キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第29話 ニュルンベルクの名歌手の希望 (2006.10.24)
皆様こんにちは。学生時代に、ブリヂストン美術館がドイツ無声映画を特集としてやったことがあります。さっそく僕も友人達と一緒に見に行きました。そこで上映されたのは「クリムヒルドの復讐」。ワーグナーの「ニーベルンクの指輪」の伝説の最後に世界が炎上崩壊したわけですが、あの話のつづきがあるのです。即ち、グンターもハーゲンも、もちろんジークフリートやブリュンヒルデも、またウオータンや多くの神々が死に絶えました(恐らく火の神ローゲは生き残ったと思いますが)。ところがクリムヒルデ(クリムヒルド)が後に残されました。そのクリムヒルデの復讐劇を描いたのがその映画です。既に「指輪」でお目にかかったようなストーリーも出て来ますが、ドイツ人って復讐とか、執拗に追いかけるんだなあ、と思い知らされました。日本人ならお祓いして水に流しておしまい、という所でしょうが。

今日は同じくワーグナーの「ニュルンベルクの名歌手」をご紹介しましょう。僕は最初のドイツ一人旅の時にここニュルンベルクを訪れてみました。市街地は鉄道の通った領域と、その側にある城壁で囲まれた部分からなっていて、ニュルンベルクの街は成り立っています。僕が泊まったのはメルクール・ホテルという安ホテル。ここでハンス・ザックスにゆかりの広場があると聞いたのだが、と観光事務所に立ち寄って聞いてみたら、そういうのは聞いたことがないとの答え。がっかりしましたが、城壁内に一応ザックスの像はありました。城壁の部分にあるゴチャゴチャした食べ物屋のあるところで昼食を取ったのですが、ニュルンベルガー・ソーセージがおいしくて、お代わりをしてしまいました。おかみはニコニコして、それじゃジャガイモはどうします?と聞いてきたので、二度目は焼きジャガイモにしました。これは印象に残っております。しかも僕の訪れた時、丁度お祭りをやっている最中でした。中世風に装った人々が街中にたむろしていました。ハプスブルク家の紋章のある木造の城へも行きましたが、ドイツ語の城内ツアーでしたので、緊張してくたびれました。僕が30歳代の時の話です。
写真 ニュルンベルクのお祭り
ニュルンベルクのお祭り(著者撮影による)
そもそも「ニュルンベルクの名歌手」というオペラは徹底して男声優先の曲です。女性はわずかにエヴァ、レーネと乳母、あとは合唱にいる女性たちしか登場せず。またザックスとポーグナーという2人のバスによって操縦される他の10名の男声ソリスト達の物語。それぞれ職業があり、それぞれの分野の職匠たちですから、誇りたかく、市政を左右している自信に満ちています。そこで落ちぶれた若様崩れのワルターがやってきて引っ掻き回すのですが、ワルターの振る舞いって、何か育ちのよい、でも世の中を知らない人って感じですね。

さんざん引っ掻き回して、ついにエヴァを手に入れるのですが、その音楽は何とも素敵なハ長調です。そう、ニュルンベルクの名歌手ってハ長調の曲ですよね。だから「トリスタンとイゾルデ」のような暗さとも、「指輪」みたいな延々と続くしつこさとも違った印象を我々は得るのでしょう。だから、あのワーグナー嫌いの米国のC君もこの曲だったらいいんだって、そのレコードを掛けながら指揮棒を振るまねをしていました。僕はこれはめでたい曲なんだからと思い、何かの時に備えようと暗記することにしました。Huldreister Tag, dem ich aus Dichters Traum erwacht!(詩人の夢から覚めた恵み深き日よ!)なんて。でも歌おうなんてトンでもない話ですね。

