第4-4話:NY-見聴きした音楽情報-2


以下はニューヨーク滞在中から作っておいたメモを基に、1980年に原稿化、ほとんど原文のまま清書(1993年12月31日に完成)し、さらに短く2/3程度に縮めたものです。青字は2008年に追記したもの。


[ガルヴァニの"ノルマ"を観る]
1979.3.12(月)
メットに待望のベルリーニ「ノルマ」を観に行く。指揮は日本でもお馴染みのペーター・マーク。メット9代目のノルマ(リリー・レーマン(S)、ローザ・ポンセル(S)、ジーナ・チーニャ(S)、ジンカ・ミラノフ(S)、マリア・カラス(S)、ジョーン・サザーランド(S)、モンセラ・カバリエ(S)、リタ・ハンター(S)、シャーリー・ヴァーレット(S)の順)を歌うはずだったヴァーレットが突然ダウンしたと支配人の説明があり、代役の名が告げられた。マリサ・ガルヴァニ(S)だと言う。そんなソプラノは聞いた事が無かったが、隣席のお婆さんの説明では、ニューヨーク・シティ・オペラからの客演だそうだ。

ガルヴァニは高音が苦しそうだし、音色に不安定なところがある。メゾ・ソプラノのアダルジーザ役は売出し中のソ連のエレーナ・オブラスツォワ。こういう暗い音色の強靭な声は僕の最も好きな声。演技はうまいし、ソロを歌う限り申し分のなく、コソット(Ms)に似た声質で、やや遠くから聴こえるような発声。声量も豊かだし、何といって旭昇天の勢いにある偉大な声だ。ただし、安定感がなく、ノルマとの重唱の時に合わなくなってしまうのが問題だ。淡いブルーのジョーゼットの衣装を着たオブラスツォワは見栄えも良い。

[ニスレスコの"ファウスト"を観る等]
1979.3.14(水)
ニューヨーク・シティ・オペラへ行ってグノー「ファウスト」を観る。ガラ空きに近い。一番安い席の切符を買っておいて、あとで高い席の空き場所に移ることが可能
(そういうことはニューヨークでは日常茶飯事でした)。舞台の中央部にマルガリータ役の家を表す仕切り板があって、その周囲はほとんど空っぽとも言える簡素さだった。コーラスは素人っぽかったし、演出はゴタ混ぜ風なもので、当初は斜めに構えて聴いていた。しかしマルガリータのマリアンナ・ニスレスコ(S)が美しく歌い、後半の教会の場から獄中の場にかけて急速に盛り上がって行った。舞台のやや左にほぼ鉛直に立てられた長い階段を、観客に背を向けて登って行く、最後のシーンはいつまでも印象に残る。幕が降りてからも、しばらくじっと舞台をみつめていた。メフィストフェレスはサミュエル・レイミー(Bs)、ファウストはルイス・リマ(T)。ニスレスコは次シーズンには「椿姫」を歌うらしい。

1979.3.18(日)
エイブリー・フィッシャー・ホールに行ってマウリツィオ・ポリーニ(P)のピアノ独奏会を聴いた。ベートーベン(Op54のソナタ、熱情ソナタ)、リスト(4つの遺作の小品)、ブーレーズ(2番のソナタ)というプログラム。ポリーニの印象はレコードから受けるものと変わらない。クリスタルのような硬質で透明な音色を持ち、全ての音を分解して聴かせる。ベルマン(P)に負けないくらい音の大きい人だったが、ポリーニには意外なほど情熱があり、緊迫感があった。音楽をただ整然と冷たく組み立てているわけではなかった。

[マイヤーの"さまよえるオランダ人"を観る等]
1979.3.21(水)
ニューヨーク・シティ・オペラにドニゼッティ「ランメルムーアのルチア」を観に行く。ジョアンヌ・ロランディ(S)の演技は何かおきゃんな小娘みたいで、悲劇のヒロインとしての高貴さに欠ける。あとでYYY機構のJFの貸してくれた雑誌を見たら、『ロランディ嬢の演技はまるで鋼鉄の肘を持ったシャーリー・テンプルみたいだ』と書いてあったのでおかしくなった。ピッタリの表現だと思ったからである。
当コラム「音楽のすすめ」第1章第15話を参照。

