音楽のすすめ 第4章

2008.6.10

概要(5/5):
ここでは宇治に隠遁生活する桐壷帝八宮の、遺児達の生活を描きます。かつて源氏が須磨へ退出した時、当時の弘徽殿女御とその父右大臣は結託して源氏の実子の冷泉東宮(第10皇子)を廃して弟の八宮(第8皇子)を東宮に立てようとしましたが、源氏が復権したため全てがオジャンに。弘徽殿女御たちにすり寄った人達は手厳しい目にあいます。この政界激変をこの章は引き継いでいます。また明石中宮はここではすっかり所帯染みています。グチをこぼし、子供達の生活を心配し、髪振り乱しています(そう見える)。以前に見せた凛とした高貴な后のイメージから遥かに遠くなっています。また尼宮(女三宮)は相変わらずのんびり暮らしています。その雰囲気の中で薫(柏木の実子)と匂宮(明石中宮の第三皇子:匂兵部卿宮)の諸分野における激しい競争。八宮の北の方はとうに死去したのですが、八宮自身もこの物語の中で死去。その遺児達を巡って薫と匂宮が争います。

八宮には大君と中君という二人の姫君があったが、当初薫の意中の人だったのは大君。しかしその大君は死んでしまう。中君は匂宮と結婚し京の二条院に移る。薫は大君に中君の世話を頼まれていたのに惜しいことをしたと思う。八宮が認知しなかった浮舟を薫が見つけ出して宇治に置く。匂宮がそれを知る。京と宇治の間で浮舟を奪い合う薫と匂宮。そして浮舟は明らかに匂宮に惹かれて行く。しかし薫は一時的な「なぐさみ」として浮舟を位置づけており、匂宮はこの時こそ必死だが、長期的には浮舟を姉宮の女房にと考えている程度。両人から京に迎えようと告げられた時、混乱しきった浮舟は宇治川に身を投げる。小野の里から来た尼達に拾われた浮舟は、記憶喪失になっているのを介抱される。やがて記憶が戻ってくるが誘惑を断ち切ろうと浮舟は出家。薫が噂を確かめようと小野に弟を寄越すが、知らぬ人だと退けられる。京では次期政権を目指した様々な陰謀が渦巻くが、小野は静かな谷間。ここで静かに生涯を全うしたい浮舟。暗い霧の立ちこめる宇治と小野の、どうにもならない重い空気の中の物語です。ピアノ曲のみで表現しました。この部分は近代小説の様だと言われている部分にあたり、細かい説明を要するため少し長文になっています。なお、この節に限り各巻の題名の由来を示す歌について少し解説します。

3-5:源氏物語の音楽第5部  宇治十帖
46.橋姫(バッハ:ゴ-ルトベルク変奏曲よりアリア)
(プロット:八宮は源氏の中央復帰によって東宮になり損なう、2人の姫が誕生。北の方亡くす、京の邸は火事にあい宇治の山荘に移る。すっかり世の中に忘れられてしまうが、宇治の八宮邸に出入りしている阿闍梨が冷泉院に八宮の生活ぶりを告げる。八宮には音楽の才があるが財産は無くなってしまった。冷泉院は、八宮が姫君達を呉れれば面倒を見ようと言うが、それ以上のラリーは続かない。薫は阿闍梨の言葉に興味を持ち、すでに三年が経っている。その間に薫は八宮の姫達の合奏を覗き見。そして姫達を訪問(公式には八宮を訪問)、弁という年寄りの女房が応対す、弁は故柏木と母尼宮の間にあった事件を知っており、薫はその弁から手紙を受取り、真実を知る。ショックを受け母尼宮にもこの事は話さず)
八宮の運命の生活。これでもか、これでもか、と襲いかかる不幸な生活ぶり。でも八宮本人はそれを受け入れているし、余り不幸とは考えていない節がある。八宮の姫達と薫の遭遇。宇治川を守る『橋姫』である。そして薫は自らの出生の秘密をあからさまに知ってしまう。ゴールトベルク変奏曲を聴こう。

