音楽のすすめ 第2章 第27話 音楽会のゴシップ(’86-11)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1986年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)このような毎日です。余りに次期部長につい強調しているようですが、それによって全体の方向が決まるからです。結果的にWlが次期部長になり、またHは別の部署に移りそこで部長を務めました。またGlはYYY機構の所長になる等のそれぞれプロモーションがありました。もっともらしい配置です。ただHは本来のことを考えると惜しい気がしましたが、そう考えていたらWlは亡くなり、GlはYYY機構を出て行ったので、HはYYY機構の所長代行になりました。ただおもしろいことに、アメリカでは○○代行というポストに対しては報酬が増える訳ではないようです。その点はCが良くぼやいておりました。ずっと後年ですが、Glの経歴を見ますと、彼女はうんと若い時代からワシントンに認められ、いわば大統領から「将来を約束された立場」にある女性でした。彼女が日本に来た時も、XXX機構の役人達から彼女をXXX機構の所長として遇するべきか、それともAES会長として遇するべきか、という質問を受けたことがあるのを思い出しました。

これだけ著名な人達がゴロゴロしていた時代ですから、YYY機構の名前は有名でした。実際私の後でニューヨークに行ったMF氏が私に漏らした話で、当時では昔日の面影が薄くなっているけれど、という疑問に対し、「それはKが居たころは、側に有名人が一杯いたからですよ」というコメントを呉れたことがあります。そんなものかな、と思う所です。現在のYYY機構は規模が2/3に縮小され、スペースも縮小されひっそりと生き続けています。担当する役所もEEE省でなくHS省になりました。そこに残されたハードウエアには今なお世界をリードする分野がありますが、それがさらに発展するかどうかは、別です。現在は私の後輩がそこに出入りしています。彼は変動の狭間に行った人で気の毒なこともあったようですが、今は幸せにしています。またKeのあとを継いだ`PGはキャラクタが少し違います。PGは自然の動物(鳥)の写真をとることを趣味としています。その彼がどうするかが今後の運命に影響するでしょう。部長代行をCとKMが交替で努めていましたが、無償だそうで、気の毒でした。






(以下は1986年より収録)ここでKは私、Cは友人、Myはその夫人、Wl、JF、Bo、FE、Hは同僚。HyはYYY機構の前所長、KeはPPP部長、Haは僕の妻を表します。







タワーレコードの直前で、オーディオ・ショップに入ってみる。ショウ・ウインドウにナカミチのレコードプレーヤーが展示してある。中古品でありながら3,000ドルもする。店の中にもナカミチのモデル1000のカセット・デッキがあって、Cはあれを買おうかと思っていると言う。
C「カセット・デッキは2台持っているんだが、1台はもうダメなんで、もう一台欲しいんだ。前のはデンオンだが、変なノイズが入るんだよ」
K「ナカミチを買うんなら今が最後のチャンスかも知れないぞ。日本じゃ今秋デジタル・オーディオ・テープレコーダー(DAT)が一斉に発売される予定なもんで、主要なカセット・デッキのメーカーはもう新しいカセット・デッキを作るのをあきらめてしまった。ナカミチはアンプのメーカーに転身しようとしている」
C「DATのうわさは聞いているけど、CDのコピーが作られるので問題が生じるんじゃないの?」
K「それで各メーカーは申し合わせて、CD から直接コピーできないように妨害信号を入れようとしているんだ」
この店は実に様々な高級オーディオ製品に満ちている。帰り際にCは価格の一覧表を一枚とって渡してくれた。
C「ニューヨークで買って日本に持って帰った方が安いんじゃないの?」

タワーレコードの本館では、ローザ・ポンセルの3枚組みのLPセットとショルティの『さまよえるオランダ人』のCDセットを買う。
K「『オランダ人』はHaのお気に入りの曲だから」
というのが僕のexcuseである。続いてキリ・テ・カナワの『オーベルニュの歌』の第一巻を買う。
C「キリ・テ・カナワかい?フォークソングなんだろう?」
K「これは僕のバックグラウンド音楽用だよ」
なるほど、とうなずく。彼自身はと言えばあっと言う間に10枚近くのLPを小脇に抱えている。
C「これ以上買うとMyが怒るからね(本当はMy will kill meと言ったのだ)

C「そうだ、Myは今晩は帰りが遅いんだ。早い所このレコードを隠してしまおう」
ところがどうしてどうして。別館のバーゲン・フロアへ行ったら、さっきの2倍ものLPを抱えている。ともかく安いのだ。定価の4分の1から5分の1だ。しかも新品だ。中には99セントなんてのもある。目が回るほどの宝の山だ。Cがトラベラーズ・チェックで払おうとして(どうして?)、身分証明のためクレジット・カードを店員がセットしたら、ピーッと鳴っている。
C「何だ、この妙な音は!」
ギョッとした顔で苦笑していたが、つつがなくパス。またもやモーツアルトのピアノ協奏曲全集を買ったらしい。
K「とにかく安いね。日本の4分の1か5分の1だものね」
C「だから僕は沢山レコードを買えるわけさ。逆に言って君は4倍も5倍も払っているわけだ。もっと買えばいいのに」
K「日本に持って帰る時の苦労を考えてごらんよ」
C「何か日本に送るデータとか文献とかないの?それなら公用で送れるだろう?その中にレコードをこっそり混ぜておいてあげる」
しかし、それは辞退した。キャスリン・フェリアーのいいLPがあったのだが。

