音楽のすすめ 第4章

2008.4.1

はじめに


今、「源氏物語」がブームだそうです。それも今年が「源氏物語」が書かれて1,000年記念の年だから、と言われています。市中に出ている様々な雑誌を見ると、あそこもそう、ここもそう、と「源氏物語」が大流行り。私自身も「源氏物語」を楽しんで来ました。最初に原文に触れたのが高校生時代、翻訳源氏の全部を読破したのは大学一年生。ただし、原文で読破したのは50歳に近くなった時でした。この場を借りて強調したいのですが、「源氏物語」は真面目に付き合う値打ちのある、真摯な物語です。世の中には誤解を招くような批評表現が多くあり、またそれを突き破る努力をせずに評価を下す例が多いのですが、「源氏物語」はその例だと考えます。どうか誤解を避け、少しでも真実に近づかれますよう。また是非、若菜以降の巻を読んでから評価を下されますよう。というのは、多くの場合「源氏物語」と言っても「藤裏葉」までしか扱わないものが多いからです。それでは真実に近づけないだろうと思います。瀬戸内寂聴さんは13歳で与謝野晶子の翻訳源氏を読み始めたそうですが、自ら「源氏物語」の翻訳を開始したのは、70歳からだと聞きます。私のように18歳から翻訳源氏、50歳近くから原文源氏では遅すぎたと自覚しております。

そんなに趣味が広くて職業生活をやっていけるのか、という声も聞こえて来ますが、それはそれ。好きならばどんな苦労も厭わないし、好きなことをするのに、一切の見返りを求めません。赤ん坊を慈しむのと同じです。だからこそ趣味たり得るのです。だれが好きなだけでやる仕事に報酬を払うでしょうか。私は職業生活を犠牲にしませんでしたし、それには自信があります。仕事は必ず期待されている以上を目指してきたつもり。そして、職業を律するのは契約です。少なくとも契約を守れないような人では困ります。そういう契約に基づく仕事だからこそ、その労苦に報いるには報酬が払われるのだと思います。極論すれば、職業生活は報酬と物々交換で成り立っています。そして私が職業として選ばなかった部分にこそ、本当に「好きな」世界があります。本質的にアマチュア、ディレッタントだからこそ、趣味と言えるのではないでしょうか。もちろん、両者が一致した人は幸運です!

好きな世界には契約なんて概念はありませんし、好きか嫌いかで処理できます。文学は音楽同様に大体18歳の時が始まりです。それまで長い時間を掛けて熟成され、それがブレイクしたのは18歳です。大学入学の時に初めて(おそらく)ワーグナーの音楽を聴き、初めて文学の世界に目覚めた、と言っても違いない。実際あの頃、あらゆるジャンルの物を読みまくりました。青年期に特有の、ドストエフスキーの「罪と罰」も、またアンドレ・ジイドの「偽金作り」等々も。

私にとって最も重要だったのは、「人間はどれだけのことをして来たか」(著者不明)と題する文明史の本で、それを初めて読んだのが小学4年生。これは便利な本でした。ギリシャ文字とか、モールス信号とか、4象限を一回転させると各象限で文が読めるというスパイ暗号機とか、さらにそこに収録された「修学院の秋」と題するエッセイ、中世の騎士からライト設計の建築まで網羅する記録でした。この本は父親が手に入れたのですが、意図して私に渡してくれたのかどうかは不明です。またまだ存命中だったアインシュタインの伝記を渡してくれたのも4年生の時でした。結局はこれらの影響を受けているのは否めません。高校生のころから、皆で御神輿を担ぐような雰囲気は嫌いでしたが(中学1年生の作文にそれを40ページも書いたことがありますが、それを見て、当時は若い非常勤講師だった故F田先生から、読む物が偏っていると評されました)、それでもいつしか、ジワリジワリと和風文化に興味を持ち始め、中でも源氏物語のような長大なものに惹かれてゆきました。

18歳で開始した源氏読みは実に長い寿命を保ち、既に45年間もこれに費やしています。飽きないのですよ。それに読み始めの頃は全体像を掴むよりも、部分毎に理解したつもりになっていました。それが歳を喰うにつれ、部分というより全体像が、ボンヤリながら浮かび上がってきました。あれだけ繰り返し読んだのですから、当然です。妻は「今晩読むのは源氏?それともトマス・マン?」と聞いたものです。

そうして当コラムに、音楽とオーディオを結びつけて書き始めたのですが、最後に残った「源氏物語」も組み込んだら、と提案したのが妻でした。はじめ一笑にふしました。そんなことが出来る訳が無い、私に作曲の才能でもあれば別だが、と独り言を言ったものです。まったく別の趣味だ、と思いました。それが昨年中「源氏物語」との経験を何処かに残しておきたい、という欲望が沸き出し始めました。どうする?はじめ、各ヒロイン毎に相応しい音楽を選ぼうかと考えました。それではダメだと悟ったのはわずか10ヶ月前です。全体像を描きたい、それを音楽に置き換えておきたい、それを記録に残したい、と考えるようになりました。方針が決まれば進むのは速くなります。過去に得た様々なデータ群があったからです。無謀かも知れないけれど、やってみたい!突拍子もない試みですが、私の第3カテゴリーの趣味です。WEBで調べると、「源氏物語」のオペラ化の試みは今までに4回あったらしい。しかし私が今やろうとしているのは、それとは違います。あくまで「源氏物語」の「イメージ」を残したいのです。

そこで、良く知っている曲のサワリの部分を超特急でトレースすることにしましょう。この超特急のトレースでは、音楽の本質を拾えないのでは、と心配される方もおられると思いますが、こう言うのは表現がつたないのですが、直観を信じましょう!直観を信じるかぎり、ここの選択は誤っていないだろうと思います。感性による音楽選択です。他の音楽フレーズを拾った方が素晴らしいのだが、という感想もあるでしょうが、ここではこれは音楽の教科書でも音楽学の本でもないことを考え、ただ「源氏物語」を上手く表現する音楽を拾うことを目的として編集しました。


フォルテ マーク


「ドン・ジョヴァンニ」の楽譜一部
「ドン・ジョヴァンニ」の楽譜一部




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