音楽のすすめ 第2章 第31話 帰り支度(’86-15)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1986年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)学生時代、大学の正門前から北のはずれまで行くと、「呑ン木」という名前のおでん屋がありました。鰹節でしかダシをとらない、しかも夕方しか営業しないという頑なな店で、地の利の悪さと共に有名でした。実際には味付けは薄めな気がしましたが、それはそれ。また大通りを南側に行くと落第横丁とあだ名がついた裏通りがありました。ここにたむろすると落第するぞ、という脅かしから付けられた地名。用事もないのに友人達とウロウロした覚えがありますし、時々そこでコンパをやったものです。ここで初めて寿司屋のカウンタに座りました。高いことは承知していたのですが、食べる量を制限したので、余り負担にならず。そして最初に注文したのは鱸(スズキ)のスシでした。どういう訳か鱸だったのです。最近では北陸敦賀の寿司屋で、カウンタで家内と一緒にカニを食べた覚えがあります。

という訳で、この方面には全然詳しくありません。それなのにエラそうな話をアメリカ人にしてしまいました。日本人と聞くと皆スシだ低カロリーだと言われるのも癪ですが、ここではMyのたっての希望で寿司屋を選んだ次第。ベニハナは有名ですが、店構えは普通で、内部構造も普通で、まるで日本に居るようです。天ぷらはありませんが、あとは希望の品が出そうです。弱点は飲み物ですね。ここでは白ワインを注文したのですが、それはありきたりの物でした。あそこに飛び切りの白ワインがあり、希望者にはシャンパンもあるとか、もう少し遊びがあればなあと思いました。無理でしょうか。もし米国人を相手にしたければそういうのも手ですよ。別の時に日本人達と一緒にその種の店に行ったことがありますが、やはり中身は似たもので、そこの白ワイン・リストを見るとチョッと「?」がつくかな、というところ。赤ワインなら、こういう所では無くても構わないのですが、白は欲しい。日本酒では弱すぎるという感想が米国人から出ています。これは牡蠣レストランを思い出せば頷いて頂けると思います。グランド・セントラル駅の地下には有名な生牡蠣レストラン「オイスター・バー」がありますね。後年、あそこにブルックヘブンからロングアイランド島を串刺しに車を走らせて、日本人達を案内したところ、すっかり気に入ったようです。別の機会にマンハッタンに泊まった時、オイスター・バーにハンガリー産のトカイ酒があることが分かり、1本が100ドル以上しましたが、注文しました。でも甘すぎた!これは私の正直な感想です。トカイ酒はそれに相応しい油っぽい料理があれば、ということでしょうか。

さてCのご自慢のダルキストのスピーカーですが、これはやはり硬い音ではないかと思います。もう少し響きが欲しいなあ。ここに記したCの言動をよくよく見ると、お兄さんVの影響が大きいようですね。Vは真空管アンプを使う人ですから、その耳は悪くないはず、と思います。但し私はVに逢ったことは未だありません。






(以下は1986年より収録)ここでKは私、Cは友人、Myはその夫人を、VはCのお兄さんを表します。







My「金曜日のマグネプラナー・スピーカーをどう思う?」
C「グラマラスか?」
K「少しハーシュ(ささくれ立って、ヒリヒリする、という意味)」
C「ハーシュか。僕のダルキストと比べてどうだね?」
My「同じでしょ。Kは正直に意見を言うわよ」
K「ダルキストはKLH-9とマグネプラナーの中間だと思う。あのマグネプラナーの持ち主は KLHが嫌いだって言うんだよ。鈍いからって」
C「面白いな。君はKLH-9をグラマラスだと言い、彼はKLH-9は鈍いと言う」
K「僕はKLH-9が好きだな。昨年KLH-9で聞いたのと同じCDをマグネプラナーで聞いてみたんだが、KLH-9では透明感があったのに。マグネプラナーでは濁って聞こえたんだ」
C「昨年の音を覚えていたのかい?」
K「日記に書いてあった」
C「君は日記をつけているの?」
K「音楽関係だけ、時々」
C「ダルキストはどうだ?」
Cは去年と同じ質問を繰り返す。
K「怒るなよ」
C「怒ったりしないさ」
K「君はJBLとダルキストと2組のスピーカーを持っているだろう? 2つを比べると僕はJBLの方が好きだね」