タワーレコードを後にしてコーヒーショップで昼食をとる。これは僕がおごると主張した。
C「ここは去年Wlと来た所だろう?別の店の方がいいか?」
K「構わないよ。君も記憶力がいいじゃないか」
自分用にはコーンドビーフ・サンドイッチを注文したところ
C「何だ、またコーンドビーフ・サンドイッチかい?」
K「好きなんでね」
C「でもこの店のコーンドビーフなんてどんな味か分からないぜ」
ウエイトレスがまた来た時に、Cはここのコーンドビーフの具合を尋ねると、ウエイトレスは塩味が強いです、と答えた。構わない、と答えてそれをとった。その店は酒類販売の免許がないのでビールはダメとかで、2人ともコーラを飲む。

C「バーゲン館で買ったものを見せてくれない?」
K「本当を言うと、これを見せるのは恥ずかしいんだ。だって軽過ぎるかも知れないレコードなんだから」
C「どういう風に軽過ぎるの?」
仕方なしに袋ごとわたす。
C「サザーランドのベストヒットか。それに『ランメルムーアのルチア』」
K「『ルチア』もHaの好きな曲でね。サザーランドの方は25年も前の若い頃の録音なんだよ」
C「そしてアニア・シーリア。どこの国の人間だ?」
K「ドイツかオランダだろう」
彼はレコード・ジャケットを裏返してシーリアの写真を眺めて言う。
C「多分オランダだろう。そんな顔をしている」
K「そのレコードは日本では出ていないんだ」

C「いいかい、これはオフィシャル・ランチなんだよ。君はY機構のお客なんだからね。客と過ごすランチは時刻を無視していいことになっている」
何度もオフィシャル・ランチを強調する。本当のところは遅くなったことに若干Guiltyを感じているのだろう。
C「Wlとよくタワーレコードに行くけど、直ぐに帰らなくちゃならない。ところで昨晩はゆっくり休みたい、なんて言っていたけど休めたか?」
K「たっぷりと。夜のスケジュールがきつすぎた。月曜に『カルメンだろう』、火曜に『コーラス・ライン』だろう、水曜は『アルジェのイタリア女』だろう」
C「『コーラス・ライン』を見たのか」
K「あれは2-3ヶ月前に日本で映画で見たばかりだけど」
C「僕は映画では見たことはない。舞台の方はベルリンで見たけど面白かったよ」
K「僕はああいうストーリーは好きなんだよ。自分の幸運を自らの手でつかもうと努力する話がね。ああいう競争的雰囲気は大好き」
C「僕も同じ」

僕とJFが友達になったきっかけなんて未だによく分からない。第一、彼はBBB部の所属であって、仕事の上では全く関係がないのだから。彼はある日突然僕の部屋へやって来て自己紹介し始めたのだった。恐らくは当時所長だったHy氏が僕の事をJFに話したのではないかと思う。あるいはCか。でもJFは未だにCの家を訪問したことはないと言っている。

C「僕がミュンヘンに行った時(1回目は3ヶ月、2回目は3週間)は、週に2回はコンサートへ通ったけど。あの大劇場じゃなくてレジデンツにある小さい方の劇場さ。400人くらいしか入らないけど、もの凄い装飾のついたやつ」
K「あれは領主の為の劇場だったんじゃないの?」
C「そうだと思うよ。でも2回目の時は余り行けなかったな」
K「ノイシュバンシュタイン城は行ったのか?」
C「あそこだけは逃げた。だって遠いだろう?まる一日つぶすって感じだもの。他にしたいことが一杯あったし」
K「それじゃリンダーホーフは?」
C「あれも遠いから。でもヘレンキムゼー城に行ったよ。あの気違いのルートヴィヒ王が作ったんだが、ノイシュバンシュタインみたいに国家の財政を傾けて作らせたんで、たっぷり装飾されている」
K「思うんだけど、ああいう気違いじみた王様がいたからこそ、あんな城が残って後世の人は観光客の余徳に預かっているんじゃないの?現代みたいに民主的な世の中になってしまうと後世には何も残らないかもしれない」
C「そう思う。何でも均等に分配してしまうとね。富の集中がないと後世に残せるものはできまい。配分の仕方が難しいけどね」

