2008.8.22


第2話:ピアノ大好き−2


ショパンの練習曲(エチュード)アルバムの次に買ったポリーニのレコードは、同じショパンの前奏曲(プレリュート)アルバムでした。ここで私のポリーニ礼讃はチョッと止まりました。練習曲で感じたショックが見当たらないのですよ。あれ程の練習曲を弾けるポリーニならさぞや、という期待はやや拍子抜けでした。いやポリーニのだって立派な演奏ですよ、これだけ聴いていれば。ところが続けて聴いたアルゲリッチの前奏曲のレコードの直後にポリーニのレコードを掛けると、両者の違いがハッキリと浮き彫りになります。つまり情熱の差です。アルゲリッチの方がやや速い(前奏曲16番は58秒)。速さだけが勝負ではありませんが、結果的に全曲を通して、アルゲリッチの弾く前奏曲がイチオシになりました。常に聴いております。これは私自身も幾曲か挑戦しましたが、比較的短いので取っ付き易い。特に最後の曲は好んでよく弾きましたが、今は指が動きません。この前奏曲はルービンシュタインのもの、コルトーのものも聴きましたが、角が丸く取れた音ですね。そう、ポリーニとかアルゲリッチのは音に角が立っているのです。だからキラキラと輝きます。私はそういう音に幻惑されました。私にはあんな音は出せっこない。ポリーニとアルゲリッチ。両人ともラテン系です。両者がうんと若い時に、一度だけ同じコンクールで弾いたことがありますが、男女別の順位がつけられ、アルゲリッチは女性だけの中の1位、またポリーニは男性だけの中で2位だったそうです。

CDの時代になり、LPしか持っていないものを買い直しました。その際に買い直さなかったのがホロヴィッツの演奏でした。何故か未だに分かりません。レコードでは、何といわれようと英デッカ社の音が素晴らしい。針圧2.5gというのが唯一気になる所。デッカのMark V、そしてMark V(E)、Mark VIIを使いましたし、その出来映えに痛く満足しました。これはデッカ以外のものでは生ぬるくなってしまうのです。デッカのこの音は、よく言われることですが、歪みのせいかも知れませんが、私は好きです。だから本格的なステレオを目指す時、目標とすべきはデッカのオーディオ・システム「デコラ」でした。五味康祐氏が驚嘆した、Mark IIを搭載したデコラです。でも五味氏はそれはS氏が既に持っているから、という理由でデコラを買わず、タンノイのオートグラフと、マランツ、マッキントッシュの真空管式アンプを選んだのですね。私はどこにデコラを売っているのかも調べました。飛んでもない値段の高さ!中古でも250万円以上でした。もし私がお金持ちで、デコラを入手できれば、機器類で迷わなかっただろうな、と思います。

デコラには相変わらず惹かれていましたが、それならデッカが好むアンプは何だろうと調べました。するとQUADの名前が上がったのですよ。QUADの管球アンプは義兄が持っています。ただ義兄の所はスピーカーがタンノイのエディンバラで、そこで聴かせて貰ったのはジャズでした(義兄はジャズ・ファン)。なぜ今私がQUADのESLにワケなく惹かれるのか、何故QUADのプリ・アンプが壊れた時嘆いたか、等は「音楽のすすめ」第1章からご高察下さい。今や夢です。

以下に順不同ですが、様々な曲を登場させ、批評を試みます。ホロヴィッツには「トロイメライ」とかL23番のスカルラッティのソナタがありますが、なぜあれ程取り上げるのか良く分かりません。ただ意外に難しいことは分かりました。ホロヴィッツのアレンジによるカルメン変奏曲やトリスタン変奏曲は、余り感心しない。中身が薄いような気がしてならない。彼の最後の録音はトリスタン変奏曲ですが、あれはホロヴィッツがトリスタンを十分に理解していないのでは、と思えるのです。もっとゆっくり、飾り抜きで、心に響くような変奏にして欲しかったなあ。およそ完璧な人はいないでしょうし、それは分かるのですが、私の独断ではあれはダメ。ルービンシュタインがアンコールに良く弾くファリアの「火祭り」とかは、本来そう言う曲だから、と思えば許せるのですが、ホロヴィッツの場合は聴き手の側の期待が大きすぎるのかな。またホロヴィッツは録音技師にも問題があるかも知れないと想像しています。何を聴いても思えるのは、彼のレコードでは少し音を遠くから捉えているような気がするのです。あれをオンマイクにできないだろうか?その方がああいうヴィルトオーソ(名人芸)の演奏には相応しいのではないでしょうか。例えば、スクリャピンのソナタ群なんかそう言えそう。彼の実演でも聴いたショパン「英雄ポロネーズ」も同様です(実演では、少し乱暴な弾き方、という印象でした)。でも彼の録音盤も決して嫌いではないので、何時の日か、万全にホロヴィッツの音を再生してみたいと思います。

あと、シューベルトの「さすらい人幻想曲」やシューマンの「幻想曲」も好きです。ただシューマンの曲はやや軽く聴こえる。さらに協奏曲も色々とありますが、まずチャイコフスキーの協奏曲1番から。実は私の高校生時代の夢は、この曲をもって上野の文化会館でデビューすることでした(全く何を考えていたんだか! 高校生の夢)。これはナンと言っても私が最初に聴いたのがホロヴィッツだったので、彼以外には考えたくなかったのです。ただし音が余りに古いから、あれを何とかできないでしょうか。音さえ万全なら、ホロヴィッツで決まり。リヒテルのは余り印象が残りませんし、アルゲリッチも幾つかありますが、どれも殆ど変わりない。なおホロヴィッツの中では1940年の録音が好きです(あれだけ多種のSP焼き直しをやっているのですから、ホロヴィッツの音も改善して欲しい。それが私の夢です!)。グリークやリストの協奏曲は比較的楽なせいか、演奏会では代役の場合に弾かれることが良くある気がします。華やかです。でもグリークなぞ、完全にキラキラはしていない。どこかに暗さを秘めているのでは?プロコフィエフもそうです。あの曲は曲想がフワフワ変るので、それを上手く処理する必要があると思います。現状ではアルゲリッチで満足しています。そしてモーツアルトの協奏曲20番、21番、24番。べロフのピアノやミケランジェリのピアノで聴きますが、音のバランスを上手く取ることの重大さを思い知らされます。


