音楽のすすめ 第2章 第7話 リン・ソンデックが欲しい('85-7)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1985年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)当話で米国ではウイルヘルム・フルトヴェングラーの知名度が余り高く無い、という記載をしましたが、これは普通の生活をしている平均的米国人の場合だけに適用されます。平均的米国人とは何か、と言うとまた物議を引き起こしそうなのですが、クラシック音楽にあまり興味の無い人々という意味です。日本だって似たような環境なのですが、日本ではそう雑誌に書いてあった、とか、誰それがそう言ったとかいう風評に弱い所があるので、あまり目立たない。それが米国では自分が興味なければ、全く同情の余地無しという態度を示してくるのです。これより6年前の在米時に、新聞に印刷されたラジオの音楽プログラム欄を調べたところ、まずフルトヴェングラーは登場しませんでしたし、カラヤンもまた滅多に出て来ませんでした。たまたま調べた時期がそうだっただけかも知れませんが、これは日本のFM放送に慣れた私には異様に思えました。フルトヴェングラーは2次大戦時に米国に招かれたのに、受けなかったのが影響しているかも知れません。代わりにユージン・オーマンディとか、ジョージ・セルとか、少し古いフリッツ・ライナー等の指揮者は有名でした。要するに、その現時点でも活躍していて、長命の指揮者であること、これがポイントですね。飽きられたらポイと捨てられるのが米国の指揮者です。今までそういう指揮者が何人いたか、数えられるでしょうか。実際米国には目覚ましい新人が沢山出ています。これを私たちが知らないのが問題かもしれませんね。

日本では古典的大家というジャンルがあって、実際に聴いていなくても、その名前にひれ伏す、ということがあります。その理由を考えると、私を含む古い世代の時代(日本の)には、録音できる人というのは限られていたから、と言えそうです。やっと録音できる(認められて)段階まで来た、という感じ。ですから録音されていれば、それなりに何かがあるはずだ、となるのです。全くの新人では出来ない技だったと思います。一種の事大主義が横行していたような気もします。古くは、クリーブランド交響楽団という名が有名になったセルの時代になっても、日本にはまだクリーブランドという名前は届いていなかったと思います。少なくとも一般には届いておらず、それが邪魔していたと思うのです。米国人のように、現在どうか、という視点も確かに必要なことです。我々も反省を強いられます。その代わり、彼等の多くには(少なくともコルベッツでレコードの買物をする層は)、フルトヴェングラーの名前も行き渡っていないという事態が生じていると思います。実際Cはアストリード・ヴァルナイという稀代の名ソプラノの名前を知りませんでした。どちらもどっちです。長続きし、しかも人気のある指揮者や演奏家になるには複雑な条件を通過する必要があるようです。

この章にスタックスが出て来ますが、私の持っているスタックス社のコンデンサー型ヘッドフォンは4種類です。最初に買ったのがSR-Xという型番で、続いてSR-Σ(全方向に舞台の広がりが聴こえるというのが売り物)、SR-Λ、そして内耳骨共鳴を用いたインナー型です。私がそれで最も好きなのはΛ型です。これが一番良い。X型は分解能が素晴らしいが、何でも分解してしまうので、それが気になると音楽がおろそかになりそうです。内耳型のは良いと喧伝されましたが、電池が2時間しか持たないので、長時間のオペラには向きません。それに持ち出して聴く時なら音質なんて気にしないで楽しめる方が良いのかな。Λは完成度が高くて、現在の最新型と比べても遜色なし。

私は静電型コンデンサーだけでなく、一般の電磁型ヘッドフォンも持ってはいます。例えばゼンハイザーの特価品やビクターのもの、また現役ですがベイヤーのもの。このベイヤーというドイツのメーカーは、今ではベイヤー・ダイナミックと名称も変りました。私のはDT-931ですが、こういうタイプの古いものは、アンプを選ぶような気がしています。国産の某アンプでは中音域が薄いというか、あまり厚くなく、従って音も熱いものになりにくい、という情けない状態です。先日友人のNさんがお見えになった時に色々と聴き比べをやりましたが、その結果は純粋に音を楽しむならスタックス、そしてゆったり楽しむにはNアンプに繋いだNさんのゼンハイザー(一緒にお持ちになった最新のもの)ということになりました。でも、タンノイを鳴らす時とスタックスを耳に掛ける時では、音楽の聞き方や曲種にも差があるようです。コレは強調したい。タンノイで素晴らしいと思っても、スタックスではそうでも無いことがあります。あえて類型的な分類をすると、実況録音ではタンノイ、検盤ではスタックス、となるでしょうか。なお、この章での書き方を今改めて読むと、少々キツ過ぎるところがあります。今だったら、もう少し穏やかな表現をしたでしょう。言い訳じみていますが、あくまでこれば20年前の日記です。

