キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第26話 カヴァレリア・ルスティカーナの絶望 (2006.10.4)
皆様こんにちは。お国自慢というのがあります。僕の出生地は台湾で、最も長く住んだのは東京です。ところが本籍地はどこかというと、鹿児島なんです。親の代からずっと変らずに今でも鹿児島です。両親の仲人さんというのが、この鹿児島の人でした。僕の高校生時代にときどきやって来ては、今は仕方無いが、退職したら鹿児島に戻るんだろう?と念を押すのです。鹿児島県人というあくまで鹿児島を尊ぶ人の代表でした。親は鹿児島に戻る気は無く、いわんや僕自身はそれほどの鹿児島への愛着はありません。第一住んだこともなく、たった一回ご先祖の墓もうでに行ったことがあるだけ。余りに鹿児島県人を強調し、何をするにも鹿児島、鹿児島でしたが、僕は当惑することが多かったのです(しかし鹿児島のために付け加えますと、実は僕は墓参りとは別に、仕事で数回鹿児島に行っています。あの気候が体に合うのか、どんなに風邪をひいていても鹿児島に到着した途端に元気になります!そして、桜島を見るとワクワクするのも本当です)。このような地域に密着した愛郷心というのは、日本各地に多いのでしょうか。外国にも例は無いだろうか、と思ったところ、ありましたよ。イタリアです。パスタでもボローニャにはボローニャ人しか分からない味があるんだ、トルテッリーニだよ、と強調する彼等。決して材料をこねる際に水を加えないと言うトルテッリー二!
今日はマスカーニのオペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」をご紹介しましょう。「カヴァレリア・ルスティカーナ」は言うまでもなく、ヴェリズモ(写実主義)という分類のはしりです。今日では厳格な意味でのヴェリズモは少なく、むしろここから派生した各種オペラが多いのです。当コラム初期に取りあげた「トウーランドット」はお姫様オペラですから、それだけでもヴェリスモの資格無しなんですが、その音楽の骨格はやはりヴェリスモでしょう。でも僕は、余りこういう分類にこだわるのも何かムダな気がします。武谷なおみさんの最近の著作によりますと、トスカニーニは「カヴァレリア・ルスティカーナ」を嫌っておりました。シミオナートがこれを歌ったと聴いて、まだあんな曲を相手にしているの?と不機嫌だったそうです。おそらくこれはトスカニーニのファシスト嫌いのせいだと思います。権力側にすり寄ったマスカーニは戦後寂しく亡くなりましたが、日本で想像できない程、欧州の反ファシスト、反ナチスの声は大きいようです。日本では五味康祐は「カヴァレリア」が嫌いでした。五味康祐は「ノルマ」にも価値を認めず、手放しで礼賛するのはベートーベンとワーグナーですし、イタ公という言葉でトスカニーニをも嫌ったそうですから、やはり典型的な日本ドイツ学派ですね。誤解されないように言いますと、僕は高城−五味論争では殆どの場合、五味氏に同感しています。何のかんのと言っても、彼の言葉の大半に間違いはないと思います。ただ「カヴァレリア・ルスティカーナ」序曲をワーグナー「ローエングリン」序曲と比較するようなことは、余り僕自身は興味ありません。

僕は高校生時分に、このような曲で表されるシチリアの気候ってどういうものだろう、と考えました。シチリアってイタリアには違いないが、我々が考える大陸のイタリアと少し違う。これはこの国の古い歴史を思い出さなくちゃなりません。北の方の金髪の人達はハプスブルク家の後裔なんです。ローマから南方では肌の色や髪の毛の色だって黒っぽいし、むしろ地中海気候に合う別の土地に近いのでは?と言いたくなります。もともとがギリシャ人が開拓し、アフリカの方が近いという地理。『クオレ物語』で、イタリアは統一しなければ、と煽っていますが、「ねば」と主張することに無理があったのかもしれません。強いお国自慢の風靡する土地、そしてマフィアの故郷もここシチリアです。

ここを舞台として女主人公サントウッツアや男主人公トリドウが生活しています。ロバやヤギが闊歩する、決して豊かと言えない土地、開けているとも言えない社会的風土の下で、このような物語ができたのも無理からぬことではないでしょうか。サントウッツアの頭にあったのは絶望でしかありません。ここで私生児を産めば死ぬことを意味します。つまり石もて打たれ、死ぬのですよ。それを恐れたのですね。あの穏やかな前奏曲や間奏曲から想像も出来ない凄惨な世界が見えます。だからこそ、ほっとするような間奏曲が途中に挟まれたのですね。でも教会のミサのあたりの場面の音楽は僕は好きです。

現在手元にあるものは下記の通りです。セラフィン(シミオナート)、エレーデ(テバルディ)、セラフィン(カラス)、チェルリーニ(ミラノフ)、ムーティ(カバリエ)、ヴァルヴィーゾ(スリオティス)、ヴォットー(シミオナート)。
サントウッツア役としては、セラフィン盤のシミオナートが良いと思います。隣のサルディニア島の出身であり、彼女自身が典型的なイタリア人とは違うのでは?またカラスはギリシャ人ですし、この役を巧く歌うための材料は揃っているのです。テバルディだけが北の方の出身です(ミラノフはクロアチア、スリオティスはギリシャとロシア、カバリエはスペイン)。テバルディのサントウッツアが良いという人もいますが、テバルディでは美し過ぎるでしょう。僕の想像ではサントウッツアは別に美人では無かったと思います。持っておりませんが、オブラスツオワとか、ユリア・ヴァラディとかもサントウッツアをやっています。アグネス・バルツアもやっていますね。僕は彼女が最近日本に来た時に迷いましたが、切符を買うのは見送りました。バルツアだって賞味期限があると思います。僕は「カヴァレリア・ルスティカーナ」と「道化師」の組み合せ上演(これが多い)で両者共見たことも有りますし、「カヴァレリア・ルスティカーナ」だけ見て、「道化師」は見ないで帰ったこともあります。やはり2ツもの殺人事件を立て続けに見るのはシンドイ。

