キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
第41話 あるパーティーの会話 (2007.2.16)
皆様こんにちは。今日はちょっと趣向を変えて実際にあった会話を紹介します。これも僕が昔つけていた日記からの抜粋です。僅か2年間だけですが、直接話法で書いたメモの日記がありましたので、それをここに用いました。Kというのが僕です。オーディオに関する会話が中心です。20年前の日記なので、公表するのも○○公開基準に合致しているのでは?と勝手に考えて踏み切ったのですが、それでも音楽とオーディオ以外の話題は注意深く取り除き、また人物や機関の名前も伏せ字にしました。その限りでの日記の丸写しです。ユダヤ系の友人JFが、そのまた友人の家に連れて行ってくれた時の話で、写真はこういう時に備えて当時から頼んで撮っておいたもの。舞台はニューヨーク。
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1986年5月23日(水)
夕方近く、JFが僕の部屋にやって来た。
K「この間借りた『ハイファイ・ニュース』は読んでしまったので、お返しします」
JF「新しい号も持って来たんだけど、読むかい?」
K「もちろん。貸して下さい」
JF「これで英米の最新のオーディオ情報がわかるだろう」
K「僕は今、小型のスピーカーを探しているんです。両親のところに置かしてもらおうと思って。一応、セレッションのSL-6を考えているのだけど」
JF「僕はセレッションは余り良いとは思わないね。SL-600を聴いてみたんだが、ビリつくよ」
K「でも小さいサイズは魅力的」
JF「それじゃワーフェデールにしたらどうだ。セレッションのスピーカーの設計責任者だった者が今はワーフェデールで仕事をしているんだよ」
K「セレッションに昔ディットン66というスピーカーがあったのを覚えていますか」
JF「背の高い柱みたいなものだろう?あれも甘いね。箱がフニャフニャだよ」
K「僕はあの音が大好きだったけど。じゃボーズのスピーカーはどう思います?」
JF「全然よくないね」
K「僕はボーズだけ聴くと良いみたいに思うけど、JBLと聴き比べるとJBLの方が上品に聴こえてしまうんですよ。透明感があって。普段はJBLは余り好きじゃないのに」
JF「ところで僕の友人はマグネプラナーのスピーカーを使っているんだけど、そこに一緒に行ってみる気はあるかい?」
K「もちろんありますとも」
JF「金曜日の夕方はどうだろう?」
K「是非ご一緒しますよ」
JF「一応、友人に電話してみるけど、相手の都合で居ないかもしれないから、その場合はごめんよ」


1986年5月25日(金)
約束どおり5時にJFの部屋に行く。彼はヨーグルトとバナナを用意して待っていてくれた。
JF「タワーレコードにはCと行ったようだし、雨が降りそうだからここで少し音楽を聴いてからブルックリンに直接でかけようよ」
彼の職場における第2システムは20cm口径のフルレンジ・スピーカーを1000Hzで切り、1000-5000Hzをスコーカー、それ以上を日立のチタン・ツイーターで繋いで、日立のネットワークをつけ、かつそれぞれにレベル調整器をつけたものだった。彼はどちらかと言えばハードウエア指向で、物理データ重視型であるから、チタンが如何に優れた素材であるかを力説する。FM放送を鳴らしていたのだが、演奏されていたのはプロコフィエフの古典交響曲だった。
K「これは普通の演奏よりダイナミック・レンジが大きいんじゃない?」
JF「うん。ソースがCDのせいじゃないかな」
夜YYY機構の人々が皆帰ってしまい、かつエアコンも停止したあとのシーンとした時にここで音楽を聴くと最高にいいのだそうである。
K「ところでブラームスは好きですか」
JF「うん」
K「僕はあの4番の交響曲が大好きでね。それじゃマーラーの4番は?」
JF「大好きだよ。天国的美しさだな。ある人が言うには、あれは人をボオッとさせて働かなくさせる悪魔の音楽だと言うんだよ」
2人とも笑いだす。
K「4番という番号は魔法の番号ですね。ブラームスの4番にマーラーの4番、そしてベートーベンの4番のピアノ・コンチェルト」
JF「奇跡の4番とでも言うべきか。ところで君の呉れたレコードはよかったよ。一般に初期のデッカのレコードはシャリシャリして良くないんだが、あれは良かった」
K「あれはワーナー・パイオニアが復刻したんですよ。」
彼にはエリカ・モリーニの弾くフランクのヴァイオリン・ソナタのレコードをあげたのだった。

