キット屋倶楽部
音楽の
すすめ by F高
イラスト
第42話 ミュージカルの冒険 (2007.2.16)
皆様こんにちは。このテーマもいよいよ最後回を迎えました。とうとうここまで来たわけです。さて、五味康祐氏のエッセイに書かれた大半の内容に僕は賛成だと述べましたが、ただ一点、これは意見が違うな、と思う点があります。彼は「椿姫」とかイタリア・オペラを見下げるような書きっぷりもしていますが、そう書いたのはレトリック上の問題だろうと笑い飛ばすことができます。でもミュージカルに対しては本質的な感覚の差があるのかなと思うのです。彼はミュージカルを、平たく言えば下らない、と一刀両断していますが、これは大変残念だと思います。実際観てみれば、頭より体が理解するだとうと思うのが僕の意見です。確かにブロードウェイの劇場は作りもお粗末ですが、そのお粗末さ故に、そこで繰り広げられる壮絶な戦いを評価されないのは至極残念。これは僕自身の経験から、思い込みによるものかも知れないな、と考えるところ。
ミュージカルの切符は値段が大変高いので、長い間観ませんでした。折角ニューヨークに居ても、観たいと思わなかったのです。また最初に観たミュージカルは「42番街」でした。ブロードウェイで観たのですが、既に最初にニューヨークに行ってから6年経っておりました。その間、さまざまな出し物が出ては消えていましたが、最高の人気を誇っていたのは「おおカルカッタ」だとか。また前の年にはユル・ブリンナーの引退公演と銘打った「王様と私」をやっておりました。当時、さまざまなスターが登場していたのです。普通なら、観に行くか!となるところですが、僕はまだミュージカルに偏見を持っていて、つまりあれ程エンターテインメントが強いと、ゲイジュツ的では無かろうって偏見を持っていたため、逃していました。

タイムズ・スクエアの写真
タイムズ・スクエアの写真(著者の撮影による)
ところが、思い切って見に行ったのが「42番街」。これはオリジナルの映画ヴァージョンがテレビで放映され、それを中学生時代に2度観たことがあったので、ストーリーは承知していました。そしたら、劇場は小さいし、こざっぱりしない所だったし、タイアムズ・スクエア特有の雰囲気の中で、おっかなびっくり。でも、舞台は最上でした。「そんなことじゃ、まるで44番街だぞ!」という台詞には思わず笑いが出ました。この劇場は44番街にあったのです。また終了後、舞台下にあったオーケストラ・ボックスから、42番街のメインテーマをキビキビと演奏する音が飛び出すのを、背中に浴びながら帰るのは、大層小気味よく、快適なものでした。それでミュージカル大好き人間になったのです。これは翌日さっそく、米国人同僚のCやHに報告し、心地よい夜風に吹かれつつグリニッチ・ヴィレッッジの屋外カフェで過ごしたものです。

マンハッタンの摩天楼群
マンハッタンの摩天楼群。遠景にワールド・トレード・センターがまだある。
(著者の撮影による)
それから「コーラス・ライン」を観ましたし、「クレージー・フォー・ユー」も観ました。「キャッツ」を観たのはその後です。これにはすっかり魅せられました。こうやって観た後で、日本の同僚達と一緒にニューヨークに行ったことがありますが、ある晩、ミュージカルに行くけど行きたい人は?と聞いたところ、8名が手を上げたので一同打ち揃って「キャッツ」に。切符の手配等しなきゃならなかったので、こちらは大変でしたが、楽しかった。というのは、予想通り、「キャッツ」を観た途端に、すっかり虜になった彼等の姿を見たからです。ある男は夜興奮のあまり、夜寝れなかったそうです。ミュージカルを見る前に夕食を食べなくてはなりませんが、あつらえ向きのレストランが近所にあって、飛び込んだ次第。そこは日本流に言えばカラオケ・レストランとでも言うところ。これも社会経験です。さらにもう一度、日本から勤務先の後輩を連れて行ったことがあり、その時は夜2回ほど劇場に行きました。1度はメットのオペラ、もう一度は「キャッツ」です。あとで感想を聴いたら、オペラはso soだが、「キャッツ」の方は面白かったという正直な感想を得ました。これらキャッツ体験はブロードウェイでのものですが、もう一つのブロードェイ体験はその舞台に立ってみたということです。休憩時間に、立つだけなら誰でも立てます。行く機会があったらどうぞ!
ウィーンでも「キャッツ」の広告を見たのですが、この時は忙しくて見ず。そのかわりロンドン劇場の「キャッツ」を観ました。これは少し編成がブロードウェイと異なり、東南アジアの舟の場面がカットされていました。色々なヴァージョンがあるようです。さらに国内では大阪でやった「キャッツ」公演を2回観ました。この公演を見る為に、わざわざ新幹線の切符を買って、妻と娘を連れて行って来たのですよ。さらにマドリードに行ったとき、我々のホテルは繁華街にあったのですが、ごく近いところで「キャッツ」をやって居たので、妻を説得してそれを一緒に観て来ました。スペイン語を喋る「キャッツ」なんて異様でしたが、また動作が大きい、と言うより大雑把、でしたが、結構楽しみました。この時、至近距離にあったレストランでパエリャを食べたのですが、スペインのことでナカナカ料理が出てこず、大急ぎでかっ込んで劇場に飛び込んだ次第。東京に最近できたキャッツ劇場はまだ行った事がありませんが、近い内に行きたいと思っています。今までに「キャッツ」は合計7回観ております。実は旧職場にもニューヨークで「キャッツ」を7回観たという男がおります。これを抜く日も近い!

