音楽のすすめ 第4章

2008.6.26
カレイダグラフで描いた年齢分布図

年齢表(図1)を見ましょう。ここに横軸は光源氏その人の年齢を表します。彼は50代初めに死んでしまうので、その後は薫の歳でつないであります。薫誕生がいつかは明瞭にかいてあるので、これが可能です。こうやってみると源氏物語とは70年間以上にわたる長編小説だということが分ります。確かに源氏は恋の狩人を演じています。女君達がどんどん歳を取って行く中で、一人悠然と座っていたのが源氏。と言いたいところですが、「幻」の巻で述べたように源氏はすっかり年をとってしまい、そのまま寿命つきて死んでしまう。それだけは如何に源氏と言えども、どうにも成らないことでした。

産まれた各人の出生順がここに記してあります。女性が主ですが、例外的に夕霧、冷泉院、匂宮が男性ながら記されています。例えば六条御息所は18歳から中抜きの赤丸で記されています。こうやって改めて全体をみると、まず六条、藤壷、葵、夕顔がワン・グループをなすことが分ります。一方最後に登場する浮舟と、宇治中君、宇治大君、および匂宮がワン・グループをなします。薫もここに入る。そして明石中宮から宇治大君までの間に長い空白があることも分る。空白が何年間か、はかなり難しい問題ですが、私なりに考えてこうしました。源氏をどのように読んでも、実は年齢が最も不確かなものなんですよ。これを実感して頂くために、第3話の各文の前に書いてある「プロット」を参照して下さい。このプロットは私自身の解釈を記したものですが、青表紙本をもとにした秋山の原文を常に座右において、円地と瀬戸内、それに谷崎、玉上の諸氏の翻訳「源氏」を参考にしました。年齢をどこかでノーマライズしなければなりませんが、その苦労は自ら背負いました。そこで求められるのは各読者の眼力!ただ最後まで悩んだのは、この様に整理すると玉鬘が異常に歳を取っていたことになる点です。実際歳をとっていた、という記載が原文中にも見つかりますが、これほどとは! 玉鬘は決して幸福そのもので過ごしたわけじゃないのです。

下記のグラフは私の好きなソフトウエア、カレイダグラフで書いたものです。カレイダグラフというのは本来はマッキントッシュ・コンピュータ用の統計ソフトみたいなものですが、私はそのテキスト部分を使って、本文を書いておき、それをワードに貼付けたものをウインドウズ・ユーザーとの交換に用いております。単純に貼付けるだけで、あとはワード文書として通用しますから便利です。但しここではグラフは、別のソフト、フォトショップを用いて貼付けています。まず最初の図ですが、これは単純に源氏その人の年齢と、登場人物の年齢の関係を示すもの。こう書くと、明らかにある年齢層がまとまって登場することに気がつきます。またここには登場人物の生涯年齢をプロットしてありますから、早く死んだ場合は早く途切れてしまいます。

以上のように、パソコンで分布を描いてみたら、色々なことが伺えました。仮にもし私の年齢判定がおかしいことがハッキリしたら、新しい年齢に直してやりなおせば良いのですが、おそらく大勢は同じだろうと思います。このようにグラフで示すと誰の目にも誰と誰がライバル関係にあり、どのように組み合わせが変って行くかが分りますね。やはり「可視化」によって見えてくるものがあるのです。それに、年齢を比較するのですから、各登場人物の個別の年齢も調べ直さなければならず、そこから得るフリンジ・ベネフィットも馬鹿になりません。充分に報いられます。つまり「本文を読めば書いてある」と冷たく突き放すのが賢いとは言えないのです。要するにグラフを書いた方が勝ち。

この図は実に味わいがあります。じっくりと御覧下さい。誰と誰が競い合ったのか、誰と誰は会わないで済んだのか、等が一目瞭然にわかりますね。また「若菜」上下の巻が他から飛び離れて存在すること、さらにそこから宇治十帖に飛ぶまでにかなり時間を置いてあることも自明です。



次のグラフ(1)は「源氏物語」にとって典型的な巻名で整理し直したもので、「桐壺」、「藤裏葉」、「夢浮橋」の3巻を取り上げました。ここでは取り上げた人々の範囲内でですが、「桐壺」では、六条御息所が最年長であり、朧月夜はその約半分。これが源氏最強の巻である「藤裏葉」では朧月夜が最年長となります。そのとき夕霧はさらにその約半分の年齢。これが「夢浮橋」の巻では夕霧が最年長で、浮舟が最若年となります。



