音楽のすすめ 第2章 第11話 プリンストンでの会話(’85-11)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1985年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)以下には、私がプリンストン在住の日系MB家を訪問した時の記録が含まれます。彼等は既に米国籍を取っていますが、一つの社会層として興味深いと思います。

Mr&Ms夫妻の2人の娘達は全く日本語が話せない、その意味ではすっかり米国人になっているのですが、彼等のニューヨークへの憧れが伺えます。Mr氏から聞いた日本のTUK大学の人事の話は、もちろん一部省略。デリケート過ぎます。もうひとつ、Mr氏が知人を尋ねて5番街の高級アパートに行く話がありますが、そこで見聞きした内容、こういう話はつきものの様です。大変だなと思いました。

プリンストンで思い出すのはその地でロシア人達とも会うことが出来たこと。アラ・ソレンコワ(「音楽のすすめ」第32話<弱声のベルカント>参照)のことは以前に話しましたが、それを別にしてもロシア人というのは歌好きです。この旅のずっとあとになりますが、英国のファーンバラというロンドン郊外でCOS会議が開かれたことがあります。そこで恒例により親睦パーティが開かれたのですが、その時初めて見た顔に、ロシア人女性の顔が2つありました。彼女らは歌を歌えと言われるのを、今や遅しと待っている様子。傍目にも明らかでしたが、始まったら歌が止まらない。まるで日本のカラオケ好きみたいでした。私もWWW大学教授も、早々にその場を失礼しました。私はカラオケと聞くと後ずさりしたくなるクチです。何故と言われれば、拍手を強要されるような気がするし、余り楽しくないし。と申しましたが、そういう本人が国内で歌ったことが何回かあります。最初のカラオケは古いポール・アンカの「ダイアナ」の英語版です。中学生時代の覚えたものがまだ頭に残っていました。あとは女声ヴォーカルを3回ほど。

ファーンバラでは各人は別々のホテルでした。私のホテルは個人経営の小ホテルでしたが、ふと壁を見やると何とマリア・カラスの「ノルマ」のポスターが掛かっていました。これは素晴らしい、と近寄って調べましたが、特に理由はないようでした。もう少し古い話ですが1984年の欧州旅行の際、ハイデルベルクで昼食を取りました。その時、壁には「椿姫」の舞台写真。それが第2幕の写真か、あるいは第3幕の写真か気になったので尋ねてみたら第2幕のものでした。ハイデルベルクの街はあまり印象が残りませんでしたが、このレストランのことは良く記憶に残っています。オーナーが言うには、これは最近あった新演出なんだということでした。何処にも同好の士はいるんですね。だからこそ、オペラを趣味に持って良かった、と自らの幸せを噛み締めました。こういう話だとペラペラ言葉も飛び出して来ます。やはり、「好きこそものの上手なれ」なんだと思います。このあと、ケルンから一人夜行列車に乗ってウイーンへ行きましたが、同席したのはオーストリア人2人。飲んべえでしたから、私も酒盛りの仲間入り。私の泊まる予定のホテルがブリストルだと告げたところ、お前さんは金持ちに違いない、と飛んでもないことを言うのです。そうではないと説明しましたが、もの凄く楽しい車中の一夜でした。好きな音楽の話題だったからこそ。翌朝早く、私のベッドに挨拶して、彼等は降りて行きました。

またここで、CとWlにタワー・レコードを紹介される場面が出て来ます。当時はまだ日本でタワー・レコードは営業しておらず、2〜3年後に渋谷にオープンしました。これも今ではありません。


(以下は1985年より収録)さてニューヨークに戻ります。ここでKは私、Cは音楽仲間、Ir、FE、KMはYYY機構の友人、KeはYYY機構のPPP部長、VolはYYY機構所長、Glは同副所長、HNaはYYY機構の所長室秘書、Mrは日系の教授、Msはその夫人を表します。



昼休みにCが部屋を覗きにくる。僕は丁度JFに借りたハイファイ・ニュースを読んでいるところだったので、彼も覗き込む。
K「これは借り物だけどさ、ここを見てご覧よ。すごくほめてあるスピーカーがあるよ」
アポジー製のリボン・スピーカーの解説記事を指差してみせた。最上級のほめ言葉で賛美してあったのである。
C「K、ところでタワー・レコードって店知っているか?」
K「いや知らない」
C「ニューヨークでレコードを買うときはどこで買ってるの?」
K「前はコルベッツ、このあいだはリンカーン・センターで買ったけど」
C「リンカーン・センターは何でも高いよ。タワーレコードはコルベッツより量も多いし、ずっと安いんだ。正規のレコード部の裏に廃盤とかのバーゲン盤があるんだ。日本のレコードは随分高いんだろう?あそこで買えば安く済む。もし行く気があれば場所を教えてあげるけど」
是非頼む、ということにした。午後はIr嬢を訪問。彼女はGlよりさらに小柄な感じがする。聞いてみると彼女はクイーンズに住んでいるという。住所から判断するとフォーレスト・ヒルズの辺りらしいから、その暮らしぶりは見当がつく。ニューヨークの庶民である。

