第6話 ブダペスト会議:食欲に関する部分

(補足)
 赤字:今回新たに書いた文章
 黒字:過去の文章からの引用


ハンガリーのような中欧の国を訪れる機会を得たので、日本から私一人が代表で出席しました。これは予算獲得のための政治的な意味があったのですが、とにかく必死でした。頑張って頑張って、やれることは全て済ませた、という気分になりました。2006年に私が退職した後で、日本でこの会議の続きが開かれ、その際に会議の世話人だったドイツのRZは、私の名前を挙げて昔の会議を回想したそうです。これはブダペスト会議には、他に日本人が居なかったことが効いていると思います。私は自分だけとなった時、燃えます。だから思うのですが、会議は余り大きすぎず、しかも本当に心の通った人だけで開催するのが得策だと思うに至りました。顔が分かる方が、言いたいことを伝え易いと思います。

そしてその半年間に日本でも大きなことが続きました。例えば米国NNSAからお客様を迎えたのもこの時期です。最初の時は私は不在でしたが、2回目には重力○●学の重鎮VNSを全面に立てて、物理プログラムのSimgが来ました。この際は私もXXX機関の各方面の代表や、MMM省のAME課長等を立てて応戦しましたが、米国勢は極めて協力的でしたので、全体が終わった時はシャンパンの栓を抜きました。最も華やかな時代だったと思います。その後に続く英国ファーンバラ会議を含め、勢いがもう少し続けば、と思うのは人情ですが、好事魔多く、私の方に差障りが出ました。体調を壊して入院したのです。次第に私は手を引かざるを得なくなりました。やや苦い思い出になりました。ここでは、ブダペスト会議を紹介します。ただ会議そのものでなく、そこでの食べ物の記載だけです。ブダペストの町中にはジプシー達も居ます。中欧って少し変っていて面白い。

フォルテ マーク

(下記は1998年より収録)
3月23日(月)
成田からフランクフルトまでの便では、昼食には洋風ピラフと赤ワインを飲む。また夕食は洋風フィッシュ・カレーで白ワインにした。おやつはケーキ、ジュース。水気が多いのだ。

3月24日(火)
朝食はソーセージ、チーズ、ヨーグルト、オートミル、オレンジ・ジュースを食す。フランクフルトからブダペストへ行く便では、ハム・ソーセージを紅茶と共に食す。昼には会場のハンガリーAAX 機構に着く。そして昼食は米国NAS機構のBDWの隣席、その隣は米国のMRR。さらにドイツ人女性。喉が渇き、水を持ってくる。パスタ付の魚フライとスープ。夕食はやはりMRRとBDWの隣で、あとベルギーのHX、ドイツ人女性、ロシアのSV、オランダのHENが並ぶ。ここはTavernaとジプシーの世界。魚料理が多い。ハンガリー風グヤーシュと豚カツのクリーム煮みたいなの。ドイツ人議長のRZの発案で、トカイ・ワインと赤ワインを頼む。タクシーを頼んだが、運転手は女性だった。宿泊地Normafaホテルで下車し、一緒だったHXとMRRとビールを飲む。

3月25日(水)
僕が座長を一つ勤めたあと、見学があった。構内を歩いて移動する。これは所長のDMがハンガリー語から英語に通訳をしてくれた。ロシア・グループは若いのが左に。彼は後で僕に尋ねたいことがあると言っていた。昼食時には右に米国のBDWが座り、その前にMRRが座る。今日はパプリカ・スープとシュニッツエル。ドイツのSNRも一緒だった。日本のXXX機構の所長の知り合いと言う人に電話を掛け、僕の都合で行けないが、XXX機構の理事長からよろしく伝えて呉れと預かってきた挨拶だけ伝えた。

夜はレセプション。僕の左にベルギーのHX、右に米国BDW、真正面に米国MRR、その右にはドイツRZという例の取り合わせ。スプライト、サラダ、白ワイン。トリにマッシュルームを埋めたシュニッツエル風のもの。ワインが多すぎて残す。次回はどうもベルギーが有力。Operation of Scienceとかいう題ですると言う。眠いのでMRRと一緒に帰ることにした。ロビーでBDWに呼び止められ、明朝の戦略を練る。そこにブルガリアのDAVも加わる。約30分。眠いなんて言ってられない。 僕は必死に明日是非、この戦略が重要だということを理解してくれ、と頼み込んだ。この課題を日本に根づかせるための必須の、そして必死の作業だった。僕はこの会合に参加した唯一の日本人だったからだ。

3月26日(木)
昼はレモン水と、干した千切り大根みたいなの。シュニッツエルとスープ。夜はオペラ「トウーランドット」に行く。国立劇場でなくエルキル劇場。なんと今日はギネス・ジョーンズがプッチーニ「トウーランドット」を演じるのだ。昨日、広告をみてホテルのサービス係に頼んでおいたもの。他にはアントラーシュ・シフのピアノ・リサイタルの広告があった。夕食時は赤ワインを飲む。

3月27日(金)
朝はチーズとハム、ソーセージ。茹で卵、ヨーグルト、アップル・ジュース、オレンジ・ジュースを食す。昨日ドイツのRZに頼んでおいた件だが、今回の議事録はどうしても今日中に欲しいと主張した。RZはあとで送るよ、と言ったのだが、それでは遅くなって間に合わない、こういう記録は重要な証拠になるんだから、と力説して説得した。少し待て、と言われて少し時間がオーバーしたが、無理矢理に今日中に我々の装置が世界の4つの標準の一つであること、これなくして進歩しないこと、等を書き込むことに成功した。早速帰国後にこれを証拠書類として提出して、課題の万全を図ろうと思う。ほっとした。これで、今回一人でブダペストまで来た甲斐があったというものだ。孤軍奮闘!

BDNとドイツ人女性、SNR等が加わる。これから皆と別れて帰路に着くが、乗り物の窓からふと見たら彼等が居たので、互いに挨拶を交わす。城を見物に行ったおり、若いロシア人の二人連れに逢う。そして公営のルダシュ温泉に一人飛び込む。元祖トルコ風呂。これは愉快だった。まったく裸を気にしていない様子。前掛け式のタオル様のものを貸してくれたが、多くの人はそれをスチーム室内部ではクルッと腰の裏側に回して、座布団として使用していた。お互い様だから、気にしない、気にしない。それから商店街に出て買い物をしたが、ものすごく混んでいた。最後にタクシーで空港へ行ったが、ドイツ語がダメで英語はさらにダメという運ちゃん。エアーラインはマレブ航空だったが、昼食にハム、チーズ、プリン、パン、紅茶、アップル・ジュースを食す。

(次回は少し遡って、1997年ウイーン会議へ話が飛びます)
フォルテ マーク

ハンガリーのブダペストの対岸から見る議事堂。本人が1998年に撮影
ハンガリーのブダペストの対岸から見る議事堂。本人が1998年に撮影。




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