2008.9.2


第3話:脳トレーニングになるピアノ


半年以上ピアノに全く触れない日々が続く。ある日おっかなびっくり鍵盤に触れたのですが、自分の指で無いみたい!観念しました。治った今だからこう書けるのですが、メンタル・テストと称するあのテストも役に立たない場合もありますよ。だって今日は何曜日ですか、何日ですか、って言われても、患者としてはそういう問題ではなく、今はどうすれば治るかばかり気にしていますから、曜日なん知りません、としか答えられなかったのです。そうしたら、×印が記録されたようです。コミュニケーションが大切だから、その能力を調べるというのは、一般論としては分かりますが、当人にとって、大概のことは不要不急で、早く楽になりたい、という一心しかありません。頭の中で何を考えているか即伝える事ができたなら、そう伝わったでしょう。私はそれができなかったので、そのテストの成績が悪い!こういう事は経験した人しか書けないことです。理想の医者とは単純な医療技術者ではなく、もっと精神に立ち入ったことまで考えてくれる人、相談相手、人生の介助者、と今では捉えています。坊さんに似ています。坊さんも医師の役割を果たしたと言われますね。あれです。医者とは技術を越えた人!でも御陰さまで記憶も戻り,むろん曜日も区別できますから、今はお医者様に感謝しかありません。

通常は文字を書くのもキーボードですね。少し気取った場合が肉筆。それが、苦しんだ時代には肉筆なんて飛んでもないのです。字を上手く書けない!何ということだろう、と思いました。パソコンだってあれ程使っていたのに、数ヶ月後に現場に復帰したとき、どうすれば動くのか、完璧に忘れていました(!)。その後ボツリボツリと自分の持っているあらゆるファイル類をパソコン/オーバーヘッド・プロジェクタ用に編纂しなおしました。頭の中では正常なのですが、実技としてはそういう資料を用意して、練習を積まないとヒトに伝える仕事ができない。冷静になって、自分の記憶がしっかりしているうちに、と思い、色々過去の記録を調べ、それを時代順に並べる作業をしました。できるだけ活字にして残そうと思ったからからです。このWEB「音楽のすすめ」もその一環です。

頭の中と実際の行動が一致しない、という悲哀を味わったのは語学ですね。若い頃に英会話クラスに通っていて得意になっていました。これを将来止めたら元の木阿弥になるだろうから、止めたくない、などと傲慢なことを言っていたのですが、それどころでない状態。頭の中で如何に応答しても、現実に口から出てくる言葉の幼いこと!使わないと英語はダメになる。本当にあっと言う間に衰えます。日本語も同じ。退院後9ヶ月目にあった公開研究会で講演をしましたが、その際はもの凄い準備をしました。やっと終えたのですが、何も知らない人達は治ってよかったね、と感想を呉れました。でもそれは私の演技と練習の成果に過ぎず、それは本人が一番良く分かっていました。でも一生懸命誤摩化して普通を装わなければならない。弱気になったらオシマイ。もう海外での講演は無理かと諦めかけたのですが、何とかできないかと必死で考えました。約1年後に海外の機会を得た時、医者に相談したら奥様の付き添いが可能なら良いでしょう、と言われました。それで、杖代わりの妻と一緒に、ギリシャのロードス島へ出掛けました。それ以来ほとんどの場合、国内外を問わず家内が同行しています。考えてみると退院後の方が、それ以前より、ずっと密度の高い発表を数多くしたと(自分では)思っています。調子に乗って、あちこちの講演を引き受けました。医者からは外科的にはもう治っていますよ、と言われて、MRI写真も見せて貰ったのですが、なるほど見事に回復していました。これ本当! ただ、例えば何をやっても長時間は出来ず、疲れ易いのです。また不眠症に悩まされました。寝付きが悪くて、3時間もベッドの中で格闘します。その代わり明け方になると眠くて仕様がない。ひょっとすると、と思ってウツ病の本も読みましたが、どうもそれとは違うらしい。幸い、現在では不眠症からは脱却できました。2002年から2005年までの4年間に、8回海外に行きましたが、そのウチ6回はパリ経由です。ニューヨークには行っていません。そしてリハビリにとって、あるいはボケ防止にとって、指運動が如何に大切かは自覚していました。どんなに下手でも少しでも鍵盤に触れて行こうと決心。今チーチーパッパですが再びピアノに向かう日々が続いております。人生観が変ったと思います。でも集中力が弱くなったので連続15分間しか弾きません。

