音楽のすすめ 第2章 第32話 86年のエピローグ(’86-16)


(補足)
 赤字:2007年に新たに書いた部分
 黒字:1986年の日記からの引用

(2007年の加筆部分)この1986年の出張(私にとって第3回目のニューヨーク)は色々な使命を背負って出掛けましたが、その合間にこのような音楽やオーディオに関する会話を楽しめました。それにしても、語学力というのは続けないとダメになるのが速い!当時喋れたのが、今となってはまるでダメなんですよ。特に2000年に脳外科のお世話になった後、私の語学力はがた落ちになりました。別にその前がペラペラだった訳ではありませんが、コレばかりは深く自覚。若い時はとにかく思ったことを直ぐ言葉に変換できたし、即、会話の実践に臨んだのですが、歳を取ると、もうそんなことどうでもいいや、と変換をさぼるようになります。それではダメなのですね。つくづくそう思います。C&My夫妻は実に良いカップルでした。その結末は別の機会に触れたいと思います。

なぜこのニューヨークがこんなに好きなんでしょうか。それはこの街にはあらゆる可能性があるからです。明日には大成功しているかもしれないし、明日には大富豪、明日には大スター。アメリカン・ドリームの街。もちろんその為に払うリスクはあります。それは緊張を強いられるからです。緊張感をずっと維持できる自信のある時なら、ここに住みつきたいと思う。クラシック音楽に限っても、リンカーン・センターにある3ツの会場と、カーネギーホール等のホール。それにブロードウエイ付近に散らばる50のミュージカル劇場、とそれを支えるレストランと飲み屋。私なんかそれだけの理由でもニューヨークに行きたい。でも真実を明かすと、もう歳を取ったので、もはや見物人(spectator)の側に回りたい。第一線で活躍する当事者の一人として積極的にニューヨークと関わる場合と、見物人とでは大違いですから。

別の目的でもニューヨークにはこの他、数回行きました。今考えているのは、家内にもう一度ニューヨークを味合わせてやりたいと思っていること。約30年前、家内は子供の世話に忙しく、余りあちこち見ていないと思うからです。その代わり、欧州へは7回も連れて行きました。家内は、美術館とか公園とかは知っていたとしても、グランド・セントラル駅地下の「オイスター・バー」なんて入ったこともありません。今度行ったら、あちこち連れて歩きたい、そのために貯金をしなければ、と思います。今度は歩くんじゃなくて、タクシーを使いましょう。私自身にとっても、ニューヨークはやはり見たいところ。買物には全く興味ありませんが、空気を吸いに行きたい。

「ある雨の朝パリに死す」という映画がありました。外国人に対して無関心で、冷たいとも言われるパリ、なんて余り好きじゃないと考えていましたが、意外にも良い所だということが分かりました。それで現職時代の最後の6年間にはパリに集中的に行った次第。そこでは料理やワインの話も出て来たので、覚えているうちにそれを中心にして、別の所にまとめて書きましょう。またC&Myとのエピソードも、今では青春時代の甘酸っぱい思い出話となりました(予告:第4章を参照)。






(以下は1986年より収録)ここでKは僕、Cは友人、Myはその夫人を表します。







Cは僕の背中側にあるカウンタの奥にいる板前を眺めていう。
C「あれを見ていると、簡単なことしかやっていないように見えるけどねえ」
My「とんでもないわ。7年の修業がないと巻けないそうよ」
K「握るだけじゃなくて、握る強さ加減が大事なんだよ。崩れない程度にくっつき、かつ堅くならないようにするのは大変なんだよ」
My「魚臭くない、というのも板前が魚のいい所だけを選び出しているからよ」
K「買い出しに行って魚を選ぶのもそうだし。万一、食中毒でも起こしたら店は閉店だよ。だからこういう店ではオーナーよりも板前の方が偉いんだ」
C「たった一度のミスも許されないわけ?」
Cは目を丸くする。
K「その通り。だから板前は全能なんだ。カウンタに座ってご覧。君が幾ら払うことになるか見当もつかないよ」
My「お客によって値段が違うんですってね?」
K「それと言うのも、板前は全責任を負っているから」

