音楽のすすめ 第4章

2008.5.09

音楽の骨格

源氏物語の骨格から音楽を連想しましょう。ここで番号の次に赤字で書いてあるのは使用する音楽を指定したもの、次に括弧の中に黒字で書いてあるのは、私の解釈による源氏進行プロットの概略、最後の青字で書いてあるのはなぜこの音楽を採用したか、その理由を示すもの、です。これは源氏プロットに大きく依存しますから、もし私の解釈に誤りがあれば私の間違いになります。これらはまとめて第6話「推薦するCD一覧」に登場します。

概要(1/5):
最初に出てくるのは最も若い日の源氏。満たされぬ葵との結婚、そして六条御息所との密会。六条御息所はこの部分でのみ詳しく語られ、そして別離までが描かれます。まだ深みはありませんが、源氏自身も思い切り様々な恋の冒険を試みた日々、彼の青春時代の思い出話です。

3-1:源氏物語の音楽第1部
1.桐壺(ヘンデル:「リナルド」過酷な運命に涙を流し)
(プロット:更衣は桐壺から後涼殿に移る、3歳で源氏袴着、桐壺更衣は病み退出して死、一宮東宮宣下で弘徽殿安堵、幼い源氏は各女御の御簾内に入れて貰う、高麗人の相見は源氏には帝王の相ありと予言、藤壷入内、源氏は12歳元服、葵は東宮妃よりも源氏の添伏に)
これはヘンデルの悲しそうな旋律が相応しいと考えた結果である。悲しいだけなら他にもあるが、これはヘンデルのような高貴な悲しさを表すもの。ヘンデル自身は結構商魂があったらしいし、計算もあったと聞く。こういう哀し気な曲が全体を支配する。決して明るくなく、決して戦闘的でもない。

2.帚木(グルック:「オルフェウスとエウリディーチェ」精霊の踊り)
(プロット;源氏は頭中将と仲良し、雨夜の品定め、馬頭は元々高貴な生まれの女も後次第という話、左馬は頭髪振り乱した世間姿を見せる女の話、頭中将は源氏も何処かに愛人がと問う、さらに馬頭は根比べする間に相手の女が死んでしまった話、もう一人とこっそり会っていた話、頭中将の常夏女とナデシコの話、式部之丞は賢女の才色兼備の話をする、源氏は皆の話を聞き流しながら藤壷の事を考える、伊予守家に方違え、源氏は朝顔宮との噂あり、源氏空蝉に逢う、伊予守の息子紀伊から空蝉邸の内情聞く)
源氏はここではあまり喋らない。友人達にひたすら喋らせている。実際彼等のおしゃべりは、いささか辟易する。その間源氏は恋の狩りを色々と計画中である。あまりリアリティはなく、本気のツモリ、と言ったところ。これは青年期初期の源氏だということを考える必要あり。

3.空蝉(ヴィヴァルディ:四季〜夏3)
(プロット:空蝉と軒端萩碁を打つ、夜源氏忍び込む、空蝉逃げる、源氏は残された軒端の荻に甘言を)
空蝉との遭遇の後始末に追われる。源氏は意地になって空蝉を追いかける。この音楽の気だるい響きがこのシチュエーションに相応しい。大人しくしないと。葵は相変らず素っ気ないし、本命と言える者は何処にも居ないのである。居ないことをはっきり自覚していない源氏は哀れ。

4.夕顔(バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ2番第5楽章)
(プロット:大弐乳母を五条に見舞う途中、六条との朝、夕顔との遭遇、8月15日満月、夕顔は海の子と称す、夜物の怪現れ、夕顔死す、惟光の助けで東山に夕顔を運ぶ、源氏ニ条院に戻る、源氏鳥辺野(鳥辺山)の焼き場に行く、馬から滑り落ちつつニ条院へ戻る、夕顔と一緒だった右近を召し使う、伊予守と空蝉は任地に)
夕顔との逢瀬の後始末。この時は源氏も真剣だったに違いない。青年初期によく見られるひたむきぶりである。源氏の目には堪らなかったのであろう。その純粋さを考えると、このような速い曲こそ相応しい。六条御息所とは自発的に逢っている。しかし間もなく源氏は内心で六条御息所を捨てる。

5.若紫(モーツアルト:フルート4重奏ニ長調K.285第1楽章)
(プロット:源氏わらわ病み、北山へ療養に行く、良清は明石入道とその娘を語る、源氏は御前退出し左大臣と、葵の『問わぬはつらきもの』を無視、王命婦の案内で藤壷との密通、藤壷懐妊、紫の祖母尼死す、紫が京都に移った所を拉致)
紫を初めて見る。藤壷と類似するのを即座に認め、異常とも思える対応を見せる。ここでは桐壺に対するコンプレックスが藤壷を通じて現れる。源氏の対応ぶりは戦略的である。そもそも系図の上で誰と近かろうが、遠かろうが、あまり関係ないのである。初めてここで明石君の存在を示唆される。