という訳で、あっと言う間にミュージカル好きとなりました。その他、「オペラ座の怪人」をブロードウェイで、「レ・ミゼラブル」や「ミス・サイゴン」をロンドンで観ました。ロンドンではもう一つ、郊外のファーンバラにあった仕事場に行く途中、「ウェストサイド・ストーリー」を復活上演していたので、それも観て来ました。このように古いミュージカルを時々復活させるのもいい、と思っております。レパートリー・システムですよね。まさに大昔のオペラ発生時のようなものだから、いいはずです!

また銀座の外れにできた四季劇場で「コンタクト」をやったので、妻と一緒に観に行きました。大変な重労働と思われる振り付けだと思いました。主役を含め、もっぱらダンス主導型でしたので、それは僕の好みに合います。これは、どうやって出演者を選んだか、を示すドキュメンタリー・フィルムが、事前にNHKから放映されたのを見たからです。汗と努力の舞台でしたし、好きですが、僕はあれにさらにエンターテインメント性を加えることが出来ればなあ、と思いました。ミュージカルを何とか根付かせて欲しいと思います。本当にミュージカルを見るとワクワクするのですよ。
ミュージカルと言えば、僕の高校の後輩に深町純がいたのですが、僕たちの卒業式の時、在校生代表で弾く彼の弾くリスト「ラ・カンパネラ」を聴いたことがあります。深町純は「ジーザス・クライスト・スーパースター」だったか、「ヘアー」だったかの製作に関わっていますが、東京芸大を卒業式10日前に中退したという不思議な経歴の持ち主です。中学の同級生にはF田という男がいましたが、彼は東京芸大の教授になって能舞台の笛を担当していました。また中学の同級生には声楽家(ソプラノ)が2人(M,、Mj)、ピアノが2人(Ko、S)。いずれもよく記憶しています。彼等は少人数だった中学(第3話<椿姫は永遠>参照。先年12月には「椿姫」を聴かせてくれた音楽の先生に47年ぶりにお会いしました)のなつかしい同級生です。最近DVDで古い「ヘアー」等を観ることがあります。あれも良い作品でした。実は「ヘアー」は「キャッツ」以前で最も好きな作品でした。あの何とも言えない荒涼たる感じ、ベトナム戦争という怪物がもたらしたものをヒシヒシと感じさせます。これに関連して米国の良き友人Cが下記のように打ち明けて呉れたことがあります。
C「僕はYYY機構には2〜3年しか居ないつもりだったんだ。本当はZZZをやるつもりだったんだけどね。つまり本当のことを言うと、ベトナム戦争当時の徴兵を逃れるためにYYY機構に職を見つけたというのが真相なのさ。YYY機構で国家のために重要な仕事をやっていると主張して徴兵を逃げることができたんだ。だから長居する気はなかった。XXXなぞ専門じゃないし、ZZZをやりたかったし。ところが事態が変っちゃってずっと居座ってしまった」。
(当時つけていた直接話法の日記より転記)
なるほど、当時、アメリカは日本にない問題を抱えていたんですね。やむを得ない事情で専門を変更したという点、我々二人は似ていると思います。Cとはオーディオ仲間でした。YYY機構で初日に会った時に、僕はオーディオが趣味だと答え、さらに声楽ファンだと白状したのがきっかけです。仕事と別に共通部分があると話がトントン拍子で進みます。またC夫人のMもミュージカルが好きで、また僕の仕事先のYYY機構の同輩だったG(女性)もまたミュージカル好きです。Gはいつの間にかエラくなり、びっくりするような名刺を持って日本にも来ました。JFとは何で親しくなったのか覚えていないのですが、彼は自宅へ招待して呉れました。Cの家にも泊まりに行きました。オーディオ仲間、音楽仲間万歳です!
ミュージカルですから、繊細な音質を期待しても問題外だし、舞台から得られるエネルギーだけが取り柄かもしれません。決してデリケートな音ではありませんから、ここにそういうものを期待しても無駄です。でもマッシブに迫ってくる音楽は聴く者を黙らせてしまいます。それを感じさせるのはやはり本物では無いでしょうか。オペラで無くても十分満足いくものだと考えます。実は若い頃、20歳の頃の話ですが、一度だけ宝塚大劇場で、少女歌劇をみた事があります。真帆しぶき、加茂さくらによる「アンコールワット」等でした。当人たちは一生懸命やっておりましたが、残念ながら記憶に残ってません。加茂さくらは、あとで「トロヴァトーレ」のアリアを含む曲で、リサイタルをすると言うので期待しましたが、直前に中止の案内が出ました。マイクを使うというのには、原則的に僕は余り気が乗りません。ただミュージカルではそれを補うエネルギーや覇気があると期待できるから、中には良いものがあると申し上げたいのです。「キャッツ」や「ヘアー」は正にそうでした。あと加えるべきは「コーラス・ライン」でしょうか。