そして殺される男トリドウはシミオナートにはデル・モナコ、スリオティスもデル・モナコですが、僕は断然シミオナート盤の方が好き。スリオティスと組んだデル・モナコの威嚇声には衰えを感じるのでボツ。テバルディにはピョルリンク、ミラノフもまたピョルリンク、カラスにはステーファノ、そしてカバリエにはカレラスという配置です。ソウソウたるメンバーですね。やはり要点は一途さと単純さでしょうか。でも単純なテノールの方がいいというのは失礼な話かも知れません。カウボーイ的単純さ、と僕は呼んでいます。僕の高校生時代にはやったTV番組「ローハイド」を僕はそう称しました。

そしてカラスの現役カムバックをこの「カヴァレリア・ルスティカーナ」でやったら?という提案は本人からの冷たいお答え、地味すぎる、でボツになったそうです。やはりヴィオレッタやノルマみたいな華やかさが無ければイヤだったんでしょうか。実は僕の持っているカラスのCDに1976年録音のものがあります。アレっと思われる人がいるでしょうが、通常彼女の最後の録音とされる1974年の札幌公演のあと、パリのシャンゼリゼー劇場で自らの復活のために、ベートーベンの「不信心者よ」を自らピアノを弾いて練習したものが録音されて残っているのです(1976年3月16日)。僕はこれを聴いてみましたが、どうしたものだろうと考え込んだCDです。第一、ベートーベンですから従来の曲とは違いますし、彼女が彼女本来の音楽と違う新しい音楽、新しいジャンルに挑戦する気があったのでしょうか。閑話休題。
20年前にメットで観た「カヴァレリア・ルスティカーナ」はヴェルトリ指揮、フィオレンツア・コソットが主役でした。トリドウはファン・ロベラス。演出法はさらにその2年前に観た二期会と同様でしたが、これはだれがやっても同様になるのかもしれません。左に酒屋兼宿屋、右側に教会。ただしメットの階段の方が大傾斜だったし、遠近法を効かせて奥行きを見せる手法をとっていました。二期会では平面的でしたが、ウキウキとした感じは良く出ていました。二期会のサントウッツア役は成田絵智子でしたが、「Bada!(気をつけろ!)」のシーンも、よりリアルで、地団駄踏んでいるのも良く分かりました。コソットの方はやや新劇調。コソットは5線以内では良く声が出ても、その上になると突然生気を失うようでした。そういえば、切符を買う行列で小耳に挟んだ情報では、コソットは糖尿病だと言っていました。そのせいか、「ドン・カルロ」では全スケジュールをキャンセルして、タチアナ・トロヤノスが代役に立ったと聞きます(でも僕の観た公演ではマリリン・ホーンでしたが)。でもサントウッツアが妊娠してることは、演技から分かりました。そして最後に出てくる叫び声は引きつったようにリアル!

1955年スカラ座公演「カヴァレリア・ルスティカーナ」は少々古い録音なので、雰囲気しか分かりませんが、シミオナートがずっと若い声で歌っているのが分かります。その代わりトリドウを歌うジュゼッペ・ディ・ステーファノの声が若いというか、乱暴なのです。案外これが本当のトリドウかもしれませんね。

なお、妻は二期会の「カヴァレリア・ルスティカーナ」を見たあと、それが当分の間最後のオペラになりました。これを観た翌日、東京カテドラル教会のオルガンで、フランクのオルガン・コラール(2番だったか3番だったか忘れました)を聴くために酒井多賀志さんの演奏会に行き、その翌日に、妻の妊娠を知ったからです。酒井多賀志さんは芸大オルガン科を卒業したばかりでしたが、我々はその後援会リストに名前を連ねたのです。最近の酒井さんの写真を見ると、お互い年を取ったねえと思いました。
とにかく聴きましょう。それも「近い声」で。「遠い声」でヴェリズモ・オペラを聴いちゃいけません。雄大な響きを作るのも謀反だと思います。サントウッツアが叫ぶ「Bada!」の持つ悲惨な意味を考えて下さい。なお、比較的新しい録音(ムーティ指揮)に、アストリード・ヴァルナイが老母ルチアの役で出演しています。ヴェリズモ・オペラはこのあとオペラ界を席巻しました。是非生々しさの出る「近い音」のオーディオ装置で御聴き下さい。

サントウッツアとしても活躍したメゾ・ソプラノ達をご紹介します。ここの写真で必ずしも全員が サントウッツアだった訳ではありません。ここではシミオナートを除いてあります。
マリリン・ホーン、フィオレンツア・コソット、アグネス・バルツア、ルチア・ヴァレンティーニ
左からマリリン・ホーン、フィオレンツア・コソット、アグネス・バルツア、ルチア・ヴァレンティー二
サンフランシスコ・オペラ ORL-01 VHS、FONT CETRA CDC-89、ORFEO PHCF-5344、KICCO CLASSIC KC00195(CD)より
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