キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第24話 マクベスの戦略 (2006.8.29)
皆様こんにちは。今日は「マクベス」をご紹介しましょう。時は1040年頃ですから、日本で言えば藤原頼通の時代、平等院を建造して優雅に暮らしていた時代に、欧州では血なまぐさい事件が起きていたのですね。尤も日本における同種の事件は藤原道長の時代に中宮定子や藤原伊周に対して、より陰湿な形で起きていますから、似たようなものです。紫式部や和泉式部の活躍した時代を少し過ぎたころです。さて、オペラ。この初期の作品は著名な割にあまり上演されません。この悲劇はシェークスピアで良く知られていますが、オペラではマクベス夫人が主役であり、それは特別な負担のかかる難役なので上演し難いのです。ソプラノ・ドラマティコ・ダジリタでなければこれを万全には歌えません。おまけに、マリア・カラスが完璧に歌った例を残したから厄介です。
色々な要求を実現しているのがカラスです。できるだけ「近い声」で御聴きください。但しデ・サーバタ指揮の録音は良くないし、あまり音質に期待しないでください。それでもいいのです。音なんか問題じゃありません。あの恐ろしいマクベス夫人を歌ったカラスの記録です。デ・サーバタ盤でカラスは最初から一癖も二癖もありそうな声を出しています。その代わり、A loro um requiem, l'ternita!(彼等に永遠の安息を与え給え)では意外にも低声が余り聴こえません。一方、1958年EMI録音のレッシーニョ指揮のアリア集ではマクベス夫人の4曲の歌のうち3曲を聴くことができますし、しかもステレオです。全体として申し分ない出来映えです。上述の低声部を含む、いかなるアラ捜しにも耐えられます。こういうのを聴くと、カラスってやはり凄いな、と思えるのです。

デッカがこの曲を録音することを決めた時、当初はティト・ゴッビを主役に予定していたと聞きます。それが降りてしまい、困ったデッカはフィッシャー=ディスカーウを登用し、それも別々の録音を重ね合わせるというアクロバティックな方法で完成させたと聞きます。ここでマクベス夫人を歌うスリオティスは高い声域がややくたびれたように感じられますが、高音は十分に出ていますし、低い声も十分出ています。この後者が大切だと思います。特に胸声に落として歌う箇所は、カラスより不気味な味が出ています。フィッシャー=ディスカーウのマクベスは、上手なんですが、あまり恐れおののいているって感じはしません。またマクダフを若い日のパヴァロッティが歌っています。ガルデルリの指揮はムーティよりも弛んでいますが、まず中庸を行くもの。

カラスがメットと大喧嘩して、クビになって大騒ぎしたあと、レオニー・リザネックをマクベス夫人に据えたレコードが録音されました。今日それを聞き直すと、やはり無理があるようです。僕にとってリザネックは常に好奇心の対象でしたが、現在の心境はネガティヴです。なぜリザネックがそんなにまで持ち上げられるのか、僕には分かりません。正直言いますと、彼女のマクベス夫人を聴いていて眠気が出てしまいました。但しラインスドルフの指揮ぶりはなかなか良くて、全体をうまく把握しているようです。レナード・ウォーレンもここでは後述の1964年版フィッシャー=ディスカーウよりもマクベスらしいかも、と思いました。

そしてメゾ・ソプラノのコソットがマクベス夫人を歌ったものも出ました。コソットは美しく歌っており、美しく歌うのが理想ならば間違いなく、これこそ諸々のCDのトップに座るものです。声自体に芯があるので、こういう声を生で聴けば、きっと映えるだろうと想像します。でも美しいマクベス夫人ってどうかな、とも思えます。スコットランドの血統を調べると、マクベス夫人自身が最も正当な王統に近い人だってことが理解できるはずです。それが王冠を被って何が悪い?と開き直られたとしたら?彼女の歯ぎしりするような悔しさとか、それならば、とメラメラと野心を燃やす気分に同情してしまいます。

ここでスコットランドのアルヴィン王家の家系図をご紹介しましょう。

家系図
※マクベス夫人は嫡出で本人は再婚、マクベスは正式でない結婚による。
森 護「スコットランド王国史話」(大修館書店,東京,1988)より

コソットは宿願だったソプラノを歌えるので有頂天になっていて、代わりに低い声を失っているのが目立ちます。例えば第一幕のアリアに含まれるA loro um requiem, l'ternita!(彼等に永遠の安息を与え給え)のアンダーラインの箇所では、本来メゾ・ソプラノにとって得意なはずの低声が出ていません。しかも全体にワーブル(声の揺れ)が出ています。全体的にコソットの声は「首尾を急ぐ若手」の声でした。相手方のシェリル・ミルンズのマクベスは恐ろしさに身を震わせている様子が良く分かります。指揮者はムーティですが、音の畳み込み方が素晴らしい。まるで映画のフラッシュを観る時のような視覚的効果が感じ取れます。色々な音のフレームが次々に現れます。ただ、最後の合唱の終わりで妙な声(苦し〜いと言いたいような)が聴こえたので、CDの再生を止めて4回も聴き直しましたが、やはり同じでした。あれは何なのだろう?

