音楽のすすめ 第2章 はじめに




前回のコラム「音楽のすすめ」では、主にオペラの聞きどころ、歌い方色々、歌手いろいろ等をご紹介しました、そしてここではオーディオを聴く環境、周囲の雰囲気、インフラストラクチャ等、音楽の再生にもっと注意を払ったものをご覧に入れたいと思います。そこで1985年と1986年に、日記形式で書いたもがあったので、それを殆どそのままでご覧に入れます。私自身これを読み返すと、何と昔は勝手な生活を送れたんだろう、と恥ずかしくなり、同時に若さっていいな、とも思うのです。ただしここに収録されたのは一部だけで、存在する日記の半分程度です。やはり日記というのは、個人のものであり、公開を前提にしていないので、そのまま公開に踏み切らなかったのです。今考えていることと若干の違いはありますが、基本は余り変わっていません。昔といっても既に39?40歳だったことを考えれば、当たり前ですね。

もっと若い時代の印象記もあったのですが、それはまだ整理中で、ここには含まれません。でも、詳細に見ると、少しずつ年齢と共に音楽観、接し方等に微妙な変化が認められます。簡単にいえば、このコラムの話より古い時代、私が20?30代前半のころは、良い音とは抜け切るような高音だったのですね。徹底的に高音を追いかけていました。ゆったりした音とか、舞台の再現とかいうことには興味を持っておりませんでした。舞台よりも音そのものが研ぎすまされていることが肝心でした。それが年を重ねると、いやいやそうではない、もっとゆったりと音楽そのものを味わわなければ、と宗旨替えをしたのです。重心は低音にあることを意識し始めました。そして楽しむ音楽の種類も変化し始めました。

20歳代だった大昔は、例えばピアノ音楽の場合だと、目のくらむような音、キラキラした音、ダイアモンドの音、等々であり、ホロヴィッツの音、さらにポリーニの音を理想としました。もっと指の動かない人達のピアノでは無かったのです。指が動かないピアニストを「味がある」なんて言っても、当時の私には、それはピアニストを慰める言葉だろうとしか思えませんでした。好みは鋼鉄製のスタンウェイの音。またそれがキチッとダンプされていることも肝心でした。従って、例えばアンリエット・ロジェさんのベーゼンドルファーによる本当に小さい居間コンサートに接する機会を得ても、「まるで靴の裏側から足のかゆい所を掻くような音」、という私の印象記が残っています。民家を借りたコンサートで、本当に至近距離でロジェさんに接することが出来たのに!そういう好みというものは傍から何を言っても仕方が無く、本人が年をとってどう変わって行くかが問題だ、という点を自覚するに至りました。

またオペラも同様で、オーディオ雑誌に低音ばかりが強調されていたのがイマイマしく、もっと鮮鋭な高音が欲しいのに、と私も何かに書いていました。「舞台の音の再現」なんて、と突っ張り、録音プロデューサーのカルショウばりの音を目指しました。ワーグナー「ニーベルンクの指輪」では、序劇「ラインの黄金」の最後部にある雷神ドンナーの雷音みたいなショウピースにばかり目が向いたのも当然ですね。イタリア・オペラでも海賊盤LPの貧相な音には拒絶反応が出ていました。それが今では、先のコラム「音楽のすすめ」で述べた通りになったのです。ですから「音楽のすすめ」みたいな記事もいつか書きたいと思っていたものの、昔書かなくてよかったな、と思っています。これが飾り気のない正直な現在の心境です。

音楽の好み、音の好みはその人の、その時までの経験の集大成ですから、色々なものがあってもいいのです。たまたま私のケースでは、「音楽のすすめ」に記したような結論に至ったということです。まだまだ生臭さが残っていて、余りエラそうなことは申せません。まだこれからも変動する可能性あり、です。


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