47.椎本(ベートーベン:悲愴ソナタ第2楽章)
(プロット:匂宮は初瀬観音詣に行って中休みに、宇治にある夕霧の別荘に寄る。薫も匂宮のお供をして他殿上人と八宮訪問、姫達とは逢わずに帰る、中君23歳で大君は25歳、八宮は山寺で修業中に死す、薫が姫達を見舞う、薫は匂宮にこの話をする。薫と匂宮は手紙を宇治に出す。京では三条宮が焼け、尼宮は六条院へ避難。夏に薫は八宮の姫達を垣間みる、ここで妹姫は「中の宮」と表されている!ただし全ての場所ではなく、一部では「中君」とも書かれている。象徴的。ここで薫は宇治山荘を『椎本』の山荘として忍ぶのである)
不幸は重なり、山寺で八宮は死去。京では三条宮が焼けて尼宮は六条院へ移るという。こちらは余り心配しなくても良いが、八条宮一族の不幸は気を揉ませる。ベートーベンのゆっくりした楽章が相応しい。

48.総角(ショパン:夜想曲15-1)
(プロット:大君は中君を薫に嫁がせては、と思う。薫は弁に自分は大君と結婚したいと告白、八宮の一周忌に薫はグズグズしてなかなか帰ろうとしない。大君の御簾に入るが何もしない、そして大君の髪をそっとかき上げて大君の顔を覗き込むと美しい。大君は中君を薫に勧め、自らは独身を通そうと決心。またも薫はなかなか帰ろうとしない。夜に再度薫は大君の居るはずの御簾に入リ込む。大君はまた逃げて中君が残される。薫は匂宮を宇治に連れて行く、薫は大君が中君のことが心配らしいから先にそちらを片付けてしまおうと匂宮を案内したのである。だまし討ちにしたと中君は大君を恨む。しかし結婚3日目の晩の夜、遅くなったが匂宮は馬に乗って宇治に来たので大君は姉として大感激。他方薫は中君を匂宮に譲ったことを後悔する。明石中宮は最近外歩きを繰り返す匂宮の行動を心配する、明石中宮は中君がそんなに気になるなら「召人」として呼べば良いのにと言う。匂宮はもっと頻繁に逢えるように中君を京に移そうとする。夕霧右大臣は元五節君の産んだ六君を落ち葉宮の養女にして匂宮と結婚させようとしている。やがて大君は病死。薫は中君の裾をひくが手は出さず。匂宮と中君は無事に結婚を済ませるが、この段階では匂宮もいずれ中君を女一宮の女房へと考える。但し、ここでは全て「中の宮」と表現)
薫は大君の御簾に入りながら、手も触れず。匂宮は中君と会う。皆が中君の扱いを心配するが、匂宮は中君を京に移したい。しかし最終的に匂宮は、中君を女一宮の女房に、と心づもりしているらしい。このあやふやな状態をノクターンの旋律が表す。大君死す。薫は八宮の一周忌に『総角』でお経のしおりを作る。

49.早蕨(ベートーベン:テンペスト・ソナタ第3楽章)
(プロット:宇治では阿闍梨から蕨等(『早蕨』)が籠で届く、薫と匂宮は中君を京に移す話をする。弁は宇治に残ると言う、中君だけニ条院へ移ることに、その移動に匂宮は大雑把に薫は細部まで面倒を見る。大臣家の六君の裳着の儀式を済ます。夕霧は婿候補として当初は匂宮を考えたが、なかなか良い返事を貰えず、次に薫を婿候補と考えたがこれも思うように行かず焦る)
中君は不安。まだ自分の地位は定かでない。女房にされたら全て終り、一応二条院で女主人になっているがあやふやな地位、その状態を表現するためベートーベンの音楽が不安を表す。