1979.3.29(木)
メットにワーグナー「さまよえるオランダ人」を観に行く。演出はジャン・ピエール・ポンネル。妻もこれを大いに楽しみにしていた。このポンネルの演出はサンフランシスコ・オペラからそっくり借りたものだそうだ。正直なところ、出だしのトレモロはそれ程緊張感のあるものではない。しかし、幕が上がって雪の降りしきるノルウェーの荒海の光景が示された時、驚くほどそれは見事なものだった。舞台装置そのものに対する観客の拍手を、メットでは初めて経験。オランダ船が出現するシーンなどは、ゾッとするほど不気味なもので、サアッと上から骸骨や死体が掛かったロープや網が降りてきた。ファミリー・サークルから遠景として観ていたせいもあって、実にリアルで、ポンネルの才能は確かなものだと思った。
図:最近半分売ってしまった、プラザ・ホテルの側。下方左端は乳母車を覗き込む妻。
図:最近半分売ってしまった、プラザ・ホテルの側。下方左端は乳母車を覗き込む妻。

また男性合唱は素晴らしく力強く、水夫の合唱も立派なもの。オランダ人を歌ったドナルド・マッキンタイア(Br)は月並み。幽霊船の合唱はやや効果が小さくて二期会の時より劣る。ゼンタ役はヨハンナ・マイヤー(S)で、初めは思いきり声をセーブしているみたいだったが、オランダ人を追って海に飛込む終幕のシーンで初めて声を出し切り、見事に劇的に表現した。

1979.3.31(土)
ニューヨーク・シティ・オペラでボーイト「メフィストーフェレ」を観るため1人でステーツ・シアタへ行った。特にプロローグはセラフィン盤でよく聴いていたから、イタリア・オペラの精華がここに有るのかも知れないと期待していた。天使との賭に負けたメフィストフェレス役が、舞台全体をのたうち回る物凄い幕切れ。シティ・オペラがあんなに熱狂したのを見たことがない。サミュエル・レイミー(Bs)主演。

[ビヴァリー・シルズを聴く等]
1979.4.1(日)
ニューヨーク・シティ・オペラにロッシーニ「イタリアのトルコ人」を観に行く。このニューヨーク公演にはビヴァリー・シルズ(S)が出演する。シルズはこの秋のシーズンをもって、引退すると予告しているので、果して切符が手にはいるかどうか心配していた。実はシーズン初めにボックス・オフィスに並んだ時、シルズの切符は売り切れに違いないという噂を耳にしていたのだ。いつかメットの行列で老人が「イタリアのトルコ人」は駄作だと言ったのは覚えていたが、大スターのビヴァリー・シルズに接する最後のチャンスかも知れないと思い、ともかく天井桟敷の切符を2枚買ったわけ。

ところが、日曜日は開演が夜7時からだということをうっかり忘れていた。突然思い違いに気が付く。はっとして妻と二人、飛ぶようにしてコロンバス・サークル広場からリンカーン・センターへ走って行き、ステーツ・シアタの階段を駆け昇る。かなり客が入っていて近くには空席なし。予約した席は遥か遠くだし、足元にひとつあった空席には松葉杖が立てかけてあったので、そこは遠慮。英語版だったので時々カタコトが歌から聞き取れる。"Don't let me interrupt " なんてセリフが聴こえてくると、やはりおかしくなる。ビヴァリー・シルズは舞台慣れした貫禄をもって演じていたが、いつも職業上の笑顔を浮かべている。客席からはビヴァリー!と叫ぶ男性のかけ声が時々聞こえる。都はるみのショウみたいと言えば分かりやすい。ニューヨーク・タイムズの社交欄ではシルズは有名人で、1978年のクリスマス・パーティに喜んで迎えられる"Yes, yes"のグループに入っていた(他にジャクリーン・オナシスとかエリザベス・テーラーも入っていた)。"No, no"のグループは誰だっけ?

[ブレンデルのピアノの響き等]
1979.4.5(木)
エイブリー・フィシャー・ホールでのズービン・メータ指揮ニューヨーク・フィルの定期演奏会に行った。一人10ドル。シューベルトのイタリア風序曲と交響曲3番、それにアルフレード・ブレンデルをソリストに迎えたモーツアルトのK271とK491のピアノ協奏曲。メータの棒の振り方はショルティ(Cond)そっくり。顔をブルブル震わせてやる。シューベルトは余り印象に残らなかったが、ブレンデルのモーツアルトは極上の美しさがある。K271の冒頭などうっとりするほど典雅なもの。後ろの席の人が、これがスタンウェイの音とは思えない、と漏らしていたほどのモーツァルト風の美音だったのである。ボストンから電話のあったN教授にそのことを話したら、自分もブレンデルが好きだし、R教授もそうだと言って、ブレンデルの不人気を不思議がっていた。あのやや不器用な"教授"タイプの風貌がいけないのかな。あの手の容貌はドイツ人には尊敬されるが、アメリカ人には滑稽に映る、という話を何かで読んだ覚えがある。