YYY機構では職員の出張の可否は所長の裁断で決まるそうだ。米国は広いため旅費がかさむから、年の前半に2つも会議に出席すると、後半はあきらめなければならないと言う。当然、発表者が優先するわけである。
Ir「少し前にコロラドで会議があったんだけど、私とCとWlとKeの4人が参加希望を出したの。でも結局、Cと私の2人だけが認められました。2人は発表者だけど、Keはただの見物人だったから」
つまり部長と言えども発表する訳でもないのに出張したいという要求は却下されるわけだ。多分、Gl女史が裁断するのであろう(当時本当の所長はVolだが留守がちだったので、まだ副所長だったGlの采配が効いたのである)。にこやかに、しかし厳しく。
K「外国へ行く場合はどうなの?ワクの制限はあるの?」
I.r「一つの部から、毎年大体1人は海外旅費が貰えるわ。でも順番ね」

午後は早めに切り上げた。今日FEがどういうわけか小さな男の子を連れてきているのを知っていたが、2人そろって廊下を歩いている所にぶつかる。
K「お子さんですか?」
FE「そう。アレクサンダーと言うんです」
K「アレックス!いい子だ」
お世辞を言って飛び出す。ワシントン広場の横を通って、レキシントン・アベニューへ向い、途中でタワー・レコードを探したがどうにも見つからない。

4/10(水)
午前中は再び金曜の公演の準備をする。スライドを整理し、話の順番を決めた。そのあとKMの部屋へ行き、YYY Procedures Mannualを入手できるかどうか尋ねた。これも日本のXXX機構で依頼された件の一つ。
KM「もちろんあるけど、すごく厚いものだよ」
K「できれば一部貰いたいんだよ」
KM「全部かい?」
K「できればね」
KM「それじゃ、手続きするのを手伝ってあげよう。所長秘書のHNaが送付担当なんだよ」
彼は僕を連れて大年増の秘書のところへ行った。KMにお礼をいい、ふと思い出して尋ねてみた。
K「ところで君のところのグレゴリー君は大きくなった?」
KM「ああ、こんなに!」
うれしそうに手を高く掲げて、子供の背の高さを示す。

3時半ごろYYY機構を出てポートオーソリティへ向う。プリンストン行きのバスストップは下調べができているので全く問題なし。420番売り場から始発に乗り込んだ。この巨大なバスターミナルでは地理を知らないと大変な目にあう。往復切符で割引されて9ドル65セント。ハドソン川をくぐるリンカーン・トンネルを抜けて、ガランとした感じのニュージャージーを走る。ホテルで見たTVで、女優のブルック・シールズが「ニュージャージーに住みましょう」と呼びかけているのを見たが、人集めでもしなければ開発されないのだろう。ヨーロッパもアメリカも、都会を一歩でも出るとただ荒涼と広がる空き地しかない。日本みたいに切れ目なく、家並みが続くのとは全く様相を異にする。

プリンストン・アベニューで下車すると、Mr&Ms家はすぐに思い出せた。この辺りでは割と貧弱な部類に入るのだ。ドアに現れたMs夫人は、相変わらず木彫りの人形みたいな顔でニコニコしていた。
Ms「あら、お一人だったの?もう一人見えるかと思っていたのに」
ご主人のMr氏は髪が全体に白くなっていたが、昔通り黄色い声を響かせていた。7年前に始めて訪問した当時はMr&Ms家はプリンストン大学のゲストハウスからこの家に引っ越して間がない頃だったせいか、家全体の手入れが不十分な気がしたが、今やすっかりこぎれいに整頓されている。玄関ホールにはMs夫人の趣味である機織り機がさり気なく置かれている。ロシア人夫妻らとパーティをやった部屋も以前よりずっとアカ抜けしていた。そこのロッキング・チェアでMr氏と2人でビールを飲みながら日本の話をする。
Mr「どうもアメリカは競争が激しいために、うっかりすると寝首をかかれる恐れがあるんですよ。その点日本はゆったりしていいですな」
これは皮肉だろうか。Mr氏自身はもうアメリカ永住権を取り、すっかりアメリカが身に付いてしまったように見える。
Mr「僕のここでの身分はちょっと変ってましてね。プリンストン大学で教えてはいるんだが、身分上は合衆国政府の公務員なんですよ。給料はワシントンから貰ってるわけ。もっとも何で僕がExecutive Managementなんだかさっぱり分からない。マネジメントなんか何もしていないのに」
そう言いながらも嬉しそうだ。言ってみれば理事に相当する身分なんだろう。

Ms「TUK大で講義するために一緒に日本に一時帰国したんですけどね、とっても素晴らしい待遇でしたよ。TUK大学のゲストハウスというのが白金台にあるでしょう。あれが新しくなったばかりで申し分なかったし、国内の旅費も出ますし」
Mr「コンピュータの計算費まで出たんだけど、必要ないから他の人にやってしまいましたよ」
何てぜいたくな。
Mr「何しろふんだんに費用が出る。米国へ帰るための準備費というのが殆ど無制限なんですよ。何個荷物を送っても可、というんです。家内なんかバケツまで送ったんですよ。デザインが気に入ったと言ってね」
要するにMr&Ms夫妻は米国籍だから、外国人を招聘する際の基準に従って待遇されたのだろう。何のかのと言っても日本は相変わらず舶来崇拝、外国と外国人には弱いのさ。

