キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
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第36話 これからのオペラ (2007.1.9)
あけましておめでとうございます。本年もよろしくお付き合いをお願いいたします。昨年末31日には、メットで「魔笛」が上演され、日本人の森谷真理さんが<夜の女王>を歌ってデビューしました。100分間に短縮した英語版、マチネーという制約がありますが、「蝶々夫人」から解放されたものとして、素直に喜びたいと思います。僕自身はまだその声を確かめておりません。これでメットの舞台を経験した日本人女性は三浦環、今井久任恵、東敦子、渡辺葉子に続き、5人目。さて、これからのオペラを考える時、最大の問題は余りに切符代が高くなったこと。最近の広告によるとメトロポリタン・オペラ(メット)の「ワルキューレ」と「椿姫」の公演で最高6万4000円とか!あと「ドン・ジョバンニ」が最高6万円だと。どうしてこんなに高いのだろうと思います。まわり中見ても、日本ではそんなにお金が溢れているんでしょうか。

と、いきなり不満を述べさせて頂きました。これは世界中で起きているのでしょうか?それでは新しいファンの獲得は難しい。高いから来ない、来ないから高くせざるを得ない、という悪循環です。もしこれが世界のトレンドだとすると、これはオペラの黄昏しか意味しません。いまオペラのレコード新録音も殆ど無いでしょう?オペラの録音って物凄く金がかかるのですよね。だからこそ、各レコード会社は厳選したキャストで臨むはずでしたが、今はたまにあっても実況録音ばかり。実況は実況なりの面白さも有りますが、代わりにレコードでこそ可能なドリーム・キャストは望めない。かつての専属制度も無いような事態になっているから、その弊害を受けない代わり、そもそも録音をしないとなれば、問題は一向に解決していませんね。
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そもそも今はスターが不在であり、夢の存在が無くなって、今やありふれた職業人の時代です。昔読んだOpera News 誌に、ある有名プリマドンナが歌っていたとき、彼女の娘がガールスカウトのクッキーを外で売っていた、という記事を載せていました。サザーランドも通常住んでいたのは、ニューヨークではブルックリンのプロスペクト・パーク・ウエストでした。実は同僚Cが昔住んでいたアパートの側でしたから、Cに尋ねてみたら、ああ彼等はよくそこを散歩していたよ、という答え。もはやスターもディーヴァも普通の人です。そしてレコード会社は既に元を取ったドル箱を開けて、再発売を繰り返し、その分、値下げを競争しています(これはオペラに限らない)。レコードの雑誌も載せる記事が無くて、困っています。どうしたら良いでしょう?

オペラ好きになる一番の方法は、本当にいいオペラにぶつかることだと思っています。僕の場合は「トリスタンとイゾルデ」であり、「ノルマ」だったわけです。いい加減な録音でお茶を濁そうとしなければいいのです。殆どのオペラは退屈かも知れないし、殆どのオペラ歌手も目を見張るほど上手とは言い難い。でも50曲のうち1曲くらいは、本当に優れたものがあります。優れた歌手探しだって、大概は砂漠の真ん中で米粒を探すようなものですが、幸運ならばダイアモンドが見つかりますよ。一度、それを経験することが肝心だと思います。そのためには我慢強いことが必要です。すぐに楽しめないとダメだとか、言わないことです。僕は自分が「ノルマ」を楽しむようになった経緯から、それを痛感します。 どうか我慢強く、辛抱強く、耐えて耐えて、そのダイアモンドの原石を見つけて下さい。一度見つかれば後はしめたものです。レコード会社もその苦難の道をじっと我慢して待っていてください。かならず将来、心強い熱心なファンが増えますから。
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ある時期のメット支配人はサザーランドをクビにしたかったようです。経費が掛かる割にはもうけにならないから。彼女のギャラは天文学的です。全盛期のサザーランドの居た時代に、その主要レパートリーを片端からやってみる冒険をしなかったのが残念です。結局あとになって、メットは渋々ながら衰えたサザーランドとマスネーの「エスクラルモンド」とかベルリーニの「清教徒」、ヴェルディの「トロヴァトーレ」などをやっています。でもその時サザーランドの声は既に黄昏。年齢依存性の強い声楽分野では、レパートリーの選択時期に眼力が必要ですね。なおスカラ座はサザーランドのデビュー当時さっそく「セミラーミデ」、「ユグノー教徒」をやっています。メット対スカラ座の争いでは、スカラ座の勝利です。

メットでは、まだケルビーニ「メデア」もドニゼッティ「アンナ・ボレーナ」もレパートリーの仲間に入っていません。この2曲を取り入れることがどんな意味を持つかは、世界中のオペラ・ファンにとって自明なことなのに。カラスの大成功の記憶があるからです。それもスカラ座での!メットはいつまでもスカラ座の後塵を拝して良いのでしょうか。結果論的に言えば、スカラ座の方がはるかに先進的です。その御陰で、スカラ座ではもう「メデア」も「アンナ・ボレーナ」もめでたく古典の仲間入り。更に古い時代の作品、例えばガスパーニ・スポンティーニ(1774-1851)のパリ時代の作品「ヴェスタの巫女」があります。これはカラスによって1954年にスカラ座上演がありました。米国ではローザ・ポンセルが1925年にメットで歌っています。古典的な味わいのあるオーケストラの響き。少なくとも巫女ジュリアの歌は際立った哀調を帯びていて、ベルリーニ風の味わいがあります。このベルリーニ風の哀調!僕はこれが好きなんですよ。カラスの実況盤は音が貧相で、特に巫女ジュリアの場面でそう。でもアリアだけなら、カラスのアルバムにEMIの正式録音もありますよ。

