第10話 皆と一緒のNY(2/4)―プラネット・ハリウッドで

(補足)
 赤字:今回新たに書いた文章
 黒字:過去の文章からの引用


(これは2007年の加筆部分)
やはり日本は米食の国です。米食に惹かれたせいであっても、韓国や中国料理がこれほど同僚達に歓迎されるとは驚きでした。これは前巻の続きです。そして「プラネット・ハリウッド」!これは良い経験ではないでしょうか。そこで飲まれるものとか、食べられているものは、あくまでアルコールは薄く、味も薄い、いわば模倣品です。これを承知した人だけここで楽しむことが可能です。ここに書いてありますが、泥酔はニューヨークでは厳禁です。決してそこまで飲んではいけません。またけっしてハメを外すのもいけません。大人の楽しみの世界。もう一軒あった「ハードロック・カフェ」の方は行かなかったのですが、こういう所を比較するのも楽しみですね。

フォルテ マーク

(下記は1995年の記録から収録)
11月18日(土)
たまたま見つけたイタリア・レストランに入り、ビールとアペタイザのみ取った。YM、MM両氏はボストンの黒ビール。KIM氏と僕はハイネケンの生。皆の取ったアペタイザは巨大なものだったし、僕の取ったピザも座布団みたいな大きさだったので、皆さんに分配。本当に量が多い。ボーイはイタリア人らしい若者で、大袈裟に愛嬌が良い。あれも俳優の卵だろうと思う。こんなに食べては、もう今晩は胃に何も入らないな、と笑い合う。夕食時は例のTAD'sステーキを探して入る。いつもの7番街のTAD'sではなく、タイムズ・スクエアの横道にあるTAD'sだ。チッキン・チッキン・パヨ・パヨと聞こえるような陽気な掛け声で、ヒスパニック系の店員が注文を取って肉を焙る。残念ながら肉の質も味もサッパリ良くなかった。肉好きのST氏は不幸にもスジだらけの肉で苦闘していた。僕とKJM氏はビールを取らないでクーラー(ノン・アルコール)で済ます。

11月19日(日)
朝、まずロックフェラー・センターの展望台に行こうと考えて案内したのは良かったが、ガードマンがエレベータ前を固めていて、目下閉鎖中だと言う。がっかりした。そこで地下の洒落たカフェで朝食を取ることにした。ほとんどの人は前夜にデリカテッセンで仕入れたジュースとビスケットぐらいしか食べていないはず。僕はトーストとチーズ・オムレツとコーヒーとオレンジ・ジュース。オムレツの量はまた多かった。幾ら好きでもチーズが多過ぎる。でも、かつて座ったことの無いこのカフェの居心地は良かった。

各自の戦利品を抱えて昼食に出る。ST氏の強い希望で今回は韓国料理店の焼き肉となる。もう店の位置も調べてあるそうだ。5番街と6番街に挟まれた33、34丁目界隈はリトル・コリアと呼ばれる地域で、やたらと韓国料理店とハングルが目立つ。立派な外装のレストランに収まる。日本人だ、とすぐ見抜かれたようで、奥にある値段の高そうなコーナーに導かれる。本来米食が無いと死にそうなYM氏は早速米食を注文。皆満足そうな顔である。横文字ばかりのメニューで料理内容が想像できないレストランと違って、ここでは中身を想像できるもので、途端に元気が出たようだ。乾杯は韓国産のビールで。いつもと違い、大張り切りで各自が注文。ただウエイトレスが勧める料理は英語のせいもあるが、良く掴めなかった。パンケと聞こえるのが実はパンケーキのことで、中身はお好み焼きだと分かるのに時間がかかった。皆韓国料理の名前を良く知っているのに感心。それにしても凄い量だ。昼食としては大変だ。牛肉の生を冷やしたのを皆が希望したので、おっかなびっくり食べてみたが、これは意外に良かった。キムチを昼から食べるのは気がひけたのでこれは敬遠。焼き肉も僕の好物だが、ニンニクの匂いがシャツに染込んだに違いないから、夕食前に着替えなくちゃなるまい。

夕方6時にホテルのロビーにII氏を除く全員が揃う。これからもう一度頑張ってニューヨーク生活を楽しむのだ。57丁目の「プラネット・ハリウッド」に行くことにする。もし満員だったら、第2候補は同じ57丁目の「ハードロック・カフェ」だ。「プラネット・ハリウッド」は混んでいるようで、外で15分待つこと、一人25ドル以上を注文すること等をボーイに言い含められる。OKだ。2回待ちでようやく中に入ったら、レストランはまだ空席が無く、しばらくバーで飲んで待っていると、僕の名前が代表で呼ばれたので確認して入場した。何となく六本木のディスコの雰囲気と言えば分かり易い。店中の壁には映画スターの写真や小道具が飾られ、あちこちのスクリーンには映画のプロットが上映されている。うわさの「プラネット・ハリウッド」である。我々が案内されたのはほぼ中央にある円卓で、アイリーンという愛嬌タップリのウエイトレスが係だった。彼女もまた女優の卵に違いなく、演技抜群のサービスをする。