この曲で最も思い出深いのは、ミュンヘンから東京への引っ越し公演を観た時ですが、あの時最終幕で僕は感極まって涙を流したのを京都の外科医K谷先生に見とがめられてしまいました。ロンドンで老婦人をエスコートした時の話は別途書きましたね。さらにあと2回観ていますが、最初の二期会で観たときは突然の代役でしたが、それが大当たり。歌った当人はその年のオペラ大賞を取りました。こういう事があるから、代役も十分に練習して置かなければね!もう一つは上野でやった時ですが、観客席側からお祭り騒ぎを持ち込むという設定でした。それは成功でした。お祭りですから!旗やノボリを掲げた人達が演奏会場に「乱入」して来たんですよ。あれは楽しかった。またその前に横長の机に最後の晩餐みたいに12人が並んで座っていたのが印象的です。過去の海外の公演を観ると、例えば昔バイロイトにあったように活人画みたいな配置で合唱を歌わしたり、あるいはミュンヘンでの公演のごとく単にそのシンボル写真を掲げておく演出とか、色々あります。何でもいいんです。要は「ニュルンベルクの名歌手」を上演してくれれば!幸せになれますよ。いつでも聴く準備はできています。あのワクワクさせる前奏曲のあと、そのまま教会の場面に変りますが、あそこでアアと感激しないともったいない。この曲の最上のシーンの一つ。

カラヤンの1951年バイロイト音楽祭の実況がCDになっていますが、あそこのカラヤンはいいと思います。キビキビしているし、しかも分厚い音は失われていません。クナッパーツブッシュのものはやや音が重いし、カイルベルトのは逆に音が軽い。どちらも聴き始めてしまえば、たちまち良い印象に変りますが、CDをスタートさせた時は差が目立ちます。僕はこのカラヤン旧盤が最も音が厚く、熱い演奏だと信じます。またここで第3幕でのシュワルツコップ演じるエヴァとザックス、ワルター、レーナ、ダヴィッドの5重唱は、この世の最も楽しい音楽が始まるぞ、さあ聴きたまえ、と言っているような気がしてなりません。そして第3幕の舞台転換の開始を告げる音楽と踊りは天国的ですね。あの踊りの音楽は昔若い時分はあまり興味ありませんでしたが、今や後に続く部分と不可分だと思っております。民衆の踊りと騒ぎをつつがなく拾い、拡大し、お祭り気分を盛り上げること。演出家は思い切り飛躍し、想像力の限りを尽くして創造して欲しいところです。
「ニュルンベルクの名歌手」は実は僕が26歳の時、それまでの仕事をまとめていた時期なんですが、友人がその全曲LPを貸してくれたのです。カラヤン盤の最新盤でしたが、そんな版のことは忘れ、仕事の締め切り前の最後の晩にこれを掛けながら徹夜で仕事を整理しました。それだけに思い出深く、切っても切れない関係が出来たのです。考えてみると僕の人生でこの曲が演じた役割は無意識のうちにも、重要なものだった気がします。ワーグナーに目覚め、カラスを知った18歳の冬に北川温泉に泊まりに行ったことがあるのですが、そこの深夜TVでは映画「カーネギー・ホール」をやっていて、僕はその中でワルターが指揮する「ニュルンベルクの名歌手」前奏曲を楽しんだあと、眠りに落ちました。

最近出たショルティ盤は音が良いのですが、分離が良すぎるのではないかという気がします。ゴツゴツとしたドイツの象徴とも言うべき音が少し失われているかも。シカゴ響というオーケストラだからかも知れませんが、これはもう少し時間の経過を待ちましょう。実は最近真空管式アンプに切り替えたのですが、それで聴き直してみるとショルティの指揮が厚みを増したような気がしたのですよ!これはしめた、とほくそ笑んでおります。これから訪れてみようか、とお悩みの方、是非ニュルンベルクに行ってみましょう!僕はここをベースとして、バンベルク(戦災を受けていない素晴らしく美しい町!)やバイロイトへも行ってきました。普通列車で各1時間の旅。楽しかったですよ。たまたま同じ列車に乗り合わせたドイツ人技師は、一生懸命英語を喋ろうとし、こちらは一生懸命ドイツ語を操ろうとし、端から見ればおかしな旅だったかもしれませんが、若気の至り。その地方一帯をフランケン地方ということ、白い花が多いのは「杏(マリレ)」の花だって位しか覚えていませんが。
ニュルンベルクと言えば戦争裁判のあった街ですね。破壊は徹底的に行われたものでした。博物館でイヤというほど、そういう写真を見ました。ドイツ人ってまるでマゾヒストのごとく、最も痛い所をさらけ出しています。それだけ破壊された後で、一つづつ石を拾い集め、この古い街並を復活させたドイツ人のドイツ魂に感謝したいと思います。街全体が石造りで、僕の行った日は雨まじりだったのですが、何とも独特な雰囲気がありました。城壁に囲まれた街を出ようとして、通りかかりにふと見たら、まだ10代の女の子が一人ヴィヴァルディの「四季」を弾いていたので、僕はなけなしの硬貨を謹呈しました。相手は不思議そうな目で見上げました。

