キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
(2006.8.19)
皆様こんにちは。またもや訃報です。あの偉大なワグネリアン・ソプラノのヴァルナイが2006年9月4日に亡くなったそうです。ニルソンと同じく88歳。米国籍ですが、両親はハンガリー、産まれたのはスウェーデン、デビューはメットですが活躍したのは主に欧州。特にバイロイト!因縁話みたいですが、5日にヴァルナイの新しいCD3枚組を東京で入手したばかりでした。新しいと言っても既に出ていた「神々のたそがれ」とか、「トリスタンとイゾルデ」の抜粋とかを纏めたアンソロジーなんですが、ステレオとモノラルの混成部隊なのが特徴で、まさに記念すべきCDです。ちなみに報じられたのは7日の朝刊です。ご冥福を!本当にこの半年間に色々な方が次々に亡くなりました。12月にテバルディ、そしてニルソン、3月にモッフォ、8月にシュワルツコップ、そして9月にヴァルナイ。たまらない気持です。あと残っているのは○○位か(内緒)。いずれも実際にナマで聴いて来た人です!いずれこうなると分かっていても、やはり人生無情ですね。そして長い目で見た時、特定の歌手に執着する人が次第に減り、いずれ消滅するのでしょうか。自分はやはり何と言ってもこの人が一番好きだ!と言って古いレコードやCDを掛ける人が減ってくれば。ファンとしては余り考えたくないのですが、やはり「去る者は日々に疎し」なのかな。
今日は「さまよえるオランダ人」をご紹介しましょう。この恐ろしいオランダ人の話は映画にもパロディーがあったし、広く知られています。どうしてオランダ人が、と不思議な気もしますが、それは彼等が世界中を席巻していた証拠でしょう。でもこのオペラ「さまよえるオランダ人」の舞台とヒロインはノルウェー(産)なのです。かつて日本ワーグナー協会の年会に出たとき、16ミリ映画「さまよえるオランダ人」を見せて呉れるというので期待しました。そして最初の音はこうだろうと心準備していたら、正にその音程で開始されたのでびっくりしました(娘は絶対音感の持ち主ですが、僕には無いと思っていたからです)。

暗さ、陰気さ、また不気味な雰囲気を出さなければなりませんが、簡単そうで、案外難しいと思います。そもそも何人合唱団員が必要でしょうか。片やノルウェー船の帰還を祝おうという陽気なグループあり、他方でそうはさせじ、というオランダ船の陰気な幽霊のグループ。これらを同時に舞台に載せるなんて、大ゴトです。お金のないオペラハウスだったら、後者にはテープを用いるでしょう。それでは気が抜けるとしても。
この「オランダ人」は、かつて僕はモノラル録音のカイルベルト盤(ヴァルナイのゼンタ)のLPを持っていました。それを友人のW辺君に貸したのですが、うっかり彼は電車の中に忘れてしまい、そのまま行方不明になってしまいました。恐縮したW辺君はステレオ盤になっていた同じ盤で弁償してくれました。1955年録音のバイロイト盤ですから、ステレオとの切り替え時で、デッカが試験的に録ったものだと思います。後で僕はクナッパーツブッシュの指揮したCDも買いました。普段聴くのはこれです。ヴァルナイの取り憑かれたような狂気が好きです。このゼンタというヒロインを、バイロイト盤のアニア・シーリアのような少女の声で表現することも可能ですし、それは実際世の中に受けましたが、僕にはもう少し狂気が欲しい。クレンペラー盤ゼンタもシーリアですが、正直言って少し甘いかな、と感じています。その点ヴァルナイのゼンタは思い詰めていて、他の事は眼中にないのです。その方が良いと思います。

ヴァルナイのゼンタはどの部分をとっても何かに取り憑かれています。人の言うことに耳を貸そうとしない、この年代の少女に付きものの、思い込みの激しい人間です。だから、と言って心理分析結果を先倒しして勝手な演出をするのは、やはり避けたいな、と思います。最後にオランダ船と一緒に海中に沈むというストーリーを取るのか、それとも只の夢だったというのを取るのか、常に悩みます。後者にする理由はよくわかりますが、ここはやはり死んだ方が良いのでは?バレエ「白鳥の湖」でも悲劇、ハッピーエンドの二通りの演出があるでしょう?あれと同じ理由です。

