第4-10話:NY-フラグスタートのレコード


以下はニューヨーク滞在中から作っておいたメモを基に、1980年に原稿化して、ほとんど原文のまま清書(1993年12月31日に完成)し、さらに短く2/3程度に縮めたものです。青字は2009年に追記したもの。


[レジーヌ・クレスパンの回想]
YYY機構のJFの貸してくれた雑誌にレジーヌ・クレスパン(S)のインタビュー記事があり、クレスパンはマイアベーアが嫌いだという。クレスパンは「美しく老いる」ことを心掛けているそうだ。ブリュンヒルデ役を歌ったりしたあと不調期があり、しばらく姿を消していた。クレスパンによると、もう「ばらの騎士」を歌うのは気がひけるという。「昔はもっと良かった」などと言われたくないそうだ。フランスもののマスネー「エロディアード」とかグノー「ミニヨン」とかもあまり興味がないという。ビゼー「カルメン」は魅力的だが、ホセ役やミカエラ役やエスカミーリョ役の大アリアが沢山あって、カルメン一人にスポットが当たるわけではないし…と消極的。ヴェルディ「ドン・カルロ」のエリザベッタ役は嫌い。アムネリス役(ヴェルディ「アイーダ」)やエボーリ姫役(ヴェルディ「ドン・カルロ」)といったメゾソプラノには興味が無いわけではない。しかしサンサーンス「サムソンとデリラ」のデリラ役などと同じく、音域の問題もあってそれほど乗り気ではないようだ。(どういうわけかアメリカでは「サムソンとデリラ」とかチレーア「アドリアーナ・ルクヴルール」などは軽蔑される対象らしい。)『フラグスタート(S)が最後の時期にグルック「アルチェステ」とかパーセル「ディドとエネアス」といった小さな役を歌うように変身したことを思い出します』とクレスパンは言う。彼女にとってフラグスタートは絶対的なものだったらしい。フラグスタートの歌を若いころに聴いて、もう自分の出番はない、と絶望したそうである。

1979.10.10(水)
メットに「オテロ」を観に行く。久々の平土間の後方で18ドル。TVで見たのとほとんど同じ。ミルンズ(Br)はやはり第一幕の下降音階が不安定、ドミンゴ(T)は丸味のある良い声をしていた。クルス・ローモ(S)は表現の振幅がやや小さい。ヴェルディ「アイーダ」役と違ってあまり動かない役柄だから、せっかくの演技力も見せ場がない。第二幕でデズデモーナが村の女達と庭を散歩する場面など、大道具の上の狭いところでゴチャゴチャ動いていて余り頂けない。終幕の「柳の歌」の場面は、普通よく出てくる天蓋のついたベッドでなくて、ただ四角い台があるだけの象徴的な演出だった。ベッドの背には、やはり四角い明かり取りの窓が開いていた。贅沢な不平だが、幕切れにあと少しの工夫と演技力で悲劇感が増したのではないかと思う。

[自分のためのレコード購入]
アメリカでした音楽関係の買い物は余り多くない。長らくレコードは買わなかったし、最初に買ったのは近所のKorvettesで見つけたローザ・ポンセル(S)のアリア集だった。他にもポンセルのレコードはあったのだが、この種の古い録音はしばしば度を越した貧弱な音のものがあるから(数寄屋橋のハンターで買ったフリーダ・ライダー(S)のアリア集がそうだった)慎重に一枚しか買わなかった。結果的にはまあまあだったから、もっと買っても良かったのだが、財布の中身が問題だ。アメリカのレコードは日本に比べればメチャメチャに安いし、このローザ・ポンセルだって2ドル程度だから高々400円だ。日本のレコードは異常に高いと思う。いかに有名な人のレコードであれ、とうの昔に元を取たような古い録音に、あんなに高い新譜並の値段をつけるのは詐欺みたいなものだ。文庫本の例を考えて欲しい。

日本の英語学校のG先生が、ニューヨークのレコード屋は日本と違って物凄く大規模で、フロア別にジャンルが分類されているくらいだ、と言っていた。それに対し、日本だって石丸電気見たいな所に行けば同じようなシステムになっているじゃないか、とムキになって反論したものだ。G先生は石丸電気に行ったことはなかったらしい。Sam&Goody'sとかHunterとか、またKorvettesのレコード売り場はたしかに大きい。日本ではとうに廃盤になってしまったレコードも売っているし、出たばかりの新録音も並んでいる。シャーシュ(S)のケルビーニ「メデア」役とかシルズ(S)のドニゼッティ「アンナ・ボレーナ」役とか。またはサザーランド(S)の「コマンド・パフォーマンス」というアリア集、「プリマ・ドンナの芸術」という懐かしいアルバム、その他。そしてカラス(S)の多くの全曲盤。しかし買い出せばきりがないし、1週間100ドルで暮らすつもりからすれば我慢、我慢。
毎日通った道から撮った写真。この先にYYY機構がある。
図:毎日通った道から撮った写真。この先にYYY機構がある。