1979.4.6(金)
昨日に続きエイブリー・フィッシャー・ホールでの小沢(Cond)=ボストン交響楽団の10ドルのシングル・チケット(2つの席番号が飛び飛びになっている席のチケット)を2枚買ってあった。ところが、イースターの休みに急にワシントンの桜祭り見物に出かけることにしたので、リンカーン・センターには行かなかった。切符を無駄にしたわけだが、後でYYY機構のCにそれを言ったら「何で言ってくれなかったの?もったいないことを。」と嘆いた。この当時Cは小沢のファンだったのだ。

[ヴィッカーズの"パルシファル"を観る等]
1979.4.10(水)
メットへワーグナーの「パルシファル」を観に行く。この切符は雪のちらつく約1カ月前の、日曜日の早朝150人と一緒に行列して手に入れたものである。指揮はジェームス・レヴァイン、パルシファルはジョン・ヴィッカース(T)、グルネマンツはマルティ・タルヴェラ(Br)、クンドリーはクリスタ・ルートヴィッヒ(Ms)、アムフォルタスはベルント・ヴァイクル(Br)というメットのベスト・キャスト。夜7時に開始し、12時ごろ終了。第三幕の聖杯の騎士たちの入場や、終幕の場などでは、柔らかでしかも重厚なハーモニーが良く出ていて大変印象的。クンドリー役には初めミニヨン・ダン(Ms)が予定されていたが急にダブル・キャストのルートヴィッヒになったもの。ルートヴィッヒは余り魔性的な雰囲気は無かったが、声楽的に立派なクンドリー。ヴィッカーズは声の艶が少し欠けていて、盛りを過ぎたなと思う。オーケストラのハーモニーの良さ、見事さを思えばこれ以上は無いものねだり。妻は眠たそうな顔で「そりゃあの音楽は良いわよ。あれで、もう少し短かければ!」等と言う。

1979.4.21(土)
ニューヨーク・シティ・オペラにヴェルディ「椿姫」を観に行く。ヴィオレッタ役のアシュリー・パトナム(S)はこのシーズンにデビューしたばかりの新人だが、3カ月前のニューヨーク・タイムズで称賛されていて、『遠からずパトナムは有名になるだろう』と書いてあった。確かに容姿に恵まれているし、声も素直だが、もっと鋭角的に切り込む術があったらなあと思う。オーケストラは貧弱で用をなしておらず、指揮者はまるで無力という感じ。磨けばダイアモンドになるこの曲も、ただ耳ざわり良くゆったりと流れていった。鐘や太鼓で騒いで喧伝するほどの大型新人とは思えない。


[2008年に記載]
私はまだあらゆる意味で万全な「椿姫」を見たことがありません。いつもルキアーノ・ヴィスコンティ演出を念頭に置いて観ていますが、もうああいう演出は流行らないのでしょうか。経費節減に反するような装飾タップリの小道具と大道具。しかもカラスなみの素晴らしい声の持ち主によるヴィオレッタでなければならない、となると、どこにそんな夢みたいな舞台が、と言われそう。でもそういう舞台を観ないことには、決して満足しないと思います。ヴィオレッタって純粋のコロラトウーラ・ソプラノではないし、さりとてソプラノ・リリコに歌わせるとまた不満が予想されます。他方、第3幕のドラマティックな別れの場面を持たせなければならないし。

案外「椿姫」みたいなポピュラーなオペラでは、人材が不足してるのかも。ヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」もベルリーニ「ノルマ」も同じ。それにコロラトウーラ・ソプラノに絞っても、安心して聴ける人が少ないと思います。ちょっと重たいな、とかちょっと引きずっているな、という人が多いようです。名前は上げません。もう一つは歌う速度が遅くなることも上げられます。全体にこの曲を楽々と歌うソプラノを、「曲芸的なソプラノ」と、いわば馬鹿にするような雰囲気があるとすれば大変まずい。お隣の韓国のスミ・ジョーは素晴らしいコロラトウーラ・ソプラノだと思いますが、彼女に匹敵するような日本人ソプラノは見当たりません。日本でも、やや旧式だが、華やかで、コロラトウーラという分野をもっとテコ入れしないと。まずそれをやってからソプラノ・ドラマティコを開拓しないといけないだろうと考えます。最初から完全な「椿姫」や「ノルマ」ではないのです。なおアシュリー・パトナムは2008年8月のOpera News誌に顔写真が出ていました。でも、その写真は古い1977年サンタフェでのニノ・ロータの「麦わら帽子」のものでした。「椿姫」そっくりだったのに、がっかり。

(主に1979年の日記より収録。次回はAppendixの欄に出すことにします)



 <<第4-3話へ マーク 第4-5話へ>>
音楽のすすめに戻る