音楽のすすめ 第4章

2008.5.26

概要(3/5):
ここには夕顔の娘、玉鬘が六条院の新しいヒロインとして登場します。いわゆる「玉鬘編」と呼ばれる部分にあたり、殆ど全編を玉鬘のエピソードが覆います。彼女の数奇な運命を辿ろうとすると母親たる夕顔の時代に遡る必要があります。昔、内大臣が頭中将と呼ばれた時代、頭中将が17歳で夕顔が15歳の頃、彼等は青春時代を楽しみ子供も生まれました。それが玉鬘です。頭中将と夕顔を結ぶのは正式の結婚では無かったので、頭中将の正妻方から脅迫されてしまい、恐ろしくなった夕顔は娘共々姿を隠します。それで「雨夜の品定め」(「帚木」巻)で頭中将は「常夏の女(ナデシコ)」とその子供を探していると言うのです。その間、夕顔がどうやって生計を立てていたかは解釈次第。夕顔の父は3位の中将と書いてありますが、夕顔の子供時代に死んでいます。あれこれ考えると娼婦説も尤もらしく、除きにくい。源氏は17歳の時に、この夕顔というシングル・マザーを発見するのですが、夕顔は既に19歳になっています。考えてみれば、そもそも「夕顔の歌」を読みかけたのは女君側だったのだし、そういう「はしたない」ことを普通の姫はしなかっただろうと思います。

源氏はこの愛くるしい人に夢中になり、もっと楽しむために2人して(子供は女房達に頼んで)近所の某院へ行くことにしますが、そこで物の怪に襲われて夕顔は死んでしまいます。いつまで経っても帰ってこない源氏と夕顔のカップルのゆくえを留守の人達は心配しますが、源氏は何しろ素性を隠したまま。待ちあぐねた留守人たちは、そのあと九州の太宰府に行く事になったので、玉鬘も一緒に連れて行く事にします。即ちここで出てくる留守人というのは下級貴族の世界だったのですね。平安貴族の世界は京都中集めても約200名〜1,000名程度の極く小さな世界です。なぜ彼等が夕顔親子を保護していたか正確な事は不明ですが、いつか良い事もあるだろうと考え、玉鬘を成人の年齢まで育てました。田舎では玉鬘は評判を呼びますが、都に戻ることを夢みていた周囲の人々は玉鬘を田舎の求婚者達から守るのに必死です。挙げ句の果てに、実は玉鬘には重大な障害があって、とウソまで言って逃げるありさま。それでも、求婚者はしつこい。そこである日、意を決して舟で九州を逃げ出すことにします。ここから玉鬘の物語は始まります。この時の玉鬘の本当の年齢は不明で、与謝野晶子は20歳と解釈していますが、私はあれこれ考えて27〜28歳としました。

かつての源氏の親友、頭中将はここでは内大臣になっています。源氏の心の中を占めているのは、復権からさらに次のステップへ進むことのみ。年齢のいった玉鬘と、髭黒大将との思わざる結婚。複雑な人間模様です。

3-3:源氏物語の音楽第3部
22.玉鬘(バッハ:無伴奏チェロ組曲1番)
(プロット:女房の右近は夕顔も生きていれば明石君程度の扱いは受けただろうにと言う。玉鬘の乳母は夫の太宰小弐に従い玉鬘を太宰府で育て、任期終了後は九州各地を連れ歩く。その時保護者だった小弐死す、その息子の豊後介があとを継ぐ、大夫の監(ゲン)という求婚者が玉鬘につきまとう、玉鬘達は舟で九州より脱出し初瀬観音のある椿市に至る、そこで昔女房だった右近達と遭遇、右近は六条院に行く、玉鬘は27〜28歳、玉鬘を発見したことを源氏は紫に告げる、玉鬘は源氏と初対面、玉鬘を世話して来た豊後介は六条院の家司に任命される、源氏は玉鬘を花散里に預けることにする、源氏女君への衣装配りをする、紫/明石姫/玉鬘/花散里/明石君/末摘花/空蝉等へ各々の雰囲気を考えて選ぶ)
ここで夕顔の娘の玉鬘の話が出て来る。相変わらず源氏はこういう話に乗り気で、何とかして、と思う次第。玉鬘の幼少期から成年に達するまでの非常に長い期間をこの節は扱う。実際、成年を遥かに過ぎた時点までを網羅。田舎育ちの玉鬘はいかに成長しただろうか。激しい音楽が、激しい人生を表す。下から見上げるような姿勢を感じさせる音楽が相応しい。