50.宿木(ショパン:前奏曲12番)
(プロット:明石中宮より早く入内した旧左大臣家の藤壷女御は女ニ宮を残して死す、まだ女ニ宮の裳着前だった。帝は薫に女ニ宮を降嫁させようと思う。夕霧は匂宮に、娘六君を貰って呉れと強く望む。8月に大臣家の六君と匂宮の結婚式をすると夕霧は勝手に決める。結局匂宮は中君と六君の2人と結婚。争いが嫌になった中君は宇治に戻りたいと薫に頼む。薫は匂宮の留守時に中君を訪問し、柱の影から強引に体を入れて中君の袖を捉えてしまう。中君逃げる。薫の心地よい移り香が中君に付く。中君を捉えようとした時、中君が腹帯をしているのに気づく。匂宮による中君の妊娠である。尼宮は薫の出家を心配していたが、薫はもっと細かく気を回して中君の女房用に、と尼宮に衣服揃えの依頼あり。中君はふと浮舟のことを思い出す。浮舟の母は八宮の北の方の縁だった。但し八宮が認めないので一族扱いでは無く、半分だけ皇族。匂宮が二条院に3-4連泊していたら、夕霧大臣が宮中から帰る途中だがと言って匂宮を迎えに来る。他方、女二宮の裳着の儀式あり、薫は権大納言に昇格して女二宮と結婚す。女御(風情の)の、しかも亡くなった人の娘を貰って、嬉しくもあり、嬉しくもない薫。帝は盛大に自ら主催する型式で望む。これに対して按察大納言は自分が受けたかったのにと不満顔。中君が苦しむので中宮よりお見舞い来る。中君は匂宮の男子を出産する、明石中宮より産養祝と帝からの御佩刀等届く、世を挙げて大騒ぎ、これで中君の将来は安泰か。他方、薫が4月に宇治に行くと偶然にも浮舟らの車に出会う。初瀬のお参りの帰りだった。覗いてみると浮舟は大君そっくり)
女二宮を降嫁させるとの帝の意志を薫は受ける。中君は宇治に戻りたく、連れて行って呉れと薫に頼むが拒否される。中君はふと浮舟がいたことを思い出して、自分へ向けられる関心をそちらに行くようにしたら、と思いつく。中君は出産、今度ばかりは中宮等から御祝いが届けられる。これで中君の中宮への道が開けたはず。ほっとする中君。猛烈に速い前奏曲が良い。古めかしい響きでもアクセントの付け方が適当な音楽が欲しい。薫は宇治は最後と思い『宿木』を読む。

系図
  図:宇治十帖を中心とする系図。但し役職名等は初めて登場した当時を原則とする。

51.東屋(ベートーベン:告別ソナタ第3楽章)
(プロット:前常陸守は浮舟の他にも故北の方との間に娘多し(新妻の連れ子たる浮舟とは美貌で大差)、仲人の男は左近少将と浮舟を結婚させようとす。左近少将は金銭的な後盾が欲しかったのに浮舟が実子でないのは不都合と仲人に文句、前常陸守は連れ子の浮舟から自分自身の娘に切り替える、趣味の悪い前常陸守はゴテゴテと新しい部屋を飾り立てる。浮舟の母は中君にしばらく娘の世話を頼み込む、2人とも世話になる。そこで浮舟の母は匂宮と薫を見てその豪華さに驚くと共に左近少将は取るに足らない人と実感、母は女房達が婿の少将が姫を乗り換えた噂話をしているのを立ち聞く。何時の世も女房達は何でも知っている。前常陸守より呼び出しの手紙を受けた母は浮舟だけ残して帰る。匂宮は中君が髪を洗って貰って居る時(身動きできない)、ふと見た浮舟に興味を持つが女房が撃退す。明石中宮が病気、との知らせに匂宮はあわてて宮中へ。翌日、浮舟の母は別に用意していた小さい家に浮舟を移す。薫は宇治山荘を寺に改造するため宇治に行く。宇治に残っていた弁は薫に会う。弁は噂によれば浮舟は小さな家に移ったと告げる。薫はその家に弁と一緒に出掛け、浮舟と結ばれる。翌日薫と浮舟は宇治に行く。薫は浮舟を今余り重く扱わない方が良いと考える)
匂宮は浮舟を見つけ、急接近する。薫は浮舟を京の小さな家に見つけ宇治に連れて行く。さあ始まった、薫と匂宮の激しい競争。さらに速いソナタを聴きたい。薫が浮舟と逢ったのは雨中の『東屋』だった。