僕は「ヴェスタの巫女」のアリアを、オーケストラの生演奏で実際に聴いたことがありません。そういう音楽を聴ける機会がないのです。そして喉に自信のある声楽家の方々、是非ここに含まれたアリア2曲を取りあげて頂きたい!技術的にはそれほど難しくないのです。でも易しいからって手を抜いてはなりません。内容は極上で、味わい深い。もっと技術的に困難な曲でないとファイトが湧かない?だったらベルリーニ「清教徒」の様なトリル満載の曲を並べますか?もちろん大歓迎ですよ。エレガントなベルカント物に絞った音楽会、「ノルマ」、「清教徒」、「夢遊病の女」、「ヴェスタの巫女」、「アンナ・ボレーナ」、「ナブッコ」、「マクベス」、「メデア」、「トロヴァトーレ」そして「椿姫」等々、考えただけでワクワクしますね!こういう曲を定期的に取りあげ、ベルカント物を専門に絞った音楽会を、しかも繰り返して行う機会を作れないでしょうか?
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オペラを楽しむ場合、その長さが問題かもしれません。特にワーグナーは。女性陣を説得する必要もあるかも知れませんね。妻はワーグナーのセリフが長いのが退屈だと申します。行けど行けど、終止符がみつからず、延々とつづく長い旋律とモノローグ。まるでトマス・マンの文章みたい。僕はそれが良い所だと申すのですが、感性の違いか、この点、妻とは意見が異なるようです。尤もこれは男性だって辛抱がたりない人は居るわけですから、問題は複雑。

歌手は寿命が短いし、気まぐれが多くて御し難いし、付き合うのも面倒だ、という説は分かります。でも排除してしまうのはやはり惜しいです。下の写真群は全盛期と、ほとんど晩年の、名歌手達(ここでは女声のみ)のものです。対比させて見ると、いとおしくなるでしょう?

左からマリア・カラス、エリザベート・シュワルツコップ、レナータ・テバルディ、ビルギット・ニルソン、アストリード・ヴァルナイ、ジョーン・サザーランドの写真です。上段は全盛期、下段は晩年近く(いずれもOpera News誌による)。

全盛期のディーヴァたち
全盛期の女神(ディーヴァ)達
晩年記のディーヴァたち
晩年期の女神(ディーヴァ)達
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メットでは曲目の選定はボード(役員会)が決めますが、そこはいわばお金持ちのクラブ。でもメットのような光栄あるところは、金持ちの好みだけでなく、他の視点も欲しいですね。自ら積極的にあちこちのオペラハウスを覗いている人が必要かと思います。支配人ってそう簡単な仕事ではなさそうですね。例えばレナータ・テバルディのような、ビング支配人の言い草を借りれば「鋼鉄のえくぼ」を被った強情なオペラ歌手、ともつき合って行かなければなりません。そしてカラスの裏には意地っぱりが、ニルソンには常にソロバンがあったようです。またボードは名誉職でないことを知っていないとなりません。一曲の新演出に100万ドル以上(20年前で)掛かります。これをポンと投げ出すほど熱意のある人がワンサカいれば嬉しい。もちろん税法上の優遇措置も必要かもしれません。最近メットの支配人が15年ぶりにジョゼフ・ヴォルピーからピーター・ゲルプに交替になったそうです。なぜ僕がプリマドンナばかり話題にするのか、と御思いの方もおられるでしょうが、それだけのことがあるからですよ。純芸術的にも、ソロバン上も。

いずれ、新しい愛好家を発掘しないと、大概のオペラ上演は時代遅れになってしまいます。そもそもベルリーニ風の味わいや哀調なんてものに、何も感じない世代の人が増えたのでしょうか?オペラというカテゴリー愛好家は減少の一途をたどり、滅び行く形式なんでしょうか?
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新年早々ですが、キズは浅いうちに直せと申しますので、かねてより気になっていた箇所の修正をしておきます。まず申し上げたい点は、ネトレプコが超高音Fを1回だけ歌った、とある箇所(第3話「椿姫は永遠」参照)。実は「椿姫」にはFは含まれません。これは楽譜にもありませんし、慣習的な跳ね上げでもFには達しません。ただ原文に「From Traviata to Gliere concerto with the high F on the top」とあったのを鵜呑みにしたのがまずかったと反省しています。英語は難しい!実際には「椿姫」では跳ね上げてもEsです(実際、ネトレプコ出演のザルツブルクTV放映「椿姫」では、Esさえ出ていませんでした)。次は、シュワルツコップはメットには1964年しか出なかったと記しました(第4話「R.シュトラウスの歌曲の世界」参照)が、これは誤り。1964年に「薔薇の騎士」マルシャリン役で9回出演したあと、1966年にモーツアルト「ドン・ジョヴァンニ」のドンナ・エルヴィラ役で1回だけ出演しています(メット出演録より)。そして次にコジマのことをエマニュエル・リストの娘と書いた(第35話「パルシファルの魔術」参照)のは明らかな誤りで、フランツ・リストと書くべきでしたね。他にもあるかも知れませんが、これら3点は自分で気がついておりました。お詫びします。
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