JF マンハッタンの夕暮れとD、JF
左がJFの写真(HiFi News誌を抱えている)。右はマンハッタンの夕暮れとD、JF。(著者の撮影による)
外に出ると雨が少しパラパラ降ってきた。彼は所有するCDの、目ぼしいものを全て持って来たのだそうだ。雨はレコードに良くないからと言って、走って6番街の地下鉄A列車に飛び込む。
JF「ポケットに気をつけて!」
と耳元でささやく。途中チェンバース・ストリートで一旦ホームに降りたので何事かと思ったらDという中年の婦人と待ち合わせをしていたようだ。親類らしい。Dも一緒にブルックリンへ行くことになっているのだと言う。彼女は大変整った顔をしていて、若い頃はさぞや美人だったろうと思わせる。専門学校の先生をしているのだと言う。彼女に言わせると動物園にいるみたいなものよ、と言う。

時刻を見て、ブルックリン・ハイツへ行ってマンハッタンの摩天楼に日の沈むところを見ようということになった。ブルックリン・ハイツのあたりは大変しゃれたアパートの街があって、とてもブルックリンとは思えない。まるでグリニッチ・ヴィレッジの最も美しい部分を歩いているようだ。C達が昔住んでいたプロスペクト・パーク・ウエストのアパート街より立派ではないだろうか。ブルックリン・ハイツから見る港の夜景は最高に美しかった。どうして今までここに来なかったのだろう。リビングストン街のアパートはドア・マン付き、ホール付きの立派なものだった。しかし内部の造作は大したことはない。目指す入り口にはHo夫妻、つまりAvとShが並んでにこやかに迎えてくれた。そしてシャム猫が一匹。僕が猫をほめることから話が始まった。Sh夫人は大変愛想のいい、暖かな主婦だった。まるで日本の主婦みたいに台所へ立ってはまめに食物と飲み物を用意して運んでくれる。はじめパイナップル・ジュースを飲み、ボジョレーの赤ワイン、イタリアのキャンティ・ワイン、最後は紅茶。加えてサラダやおつまみ、JFの持ち込んだチーズ・ケーキ。
部屋はまるで昔のクイーンズの我々のアパートみたいな大きさと配置だった。天井の高さまでそっくりだ。ただ、彼等の方が立派な家具を持っている点が違う。あとは似たり寄ったり。初めて逢った人であるにも関わらず、話しはすぐに弾む。パーティはこれでなければいけない。それに同じ席にばかり座っていたり、同じ相手とばかり話をしてもいけない。従って僕はD、Sh、Avと順々に相手を変えては話を繋ぐ。
Sh「Kはよくしゃべるわ。ずっといる人みたい」
D「わたしもそう思ったの」
K「僕の言葉はひどいものです。あなた方のしゃべっていることは大体分かるんだけど、問題は自分の方からうまく言えないことです」
Sh「そうは思えないわ」
ともかく大変気持のいい、居心地のよい家庭の雰囲気だった。もともとJFが僕をオーディオ・ファイル仲間としてAvに紹介するためだったのだが、オーディオはきっかけであり、ダシである。要はこれはパーティなのだ。

Av自慢のマグネプラナーのついたて型スピーカーにはNADのチューナー、タンバーグのテープ・デッキ、ソニーのリニアー・トラック・プレーヤー、フェイズリニアーのメイン・アンプ、ミッションのCDプレーヤー、それにうっかり名前を忘れたプリ・アンプ(大変有名なブランドだったのに!)が繋いである。少しうるさい感じがする。僅かに刺激的な成分が混っているようだ。全体としては心地よい音だが。Avはおもしろい実験を行った。即ち、デモンストレーション用のテストLPと、同じ内容のテストCDを同時にスタートさせ、アンプの切り替えスイッチを交互に変えてどちらが良い音か聴き比べたのである。
K「僕の印象ではレコードの方がいいと思いますね。その方が深い響きがあります」
Avは深くうなずく。自分もそう思うと言う。これで僕の耳を信用してくれただろう。