選び出す巻の組み合せを変えたものがグラフ(2)です。これは「賢木」、「幻」、「宿木」の3巻を選んだ場合ですが、「幻」では玉鬘が最年長です。意外にも玉鬘は紫や明石君より年長です(私の読みでは!)。これを私は面白いと考えます。



いずれにせよ、朝顔宮(前齋院)とか秋好中宮を含めて、年齢層の近い、大勢の女君達が妍を競い合う様子がうかがえます。また「幻」では断然、明石君が最年長です。浮舟はその3分の1〜半分でしかない。なおここで横軸方向に赤字で書いてあるのは冷泉院、夕霧、匂宮の3名で、男性です。これらを眺めていると別の味わいがありますね。極年齢の若い姫達が一生懸命に売り込みを図るのですから、けなげにとも、可愛そうにとも言えそう。それが結局は価値ある話なのかどうか、という判断も求められます。浮舟の判断では価値なし、でした。まだまだ年齢の再修正の必要があるかもしれませんが、大体はここに示したようになる、と見て良いのではないでしょうか。また匂宮は薫と殆ど同年齢ですが、1歳だけ年上としました。

ここに記した全ては最初のグラフがあったから、出来たのです。その肝心なグラフ化の作業の前にまず文章を読むこと、とくに主要な人物が何歳の時に諸々の事件が起きたかを調べる必要があります。通常は時間の流れを細かく切って、各短冊(巻)の中を読んで文章を味わいますが、全体の流れを把握するためには各短冊の時間帯を如何にして繋ぐかに気を配らなければなりません。案外時間をとる作業です。

そして、第3話で最初に出てくる歌の歌詞をここに御紹介しましょう。ヘンデルの歌劇「リナルド」からのものです(翻訳はCDに添付されているもの)。
     Lascia Chio pianga 過酷な運命に涙を流し、
     Mia cruda sorte, e che sospiri la leberta! 自由に憧れるままにさせて下さい
     Il duolo infranga お慈悲ですから
     quseto ritorte 私の苦しみの鎖が
     De miei martiri sol per pieta 悲しみそのものによって打ち壊されますように
     (繰り返し)

ヘンデルの歌詞はこんな調子です。結局は、ヘンデルはどんな曲でも似たもの、というのが特徴です。この歌も随分ポピュラーになりましたね。今年のキット屋さんの東京試聴会でも2回これが掛かりました。この歌詞は源氏というより、紫に歌わせたい歌詞。但し、私はそのCDを選ぶのに苦労しました。古いOpera Newsを見ていたら、ある声楽トレーナー(録音プロデューサー)の回想があり、そこにルネ・フレミングは「r」の発音が上手くない歌手だった、という記載があったため。但しここに採用したCDよりもずっと以前の話です。最近「レコード芸術」に付録として付いていた抜粋に、ルネ・フレミングのこの歌があったので、それを採用しました。ここでは「r」も上手く歌っています。もっと別のCDでも聴くことができますが、少しそれは古風な響きで、古楽特有の、足を少し引きずるようなフレージングです。ほんの少しだけ私は違和感を感じる(同一人が歌っているので、そんなに大きな差ではありません)のですが、CD番号はこの古風なバロック風の版を用い、デモ用のCDには「レコード芸術」の紹介版を用いることにしました。

いかがでしょうか。こうやってグラフ化をすると薫と匂宮が恋の争いを演じたのは何才の時だったか、等の情報を伺い易くなったと思います。前に書いた通り、「本文を読め。読めば全てそこに書いてある」というのは理想的には正論ですが、私自身はやはりそれだけでは上手く行きませんでした。おせっかいでも、この「カレイダグラフで描いた年齢分布図」が役立つことを願っています。なお下に描いてある図は平安朝の姫達が日常すごす広さが大体、現在の畳2畳分しかなかったというのを表したもの。ここで葵も紫も女三宮も過ごしたのでしょう。それを考えると、こういう図も面白いと思います。この回りに几帳を立てかけ、スケスケながらも壁を作っていたのですね。女房達はあちこち動き回っていましたから、彼女達の方がはるかに自由でした。でも姫達や、あるいは女主人たちはこの中に閉じ込められ、身動きにも不自由でした。いやはや大変な世界です。



(次回はいよいよ当コラム「音楽のすすめ」に相応しく、推薦するCD番号の一覧表を御覧に入れます。お楽しみに)



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