当時のマンハッタンの風景をRCAビル屋上から撮影。
図:当時のマンハッタンの風景をRCAビル屋上から撮影。

どうせなら、楽しく過ごしたいと思うのが人情です。Quality of lifeという言葉がヒシヒシと迫ります。今のところ、2〜3年寿命を短縮しても、自由を確保したいと考えております。1週間に一度ぐらい、ビール一杯を認めてくれたら、と願うのですが、贅沢でしょうか。ワインならなお良し。夏のクソ暑い時にビールも飲めないなんて、と、いつも嘆いています。現役の真っ最中に、ある学生から言われた「Kが宇宙の話をする時は少年のように目が輝きますね!」と言う言葉を思い出します。今一度、それを回復させる特効薬として、考えてくれないかな。

あれほどの暇な時を過ごしたのだから、音楽はどうしたでしょう?それが音楽を聴こうと全く思わなかったのです。その間は人生そのものを見つめました。だから私が音楽を聴きまくる時があれば、それは私が極めて健康な時です。とくにワーグナーの長大な音楽や、ベルカント・オペラの引き裂くような叫びを聴きたがる時、それは私が健康だという証明です。気が弱くなってくると、バッハやベートーベンに走るのです。一つ言えるのは、他人の音楽の好みに対して、寛容になった点です。ああそれもいいじゃないか?と笑って対処できるようになりました。絶対にワーグナーでなければダメだ、なんて間違っても言いませんし、思ってもおりません。若い時には、それでよく喧嘩もしました。「ワーグナーってある時ワーッと好きになって、そしてパッと止めてしまうんだろ?」とドビュッシーを例に引いて仰ったK田さん、「大体ああ言うレコードって、好きな人が勝手に録音して持ち上げたりするんだよね。個人的な熱狂だよ」と言った、Y山君。あんなに真剣な顔をして反論して済みませんでした。神保町の英語学校で同級生だった人が、現在TVで活躍していますが、彼女の好きなロック・グループ「クイーン」と、私の好きなマリア・カラスを戦わせて、互いに嫌いあったというのも、今思えば楽しい昔話のネタ。若気の至りだったと思いますが、当人はその当時は真剣でした。本当に好きなものは、他人にとっても素晴らしいはず、とお節介にも考えていたからです。もう、そう言う事で争おうとは思わないし、人は様々なんだ、と思います。自分でコレは素晴らしいと信ずることができるレコードであれば、それで良い。どうして他人の音の好みや、音楽の味わいや、その倫理観等に土足で入り込む余地があるでしょう?そしてその間にトランジスタ・アンプから真空管アンプに移行しましたが、これも何か意味があったに違いありません。表向きの理由とは別に、本質的なものが。トランジスタでは決して出ないような低音の厚み、深々した音色、そして音を大切にしているんだ、という自覚等。オーディオ機器類をキット屋で購入して、作り始めたのは全て定年退職後の話です。この最期の点はもうすこし説明を要するかも知れません。

