音楽のすすめ 第2章 第25話 メットに行く(’86-9)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1986年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)ここで、少し複雑な奸計が分かります。日常生活は楽しくもあり、激しくもあるのですよ。ここでメットで観たのはロッシーニ「アルジェのイタリア女」でした。この曲は別の所でも観ましたし、自宅でLDでも観ていました。ああいう喜劇を時々重厚壮大なワーグナーの音楽の間に混ぜておくとホットします。勿論ケルビーニ「メデア」のような激しい曲が打ち続く時も、その中間で聴くのに相応しいと思います。結局、失礼ながらロッシーニの価値というのはそういうものではないでしょうか。ロッシーニの音楽そのものを聴きたい、とか観たいとかではなく、気分を変えるための音楽。正直言ってそう思いました(あくまで私の趣味として申せば、です)。

そして、例えば分析化学を専門にする方々は、学生に各自の専用机を用意するなんて思いも寄らないことだ、と申します。ちょっと文献を調べることはあるでしょうが、読むヒマがあったらもっと実験をやれ、と言われるそうです。この点は物理専攻の人々と大きく違いますね。物理には理論物理という大きな分野があるからでしょうか。YYY機構にも個室を持っていた私と、机も無かったCheの違いもその種のものだろうと思います。これは物理と化学の持つカルチャーの違いのように思います。人はそれぞれに自分の最も慣れ親しんだカルチャーを当然と思っていますから、それと異なるカルチャーを見ると、驚きであり、新鮮でもあるのですよ。どちらが良いという話ではなく。






(以下は1986年より収録)ここでKは私、H、Jo、Av、JF、C、Ir、PCは同僚。またCheは中国の同僚、RYは日本のXXX機構の部長。







Hがまだ製図に四苦八苦しているのを冷やかす。
K「Hの計算コードを解読しているんだけど、難しくてね」
H「他人の作ったものを解読するのは自分で新規に作るより面倒だろう? むしろ、基本的な物理学だけを拾って、あとは自分で作った方がいいと思うよ」
K「実際、あのコードで僕は頭が痛い」
H「僕なんかもっと頭が痛い。この製図がうまく行かなくて」
Hは文字だらけの原図を作っていたが、僕がそれを覗き込んでいると
H「おいおい、間違いなんか発見しないでくれよ。やっと作ったんだから」

実験室でJoに声を掛けた。Joは言葉に少しなまりがある。発音が風変わりなのだが、人好きのする男だと思う。彼はコンピュータの前に座って統計解析をやっていた。
K「君の使っているコンピュータの場所に前はカード・パンチャーがあったんだよ。僕も大いに使っていたけど」
Jo「今はカードは使わないもの」
K「君も今はコンピュータのエキスパートなんだろ?」
Jo「とんでもない。何も知らないから初歩から勉強しているわけ」
彼とは仲良くできそうな気がする。

Adの部屋も訪れ、先週ウイーンであったばかりのUN委員会の話をする。XXX機構のRY部長ともウイーンで会ったと言う。RY氏はAdはフランス人であまり背が高くないので引け目を感じなくて済む、と日頃から言っている。
Ad「もし読みたいなら、ウイーンのUN委員会の原稿を見せてあげるよ。コピーをとってもいい(本当はまだ秘密資料のマークが押してある)。ただし僕の書き込みが一杯ついているけどね。今日は自宅に置いてあるので、明日持って来てあげよう」

午後、JFに会いに行く。
「BBB部の部屋に中国の女性が客員として来ているでしょう?彼女に会ってみたいけれど」
JF「何か用事でも?」
K「いいえ、ただ挨拶したいだけ。彼女はもともとXXX機構の僕のところに来るはずだったんですよ。それをキャンセルしてYYY機構に来てしまったんです。それでその人に興味があるわけ」