23.初音(モーツアルト:クラリネット五重奏曲第2楽章)
(プロット:源氏は初春に各所巡りを行なう、紫/明石姫/玉鬘を巡ったあと明石君の御殿に泊まって朝戻る、紫は不機嫌、しばらく経ってから末摘花と空蝉の所へ。男踏歌が御所で演じられたあと朱雀院、さらに六条院へやって来る)
源氏にはまた新しいコマが出て来た。今や何をしようかと右往左往するのみ。忙しさに紛れているが、源氏の心の中に、これでようやく皆に落ち着いて接することができるな、という奢りが出てくる。一見和やかな風景を記述するにはクラリネット五重奏曲が最上。

24.胡蝶(ブラームス:クラリネット五重奏曲第2楽章)
(プロット:秋好中宮が六条院に里下がりした時、中宮の女房達は池に舟を浮かべ花を愛でつつ移動する。紫は春が秋より勝ると言う、兵部卿宮は玉鬘に執心、翌日は秋好中宮読経の初日だが女房達も春の優位を認める、兵部卿宮等から玉鬘へ来た手紙類を源氏は批評する、源氏は玉鬘の側で寝てしまう)
玉鬘に対する気持の高まりを押さえ切れない源氏は、何のかのと言っては寄り付こうとする。クラリネット五重奏曲もモーツアルトのような純粋な曲から、もう少し世の中を経験したブラームスの曲に取り代わる。源氏は秋好中宮の秋より紫の春の方が良いと言うが、これは春は紫のものだからというより、源氏の心に生じた玉鬘の影の反映だろう。

25.蛍(ヴィヴァルディ:四季〜冬3)
(プロット:源氏摂政になる、兵部卿宮から玉鬘に手紙しきり、兵部卿宮が玉鬘に逢いに来た時源氏は蛍を放つ、その光りで一瞬玉鬘の横顔が見える(このエピソードのため、以降の巻では兵部卿宮を蛍兵部卿宮と記す)、花散里の御殿だけにある馬場で夕霧は競射競技、源氏の問いに対し花散里は兵部卿宮を品下った王族みたいと評す、梅雨のつれづれに物語論をする、源氏は玉鬘のことを考え継母もの等を避けるようにする、夕霧は明石姫と遊ぶ、夕霧なお含む所があって内大臣に近づかず、内大臣は自分の落とし種の娘が何処かに居ないか探す)
ついに源氏は摂政に。あとは、あせる、あせる。いよいよである。その前の一段落の時。その複雑な心境を表すのはヴィヴァルディの冬景色が相応しい。源氏は明石姫の養育に万全を尽くす積もりでいる。また周辺の準備も周到にしなければと思う。

26.常夏(シューベルト:アルペジョネ・ソナタ)
(プロット:女房達氷を食す、内大臣家で近江君という姫を探し出したと噂あり、源氏は篝火を一つ付けて玉鬘と話し込む、源氏は玉鬘に和琴を勧める、源氏はどうすべきか煩悶する、内大臣は今だ夕霧と雲居雁の結婚を認めず、内大臣は昼寝中の無防備な雲居雁を見つけ不機嫌に起こす、そして「女は一つの事に深入りしない方が良い」と源氏は言っているよと、雲居雁と女房達に言う。ようやく見つけ出した落とし種の姫は「近江君」と呼ばれやや軽薄な所のある娘。内大臣は近江君を弘徽殿に行儀見習いに出そうかと女御と相談す、近江君は「トイレ掃除でも何でもする」と喜ぶ、近江君は双六を振る際に「小賽小賽」と早口で言うし「常陸の海」等と枕詞ばかりで歌を詠み笑いものになる)
源氏はついに玉鬘の横に寝てしまう。それでも玉鬘と、狙うものを比較して、後者に傾く。源氏の計算高さを示す。一転してここでは内大臣家の物語。舞台転換の音楽としてシューベルトが流れる。何としたことか!

27.篝火(モーツアルト:フルート4重奏イ長調K.298第1楽章)
(プロット:世間は雲居雁の噂をする、玉鬘は夕霧や藤中将らの笛を聴く)
内大臣家における夕霧と雲居雁の噂は世間を騒がしている。またモーツアルトが流れる。じっと時の到来を待つ音楽。