(以下は1985年より収録)引き続き、ここではKが私自身、Cは友人、Myはその夫人を表します。



(4月5日の続き)
彼のレコード・コレクションの中にはジョン・ケージまではいっているのだ。鍵屋氏なみだ。
K「ケージといえば『4分33秒』という曲があるだろう?」
C「ああ、ただの沈黙の4分33秒だろう?僕でもうまく演奏できるわけだ」
この話を知っているというだけでも、彼の物知りだということが分かる。ピアノの話が続く。アンドレ・ワッツの話だ。大変アメリカ的なピアニストだから大好きだという。僕も6年前にカーネギー・ホールでラフマニノフの2番のコンチェルトを聴いたことがある。一度だけだから軽率なコメントはできないが、びっくりするようなものでは無かった。音が小さくてオーマンディ=フィラデルフィア響に消されがちだった印象が残っている。あとアルフレード・ブレンデルを好きだと言うから、以前嫌いだと言っていたではないかと問うたら、忘れたと言う。僕はエイブリー・フィッシャー・ホールで聴いたブレンデル/メータ/ニューヨークフィルのコンサートで彼のモーツァルトにいたく感心したことがある。文字通り珠玉を転がすような美しい響きだった。その良さを分かって呉れたのは嬉しい。僕自身がピアノの稽古を細々とやっていることも言った。
K「でも、一年かけて1曲しか覚えられないんだよ」
C「僕よりましではないか」
Cもかつてピアノの練習をしていたそうである。

K「僕はモーツァルトに興味がないわけじゃないけど、聴くチャンスがなかなか無いんだ。新しいレパートリーを作るのは大変なんだよ。モーツァルトではクラリネット五重奏曲は例外的によく聴くけどね。あれは大好きなんだ。前にジェリーがベニー・グッドマン/ボストン響のものを勧めてくれたので買ったんだが、始めは良いと思ったものの、結局はウラッハ/コンツエルト・ハウス管弦楽団のものに落ち着いた。ウラッハが最高だと思う」
C「ウラッハって知らない。どういうスペルだい?」
彼はペンギン・ガイドを出して調べ出す。この本には良いレコードは全て網羅されているはず、と言う。しかし、どうやってもウラッハは見つからない。
C「ひょっとしてモノラルじゃないの?」
K「そうだよ」
C「モノラルはここには出ていない」
K「そりゃ残念だ。覚えておいて欲しいな、ウラッハ!」
C「レコード・レーベルは何だい?」
K「ウエストミンスターさ」
驚いたことに彼はウエストミンスターを知らなかったと言う。モーツァルトが好き、室内楽が好き、という人がどうしてウエストミンスターを知らないんだろう、と不思議に思う。
K「ウエストミンスターというレーベルは『さまよえるウエストミンスター』というあだ名があるくらいで、販売会社があの会社、この会社と転々としているんだ。今はまた廃盤中かも知れない」
C「そういう種類のレーベルがあるってことは知っているよ。大概、何か録音に問題があるんだ」

とんでもない、ウエストミンスターのレコードは立派な物ばかりだと抗議したが、何しろ知らないのだから議論にならぬ。
K「オーケー、C。今度僕がニューヨークに来るときはウラッハのウエストミンスター盤を持って来てあげよう。それまで買わないで待っていてくれよ」
C「僕は多分、テープでその曲を持っていると思うよ。随分前に作ったテープ・リストがあるけど調べてみよう」
彼は古いノートを取り出してモーツァルトの項を調べる。ノートにはぎっしりと曲目と演奏家がタイプしていたが、聴いたこともない演奏家のクラリネット五重奏曲が見つかった。今聴いてみたいか、と尋ねられたからイエスと答える。その演奏は批評する気力も無くなるような代物だった。ヒラメキの全く感じられない演奏だった。C自身も気が乗らなくて、この曲をバックグラウンド・ミュージックとして流しながら別の話を始めてしまったくらいだ。もう深夜1時を過ぎてしまったので、お開きにすることにした。
C「ゆっくりお休み」
と言って彼は階上の右の寝室へ、僕は左の寝室へ入って行く。くたびれた1日だった。

ベッドの中で色々と考える。Cは自分の装置にまだ不満だと言っていた。プレーヤーが最も不満のようだ。日本のナカミチがレコードの偏心を補正するプレーヤーを出しているのは知っているが、偏心にこだわっても仕方がない、と言う。それでリン・ソンデックを切望しているのだ。でも、C、違うんだよ。君の言うプレーヤーなど問題じゃないよ。君のレコード棚をみてごらん。曲目だけは沢山並んでいるけれど、凡庸なものが余りにも多いのに気づかないのか。もっと演奏に気を配らなくてはいけないと思うよ。君は原則として一曲に一枚のレコードしか買わないらしいが、それならなおさら演奏は厳選すべきじゃないか。ターンテーブルだの、カートリッジだのをグレードアップしても、つまらないレコードを掛けたのじゃ何にもならないではないか。君はフルトヴェングラーも聴いたことが無いと言う。物知りであることが偉い訳ではないけれど、音楽好きを自任する者がフルトヴェングラーで聴いたことが無く、ウエストミンスター・レーベルも知らず、あのつまらない演奏のクラリネット等に囲まれていては!