キャッキャッ言って喜んだのはMyである。
My「そう思うでしょ。私もJBLがいいと思っているの」
C「どうしたら良くなると思う?」
K「もし僕が君だったら、トランジスタ・アンプを真空管式に替えてみるね。きっと、もっと良くなると思う」
C「兄のVはオーディオ・リサーチの真空管式を使っている」
My「私は真空管は嫌い」
C「実をいうと、僕はクオードのスピーカーを買おうかと思っているんだ。」
K「ESL-63かい!?」
My「ほら、Kの顔を見てご覧なさいよ。何とも言えない表情をしているわよ」
K「凄いねえ!それはいいに決まっているよ」
My「でも、どこに置くつもり?」
C「それを思案しているところだ」
K「地下室に置いたらどうだ?」
C「それも考えている。でも地下はMyの植物栽培場だからな」
K「植物がうまく育つか、直ぐに枯れちゃうか、で音の善し悪しが判定できるんじゃない?」
皆笑い出す。

C「クオードもKLH-9と同じコンデンサー・スピーカーだから」
My「じゃ問題かしら」
C「My、君はKLH-9を聴いたことがないだろう?クオードの形はダルキストそっくり」
K「クオードの方が先だよ。ダルキストがまねしたんだ」

バーを出るに当たり、Myがこれは自分が払うと主張したが、僕が無理矢理に請求書を取りあげた。
K「いいかい、今夜は君たちは僕のお客なんだぜ。そして僕がホストなんだからね。ただ、このサインの仕方を教えてくれ」
アメックスで払うのは普通通りだが、チップに相当する額の記入欄を今まで使ったことが無かったからだ。Cがこれくらいで十分だろう、という通りの額を書き込み、そのまま書き込み、合計額とサインを記入したスリップをテーブルに残したまま、退席した。スリップを残したまま、というやり方は初めてだった。店の方でその内容を確認するのも待たないで、というのは随分信用されたものだ。

バーを出て、少しウォルドーフ・アストリアの地下フロアを歩き回ろう、ということになった。宝石だの、ハンドバッグだの高価なものを展示した店が軒を並べている。そのそばには別のバーが2軒ある。
K「素敵だけど何でも高そう」
2軒目に行った『初花』はウォルドーフ・アストリアからそれほど遠くないところにあり、道路側は屋根と側壁が大きな一枚ガラスの曲面で覆われている。
K「かなり洋風だなあ」
My「中はちょっと違うのよ」
僕は今晩の主人役としてドアを開けて客を中に招き入れる。Myはこの店のオーナーと顔なじみらしく。直ぐに挨拶を受けていた。窓際のテーブルに案内される。

まず飲み物を、ということで白ワインをとる。但しカリフォルニア・ワインしか無いそうだ。付け出しが出て来たが、それを見てこれはCには無理だろうか、と思った。しかしCは一口つまんでみて、これは行ける、と言う。何となくアンチョビのような風味があったのだ。要するに彼等は社交上手なのだよ。乾杯したあとメニューをみながら、ゆっくり相談する。Myが前から言っていたカリフォルニア巻きというのに興味があったので、それを取ることにする。
K「何でカリフォルニア巻き、と言うんだろう?」
My「季節によってはニューヨーク巻きと言うの。つまりは具の外側にライスが巻いてあるのよ」
K「日本じゃ出てこない変わり種だな。是非賞味したい」
あと何か勧めてくれ、と言われたので、できれば天ぷらでもと思っていたが、ボーイは天ぷらは出来ないと言う。仕方がないので揚げ出し豆腐と竜田揚げで代用する。Myの希望でネギトロとハマチもとる。彼女は本当はオシンコ巻きも欲しかったようだが、Cは『初花』は初めてだと聞いていたので、僕としては余りに東洋風の味は勧めなかった。

もし食べられなかったら遠慮なく言うように、と前から念を押しておいたのだが、実際Cはおっかなびっくり手を伸ばしている。しかし食べる毎に、これはいいと笑顔になる。太巻きも、と思ったが、これだけはMyが好きでないと言う。揚げ出し豆腐の製法を少し講釈し、また箸置きが無いので、箸袋を折り畳んで代用するデモンストレーションもした。
K「必ずしもこんなことは、しなくてもいいんだけどね」
Myが箸から物を取り落としたのを見て、僕はボーイに紙ナプキンのスペアを持ってくるように言いつけた。
C「ほら、KはMyは紙ナプキンが必要だってことを見抜いたんだ」
K「君は本当のところ、こういうものを食べられるのか?」
C「前に一度だけスシを食べたことがあるんだけど、あまり良くなかった。でも今日のはいいよ。ちっとも魚臭くない」
K「ほら、これはワーグナーの音楽と同じだよ。第一印象が大切なんだよ。初めに良い演奏にぶつかれば良い印象が残るし、そうでなければ逆効果になってワーグナー嫌いになってしまう」
C「スシとワーグナーの関係か」

(続く)


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