Ab「K、君はどんな装置を使っているんだ?スタックス?」
K「とんでもない。スタックスは広いスペースが必要なので。今は日立の15年前のスピーカー(HS-500)ですよ。それとラックスのアンプにラックスのチューナー」
Ab「ほう、ラックスのチューナーを持っているのか。プレーヤーは?」
K「マイクロ・セイキです」
Ab「CDプレーヤーはフィリップス製と聞いているけど?」
そんな情報はJFから仕入れたに違いない。
K「ええ。でも日本ではマランツのブランドになっています。ところでオープン・リールのテープを買うのに不便を感じていませんか。日本では最近売っている店が殆どなくなっちゃって」
Ab「うん。それは感じている。君もオープン・デッキを持っているわけか」

続いて昨年僕がJFにプレゼントしたマルタ・アルゲリッチのベートーベンの2番のコンチェルトのCDをかける。
K「少し高音が強調され過ぎますね。僕だったら、もう少し高域を絞りたいところだな」
Avはうなずいて左右のチャンネルとも高音を30度分ほど下げる。
Ab「これで満足か?」
K「ええ」
とは言ったものの、今すこしシャリシャリした感じが残る。JFの自宅のKLH-9(コンデンサー・スピーカ?)で聞いた時の透明感がない。どこかに相性の悪い機器があるようだ。次はJFの好きなホルストの『吹奏楽組曲』だ。昨年の旅行記でさんざん僕が悪口を書いたあの曲だ。音そのものは、こっちの方がよくなった。でも曲の本質は変わらない。JFはこれぞ聞かせどころ、とう箇所でことさらボリュウムを上げる。

部屋のコーナーには運動不足解消用の足こぎ(自転車)が置いてある。音楽の合間に学校の話や、食物の話、犯罪の話やらが出る。
K「でも、純粋に統計的な観点から言えば、犯罪率はどこでも同じでしょう。ニューヨークは人口が多いから絶対数も多い、ということじゃないのかな」
Ch「地下鉄なんかご覧なさいな。ワシントンはましだけどニューヨークは何というか」
K「ロンドンの地下鉄なんてニューヨークより汚いですよ。床にゴミが散乱して」
Ch「あら、私がロンドンに行った時はすごく綺麗だったのに。どんどん変ってしまうんだわ」
話しにかこつけて、ケーキを2人分食べてしまった。Avはこういう話には加わってこない。
JF「Avは以前は僕と同じKLH-9を使っていたんだよ」
K「あれをどう思います?」
Av「全然だめ。何とも鈍いスピーカーだというのが印象だ。全く鈍い」
K「そうですかねえ。体を包み込むような柔らかい音だと思うけど」
Av「いや、あれは鈍いんだ」
タンノイも話題に出してみたのだが、最近のタンノイは聴いてないという。
Av「タンノイはまだ売っているのかね」

Av「前はニューヨークのどこに住んでいたんだ?」
K「クイーンズです」
Sh「あら住んでいたの?家族も一緒?」
K「ええ。初めから一緒に連れて来て、ホテルに5日間泊まっている間にアパートを探したんですよ。だってYYY機構には外国人が長期に居た事は無かったし、誰もどこに空家があるか、どうしたら見つかるか、なんて情報を持っていなかったもので。それに僕もここに日本人の知り合いは一人もおりませんので大変でした」
D「お子さんは?」
K「下の子はまだ1歳になる前でした。だから大変だったわけ」
Ch「子供がいるとね。ホテルも5日間もいると高くつくでしょうし」
Sh夫人は同情する。