カリフォルニア巻きはおいしかった。胡麻が回りにまぶしてある。
My「良かったわ、Kがこれを好きで。もっと取りましょうか?」
お代わりをするはめになる。ワインは3回お代わりした。ついでに日本酒も一本とってみたが、これは余り気が進まなかったようだ。
C「海苔の味というのは一枚一枚違うのかい?」
K「良い海苔かダメな海苔かは食べてみりゃ直ぐ分るよ。それも値段のうち」
Cはハマチよりネギトロの方がよかったようだ。Myはハマチを好む。

K「でも食べる量が少ないねえ。もっと何か取るか、他のところへ行ってもう一度食べようか」
C「いいや、僕はもう殆ど満杯だよ」
K「そうかねえ。君の胃袋を満たす為にはとっても足りないと思うよ」
C「僕の胃袋が馬鹿デカイとでも言うつもり?そんなに食べらたらスモウ・レスラーみたいになっちゃうよ」
My「スモウ・レスラーは何を食べているのかしら」
K「彼等は毎日同じような鍋物を食べているらしいよ」
毎日同じ、と聞いて2人とも眉をひそめる。
C「一体彼等は長生きできるのかい?」
K「短いね。50-60歳じゃないかしらね。大体引退する平均年齢が35歳ぐらいだから」
C「それじゃ僕も気をつけなくちゃ」
K「でも西洋人の胃袋はかなり大きいだろう」
Cは笑いながら答える。
C「どうして僕の胃袋のことばかり言うの?Myだって西洋人なのに」
K「Myはスマートさ」
C「とんでもない。彼女がスマートだと?」

K「もし君達が日本に来てスシ・バーに行くんなら、2つのことに気をつけろよ。まず正札が付いてない事があるし、シェフの前に座った場合とテーブルに座った場合は10倍も支払いが違うかも知れないということ。もう一つはシェフの前に座った時、1個注文すると2個出てくることがあること」
C「わかった」
K「大体、スシは別に典型的な日本の食事じゃないんだ。特別な場合、お客様を迎えるとか、お祝いとか、にしか食べたりしない。いわばdelicacy(珍味)の類いなんだよ」
C「じゃ普段は何を食べているの?」
K「日本の伝統食と西洋食のミックスさ」

店のオーナーが出て来て皆に挨拶する。Myはかなりの顔なじみらしい。ウニの話が出る。これは高価なもので珍重されていると話したら、Myが、これはシェフが市場に行って仕入れるのだとCに説明する。よく知っているものだ。好奇心から2個だけとってみよう、と言うことになる。Cは又もこわごわした様子で覗き込む。
K「これは要するに卵なんだから」
C「卵ねえ」
実におっかなびっくり、毒でも飲むような顔をして、ほんの端の部分を口に入れている。しかし味わったとたん表情が変る。
C「こりゃキャビアみたいなもんだ」
My「そうよ!卵ですもの」
K「旨いだろう。僕もこれは好き」
My「Kの分をもっと追加しなさいよ」
K「いいや、誰が珍味を山盛り食べたりするものか。1個で十分」
C「そうだね。キャビアを1瓶丸ごと食べるというのは野暮だものね」
先日の話を思い出して皆で笑い出す。Myはおどけて割り箸を2本こすり合わせるまねをする。回りにいた日本商社の客達に聞こえただろうか。

再びアメックスで払ったあと、もう少し時間があるのでもう一軒、インター・コンチネンタル・ホテルのバーに行く事にした。今晩は贅沢にするのだ。途中でプレイボーイ・クラブが見える。
C「プレイボーイ・クラブだっていいんだがね」
K「プレイボーイ・クラブって、確か以前は59丁目あたりにあったんじゃ無かったのかい?」
My「そうよ。どうして59丁目にあったなんて知っているの?」
C「あやしい」
My「いいわよ、誰にも黙っておくわ」

インター・コンチネンタル・ホテルの1階のバーに収まり、また会話が続く。
K「僕が子供達に何が不満かって言うとね、彼等は自分達がいかに恵まれているかってことに気がついてない点だ。僕なんか両親が財産を無くしたあとの生活で育っているから貧乏の生活感を少しは知っているんだ。だからピアノも自分で買って練習したんだのに。子供は初めからピアノがあって、それ故にその有難味を実感していない」
Myがうなずく。
C「週末の朝に我々が話したことだね」
K「だから、ついこの間も子供達に怒ったんだ。ピアノの練習をする気がないならレッスンなぞ止めてしまえってね。あとで練習を続けたいって言って来たんで、そのままにしたんだが、相変わらず熱心ではない」
My「でもK、今に子供達にも分かるわよ。それにKが毎日ワーグナーを聴いていたら、今は子供達はワーグナーにはウンザリだって思うかもしれない。でも、もう少し大きくなった時にワーグナーの音楽が自然に流れ出るようになるわ。いつの間にか身につくと思う」

