピアの求めたカヴァラドッシ解放の条件はトスカの身体でした。そしてトスカがスカルピアをナイフで刺す場面!これはLDでみられるカラスのロンドン公演が素晴らしい。ひと幕分残された華麗なパリ慈善公演じゃありません。ロンドン公演のこの一瞬は素晴らしい。何とうまく演技しているのでしょう。カラスの演技は本当に役者並みです。

これと比較すると、がっかりするのが二昔前のメットの「トスカ」でした。主演のレオニー・リザネックの代りにテレサ・ツィリス=ガラ(ポーランド人)が歌いました。これなら朝から長時間行列してまで切符を買う必要は無かったなあ、と思いました。指揮はコンロン、スカルピアはコーネル・マックネイル、カヴァラドッシはカルロ・ベルゴンツイ、堂守はレナート・カペッキ。なかなかのキャストです。ツイリス=ガラは高音に詰まったような発声があり、青いドレスを着て登場。トスカがスカルピアを刺す場面で、カラスのトスカでは「ナイフがあるわ。これであの男を殺せたらいいのに。本当に殺してやりたいけど、まさかトスカが。でも、ひょっとして、…まさか、まさか、まさか、」この部分はトスカの歌もセリフもありません。しかし、画面のカラスの目と手の演技は何と雄弁なことか。本職の俳優だってあれほどはできまい。ところがTV番組でシャーリー・ヴァーレットの「トスカ」も観ましたが比較になりません。「おや、ナイフがあったわ。これであの男を殺してやりましょう」と、これしかありません。

実際に舞台で観たツイリス=ガラに至っては、せいぜい「ここでナイフを持って刺す演技をするわけね」というところ。なにを歌ってもこれは演技よ、という様なナメた態度を感じました。そういうのじゃダメなんです。なぜ、ナイフで刺すに至ったか、を説明できなければ!カラスが2幕だけを映像を残すよう絞ったのは他の歌手と比較するためには凄く有益だったと思います。「トスカ」のニューヨーク・タイムスの批評は、「カヴァラドッシ役は盛り上げに乏しい歌いぶり、トスカ役のシャーリー・ヴァーレットはメゾ臭くて生硬い。また指揮者のコンロンは無能」と完膚無い厳しい批評でした。やはり満足できなかったのは、僕だけじゃないんです。なお、テレサ・ツイリス・ガラはあまり好きなタイプではありません。少し媚びを感じさせるような写真を何枚もOpera News誌に撮らせていました。

スカルピアは、カヴァラドッシを偽の銃殺に処すると約束していましたが、実際に発砲されたのは本物の銃弾でした。驚愕するトスカ。追っ手を避けて聖アンジェロ城の城壁から飛び降りるトスカ。最後に「スカルピア!神の御前で!」と叫ぶトスカ。カラスの声はここでもの凄く凝縮されたエネルギ?を放散しています!僕は今でもカラス/サーバタ盤「トスカ」を聴くたびに、ここでタメ息をついていますが、コレ以外考えられないという至高のレベル。これがオペラ「トスカ」の全貌です。いかが思われますか?聴き方によっては我慢ならないほど安っぽいソープ・オペラの類ですし、善意で聴けば用意周到に準備されたオペラになりますね。実際僕は「トスカ」をプラスともマイナスとも評価できないのです。アンビバレンツ(好きと言うけれど実は嫌い、嫌い言うけれど実は好き)な音楽の代表。

今手元にあるトスカは下記の通りです。デ・サーバタ(カラス)、プレートル(カラス)、プラデルリ(テバルディ)、バジーレLP(テバルディ)、ガヴァツェー二(テバルディ)、カラヤン(プライス)。
最近はあまり聴かなくなった「トスカ」ですが、久しぶりに聴いてみました。その印象は音が「大きい」な、ということでした。これはヴェリズモ・オペラ全体の問題ではないでしょうか。余り繊細なメロディーラインも無いし、複雑なトリルもありません。喩えが良くないのですが、全音符のみで書かれた曲みたいな印象です。ですから「トスカ」ばかり歌っていると歌手の喉にとっては災難です。東敦子さんや、今井久仁恵さんが、口を揃えて、「トスカ」を歌いたい、と述べていたのを思い出しますが、止めておいた方が賢明だったのですよ。カラス自身はトスカは余り好きな曲ではなかったと言っています。それじゃどうしてあんなに歌ったの?と言いたくなりますが、カラスにとって「トスカ」は「自分にしか歌えない役柄ではない」と言いたかったのでしょう。

歌い手がカラス級なら「近い声」で、さも無ければ「遠い声」で御聴きになることを御勧めします。それで、もし「トスカ」が好きになればそれで良いし、そうで無かったら、オーケストラに焦点を当てて聴いてみて下さい。中々味わいのあるオーケストレーションでしょう?
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