Av「グッドマンのスピーカーを知っているか?あれはいいぞ」
K「ええ。グッドマンは10数年前にいったん姿を忘れられたスピーカーだったけど最近また復活していますね」
最後はデンオンのPCMレコードで、アンチェル指揮チェコ交響楽団が上野文化会館でやった実況録音のベートーベンの『第9』のLPを聴くことになった。
Av「こりゃライナーノート(解説文)が日本語で書いてあるので、いったいアナログなのかデジタルなのか長い間わからなくて放っておいたものなんだよ」
どこで、こんな日本製のレコードを手に入れたのか知らないが、ライナーノートを翻訳してあげた。
K「日本でこの曲がどんなに頻繁に演奏されているか想像できないと思いますよ。この季節に、素人まで含めると400回以上も演奏されるんですよ。恒例の越年行事なんです。何十年も前からね。主婦だって、床屋だって、ウエイトレスだって、これを歌うんですよ」
Av「これはいい曲だと思っているよ」
K「僕が大学に入った時、最初にやったのは本屋に行って楽譜を買うことだったんですが、第9のコーラス譜もそのうちの一つ」

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Sh夫人に言わせると、Avは音楽よりもオーディオの方に熱中しているのだそうだ。ギターをたまに弾く程度だという。しかし、Shは言う。
Sh「音楽好きだったら、音なんかあまり問題じゃないわね」
K「いったん没入したら音なんかどうでもいいんです」
第9が朗々と終わった時、思わず皆で拍手してしまう。
K「僕は普段は『トリスタンとイゾルデ』が一番好きだなんて言っているんだけど、どうも第9を聴くと恥ずかしくなっちゃうんですよ。本当に好きなのはこっちじゃ無いかって」
Av「いい曲だよね」
Dは『トリスタンとイゾルデ』はパワフルな曲だと言う。僕はニューヨークに来る一週間前にウイーン・オペラの東京公演で『トリスタンとイゾルデ』を聴いたばかりだと告げた。

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10時を少し過ぎてから皆で辞去した。突然に紹介されての訪問だったが、いい経験をしたものだと思う。14丁目まで地下鉄レキシントン急行で行き、そこから各駅停車に乗り換える。地下鉄のドアにちょっと寄りかかっていたら、JFは警告する。
JF「アメリカの電車は時々走っている最中にドアが空くことがあるから注意して」
D「K、あんな色々の知識をどこで仕入れたの?」
K「いろんな事から」
D「見たり聞いたりしたことから?」
K「定期的に音楽雑誌を読んでいるから」
JF「Avの音はレコードの方がCDよりずっと良かったけど、あれは500ドルもするカートリッジを使っているからさ」
JFとDは34丁目からバスに乗ってブロンクスに帰るから、と言ってそこで別れた。夜間のブロンクス行き地下鉄は危険だからだ。僕は次の42丁目(グランド・セントラル駅)でシャトル線に乗り換え、タイムス・スクエアへ出た。週末の夜中なもので、タイムズ・スクエアの路上はゴッタ返していた。修学旅行の中学生・高校生があふれている。


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以上がその日記そのままですが、何か参考になったでしょうか。この様な直接話法ですと何となく変った印象がありますね。直接話法は2年間の日記だけですが、引退してようやく時間が出来たので、整理し始めたところです。「第九」の合唱譜の話ですが、私も学生時代に男声合唱部に入って歌いたかった(!)。でも年間経費がコレコレ(貧乏学生ゆえ)、練習がコレコレ(実験日に当たっていた)という条件に、ついに凹んでしまいました。今だったら、感激の余り震えて譜面も見えなくなるでしょうから、やはり無理です。また下記の写真は舞台や録音の合間の楽しいひと時のスナップです。左は1961年スカラ座「メデア」公演の後で、左からマリア・カラス、ジョン・ヴィッカーズ、ジュリエッタ・シミオナート。右はビルギット・ニルソンが「神々の黄昏」の録音途中で馬(グラーネ)を見て、思わず見せた笑顔。
カラス、ヴィッカーズ、シミオナート 馬を見るニルソン
出典はARKADIA CDMP428.2、およびHans Wild撮影による。
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