同じメゾ・ソプラノのアグネス・バルツアもアリア集でマクベス夫人を歌っていますが、それは一応メゾだけどもこれも歌える、とデモンストレーションに留まるようです。またレオンタイン・プライスもアリア集でマクベス夫人を歌いますが、声が細すぎます。シルヴィア・シャーシュが歌ったアリア集の方は中音域しか感じられ無い。もう一つ、グレース・バンブリーがマクベス夫人を歌い、フィッシャー=ディスカーウがマクベスを歌ったものがありますが、1964年録音というバンブリーのデビュー時に近いものにも関わらず、低声部が寂しいものでした。やはり低声部って重要ですね。メットでは前述リザネックの後、1967年にはバンブリーが、また1973年にはマルティナ・アローヨも歌っています。
今僕自身が持っているのは以下の通り。
ガルデルリ(スリオティス)、デ・サーバタ(カラス)、ムーティ(コソット)、プリッチャードLD(バーストウ)、メッテルニッヒ抜粋LP(ヴァルナイ)、ガルデルリ抜粋(シャーシュ)、クラウス/付録付き(ヴァルナイ)、カイルベルト/付録付き(メードル)、ザヴァリッシュ・ウィーン抜粋(バンブリー)、ラインスドルフ(リザネック)

シャーシュはアリア一つを聴くなら、良い雰囲気を持っていますが、全曲を持ちこたえるのは困難。これは彼女のリサイタルを生で聴いた時にそう思いました。またバーストウのはグラインドボーン歌劇場の実況ですが、すこし「遠い声」で歌われたマクベス夫人のいい例です。結構旨いです。でも僕自身の好みではマクベス夫人は「近い声」で歌って欲しい。遠い声だと音楽が冷静に聞こえるのですよ。だから「近い声」がいい。何と言ってもこれは典型的なイタリア・オペラですから!これは是非イタリア語で覚えましょう。別に文法なんて問題じゃありません。そこで何を歌っているのか、大筋を理解できればいいのです。イタリア語を知る喜びが湧いてきます。それにストーリーはシェークスピアで調べることもできますし。

何と言っても初めて登場する場面が最重要です。ここでどんな立ち方で舞台に出るか、どんな衣装で?これこそ勝負ですね。そして最初の大勝負は歌い出す最初の一声ですよ。Ambizioso supirto tu sei Macbetto! (何と野心的なあなた、マクベス!)です。これで聴衆をノックアウトしないとダメ。あとは自ずと流れ出てきます。続けてDi Scozia a te, a te prometono. Le prafetesse il trono. Che tardi?(予言者たちはあなたにスコットランドを約束したのですよ。あの王冠を。それをなぜ?)という所が響き渡ります。マクベス夫人には聴かせ所が4カ所ありますが、その最後の有名な「夢遊の場」はしみじみと歌って欲しい。Arabia intera rimondar si piccol mano. Co'suoi balsami non puo, Ohime!(アラビアの香水でも、この手の汚れを清められない。ああ)なんてね。長いけれどそれも楽しみのうち。

変り種はメードルのマクベス夫人のCDとヴァルナイのマクベス夫人のCDで、いずれもドイツ語で歌っています。メードルの方は憑かれたように激しい表現で歌います。ただ高音は出ていません。まるで逆みたいですが、ヴァルナイの方がずっとドイツっぽい。メードル盤の最後のトラックにオマケとしてグルックの「エウリディーチェ」や同じくグルックの「アルチェステ」をやはりドイツ語で。他方ヴァルナイのオマケはイタリア語で歌ったフィレンツエでの「マクベス」実況です。やはり両人とも本質はワーグナー歌手?こういうドイツ語のイタリア・オペラのレコードは昔からありましたが、これらのCDは最も当たったものだと思います。別のCDでヴァルナイの1951年のリサイタルから収録したものが有りますが、これはイタリア語版。少々エコーが耳障りですが、それさえ目をつぶれば、結構旨いものです。そこにある「マクベス」は、2番目のアリア「日の光は薄らいで」ですが、音はしっかりと出ており、最高音もクリアー。なによりも低声部のドスが効いているので、マクベス夫人らしい。

僕自身は歌の余りの素晴らしさに、若い日にはマクベス夫人の初登場の場面を暗記して、鼻歌程度に歌って見た事があります。柿岡にある40,000平方メートルの野原の真ん中の、コンクリート製の建物でしたから、音は外に漏れません(本当?)。それを信じて試しにフル・ヴォイスでも歌ってみました。でもやはり餅は餅屋でした
今マクベス夫人を歌える人はいるのでしょうか。あまり美し過ぎないように、メロディー・ラインだけは盤石のものを朗々と響かせて欲しい。決して小賢しく上手に歌おうなんてしないで。口先の巧みさなんて無用です。上手下手を超越したような曲なんですよ、これは。実を言うと、スリオティスとコソットの比較では、苦労しました。ある日A、Bという順にしたのに(どちらがより優れているというより、当コラムのレトリック上の順番)、翌日聴き直すと別の印象になったりしました。さんざん悩んだ挙げ句、ここに記した順になりました。是非「近い声」の装置でお楽しみ下さい。最近の新聞記事によるとあのディミトラ・テオドシュウがとうとうベルカントの本丸攻撃を仕掛け、今度日本で「アンナ・ボレーナ」をやるそうです。注目!
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