国際サッカー試合のため、時々テレビに映るニュルンベルクの町をいつも胸時めかせて見ました。焼けたはずの町はあるんです!戦争で灰になったのに、見事に復活しました。ああいう復活への情熱を燃やすのは精神構造の差でしょうか。日本だったら壊れたら、コレ幸いとばかり、「碁盤の目状」の新しい道路構造を考えるでしょうけれど。こんなにドイツが好きになるとは予想外でした。大学入学式で聴いた「ニュルンベルクの名歌手」の前奏曲のせい?そうなら僕に1年間まったく音楽の無い生活を強いた、高校入試失敗の後始末に感謝しなくちゃ。何が吉となるか分からないものです。この曲の堂々たる演奏を聴くたびに、いつも胸が高鳴り、血潮がたぎるって感じなんですよ。これ、一度指揮してみたくありませんか?
現在手元には下記のものがあります。カイルベルト(ウイーナー)、カラヤン(エーデルマン)、クナッパーツブッシュ(フランツ)、シュタインLD(ヴァイクル)、ショルティ(ヴァンダム)。

この「ニュルンベルクの名歌手」にはワーグナー御法度と思われている、コロラトウーラ技法があることをご存知ですか? 何もワーグナーが楽譜に書き込んだのではなく、ワーグナー自身が実際の演奏を聴いて、ま、それもいいか、って黙認したのですね。第3幕の歌合戦の最後にワルターが優勝するのですが、それを讃える歌の最後にエヴァの歌が加わるのですが、その最後のフレーズが問題の箇所です。下記参照。
Keiner wie du so hold zu werben weiss!
  (あなたほど優美に求婚できる人はいません!)
アンダーラインを引いてある部分です。この一部分だけ、それも一つの単語の半分、というのを確認するため僕は何種類もの「ニュルンベルクの名歌手」を掛けてみました。ワーグナーのトリルって、不思議な気もしますが、実際に聴いてみるとかなり良いのです!最もトリルが明瞭なのは、リーザ・デラ・カーザ(クナッパーツブッシュ協会版)の歌うエヴァでした。今日、このトリルは公認されたも同然ですね。考えてみればヴァルナイは、メットにデビューした時にトリルの多い「トロヴァトーレ」も候補に用意していたと言いますし、実際他の劇場で19回も舞台で歌っています。ニルソンは重たい役を歌った後は、「魔笛」の夜の女王を歌って声を再調整したと言いますから、出来るヒトならトリルだって出来るのですよ。

この胸躍るような曲をつつがなく再生するオーディオ装置は、間違いなく「遠い声」を堂々と再生できる装置です。音の広がりだけでなく、マッシブな音のエネルギーを感じさせなければなりません。難しいことですが、それを期待します。そして指揮者に人を得ること、絶対にコレで行くと決めたリズムとテンポで音楽をぐいぐいと引っ張って進むことが必要です。迷っちゃだめです。強引でも、説得力をもって示して欲しいものです。だから特定の歌手の喉でなく、全体を引っ張る指揮者が重要だと思います。
写真 ニュルンベルクの街並み
ニュルンベルクの町並み。(著者の撮影による)
お楽しみ頂けたでしたでしょうか?ここに書いた「メデア」、「ニュルンベルクの名歌手」は、「トリスタンとイゾルデ」や「ノルマ」を含む章を書いて以来、僕に取って2回目の山場をなす所でした。それくらい好きです。さらに次回はドニゼッティ「アンナ・ボレーナ」が来ますが、それもここに繋がる山脈の上にあります。お楽しみに。
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