マンハッタンの風景。中央右側に見える白い海の手前にラ・ガーディア空港、向こう側にフラッシングがある。
図:マンハッタンの風景。中央右側に見える白い海の手前にラ・ガーディア空港、向こう側にフラッシングがある。

CD時代になると、ショパンのレパートリー拡大にも目を配るようになりました。スケルツオ2番、アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ、ソナタ2番、ソナタ3番、またピアノ協奏曲1番。これらは誰の耳をも捉える曲ですが、もっぱらアルゲリッチで聴きました(デビュー当初、彼女はアルゲリッヒと呼ばれています。人名は難しい!)。デビューといえば、彼女のショパンのピアノ協奏曲1番のLPでは実に素晴らしい演奏を聴けます。これも色々と出ていますが、ここで言うのはショパン・コンクールに出場した時のもの。コンクールのせいか、冒頭部分のオーケストレーションが薄い、というより省略されていますが、また途中でバタン!という物の倒れる音が収録されていますが、それにも関わらずこのアルゲリッチのショパンは素晴らしいと思います。あとのすました録音より遥かに魅力的。また彼女の姿やスタイルもハッとするような、若々しいもの。でももうアルゲリッチは単独では弾いてくれないのだろうと思います。これだけの期間、単独演奏を避けたのですから、もう無理ではないでしょうか。やはり単独で弾くのはプレッシャーが大きいのだろうと思います。私はよくホコリだらけの部屋に放置されたピアノがある夢を見ますが、実際に弾こうとすると、ピアノは嘘みたいに消えてしまいます。不思議なくらい、毎回同じ夢ですから何か心理的なものがあるのでしょう。

ドビュッシーのピアノ曲群。これにも異様な魅力を感じます。「沈める寺」とか、「月の光」。これらは研ぎすまされたピアニズムが欲しいですね。今まで、これで満足と言えるのはミケランジェリのもの。彼のは実況録音が多いので音質は様々ですが、それも楽しめますよ。よく「アラベスク」なんか子供が発表会で弾きますが、子供に弾かせるのはどうでしょうか。やや複雑な気分。またドビュッシーは若い頃ワーグナーに入れ込んだ時代を経て、ワーグナーと対峙することになったのですが、それを承知しても、自分のワーグナー好きを考慮しても、ドビュッシーは好きです。彼のオペラ「ペレアスとメリサンド」の響き、最後の幕の旋律みたいな、畳み込むような音楽、あれはトリスタンの音楽そのものではないでしょうか。心情的に同族だからこそ、憎み合うということもあるのが人間。30年も昔、自宅に友人達を招いてレコード・コンサートをしたことがありますが、そこで掛けたミケランジェリの弾くドビュッシー「水の反映」に、友人たちからホーッというタメイキが漏れたのを覚えています。

そしてバッハのゴールドベルク変奏曲。ご存知グレン・グールドのものが2種類ありますね。最初のものを是非聴いて下さい。色々なスターが弾いていますが、これはグールドの傑作です。グールドにはひねくり過ぎたものもあります(私の印象)が、コレは聴ける。ベートーベンの協奏曲はどうでしょうか。これも星の数ほど出ていますが、4番が素晴らしく響くバックハウスが素晴らしい。間違っても単にホロヴィッツのものを買おうとか、有名ピアニストのものをネームヴァリューで買おうとするのでなく、自分の耳で確認して下さい。N先生は、ベートーベンの4番のコンチェルトが好きだ、という私の言に対し、そりゃ第4番だもの、あれは凄いよ!という答えを即くれました。小学生時代に65円で買って来たベートーベンの「月光」の全音製の楽譜を持っていますが、それは現在もチーチーパッパで弾く私の楽しみ。なつかしいけれど、困るのはペタル処理が分からないこと。昔TT先生に「僕はベートーベンを全くレパートリーに持っていない」と告げたら、それはいけない、是非弾いて下さいと言われて、貰った楽譜の束があります。でも悲しいかな、今では指が動かない。もっとも私の体の不調期以前から、上手くは弾けなかったのですが。

ベートーベンの時代は、ペダルの指示が書いてない。しかも、右手にオマカセの部分と左手、これらの組み合せが楽譜のヴァージョンによって異なるのです!ある本では左手に任せて弾くと書いてあるのが、別の楽譜ではそれは右手が弾くべし、と書いてあります。それならどこにアクセントを付けるか、どこでペダルを踏むかなどは各自の勝手でしょうか。そう考えて「ペダルの芸術」なんて本も読みましたが、よく分らず。こんなことを話題にするということは、私が如何にビギナーであるかを暴露していますね。



フォルテ マーク

人が特に愛着、関心を抱く機器がありますが、私の場合はスタックスの製品。1968年からその名前に捕われています。後に読んだ高城氏の著作に、スタックスのアームに比せばSMEのアームなんて、と書いてあったのでそれを鵜呑みにしてしまった私はヨレヨレ。実際に私の職場にはスタックスを使っていた人がいますが、音楽はもう少し深いものだ、と後になって 理解しました。

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