52.浮舟(ショパン: 前奏曲第22番)
(プロット:匂宮は浮舟を探すが薫は知らん顔、薫は周辺から非難されることは避けたいと思う。薫は三条近くに避難用の家を準備中。匂宮がニ条院でくつろいでいる所に宇治から手紙2通来る(一通は浮舟から)、筆跡はあまりうまくない。匂宮は、大内記から薫が女を隠している話を聞く。匂宮は宇治に密行す、匂宮の接近に右近気づかす、匂宮は隙間から覗いて全てを知る。匂宮は人々を追払う、恋の始まり、匂宮は衣装を脱ぎ捨てて浮舟の寝床に滑り込む、朝になっても匂宮は浮舟を離さない、京では明石中宮が不機嫌、薫は一人宇治に行く。似ているようで全く風情の異なる匂宮と薫。匂宮は薫の態度に不安を覚え、雪降る宇治を訪問す。翌日は浮舟と一緒に舟で遠く行く。浮舟は重い衣装を匂宮の命で脱ぎ捨てる。向こう岸で2人は2日間若さを楽しみ、戯れる。但しこの間にも匂宮は、浮舟を姉の一宮の女房に上げたら喜ぶだろうなと考える。匂宮は京に準備中の受領の家を隠れ家にする積り、薫からは用意した家に移る日取りを言って来る。頭が混乱し憔悴する浮舟。母等周辺は薫を勧めるが悩む浮舟。匂宮と浮舟が手紙のやり取りをしていると告げ口があり、薫は匂宮を警戒するようになる。浮舟は匂宮からの手紙を返してしまい、匂宮は逢えずに京に戻ってしまう。浮舟は絶望する。浮舟は各方面からの手紙類を焼く、浮舟の母は不吉な夢を見る)
匂宮は大雪にも関わらず浮舟を訪れる。そして2人で遠くへ行く。この時『浮舟』の歌が読まれる。猛烈なアタック。前奏曲はさらに異常なまでに速くなる。この時、浮舟の心の底には、匂宮に対する恋が目覚めたはず。この恋が難しいこともまた。速いテンポの曲こそ相応しい。

53.蜻蛉(ショパン:練習曲25-10番)
(プロット:人々は浮舟を探す。どうしても見つからず、茵や衣服を燃やして浮舟の葬儀代わりをする。薫は石山寺に籠っていたがその話を聞いて仰天す。石山寺籠りを中断して京に戻る。他方、匂宮は真に病気になってしまう、薫は匂宮を見舞って浮舟との経緯を人ごとのように話す。薫は周辺の目を気にし、正常に振る舞おうとする。このような場でも自己防衛を図る薫。他方、匂宮は涙を流し続ける。中君と一緒に匂宮はニ条院で浮舟を忍ぶ、匂宮は宇治から呼んだ女房の侍従とニ条院で逢う、侍従は匂宮から浮舟に与えるつもりだった品を貰い、宇治に持ち帰って皆に見せる。薫は前常陸守の子供達の面倒もみようと母君に言う。前常陸守は浮舟のための法事(薫が開催し。匂宮からも寄進)を見て豪華さに驚く。薫の哀しみは帝の耳にも。

一方、宮中で薫は明石中宮の女一宮が氷と戯れるのを見る、薫は女ニの宮に女一宮から手紙も無いのは、自分のような臣下と結婚した女二宮を見下してのことだろうと明石中宮に対し僻む。驚いた明石中宮の助けで女一宮から女ニ宮に文あり。薫はそれを見たり、女二宮が氷を手にするのを眺めたり。情けない。女房の侍従は匂宮に二条院に来るように言われるが、むしろ明石中宮に仕えたいと答えて認められる。そして、侍従はやはり浮舟ほど美しい人はいないと確信する。一方、前式部卿宮には宮の君がいて、東宮や薫にも話があったが今や女房並みに。立場上唐衣は省略しても女房の印たる裳を付けている、呼びかけに宮の君は薫に直接返答する。この様に後ろ盾の無い者に対してこの世は無情)
浮舟は姿を消す。匂宮はついに病気になってしまう。薫は相変わらず女一宮が氷を手に取って戯れるのを見て、女二宮にも同様のことをさせる。可愛そうなのは女二宮である。また式部卿宮の宮の君にも関心を持つなど、信じられない振る舞い。前奏曲でなく、ここは速い練習曲で繋ぎたい。全てこの世は『蜻蛉』であり、万物流転。