4月6日(土)
前夜、雨を気にしていたのだが、目を覚ましてみると良い天気になっていてほっとした。窓の外を見ると背の高いオークの木の幹をリスが昇り降りしている。彼ら夫妻が起きているとも思えないので、音をさせないようにそっとトイレに行ったり、部屋の本棚を覗いたりする。『子供のできない人のために』という種類の本が2?3冊ある所をみると、彼らに子供が居ないのは欲しくないのではなく、できないのか。9時頃になって下へ降りて客間の飾り付けを眺めていて、ふと写真に気がつく。Cの子供の頃のもの、Myが兄妹と一緒に撮ったらしいもの、Myの花嫁姿のもの等、古い白黒写真がテーブル上に飾ってある。Cはギリシャ/チェコ系だから一目でそれと分かるが、Myの写真を見て彼女のご先祖のことを考えた。そう言えば彼らはメキシコ・シティやチェチェン・イッツァに行ったと言っていた。その時Cが本当はマチュピチュ(インカの遺跡)へ行きたいんだ、と言っていた。

居間の方へ移り、そこに転がっている雑誌や新聞を覗いていたらCが降りてきた。
C「いい天気になって良かったよ。夕べ、ひょっとすると今日は雨風でひどい一日になるんじゃ無いかと心配していたんだ」
紅茶を入れてくれたので、それを飲みながら昨夜の話の続きをする。
C「考えたんだけど、君の言うことが正しいのかも知れない。つまり、古い録音や欠点のある録音のレコードを聴くときは、音それ自体を聴くんじゃなくて、頭の中で色々補正したり抜けている所を埋めたりして音楽を聞き取るのは、うなずける点もあるよ。」
それが分かってくれればいいのだ。
C「ところで君の装置はどうだい?」
K「あれは独身時代に買ったもので、結婚してからは新調が難しい。皆古くなっちゃったよ。それを思うと君たちは贅沢な暮らしをしているねえ」
C「そりゃ子供が居ないせいさ。子供は金が掛かるんだ。我々は二人とも働いているし、あれもこれもとは行かないよ。何かを犠牲にして生活を維持しているんだから」

Myも降りてきた。彼らの朝食は簡単なシーリアルだった。各種のものがあって、どれがいいかと尋ねるのでつい先日TVのコマーシャルで見たものを指差した。コマーシャルは有効だと思う! シーリアルに、缶詰の黄桃と牛乳を掛ける。
C「実は前に、君が帰国したあとだが、中国人がYYY機構に来て2年間滞在したんだ。彼はマオタイ酒を呉れたんだ。多分高価なものだろうと思ったから、別の時にお客に出したんだよ。ところがこの匂いをかいだら、どうしても飲めなくてね」
といってマオタイ酒のビンを差し出す。どんな匂いか試すつもりで、ふたに手をやったら、すごい匂いだから気をつけて、と二人して叫ぶ。
K「これは砂糖を入れて飲むのさ」
と僕はうろ覚えの老酒の飲み方を教えたのだが、間違ったかも知れぬ。しかし彼らは無邪気に
C「ああ、それで分かった。正しい飲み方をしなかったから飲めなかったんだ」
等と言う。東洋の食品をプレゼントするのも考えものだ。

そのうちMyとCは次の買物の品について議論を始める。Cは僕に同意の応援を求めてくる。
C「そりゃ無理だよね、K。Myは家具を欲しいと言いつつ同時に観葉植物も欲しいって言うんだよ。もう家具に決めてあるんだから、それ以外はダメだよ」
M「自分だってリン・ソンデックのプレーヤーが欲しいなんて言うくせに」
C「君の植物代でリン・ソンデックが2台買えるさ」
K「まあ二人とも贅沢を言うんじゃないよ。こんな立派な家に住み、素晴らしいステレオもあって、あと何が不満なんだ?僕なんか何も買えないんだよ。この間やっとスタックスの箱型のヘッドンフォンを買ったけどね」
C「ああ、スタックスのヘッドフォンは知っている」
K「あれは確かにいいよ。前もスタックスを使っていたんだけど、またその性能に十分満足していたんだけど、今度の新製品を一度聴いたらもう前のは使えなくなっちゃった。ただ、欠点としては余りにハイファイなのでレコードの欠点がモロに出ちゃう。傷物のレコードが楽しめなくなるんだ」
C「僕のダルキストと同じじゃないか。君のプレーヤーは何?」
K「マイクロさ、日本製の」
C「マイクロ精機か。あれは高いんじゃないの?鉄の塊みたいなのに2本アームがつくやつか?それとも3本足のものかい?」
どちらでもない、僕のはもっと旧い時代の15年前の製品だ、もうノイズに悩まされている、とこぼした。

C「K、君は一つの曲を色々な演奏で聴いたり、繰り返して聴いたりするタチなんだな。だから、もし君が『トリスタンとイゾルデ』にそれほどのめり込まなかったら、もっとモーツァルトのピアノ協奏曲を聴く暇もあったというわけかな」
K「僕もそう思うよ」
C「ワーグナーは長いからな。6時間、いや5時間?」
K「平均して4時間だよ」
C「4時間も要すれば十分さ。僕はもっとモーツァルトを聴きたい。ワーグナーは縁遠いな」
(続く)


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