6.末摘花(ブラームス:歌曲「鎮められた憧れ op.91-1」)
(プロット:兵部大輔の娘が末摘花を噂、末摘花は琴を友とす、そこに居た中将に見つかり一緒に左大臣邸に、源氏と末摘花障子越しに対面、源氏失望す、六条へもたまにしか訪れず。末摘花の雪の朝姿を見て驚く、末積花は黒豹の皮を着る、正月にまた逢う、ニ条院で紫に逢う)
末摘花とは偶然に知り合っただけ。源氏にとってはその程度である。しかし女君の側にとっては一大事である。末摘花は最後まで自分の置かれた位置を確認できなかった。そしてひたすら待ち続けたのである。愚直なまでの心情はこのブラームスの歌で表される。ブラームス自身のためらいでもある。余り堂々としていないフェリアーの歌唱ぶりだが、そう言う歌がかえって相応しい。

7.紅葉賀(ブラームス:交響曲1番1楽章冒頭)
(プロット:朱雀院行幸の前の試楽で青海波を頭の中将と舞う、左大臣家を訪れても葵知らぬ顔、藤壷と秘め事、左大臣は源氏に石帯を巻く、藤壷男子出産、命婦藤壷の返事を源氏に、典侍、藤壷立后)
この頃から源氏は煩悶し始める。葵を、源氏みたいなお坊ちゃんは理解できないのである。そして藤壷と逢瀬を繰り返す。藤壷は間もなく立后するが、それも大変な重荷を背負ってである。苦しみの中の立后の儀式をこの音楽で示す。

8.花宴(ブラームス:交響曲3番1楽章冒頭)
(プロット:紫宸殿で桜の宴、弘徽殿も出席、源氏は詩歌作成に「春」を賜う、春鴬囀(頭中将は柳花苑)を舞い賞賛される、終了後源氏は御所内で朧月夜と遭遇す、別の日源氏は左大臣邸を訪れたが葵は直ぐに会おうとせず、右大臣邸で賭弓の宴後に藤の花宴、源氏も招く、座を外れた際に朧月夜に再会)
朧月夜との遭遇。源氏はもっと若い時代ならそういうことも許されたかもしれないが、もういい年である。でもここでは正式の公的地位の確認のため、こういう音楽が相応しいだろう。

9.葵(チャイコフスキー:歌曲「ただ憧れを知る者が」)
(プロット:譲位、六条御息所の姫宮伊勢斎宮に、院は源氏に六条を大切にせよと諌める、それを見て朝顔決心、加茂斎院が交代、行列見物に、朝顔も見物、源氏六条を見舞う、六条伊勢下向の決心、一夜の後伊勢に行くべきかなお迷う、物の怪出現、葵出産、御息所ゴマの匂い、葵の死、六条見舞う、六条は院より姫の世話もするから御所住まいをと勧められていた。六条は優雅さの典型。朝顔宮とのやり取り後行き過ぎないようにしようと源氏は決心、源氏はある日紫遅く起きたことあり、亥の子餅を食す、源氏は朧月夜も六条も見送ることに)
葵の真意が分かって、源氏は初めて大人になった。チャイコフスキーの歌曲を捧げたい。葵はどうすれば六条御息所とムダな戦いを止められるのだろう。この時期、一時的に六条御息所からも朧月夜からも逃げるようになる。でも紫と初の一夜を持つ。葵の死。

10.賢木(ヴィヴァルディ: 四季〜秋2)
(プロット:六条は嵯峨野宮に住まい、源氏準備を負担、六条は30歳で伊勢に出発、その時斎宮14歳、桐壺帝は崩御前に源氏のことを現東宮に依頼、崩御、尚侍弘徽殿に、朝顔斎院になる、藤少将は右大臣邸で源氏を見咎めて疑う、源氏は藤壷に再度逢う、中宮桐壺院一周忌の御八講ののち出家、源氏一派は位階昇進なし、左大臣隠居、源氏右大臣邸で朧月夜と逢う、発覚)
六条御息所はついに源氏との関係を清算することに。嵯峨野での別れ。これもヴィヴァルディの「秋」こそ相応しい。桐壺帝崩御により全てご破算になる。藤壷にまた迫るが、ついに藤壷は恐れて出家。やぶれかぶれの源氏は朧月夜と右大臣邸で逢い、しかも発覚してしまう。伽藍の大崩壊。

11.花散里(フォーレ:夢のあとに;ヴァイオリン版)
(プロット:麗景殿女御を崩御後に見舞う、女御の妹の花散里は何ら取り柄は無いが逢う)
都落ち前、あちこちに別れの挨拶に行ったが、花散里の所にも。取り柄の無いような花散里だが、彼女と別れるため赴く。振り返ってみればあっちにもこっちにも、「ドン・ジョヴァンニ」のカタログのように女君達がゾロゾロいる。でも花散里には、離れたくても離れられない何かがある。




 




まとめ:「源氏物語」の開始。青年期初期のやるせない諸々の思いから恋の狩人になり、のち、その責任を問われることになりますが、次回(2/5)ではその報いを受けて失意の日々を過ごす事に。そこから復権し、仕返しや、さらに攻撃的な戦略に満ちた生活が始まります。それに応じて音楽もそのように変ります。これらの再生は全体として小さめの音量で行ない、従って小型スピーカーでも可と想定しています。こじんまりとした曲が多いからですが、それでも7番と8番目の曲は例外です。これらはいわば源氏の公的な立場を表すので、雄大な響きが欲しい。「賢木」の音楽は筆者が特に好きなものですが、透明感が欲しい。

(次回は「源氏物語」の音楽第2部として「須磨」〜「乙女」の原稿をお届けします)




フォルテ マーク


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