Mr「TUK大へ行って思ったんだけど、どうしてあんなに難しい講義をするんでしょうかね。あれ、皆理解しているんでしょうか。僕なんか学生時代に全然分からなかったけどね。もちろんクラスに何人かはメチャメチャにできる学生が居たけれど彼らの現在の運命をどうなっているんだか知らない。あれだけできた人が今は何をやっているんだろうね」
Mr氏の話はTUK大の人事に及ぶ。YK氏が急死したあと、NY氏が後任の教授になったものの、NY氏は世界に全く知られていない、あれは論文を書いてないからね、と批判。
Mr「誰に会ってもNYって誰だ?と首をかしげるよ。教授になるために大急ぎで論文を急造してましたけどね」

夜がかなり更けてからMs夫人が地区の夫人達のサークルの集まりがあって、彼女が当番だったから、ちょっと近所の家にお菓子を持って行ってきます、と言って一時中断した。Mr氏に言わせると夫人は色々なサークルやクラブに入っていて、お菓子作りの会だの、花を愛でる会だの、テニスだのと大いに生活を楽しんでいるのだ、と言う。玄関にあった機織りもその一つで、草木を用いて自分で染色して布を織るのだと言う。そのうち夫人がニコニコして帰ってきた。
Ms「まあ、とっても綺麗なオーキッド(蘭)でしたよ。あんな素敵な花を初めてみましたわ」
Mr「娘達が居たのを覚えていますか?」
K「ええ、パーティの時にピアノで「スティング」を連弾して呉れましたね」
Mr「そんなことまで覚えていましたか。彼女達2人ともエール大学に行っているんですよ」
K「それは素晴らしい、エールとは!でも地元に立派なプリンストン大学があるのに、なぜわざわざエール大学まで?」
Ms「いや、やはりプリンストンじゃイヤだって言うんです」
K「何を専攻されて居るんですか?」
Mr「経営学です」

なるほど、了解した。現在アメリカで最も幅を効かせている経営学修士を取るつもりなのだ。そういう実用的な分野ではハーバードやエールがふさわしい。プリンストンのもう一つの偉大な研究所、プリンストン高等学術研究所(Institute of Advanced Study)はアインシュタインが活動したところだが、ここは紙と鉛筆と沈思黙考で全てを生み出す。つまりプリンストンの風土は実益指向とは最も遠いところにあるのだ。
Ms「上の娘はもうすぐエールを卒業しますけど、そのあとはウォール・ストリートに勤めるって言ってます。そして憧れのニューヨークに住むんですって。前からニューヨークに一人で住みたいって言ってましたのよ。そして結婚はしないって言うんです。でも同棲してもいい、なんて言っていますわ」

4/11(木)
朝食はダイニング・キッチンの方でとった。
Ms「親戚の中にニューヨークのFFF銀行トラストの頭取がおりますの。商売のためだからって5番街の高級アパートに住んでしょっちゅうパーティをやってお客を呼んでいます。私たち、はじめそんなところに住んでいるとは知らなかったものだから、そこの娘さんを我が家に一度招待したことがありますのよ。そしたら、あとで招待されてあちらに伺って!なんて凄い生活だろうってびっくりしましたわ」
Mr「知名人をパーティに呼ぶのも商売のうちのようですな。オペラ歌手のパヴァロッティと交際があります、なんて吹聴するのも宣伝の一つになるようです」
そりゃ確かにすごい。ルチアーノ・パヴァロッティはオペラの世界では1回10万ドルをとる世界一のスーパースターだから。サザーランドより、ホロヴィッツよりギャラの高い唯一のクラシック演奏家である。

Mr氏と別れたあとはプリンストン大学の生協に行く。以前に来た時は所持金が乏しくて、リネンを2枚しか買えなかったのだ。今回は書籍部をゆっくりと時間をかけてまわった。有名なFの書いたTHDの教科書を一冊と、あと自分用に本を2冊、XXX機構のIS氏のために軽い本を2冊。その内の一冊はあとで考えると大変な題名と内容のものだった。人のためとは言え、よく買えたよ。EMS学の本が欲しくてあちこち探したのだが、ついに望むものがみつからず。ここの書籍部にはプリンストン大学の教科書コーナーがあって、各クラス毎に指定教科書が山積みされている。不思議なことにMM学の本はあるし、MMWの本もあるのだが、日本でおなじみの「EMS学」の本が見当たらないのだ。PPP関係のクラスのどのコーナーも何度も調べたのだが、ついに発見できなかった。その代わり、STA学の本とコンピュータ関係の本は星の数ほどある。RTH理論やBBを扱うCOS論の本が目立つのはさすがプリンストンだ。どこかのクラスの指定教科書にワーグナーの『神々のたそがれ』のピアノ・スコアがあったが、何に使うんだろう?美学の授業でもあるのだろうか。

(続く)


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