28.野分(ワーグナー:「パルシファル」第1幕場面転換の音楽)
(プロット:秋好中宮は源氏邸に長逗留する、夕霧は昨夜来の雨風の見舞いに来て偶然に紫を見る、源氏はそれに気づく、中将は三条に住む大宮(桐壷帝妹、内大臣と葵の実母、源氏の元姑)に台風見舞いをする、夕霧は紫が気になる、秋好中宮も見舞う、夕霧は紫の袖口を見る、源氏は夕霧はひょっとしてと疑念を抱く、明石君はさっと小袿を羽織って源氏を迎える、玉鬘寝過ごし源氏に寄りかかる、それを見て夕霧驚く。夕霧は、源氏と花散里を見舞う。三条大宮は内大臣に雲居雁に逢いたいと言う)
秋好中宮が六条院に長逗留している。これは中宮がさすがに歳を取ったことを示す、つまり冷泉帝の相手としてもう若い人とは争えないのを悟ってのこと。ここでは玉鬘は源氏に寄りかかったりしているが、それは娼婦性の現れ。既に27歳を越えた玉鬘は早くも次の身の振り方を考えなければならない。それに玉鬘は源氏家でなく、結局は内大臣家の娘なのだ。玉鬘の内部に目覚めた自覚を示すため、初めてワーグナーの音楽が登場する。

29.行幸(バッハ:コラール「主よ人の望みの喜びよ」)
(プロット:大原野へ行幸あり、玉鬘も見物に出掛ける、赤い御衣の主上を初めて馬上に見る、玉鬘は自身の遅くなった成人式である裳着儀式を急ぐ、源氏は玉鬘の腰紐を結ぶ役を内大臣に依頼したが断られる、そこで源氏は大宮の見舞に行くという口実で三条宮に行く、源氏は玉鬘は尚侍になりそうだと言う、三条大宮から内大臣に手紙あり、内大臣これを見て驚く、源氏は玉鬘が実は内大臣の子だと初めて打明ける、源氏と内大臣の仲直り、各女君から玉鬘に「腰結い」の祝儀来る、末摘花からも唐衣の歌と一式が届く、内大臣玉鬘の腰結い姿を見て涙ぐむ、近江君は玉鬘の尚侍就任を聞いて怒る、内大臣は近江君が尚侍になりたかったのなら推薦したのにと冗談を言う)
帝の大原野への行幸姿を玉鬘は見る。源氏に含む所のある内大臣はなお源氏と会う事に難色を示すが、ここで源氏は突然に三条大宮を訪問し相手方を驚かせる。大宮と別居する内大臣は恐縮して三条宮に来て、上のものを下へも置かないもてなしを命ず。ここで源氏は玉鬘の真の姿を明らかにする。源氏と内大臣の仲直り、内大臣には待望の娘、しかし遅すぎた娘の発見。もっと早ければ内大臣家の娘として次代のコマにできたかも知れないのに、現れたのが余りに遅かった。バッハの音楽を噛み締めよう。

30.藤袴(ベートーベン:交響曲7番第2楽章)
(プロット:三条大宮死す、玉鬘自らの進む道を考え悶々とする。夕霧(玉鬘が実姉でない事をウスウス知っている)は藤袴の枝を玉鬘の御簾内に入れ、その際玉鬘の袖を取って玉鬘を狼狽させる。玉鬘の身の振り方を源氏と夕霧は話す、夕霧は玉鬘に参内儀式の相談をせよと言う内大臣の意を伝える、髭黒大将は玉鬘を欲しいと内大臣をつつく、しかし髭黒大将は式部卿宮の娘を正妻にしている、髭黒大将に対し玉鬘は珍しく返事を書く)
玉鬘自身も自らの身を固めなければならない。彼女なりに賢い。彼女が自らの過去を振り返って、今や自分が夕映え時を迎えており、後のことを考えるのは尤もらしい。それをベートーベン第7交響曲の葬送曲が表す。

31.真木柱(モーツアルト:交響曲39番3楽章)
(プロット:具体的に書いていないが玉鬘は髭黒大将と結ばれたらしい、内大臣は源氏に感謝す、玉鬘に惹かれていた帝は残念がる、要するに冷泉帝は今や秋好中宮や弘徽殿女御より玉鬘に夢中に、蛍兵部卿宮も残念がる、髭黒大将の舅の式部卿宮夫妻のうち北の方は怖い性格、髭黒大将自身の北の方は髭黒大将が玉鬘訪問に出掛ける直前に灰を衣服に浴びせかける、翌日髭黒大将は玉鬘のもとへ、髭黒大将は宮中から帰ってから北の方と別居する、また式部卿宮の北の方(姑)は玉鬘の本質を突く発言、家庭崩壊する直前に髭黒大将の姫の真木柱が句を読む、髭黒大将は灰をかけた北の方に逢えず、玉鬘は宮中に避難す、玉鬘は宮中に承香殿を貰う、帝より玉鬘3位(女御相当)を受ける、帝は玉鬘を離したがらず宮中での手車の認可(女御相当)をも与える。状況をみた髭黒大将は玉鬘を直接実家へ引き取る、玉鬘の尚侍君としての宮中勤務は僅か1日限りだった、源氏は玉鬘に手紙書く、他方で近江君のぼやきを内大臣持て余す)
髭黒大将との結婚が招いたことで玉鬘は悩む。姑たる式部卿宮北の方の怒りは凄まじく、その不平はグイと核心をつくだけに耳が痛いところ。源氏は最近心を占めていた大問題が片付き、いわばやっかい払いできたので内心ではホッとしているが、玉鬘本人の心は嵐の最中。やや激しいキビキビしたモーツアルトを謹呈。