54.手習(ドビュッシー:ベルガマスク組曲「月の光」)
(プロット:横川あたりに住む僧都は初瀬に古い願解きに行く、母の大尼君80歳も同行するが病気になって帰ることになるが、方向が悪いので僧都たちは故朱雀院の領地である宇治院に宿泊。僧達は女が木の下で泣いているのを見つける。僧達の中にいた50歳の尼君(横川の僧都の妹)は、この女を亡くなった娘の様と大喜びで拾う。女は宇治川に投げ込んで呉れと頼む。近所の者が昨日は浮舟の葬儀だったと言う。尼君達は小野の里へ女を連れて行くと、女は尼にして呉れと言うが五戒のみを授けた。女(浮舟)は何ヶ月も記憶喪失状態。その内に浮舟は薫や匂宮の記憶がおぼろげに戻る。尼君の所に昔の娘婿だった中将来る、中将は浮舟に興味を持つ。再度来て大尼君らと合奏、皆留守中に碁を打ったり大尼君の鼾を経験す。僧都は、明石中宮腹の女一宮が病気になったので、その平癒のために呼ばれて山を降りる。尼君達のいないその間に、僧都に浮舟は出家を願う、浮舟は出家する、中将が来て短くなった浮舟の髪に驚く、浮舟を中将なお口説く、大尼君の孫紀伊守が小野にやって来て薫と姫君との間にあった出来事を話す。薫は前常陸守の子供達の面倒を見ることにしたと言う。僧都は女一宮の平癒後、明石中宮と話すうちに女を拾った話をする、明石中宮は浮舟の件だろうと察するが、薫には直接話さず女房の小宰相から言って貰う。薫は比叡山の根本中堂に行く時、浮舟の弟の小君と一緒に横川に寄る)
頭が混乱しているのである。小野では浮舟はひっそりと新しい環境に順応していく。余りに急激な変化だったが、それをゆったりとしたドビュッシーの曲が包む。こういう穏やかな曲で体を包み込むのが良い。この巻の原文には6つの浮舟の歌が「手習」と記されている(「手習」と書いていない浮舟の歌6つもここに記されている)。

55.夢浮橋(ドビュッシー:前奏曲集「西風の見たもの」)
(プロット:明石中宮の女一宮の病気平癒に極めて有効だったので、今や薫は僧都をいたく信頼。浮舟が出家して小野の辺りに住んでいると聞いたが、と薫は僧都に話す。薫は確かめたいから下山して欲しいと僧都に要望。今日明日は無理だがこの月の内にそうしましょうと僧都は答える。当日、浮舟は遠くを下山する薫一行の声を聞く。僧都が小野に手紙をやったら尼君は驚く。翌日、京に戻った薫は小君に手紙を持たせて浮舟のもとに遣る。僧都は浮舟を出家させたことを後悔し、浮舟に還俗を勧める。尼君は無理矢理、小君と浮舟に御簾を挿んで会わせる。浮舟は手紙をそのまま小君に返す。薫は浮舟に手紙など出さなければ良かったと後悔する。これで良いのだと思う浮舟。あきらめ)
あの嫌な薫が浮舟を探し出したらしく、小野まで浮舟の弟を寄越す。浮舟は真剣に悩むが、やはり終わりにしようと思う。もうああいう生活は嫌だ、と思う。でもそこまで思い詰めるには時間を要した。「西風の見たもの」が鳴らす嵐のようなテンポが有効。過去は朦朧とし「夢浮橋」のごとく。そして「源氏物語」全体を通して、そこに響く通奏低音は「因果応報」。




 




(まとめ)此処では全てをピアノ曲で埋めています。ゴールトベルク変奏曲のようにゆったりとした曲や、ショパンの夜想曲を静かに弾いたものが合うのではないでしょうか。八宮の生活ぶりを考えるとこう思えます。「浮舟」巻に小舟で漕ぎ出す場面がありますが、あそこでは速いパッセージが必要。アルゲリッチのテンポを取りたいと思います。また「蜻蛉」ではさらに速いテンポが必要ですがポリーニで行きましょう。次に一転して手習いでは静かな「月の光」を。ただし最後の夢浮橋だけは再び速いパッセージの「西風の見たもの」にします。

世の中では「源氏54帖」と言うのに、此処には55巻分が示してあります。これは「雲隠」巻が実際には何も記載がないこと、また「若菜」巻が長く、上下に別れているためです。もし「若菜」の上下をそれぞれ独立して認め、「雲隠」を無視すれば、やはり「源氏54帖」です。なおここに記載した内容は、あくまで私自身が45年間に渡って得た読みであり、しかも素人としての読みに過ぎません。もっと深い読み取りもあるでしょう。

(これで第3話は終りになり、次回は 第4話:登場人物の性格、になります。今度は主要な登場人物の性格分析を個別に試みますのでお楽しみに)

横川

フォルテ マーク


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