JFはうなづいてBBB部に連れて行ってくれた。中国の女性は入口近くの机を貰って仕事をしていたが、この時になって初めて、このBBB部とPPP部の違いに気づく。つまりPPP部は個室制が確立され、たとえ僕みたいな短期のゲストでも個室を貰えるのに、BBB部の方はコーナーを貰うだけなのだ。Cheという名の彼女は恐縮した様子で僕を迎え、弁明する。
Che「私は日本語ができませんし、外国語は英語だけですのでYYY機構を選んだんです」
K「そんなことは構いません、別に問いただしに来たのではなくて、挨拶に来ただけですから」
彼女の英語は日本人からすれば安心して話せる程度のもの、つまりそれほど速くも、巻き舌でもない。見ていても気の毒なほど気を使っている様子が伺える。
K「今、XXX機構では僕のお隣の部屋に中国のCXXの副所長のKm氏が一年ほど滞在しています。お知り合いでしょう?」
Che「ええ。手紙で彼はXXX機構に行くと知らせてきました。」
K「12月に中国に帰られる途中、もしできたらXXX機構に寄って下さいな。彼にも会えるし」
Che「ええ。でもその前に中国政府に相談してみなくてはなりません。もし許可が出たらそうします」
連絡用の名刺を交換した。

退所時にCが僕の部屋をちょっと覗く。
C「本当はきのうか、おととい、一緒にタワーレコードに行こうと思ったんだけど、あの雪や雨だろう?明日は『秘書の日』でビジネス・ランチがあるから金曜日の昼休みに行こうよ。さて僕は列車を逃がさないようにもう帰らなくっちゃ」
と言って大急ぎで帰って行った。本当はまだ4時半を少し過ぎたばかりなのだが、遠距離通勤をしている職員の多くは4時半に帰る例が多いのだ。家庭で過ごす時間を1時間でも多くしよう、という基本的な発想は、まだ日本では多勢を占めていない。

YYY機構から地下鉄RR線経由でカーネギーホールへ行ってみる。何かないかと思ったのだが、何もない!今晩はインド舞踏があるらしく、サリーを着たインド女性が2ドルの切符を売っているだけだった。今回はカーネギーホールはお休みしよう。歩いて7番街を南下する途中、旧アベイ・ヴィクトリア・ホテルのビルが新装改築されたのを覗いてびっくりする。なんとホイットニー美術館の別館に生まれ変っていたのである。閉館ぎりぎりだったけど、とにかく中に飛び込んだ。まだ展示物は少ない。アメリカの現代美術の専門館である。

夜8時、再びメトロポリタン・オペラへ行く。今晩の出し物はロッシーニの「アルジェのイタリア女」。レヴァイン指揮、ゲイル・ダビンバウムのイサベラ、アラ・バーバリアン(何と言う名前!)のムスターファ、ポンネルの演出である。喜劇であるために大変楽しい演出であり、軽やかな音楽である。オペラの一面である娯楽性がくっきりと出ている。ダビンバウムは特別に感銘を受けるような歌手ではなかったが、十分にチャーミングなメゾ・ソプラノであった。そう言えばフランス人はソプラノよりメゾ・ソプラノを好むと言うが、一度その心理分析をしてみる必要がある。有名なフランス・オペラは殆どメゾ・ソプラノを主役としている。カルメン、ミニヨン、サムソンとデリラ、ウエルテルその他諸々。

いや今晩はイタリア・オペラであった。ムスターファ役は喜劇的要素を十分に生かした歌唱で、これも面白かった。イカサマのパッパタッチの場面で、ムスターファが食べるのはスパゲッティで、エルヴィラがチーズをおろしたのを振り掛けていた。初めて見たオペラだが、これはおすすめ。座席はカルメンの晩の時の僕の席を右側に移したような位置で、前から3分の2。これが35ドルとはお得だったと思う。なじみのファミリー・サークルにも昇ってみた。

4/24(木)
一仕事を済ませて玄関に入る時、Wlに会う。
自分の部屋でHの計算コードの解読に苦しんでいるとCがやってくる。
C「きのう言った『秘書の日』のランチ・パーティのために前金を集めているんだが」
K「15ドルか、それとも20ドル?」
C「普通は15ドル。Boはビールをうんと飲むつもりだから20ドル払ったけど。あとで清算するつもり」
K「君が一人で幹事をやっているの?」
C「うん?何となく一人でやっているみたいだね」
どうもIr嬢も幹事みたいな気がするが。

つづけてPC女史が現れた。
PC「これはKの為に焼いたケーキなの。昨晩作ったんだけど、100%ナチュラルよ。保存剤も何も入っていないわ。お茶の時間にでも食べて下さいな」
ケーキはアルミ・ホイルに包んであった。礼を言って取っておいた。これじゃ今日は栄養過剰になりそうだ。

(続く)


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