我々のメンバーの大半はステーキにしたが、僕は量を警戒してブラック・シュリンプ・カクテルと極東風チキン・サラダというのを注文した。アイリーンはチキン・サラダはアペタイザーとして取るのか、それともメイン・ディッシュとして取るか、と聞くのでメイン・ディッシュとして、と答える。それによって量が違い、サービスする時間が違うらしい。案の定、目前に運ばれた量を見て、僕の選択が正しかったことを確認。6月にニューヨークに寄った時、セント・パトリック教会の裏の屋外レストランでマンダリン・サラダというのを食べたが、あの量で十分だったという記憶があったのだ。それでも洗面器一杯のサラダだ。

僕は始めビートル・ジュースを飲む。ここのドリンクは皆映画の題名が付いていて、中身が良く分からない。ビートル・ジュースは甘く、アルコールは殆ど入っていないようだ。他の人の飲み物も似たような物で、ぶつぶつ言っていたが、今日ニューヨークのこういう場所では、余り飲まず、余り吸わず、余り羽目を外さないのがファッションだ、と伝える。目一杯楽しんでいいが、泥酔は御法度。2杯目はいかがとアイリーン嬢が来たから、もう少し甘くないものを、と相談の上タイガース・アイにした。KM氏のゴールドフィンガー(実はマルガリータ)も借りて飲んでみたが、まるでアルコール気なし。右側に座っていたFT氏は満腹の余り、せっせと自分のステーキ肉を切り分けて僕の皿に運ぶ。この人のキャラクタは面白い。YM氏が僕を見て、肉に慣れた人はこういう風に菜食主義者みたいな料理ばかり食べるようになるんだね、と言う。

店内は結構年配の者から子供みたいなのまで混じっていて、ゴッタ返している感じ。このけたたましい感じが僕は好きだ。ミラーボールでも回っていればもっと良いのにな。テーブルシートになっている紙には、映画スターの若い日の写真が並んでいたので、当てっこして楽しむ。モンローやシナトラ、プレスリーまである。アイリーン嬢に、お土産に持って帰りたいのでもう一枚呉れないか、と交渉したら、人数分もって来てくれた。その代わりタップリのチップを払って出た。ここに来たがっていたII氏をうらやましがらせてやろう、と言ってRK機構のIYG氏がパンフレットみたいなものを持ってきて呉れた。外壁にはスターの手形が刻んであって、例えばシルヴェスタ・スタローンのがあった。ニューヨークは本当に刺激的な街だと思う。「ハードロック・カフェ」にハシゴしたかったけれど、皆の足の状態を考えて遠慮した。

11月20日(月)
午前中に米国Ad氏はドーナツが買ってあるから食べようと言う。コーヒーとドーナツがおやつ。昼はまた重量制のセルフサービス店に。今日はハイネケン・ビールで無く、マイケルラブを飲む。これも99セントとは安い。相変わらずパスタを沢山取ったが、ツナの硬いのが入ったパスタを取って損した。

夜は「初花」へ向かう(これはかつてC&My夫妻と一緒に行った所とは違う店)。余り間口の広い店ではないが、予約してあったので奥の大テーブルを占領する(隣は米国人グループだった)。メニューの解読に困らないため皆元気になる。キリン・ラガーで乾杯。あとは日本産の冷酒とカリフォルニア米で作った冷酒。日本産は辛口だが、米国産はコクが薄く飲み易いタイプ。ただしお代わりの時から僕は白ワインにした。基本的に寿司屋なので、シェフ御任せ盛り合わせ35ドルをベースとして、あとは一品料理の組み合せ。皆本当に元気だ。


ここでは余り音楽やオーディオの話は出て来ませんが、昔ここの所長だったHy氏(故人)はナカミチのカセット・デッキを使用していたなど、結構オーディオ・マニアだということが分りました。2007年の夫人からのクリスマス・カードを見ると、ナカミチは今でも健在だと書いてありました。超高級マニアの使う#1000でしょうか。私が使っていたのは同じナカミチでも、ずっと安い#500でしたが、それでも約1ヶ月分の給料が飛びました。オーディオに熱中していた日々が思い出されます。

(次回は米国YYY機構の面々を、我々日本人チームが招待してもてなします)

フォルテ マーク




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