やっと自分用のレコードを買いに出動。シミオナート(Ms)のロッシーニ「チェネレントラ」全曲、アストリード・ヴァルナイがオルトルートを歌った1953年バイロイト音楽祭のワーグナー「ローエングリン」全曲、サザーランドのベルリーニ「ノルマ」全曲、同じくサザーランドのベルリーニ「夢遊病の女」全曲、そして1979/9/16にサンフランシスコ・オペラから世界中に中継されたポンキエルリ「ラ・ジョコンダ」を記念するハイライト盤、そしてヘレン・トロウベル(S)とラウリッツ・メルヒオール(T)によるワーグナー「トリスタンとイゾルデ」のハイライト盤、リューバ・ヴェリチ(S)のアリア集(R.シュトラウス「サロメ」を含む)、レジーヌ・クレスパン(S)の「ばらの騎士」ハイライト盤。そして、割高だったがメットのギフト・ショップで買ったのがマリア・カラスの未発売アリア集、テバルディ(S)のスーベニール・レコード、そして日本では廃盤になったテバルディの初期のアリア集(モーツァルト、ロッシーニを含む)。ごく最近ジンカ・ミラノフ(S)のスーベニール・レコードも出たらしい。今度行ったら買ってこよう。これらを予め買ってあったポータブル・レコード・ケースに詰めて運送業者に渡した。その後になって、YYY機構のCが、何とキルステン・フラグスタートが1936年にロンドンのコヴェント・ガーデンでやった「トリスタンとイゾルデ」の実況レコードをプレゼントしてくれた。(メルヒオール、リスト(Br)が共演し、フリッツ・ライナーが指揮したもの。)手荷物が増えたのは困ったが、こんなに嬉しいプレゼントは無い。

フラグスタートの若い日の「トリスタンとイゾルデ」は、かねてより憧れの的だった。メットのギルドに100ドル寄付すればメットの実況レコードを特典として呉れることは知っていた。そうして100ドル寄付する気があった。それをCが呉れたのである。彼にとってはフラグスタートの名より、ライナーの指揮やエマニュエル・リストの名の方が重たかったのかもしれないが。「君の好みがワーグナーとシュトラウスだってレコード屋に話したんだ。大概のものは持っているとは思ったが、レコード屋が言うには、これはコレクター向きのものだし珍しいだろう、と言うんだよ。」と彼は言う。繰り返し僕は礼をいった。またJF氏はある日、僕の留守中に僕の机の上にベルリオーズ「ファウストの刧罰」の全曲盤(小沢指揮)を置いていってくれた。誰のプレゼントだろうと思っていたら、本人が名乗り出た。またベビー・シッターを何度も頼んだCs嬢はキョン・チョン・ファの彈く、チャイコフスキーとシベリウスのヴァイオリン協奏曲のレコードをプレゼントしてくれた。英語しか話せないので、お互い精一杯努力をしていたわけだ。「私の友達に、あなた方がいかに素敵なカップルかってお話ししていますわ。本当に奥さんは幸せですわ。こんなにたくさんの音楽会に連れて行って貰えるんですもの」

[ギフトショップにて]
ギフト・ショップでは、メットの過去の上演記録を記した本を何冊か買った。創立以来のめぼしい出し物の批評が載っており、また過去10年位のものは、全キャストが書かれている。1966年のオールド・メットの告別演奏会の特集の本もある。また重要な役を受け持った歌手が、どの役を何回歌ったかという記録集も手に入れた。この店にはスコアもあったので欲しかったが、日本へ送る荷物料のことが気になって断念した。面白いことに一曲のスコアの値段は同じで、例えマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」みたいな短い曲であろうと、ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」みたいに長い曲であろうと、値段に変わりはない。一度この種のショッピングだけのためにニューヨークに来てみたいものだ。ブルーミングデール・デパートではスカラ座の写真集も買った。35ドルというのは高いが、日本ではまだ出ていない最新刊だからと思って、思い切って買った。またマリア・カラスの伝記(Ardon著)を一冊手に入れた。


[2009年に記載]
この節の先頭に出て来たレジーヌ・クレスパンですが、お恥ずかしい事に、私はワーグナー「ワルキューレ」のジークリンデ役を聴くまで知りませんでした。アストリード・ヴァルナイ(S)に関する記録をよむと彼女があのショルティ指揮「ニーベルングの指輪」に出演を希望されながらも、何かにこだわって断ってしまった、と書いてあります。1965年ではショルティの言うとおり、ヴァルナイに残された可能性は「ワルキューレ」のフリッカ役、「ジークフリート」のエルダ役、「神々のたそがれ」のワルトラウテ役しかありません。すべて、フラグスタートのために取ってあった役です。そのフラグスタートが死んでしまい、代わりの人としてヴァルナイと交渉することになったのですが、ヴァルナイには誇りがあり、本来はブリュンヒルデ役を歌うべき所をそのような小さ過ぎる役しか与えられないなら、拒絶した方が良いと答えたものと思います。それでもねばり、恐らくは、ジークリンデ役だったら、と答えたんじゃないかと想像します。レコード・プロデューサーのジョン・カルショウは「もうそういう、おばさんみたいな声には飽き飽きしていた」と別の所で書いていますし。もの凄く残念でした。

ヴァルナイが参加した「ニーベルングの指輪」ができれば、それは1960年代の集大成になったはず。一方でジークリンデ役を歌うことに同意すれば、眼のギラギラしたような、狼の子孫たるジークリンデが誕生したでしょう。ああ残念、もう不可能です。この年代、ヴァルナイとニルソン(S)の交流はあったし、ヴァルナイがニルソンに嫉妬したかも知れない心情は理解できます。同じ歳。10年早く計画が出来ていたらヴァルナイが当然ブリュンヒルデ役を歌ったでしょう。この録音テクノロジーの進歩が激しい時代、僅かな時間差が産んだエピソードです。でも、さらに20年遡ってフラグスタートの全盛時代だったら、当然ですがフラグスタートのブリュンヒルデを聴けたはずです。でも、レジーヌ・クレスパンは全てを吹き飛ばしてしまう、素晴らしいジークリンデ役を歌っていました。良かった。本当に歌手は寿命が短いのです。

(ここまで1979年の日記より収録。次回へ続く)



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