オーディオのカタログや値段表を見るのは楽しいが、実際に買う時はさらに楽しい!何でも欲しくなります。昔から音で悩まされたことを思えば、現在の音は殆ど満足すべきものでしょう。SV-722のプリ・アンプは手に入れましたが、私のはマランツ・タイプであり、これをマッキントッシュ型にするとどうなるか、等々興味津々です。きっとそれだけじゃなくて、SV-91Bもまた欲しくなります(但し現在SV-91Bは残念ながら、製造ラインを外れたらしい)。N田様のアンプを含め、早く納得づくで落ち着きたいのです。そうしたら後はスピーカーを考えたい。タンノイのStirling/HEの音に不満はありませんが、どうしても確かめたいQUAD社のコンデンサー・スピーカーESLとソナス・ファーベル社のクレモナ。これは病気みたいなもの。そういうオーディオ装置が済んだら、最大の問題があります。音楽です!何を聴くのか?これに集中したいと考えております。一生かけて結論が出るか、出ないか、ですから、気を許せない。今のところ、元気な限りはワーグナーの咆哮とベルカント・オペラの引き裂くような叫び、くたびれた時はバッハのマタイ伝受難曲やモーツアルトのレクイエム、もっと自分を鼓舞しなくちゃ、と思う時にはベートーベンの交響曲あるいは後期の弦楽四重奏曲を良く聴きます。これが現段階の仮の答えです。過大評価だったと修正した曲や、書かなかったけれど、捨てても可、と不遜にも考えた曲もあります。

オーボエの音とクラリネットの音。これは凄い楽器だと思います。人の深い悩みを何とうまく表すのでしょうか。ブラームスのクラリネット5重奏曲にあるソロの背景に流れる枯淡の境地。あれも素晴らしいと思います。またワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の第3幕冒頭に流れる音も。暗い音、寂しい音、その中に人生の原罪(!)を込めているような音。ワーグナーのホルンだけを集めて鳴らすCDを持っていますが、あれを聴く時は不可思議な気分になります。ホルンが如何に重要な楽器か示しています。

ピアノは指を遣う運動だ、という点を思い出しましょう。歳を取ってからやりたいと思っても、もはや指が自由でないのは自然です。指が動かなくても、良いんです。時間をかけてゆっくり先へ進みましょう。いまさら人様に聴かせようなんて思う必要なし。無限(これは錯覚ですが)に広がった自由時間があります。これを大切にしましょう。自分にできることをやりましょう。チーチーパッパでも構いません。その覚悟があれば、ピアノも捨てたものじゃありません。またピアノ協奏曲の第2楽章によくあるアダージョ、アダージェット、ゆっくり進むピアノ・ソロ、あれも目標に加えましょう。ホンの一部でも良いじゃありませんか。楽しまなければ損です。

最近グラビア等で見かかるアルゲリッチの風采。まるでバレエ「白毛女」そのものです。見に行って聴いてみたいと思いますが、他方それを恐れる気持もあります。時代が先に進んでしまった!ピアノは今でも関心がありますが、かつて夢見たように、退職金でニューヨーク・スタンウエイを買おうという気は消えました。30年程度昔に池袋でやっていた品評会を覗きに行ったことがありますが、スタンウエイ(ニューヨーク・スタンウエイとハンブルク・スタンウエイの違いは、前者はホロヴィッツの好みであり、後者はルービンシュタインの好みだったということ。そしてホロヴィッツは低音から高音まで猛烈なスピードで音階を弾いて調べ、ルービンシュタインはある和音を弾いて選んだという)と並んでグロトリアンもありましたし、ベーゼンドルファーもありました。当時、いずれも最低価格が560万円程度。これなら退職金をアテにできるかな、と思ったものです。今では両者とも1,000万円用意しないと買えないので、諦めました。大体我が家のピアノはサイレント型以前の形態で、弦が張ってあるが音のコントロールは電気回路でやっているシロモノです。それは主としてアパート暮らしの中では、ピアノは時として迷惑機器になるから、と考えたせい。でも現在は独立家屋だし、他人の耳を汚す恐れもない場所にいるので、今後の改善のためには、通常のサイレント型を買うことぐらいしか無いだろう、と思っています。一番安いグランド・ピアノが欲しい!それは、練習しようという意欲が少しずつ戻って来たと感じるから。でも不相応なことは避けたいので、やはり諦めましょうか。

次回は1978に私が初めて外国に行った時の記録です。ニューヨーク。この往復が第1回目ですが、私の30回の海外活動の出発点でした。


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