K「Wlが言っていたけど、NRRシンポジウムはザルツブルクではやらないそうだよ。ほとんどリスボンに決定だって」
C「ありゃ。ザルツブルクだったら帰りにミュンヘンに行こうと思っていたのに。君はウイーンに寄れるしさ。でもリスボンの方がニューヨークから旅行するには都合がいいけどね」
K「日本からじゃ、どっちも余り差はない。リスボンには直行便がないからロンドン経由だな」
C「いいじゃないか。コヴェント・ガーデンに行けるぞ」
K「あそこは一度行ったことがある」
C「何を聴いた?」
K「ドニゼッティの『愛の妙薬』。あそこは入り口が狭くてintimateな感じだよ」
C「その方が音響効果はいいんじゃない?メットは大きすぎる」
K「問題はNRRのためにはグラントが出ないだろうから、行くとしたら自分で払わなくちゃならない。しかもその半年後にはシドニーのIRRだろう?両方の航空券は買えないよ」

生活の話となる。僕が日本人の生活がC&My夫妻のそれと比べていかに貧しいものか、と嘆いたからだ。
C「とは言っても、二人で働くということは大変なんだよ。2時間もかけて通勤しなくちゃならないし。色々不便がある。そう言う代償を払った上での話しだからね。君は子供が居るんだし、その点恵まれているじゃないか。アメリカにも何度も来ているじゃないか」
K「そりゃ政府がグラントを呉れたからさ。自分じゃ払えない」
C「でも君は幸せそうに見えるよ」
K「外国にいるとね。ひとたび日本に帰れば、また面倒なことが待っているだろう」
C「EYRのことか」
K「いや、あれは気にしないさ。雑用が多いと言う意味さ。ところで話は変るけど、昔フルトヴェングラーが生きていたころのエピソードを知っているんだ。カラヤンがまだ若かった。フルトヴェングラーはカラヤンの才能を認めたんだ。だからこそ、決してカラヤンにウイーン・フィルやベルリン・フィルを指揮させなかった。ザルツブルク音楽祭にも決して招かなかった。自分の目の黒い間はカラヤンにはやらせないって。ところがカラヤン曰く、自分には時間が残されているってね」
C「若い方が絶対有利か」
K「フルトヴェングラーはその後2-3年で死んでしまった。そして全ての遺産はカラヤンに転がり込んだってわけさ」
C「君は随分ゴシップを知っているんだな。それで?」
K「ところがカラヤンが今、昔フルトヴェングラーがやったのと同じことをやっている。自分と競争相手になりそうな指揮者には決してベルリン・フィルを振らせない」
C「誰のことだい?」
K「レナード・バーンスタイン」
C「バーンスタインとカラヤンじゃ全くタイプが違うじゃないか。比較できないと思うけど」
K「でも2人とも大衆にアピールするからね。バーンスタインは一度ベルリン・フィルと録音したことがある。ところがカラヤンはベルリン・フィルの音楽監督としてその発売を禁止した。つまり自分より劣った才能だと思えば寛大になるんだが、下手すれば自分のライバルになる可能性がある相手には厳しいんだ。バーンスタインだけじゃない、ショルティに対してもだ」
2人で笑い出す。

C「2週間では短すぎるよ。もっと長くおいでよ。そういえば去年は君はYYY機構で講演会をやっただろう。今年はやらないのか?」
K「スライドを持っていないし、時間もないからね」
C「まだ月曜日に可能性がのこっているぜ。何ならアレンジしてあげる。でも君を忙しくさせても悪いからな」
楽しい気分でYYY機構に戻る。

帰ったとたん、KMがやってきた。
KM「K、きのうの測定結果が出たので持って来たよ」
K「もうできたの? 早速やってくれて有り難う!」
実際のところ驚いた。こんなに速く出来上がるとは思わなかった。
KM「何しろKは僕の測定に対する意欲をかき立ててくれたんだからね。あと追加する必要があったら手紙ででも言ってくれ。できるだけやってみるからね」
そこへHも現れる。
H「この文献もあげよう。この方が一層詳しいから」
と言って自作の文献を一部呉れた。いよいよこうなってはHの期待に応えてRTT理論の大家にならなくてはなるまい。

再度彼の計算コードの解読をしていると突然Cが飛び込んできた。HP誌を手に持っている。
C「変な文献を見つけたんだ。僕の文献から引用されているんだ。なんで英語じゃなくてドイツで出した方の文献を引用したんだろうなあ。業者がスイス人だからドイツ語の方になじみがあるのかしら」
興奮気味である。その実は嬉しいのだろう。嬉々としている。退所時刻にHの部屋に行ってお別れの挨拶をする。Hは明日からラスベガスの会議に出かけるからである。
K「それじゃ来年リスボンで、または再来年シドニーで会いましょう」
H「巧く行けばね。あるいは来年またKがニューヨークに来て呉れて会おうよ」
K「当分グラントのチャンスはないと思うけど、もしまた機会を捉まえたら2週間じゃなくて2ヶ月とか2年とかもっと長く来るつもり」

(続く)


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