「ゼンタのバラード」は1オクターブにわたる音の展開ですから楽ではなく、あまり年を取ってからでは歌い難いだろうと思います。しかし、ヴァルナイには余裕があります。ヘルベルト・ヤンセン、ルートヴィッヒ・ウェーバーと組んだフラグスタートのレコードもありますが、何せ1937年の実況録音ですから音が悪くて批評の対象になりません。また、かつてレオポルト・ルートヴィッヒ指揮のCDで、ハンス・ホッターとビルギット・ニルソンが「オランダ人」の一部を吹き込んでいましたが、ここでのニルソンは、正直言って僕の耳には印象に残るものではありませんでした。このCDは声の録音レベルが低目なんです。でも、当時ニルソンは何とかして表舞台に出たかったようです。

ホッターと組んだヴァルナイのCDは、1950年の実況でフリッツ・ライナーの指揮したものでかなり魅力的であり、1955年のもの(カイルベルト及びクナッパーツブッシュ)に比べても彼女の声は十分に鋭いし、またホッターの声も素晴らしい。このCDで目立つのは船員達の合唱がまるでばらばらだってことです。悪い意味ではありません。わざとそうしたのでしょう。長い航海を終えた船員たちにとって、ハチャメチャな時を期待しているのは当然だと思います。テンポが速く、足踏みも急いでいるようです。ライナーの趣味でしょうか。この合唱の部分をクナッパーツブッシュと比較すると、クナッパーツブッシュの方が遥かにテンポが遅く、さあ合唱を歌うぞ、聴き給え、シーッ、とでも言っているようです。どちらが良いと思うかは、聴く方の趣味と健康次第!

実際、後半の幽霊船の船乗りたちの合唱は巧く行けば素晴らしいものです。あそこに荒々しくステップを踏む足音を加えることがありますが、これは加えるのに賛成です。日本で二期会がやったのも正にそれでした。そしてノルウェー船の船員たちの合唱と交互して行くあたり、畳み込むようなテンポであれば、言うことありません。それにあのあたり、まるでイタリア・オペラのような旋律が続きますね。ワーグナー嫌いにとって(妻はその一人)、ほっとする所ではないでしょうか。何か束縛から解放された気になります。
昔観たメットの演出では、天井から骸骨の絡まった網がサーッと降りて来たりして、なかなか見モノでした。ポンネルの演出、ヨハンナ・マイヤーのゼンタで、オランダ人の方はドナルド・マッキンタイア。(「オランダ人」はサンフランシスコ・オペラでも観たのですが、その時はマリタ・ネピエのゼンタに、サイモン・エステスのオランダ人)。マイヤーはメットの2日前にはシティ・オペラの方でボイート「メフィストフェーレ」のトロイのヘレンを観たばかり。そしてこの年、マイヤーは僕たちが観た晩だけのメット出演でした。

現在手元にあるものは次の通りです。クナッパーツブッシュ1955年バイロイト(ヴァルナイ)、カイルベルト1955年バイロイト(ヴァルナイ)、ショルティ(マーティン)、ドラティ(リザネック)、ザヴァリッシュLP(シーリア)、ライナー抜粋(フラグスタート)、ネルソン1985年バイロイトLD(エステス)、ロイター1964年盤ロンドンLD(リューデケ)、クレンペラー(シーリア)、ライナー(ヴァルナイ)。

終幕部でゼンタがエリックの嘆願や訴えを無視していますが、考えてみればゼンタの方が無分別なんですね。年を取った者から見た印象ですが。思い詰めた少女の願いには一切そのような常識的判断とか、社会的責任とかは関係ないのでしょう。若き日、僕にとって「さまよえるオランダ人」にはこの後に続く「タンホイザー」や「ローエングリン」よりも遥かに魅力を感じました。若書きの方が良いと思ったのは、やはりその時の僕の年齢のせいでしょうか。また「さまよえるオランダ人」に対位法主導を感じ、最後の「パルシファル」には和声法主導を感じているのですが、いかがでしょうか。これは僕の、まったくのシロートの分類です。それでは「トリスタンとイゾルデ」とか「ニーベルングの指輪」はどうなんだ、と言われると困るのですが。また、この2曲に関してはそれこそ「源氏物語」の分析のように年間1,500編もの論文が出ていますから、下手に立ち入るのは避けた方が賢明。ただ直感的に言えば、音をいかにして繋ぐか、に第一の重点を置いた対位法型と、ある瞬間を切り取った時の美しさを強調する和声法型、に分けられるんじゃないか、と勝手に思っています(そんなものじゃないよ、という声も聞こえます)。
この不気味な物語を再生するのに相応しいオーディオ装置は「遠い声」で、低音が良く出るのが条件ではないでしょうか。また太い音の方が、かぼそい繊細さよりマシだと思います。その意味でショルティのシカゴ盤はまずいかな、と思うのです。いかがでしょうか。それでも、ショルティはわざと若さを表そうとしてジャニス・マーティンの声を用いたのかも知れません。「近い声」でも悪いはずないのですが、その近さに堪えられるほど歌手が優れていないとなりません。その点ヴァルナイは、どんな顕微鏡的な聴き方をされても堪えられます。しかもライナー盤ではハンス・ホッターが素晴らしいオランダ人を演じています。個人的には僕はオットー・クレンペラーの指揮に期待したのですが、ほんの少しだけ、僕のイメージより遅すぎる気がしました。