比較するのは大変難しいのですが、それでは「キャッツ」と「ノルマ」が同時に、一度限りの舞台が同じ日に掛かった時、どちらに行くか?と言われたら、僕は悩むでしょうがおそらくは「ノルマ」を選びます。それでは「トリスタンとイゾルデ」だったら? この場合は、瞬時に「トリスタンとイゾルデ」の掛かる劇場へ出掛けます。その場合、演出がケッタイなものでないことが条件です。演出家の皆さん、ここを考えて下さい。演出の価値はそれが新しいかどうか、他に例のないユニークなものかどうか、じゃないんです。誰も観に来ない舞台は失敗です。舞台では、作品と、上演と、観客が一体となっているんです。これら3ツの構成要素のうち、一カ所だけ突出してもダメです。バイロイトのシェローの演出も最初から賛否両論に晒されたし、ワーグナーそのものが初めは散々悪評だったんです。本物を探すこと。それをよく見極めて、新しいものに挑戦して下さい。どうせなら、長く残るのが本望ですよね?
そもそもなぜこんなにミュージカルが好きかって言うと、ああいう舞台に出たいって人はもの凄く多いから、それだけ競争社会だからってことです。ボヤボヤしていたら突き飛ばされます。1回でも失敗したらたちまちクビになりますし、幾らでも代役が居るから興行主は困らないのです。その代わり興行主の目が悪くて、ダメな興行をしようとしたら、たちまち舞台は潰されてしまいます(第10話<NYのオペラハウス>参照)。どんな大金をかけて準備した舞台であっても、一度の上演で打ち切りになってしまう、極端な場合、そういうこともあり得るところ、それが堪らなく僕は好きなんです。特にニューヨークはその切磋琢磨が激しいところ。ある職業分野にPublish or perish!という言葉がありますが、ミュージカルの分野に応用すれば、飛べ!、歌え!、さもなければくたばってしまえ、というところでしょうか。

この点を黒柳徹子さんが指揮者の尾高忠明氏との対談で、下記のように結論づけています。
「ニューヨークは全てが集まっている凄いところ。天才が育つ環境。世界中から人が集まって、しのぎを削るところ。人のいい所を認める素地が町中にある。人の才能を認めることを恥ずかしがらず、勇気をもって発言する人の多いところ。自分のキャリアを重んじるから全てが真剣。ミュージカルだって命がけ。そのかわり、何もない人にとって、あれほど住み難い所はない」