32.梅枝(モーツアルト:交響曲36番リンツ3楽章)
(プロット:明石姫は入内の準備中、香合わせで源氏は紫と競う、蛍兵部卿宮の居る時に前斎院(朝顔宮)より香が届く、源氏中宮に明石姫の成人式の腰紐結い役を依頼、蛍兵部卿宮に香合わせの判定依頼す、前斎院は「黒坊」・源氏は「侍従」・紫は「梅花」・花散里は「荷葉」・明石君は「百歩の方」を競技に出す、月を愛でる管弦の遊びあり、蛍兵部卿宮は琵琶、源氏は箏琴、頭中将は和琴、翌夕に裳着の祝いの集まりあり、紫は秋好中宮と逢う、明石姫の入内に先立ち左大臣の麗景殿女御がまず入内す、源氏は六条御息所の生前の筆跡を見て感心するが秋好中宮は才気を見せないと評す、また藤壷女院は華やかさに乏しいとも評す、前尚侍君と前斎院と紫が現在の女の筆使いの名手と源氏は評す、内大臣は中務宮の娘と夕霧の間で話が進んでいると聞いて悩む、雲居雁は一人いつまでも結婚できない身を嘆く、そこへ夕霧より手紙来る)
源氏はいよいよ準備が出来て、明石姫の成人式の腰結いに秋好中宮を最終的に利用する。それでいながら、源氏は影では「秋好中宮は才気を見せていない」と批評。明石姫かくして入内。お膳立てが揃ったところで、余り速くないモーツアルトを聴く。

33.藤裏葉(バッハ:管弦楽組曲第3番序曲)
(プロット:内大臣と夕霧は共に意地っ張りだが、三条大宮の命日に我慢できなくなった内大臣は、夕霧に何故そうまでも自分を虐め無視するのかと泣きつく。内大臣は夕霧を自邸の藤の宴に招く、夕霧飲み過ぎたフリをし寝床を借りる、内大臣はそれでは老人は引っ込むよと言う、最大7年の空白を経て夕霧は雲居雁と再会す、夕霧から雲居雁に後朝便あり、内大臣その手紙を横見して微笑む、入内儀式で紫には手車の許可が出たが身分の低い明石君は徒歩で従う、3日後に10年も同じ六条院に同居していた紫と明石君は初めて逢う、これ以降両人は仲良しになったように見える、源氏は出家を考える、しかし秋に太上天皇に準ずる位になる、内大臣は太政大臣になる、六条院に行幸あり、朱雀院も同行する、六条院の座は一段低かったが宣旨あって同じ高さに座を改める)
内大臣はついに我を忘れて夕霧を招く。そして入内の日、紫は母として宣旨を受けて手車で、明石君は世話係として徒歩で宮中へ登る。源氏は天皇に準じる位を得、秋の行幸では一段低かったのを横並びに直すよう、天皇から勅命が下る。源氏は渇望したものを手に入れた。源氏最良の日。




 




まとめ:このようにして、「源氏物語」の幸せは頂点に達します。しかしその頂点から、一挙に奈落の底に落ちて行きます。玉鬘は母親の夕顔と同様に、バッハの音楽で登場。そして「初音」、「胡蝶」ではモーツアルトのクラリネット五重奏曲が相応しい。この曲は筆者の好み。そして「野分」で初めてワーグナーの音楽が鳴り響きます。やはりワーグナーですから堂々たる分厚い響きが必要です。そしてベートーベンの第7交響曲や、モーツアルトの有名な交響曲群が続き、いよいよ佳境にあることを実感させます。最後に出るのはバッハの管弦楽組曲ですが、これこそ頂点を表す曲ですから万全に再生したい。全体的に見て、音楽もそれに相応しいものに変貌。これまで明るい、やるせない、時として祭典的な響きも見られたのが、より内省的な音楽に変って行きます。




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