そしてレオニー・リザネックのCD。リザネックはバイロイトに戦後初期にジークリンデとして登場していますが、そのあと長いブランクがあります。もろもろの本の評が必ずしも素晴らしい!とは書いてないので、自分で確かめることにしました。実際にCDを聴いてみると、アンタル・ドラティの指揮は巧く、颯爽としていますし、ジョージ・ロンドンだって下手じゃありません。オランダ人ってああいう歌い方がぴったりだと思います。ロンドンを見下げるような批評家もいますが、僕はそう思いません。リザネックのゼンタは何とも音がか細くて、それもわざとか細くしたような感じです。フレーズが進むにつれて声が大きくなるのは、録音技術のせい。また彼女の歌っている間、触らぬ神にたたり無し、といった調子で、思うように歌わせている様です(違っていたら御免なさい)。リザネックだけ頼りが無く、せっかく巧く行きそうだったのに、と思うと実に残念です(僕にとって、リザネックは人柄が好きなソプラノなんです)。また製盤不良で、センタのバラードの纏め部が聞こえない!と思ったら、それは次のCDへ進め、という意味でした。実際次のCDに続きの部分がしっかり収まっていましたから。でもこういう編集は変ですよね。また昔ベルリンからの来演で、ナジェジタ・クロプニパがゼンタを歌っていましたが、これは舞台を見ることができず放送のみ聴きましたが、なかなか素直で良いソプラノ声だったと記憶しています。でも一回だけしか聴いていないので、何とも申し上げられません。

この「さまよえるオランダ人」、ごく初期の作品ですが無視してはいけないと思います。僕としては「トリスタンとイゾルデ」や「ニュルンベルクの名歌手」の方が好きですが、それはそれ。若書きの範囲で、これを楽しみたいと思います。繰り返しになりますが、僕は「遠い声」の機器が向いていると思います。

最後にゼンタ役として活躍したソプラノたちの写真をご紹介します。
ヴァルナイ、リザネック写真
アストリード・ヴァルナイ(左)とレオニー・リザネック ARL20-22およびメット・ギルド・カレンダーより(メットより購入)
このコラムの作文の仕方ですが、僕はこれらを書くにあたり、実際にCDを聴き直しております。昔聴いたことがあるにせよ、もう記憶が怪しくなっていますから聴き直さなければなりません。そのようにして、記憶を更新しつつ書くので、かなり苦しいです。でも、やはり書くという行為が好きなせいか、書く時は苦しい苦しいとこぼしながらも嬉々としてやっております。

たまに東京に行くと、CDの山を買って帰ることがあります。主たる購入先は銀座山野楽器と秋葉原の石丸電気3号館。一度店内に入ると1フロアで1時間以上も粘るので、店に迷惑を掛けているのでは? CDも大概は現物限りなので『少々御待ち下さい。在庫を調べますから』なんて言われても、皮肉な笑いを浮かべて頷くのみです。でも、1枚のCDから、わずか1行分の批評しか書かない場合だってありますし、中には黙殺してしまったCDもあります。

当コラムは今年6月にスタートしてから3ヶ月経ったわけですが、その間に追加して買ったCDは86枚分。記事の方は最初に粗筋を書いてありますから、それを元に膨らませるだけで、簡単そうに思えますが、実際には頻繁な追加、削除があって、やはり今のペースで書くのが精一杯というところです。もう半分を過ぎたので、皆様と共に頑張りましょう。少しペースダウンしようと思いますが、その分、詳しくなるので結局手間は同じだろうと思います。

それにしてもレトリックには大変な作業を求められますね。本当に一度も完成した、と思ったことが無いのです!後日、読み返すと必ずどこかを直したくなります。この作業につき合って下さるキット屋の小木曽様そして大橋様には感謝の念しかありません。
<<第24話へ イラスト 第26話へ>>
<<「音楽のすすめ」表紙へ
キット屋倶楽部のトップへ戻る