言葉尻がどうであれ、真実の一部をつかんでいます。あくまで元気一杯、健康そのもの、という人達にとって理想郷と言えます。反面、老人や病人にとって、決して住み易い場所ではありません。僕自身はニューヨークに最後に出掛けたのは1999年でした。あとはひたすら海外と言えば欧州ばかりで、最後はパリでした。それだけ自分が老けてしまったのだなあ、と嘆息しています。
コーダ 終えるに当たって
ここまで楽しみながら書きました。ですから自分のことを「僕」と称させて頂きました。ここで正気に戻って「私」と書きます。「42番街」で始まったミュージカル舞台観戦記をネタに、この第42話で全体を終わるのは、作者の意図した通りです。そして42番街というのはタイムズ・スクエアと呼んだ方が分かり易い。再度申し上げます。色々な音楽がありますが、音楽に貴賎はありません。ジャズ・ヴォーカルだって、ムード音楽だって、聴き手が欲するならそれは、その時、価値あるものです。ミュージカルの場合、その音が馬鹿デカイとか、あれでは音質を論じられない、という批評には私も同感ですが、だからって全体を否定せずに、実際に観てみて下さい。一度観てみれば、どういうものか、体が理解しますよ。そしてそういうエンターテインメント性こそ、オペラの源泉みたいなものです。それに私はオペラであれ、ミュージカルであれ、演技者たちの舞台に立とう、という意欲と、その実現に向けて払う努力に敬意を呈します。また私は「音楽学」は分かりませんが、ひたすら楽しいものを追いかけています。原始的な衝動です。

それでも、何となくこれからオペラを観るぞって時と、ピアノ・ソナタを聴くぞって時は、こちらの態度が少し違いますね。交響曲の分野にも感動はもちろんあります。それも巨大な感動が。ただ私自身は今まで、十代のころから、音楽=声楽が中心だったのです。高校生時代半ばには、何とチャイコフスキーの「白鳥の湖」(!)が大好きでした。後年、近所の地区運動会の音楽に適当なものを、と頼まれたことがあります。私は直ぐに「黒鳥の踊り」を採用しました。片足で32回転するグラン・フェッテの音楽。これも良いアイデアではなかったか、と思っていました。でも少し軽かったかな。

そして今、私は今ベートーベンの後期弦楽四重奏曲に熱くイカレております。五味康祐氏の言葉に「しかし(作品)131のこのアレグロだけは、聴け」。五味氏は弦楽四重奏曲よりも、もっと大仕掛けの交響曲「第3」、「第7」、「第9」番の方が上かも知れない、しかし一つだけ選ぶなら、作品131の弦楽四重奏曲だ、と述べております。僕自身はこれに「第8」の第一楽章を付け加えたい(フルトヴェングラー/ストックホルム管弦楽団による、ウッとなる迫力!)。そして弦楽四重奏曲作品131のアレグロと曲想の似たものが何だったかを、乏しい知識をしぼって考えたのですが、それは交響曲「第3」番の第4楽章、開始4分30秒後に数小節現れる音楽でした。今まで何かに書こうとしたのですが、凡庸な作曲家だったら、このモチーフを伸ばしに伸ばして、一楽章分に広げてしまうところ。ベートーベンは惜しげも無く、使い捨てています。何と言う豪気!これと「第7」、「第8」、「第9」との共通点を探ると、足下に火がついたような音楽という点。作品131はそういう曲想を持っていると信じます。私がつたない表現を探るより、五味氏の文才をもう一度借りましょう:「ベートーベンよ、ああ私のベートーベンよ」。

またこれらを再生する装置はどうなるんでしょうか。交響曲に適した装置とか、ピアノに適した装置、あるいはヴァイオリンに適した装置、という風に色々ありますが、それらは夫々専門になさっている方がおられます。ここでは声楽が抜けていると思ったので「近い声」と「遠い声」に分けて紹介してみました。自分が真に満足している装置があれば、それでいいのです。たまたま私は未だ未だ不満足なので、皆様にご相談しつつ改良を加えて行きたいと思っております。一人でもオペラ好きが増えることを願ってやみません。

パリにおけるリザネック、ニルソン、ヴァルナイ
パリにおけるリザネック、ニルソン、ヴァルナイ(A.Varnay with D. Arthur:Fifty-five years in five acts, Northeastern University Press, Boston, MA02115, U.S.A. より)
最後にディーヴァ(女神)達の顔写真を御見せしましょう。パリで約20年前に撮られた写真で、左からレオニー・リザネック、ビルギット・ニルソン、アストリード・ヴァルナイの写真です(第9話<歌手は年を取らない?>参照)。こういうのを見ると、幸せな時代だったなあと思います。
<終わり>  
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