K「上の子は何となく図書館の司書って感じがするけどね、下の子はどこかの国の大統領になりたいって言うんだ」
My「野心的なのはいいことだわ」
C「僕たちみたいに子供がいないのもね。欲しいんだけど、出来ないんだ。でも子供がいたら、こういう生活はできない。2人とも働いて生活するというのも大変なんだよ」
K「そりゃ分かる。君たちは早く結婚したんだろ?僕は遅かったからね」
C「僕が22でMyが23歳の時」
K「僕は学生時代はともかくDdをとることが最大の目的だった。何よりそれが第一の目標で、何もかもDdを手に入れてから、と思っていたから結婚なんて眼中になかったんだよ」
My「Cは先に結婚したから、その分だけ遅れたわけよ」

My「Kはドイツ語がしゃべれるんだったかしら?」
C「当然さ。だからワーグナーが好きなんだから」
K「ほんのちょっとだけ。ドイツ語と言えば実はXXX機構からウイーンのIATOに出向している人が9月に任期が切れるんだよ。それでその人は後任に僕を推薦したんだ。そこでXXX機構の企画課から3年契約で打診があったんだけど、残念なことに上司の部長が断っちゃった。3年は長いって」
C「ほう、ウイーンのポストを提供されたとはねえ。素晴らしいんじゃない?」
K「部長がウンと言わなけりゃ望みはないよ」
My「でもウイーンはいいわね。ホテルは高いけど」
K「誰かが言っていたけど、シュテファン教会の裏にアマデウスという安いホテルがあるんだって。僕はブリストルに泊まったことがあるけど、あんな高いところはもう結構」
C「ブリストルに泊まったって!?」
My「でもブリストルはオペラには便利だわね。オペラ・ハウスのお隣りですもの」

話はさらに続く。
K「Haは余り金銭に関してはアンビシャスではない。彼女は娘時代には、売れない文士の妻みたいな生活に憧れていたんだって」
My「ウチではCが引っ込み思案なのよ」
C「Myと正反対」
Cは深くうなずく。
My「2人合わせると丁度良くなるの」
最も僕がCがそれほどシャイだとは思えないけれども。色々な人が再度話題にのぼる。
K「でも、XYZはそんなに悪い人間じゃない。ただ彼は孤独なんだよ。友人もいないし寂しいのさ。僕にはそれが分かるので時々は慰めることにしている」
My「あら、それも立派なストラテジーだわ。汝の敵を取り込め、というわけよ」

Ts氏の話題も再登場する。
K「前にも言ったけど、1年ぐらいで立派な成果が直ぐに出るわけがない。むしろコミュニケーションに務めた方が、あとで大きな利益になって返ってくると思うけどね」
C「まったく、そうなんだけどね」
My「Kは他の日本人とは違うわ」

My「Kがチェスターに来た時、大したモテナシは出来なかったわね。日本では奥さんが全部身の回りの世話をするんでしょう?今度、家族をつれて来た時はウンともてなすわ。でもKはウチの家族みたいなものだから、いろいろ手伝って貰ったり、仕事を分担してもらったの」
K「僕はその方が嬉しいよ。僕の同僚たちの中で、いったい他の誰がこんなに良い友達を持っているだろう?いったい誰がこんなに親しくしているだろう?僕はこれを誇りに思う。本当に僕は、君達とニューヨークとアメリカが大好きなんだから」

僕は自分で思っている以上に恵まれているのかも知れない。外国の中に第2のオフィスとでも呼べるような仕事場があり、別荘のような友人の家がある。これこそ金品を積み上げても容易に手に入らない財産ではなかろうか。彼等が33丁目の地下鉄駅までタクシーで向かうのを見送ったあと、幸せな気分で深夜のニューヨークを歩く。

(86年の日記はここで終了)


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