第4-9話:NY-マイアベーアの音楽


以下はニューヨーク滞在中から作っておいたメモを基に、1980年に原稿化して、ほとんど原文のまま清書(1993年12月31日に完成)し、さらに短く2/3程度に縮めたものです。青字は2009年に追記したもの。


[ストラヴィンスキー"火の鳥"を観て]
1979.9.6(木)
1979〜80年のシーズンの初めての劇場通いとして、メットでアメリカン・バレエ団のストラヴィンスキー「火の鳥」を観た。マルティーネ・ヴァン・ハミルが火の鳥を演じる。おとぎ話だし、そんなに劇的なストーリーがあるわけではない。ショー的なコール・ド・バレエがあり、レビューのような楽しさがある。ただし「火の鳥」役には余りたいした見せ場がない。しかしあの鳥の羽根を表す両手の動きは、やさしそうに見えて、実は難しい。何度真似しようとしても肩が言うことをきかない。音楽はストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」よりかなり伝統的なものに近く、厚く安定した響きがある。

初のバルコニー最前列席で、よく見えた。オペラもここで十分だと思う。でもsubscriber(定期会員)がガッチリ押さえていて放さないのではないかと思う。12ドル。「火の鳥」のあと、まだ小品の出し物があったのだが、帰宅時間が遅くなるのとベビー・シッター料が気になって、「火の鳥」だけで帰ってしまった。その代わり「火の鳥」のあと、メットの地下のロビーに降り、そこに飾ってある代々のメットの名歌手の肖像画やブロンズ像を見ることにした。階段を降りて正面に目立つのはロッテ・レーマン(S)の肖像画(R.シュトラウス「ばらの騎士」の元帥夫人)であり、その隣には指に小鳥を乗せたリリー・ポンス(S)の肖像画が掛かっている。そしてその左には「ばらの騎士」のオクタヴィアンに扮したマリア・イェリツァ。ホーマーのオルフェウス(グルック)とか、メルバ(S)、リリー・レーマン(S)、エームス(S)とかルクレツィア・ボリ(S)、サヤオ(S)、ガリ=クルチ(S)の引退公演(ロッシーニ「セビリアの理髪師」)の肖像画とか。またメルヒオール(T)、マルティネリ(T)、ショル(Bas)。大きな、美しい女性像があったので誰かと思ってネーム・プレートをのぞき込んだら若い日のキルステン・フラグスタート(S)だった。中学生の頃はトランジスタ・ラジオの製作に熱中していたのだが、「ラジオの製作」か「電波科学」という雑誌に、60歳を越えたフラグスタートのレコードが新録音として紹介され、彼女の写真(ちょっと能面を思わせた)が出ていたのを思い出す。そのもう少し後だが「フラグスタートの告別演奏会」という特製レコード(1963年に1枚4,000円と高価だったから買えなかった)の放送も聴いたことがある。そのフラグスタートである。

一番奥にヴィクトリア・デ・ロスアンヘレス(S)の肖像画もある。これらの肖像画は本人の寄付によるものだから、自分の家に後生大事にしまっておかれる間は、メットに飾られない。ローザ・ポンセル(S)の肖像は依然としてポンセル宅に飾ってあるそうである。最近ポンセル宅の一部が火事になったそうだが大丈夫かしらん。予鈴が鳴っても知らん顔で見て回る。カルーソ(T)のブロンズ像もある。ヴェルディ像もある。それからロビーにまた昇って、メットのギフト・ショップでペンライトを買う。自分のためと、KeとWlへのプレゼントとして。店内ではちょうどヴェルディ「オテロ」らしきカセット・テープが鳴っていたので「オテロ」だろうと店屋のオヤジに言ったらそうだと言う。僕達もメットの「オテロ」を観に来る予定だと言ったらオープニングにですかと言う。とんでもない、オープニング(一人100ドルもする)どころか、いつもは7ドルの席だのに。でも僕らの観る今回の「オテロ」は18ドルだよ。

1979.9.15(土)
TV中継でウィーン国立オペラのガラ・パフォーマンスを観る。ウィーン・フィルの音は実に柔らかく、まるでカドが無い。低音がやはり薄い気がするが、安物のステレオのせいかも知れない。まず地元のレオニー・リザネック(S)が登場してワーグナー「タンホイザー」の「歌の殿堂」を歌う。リザネックは声の焦点が定まらない。ややしまりのない発声。それに音程が悪く、それを気にすると楽しめない。しかし最近のOpera News誌ではリザネックはウィーンの歌手ギルドの無記名投票によってロッテ・レーマン記念指輪を受賞したそうだ。ロッテ・レーマン自身による評価でも1955年に「potentialityとしてはリザネックが最も才能があると思う」と語ったという。そういえばレジーヌ・クレスパン(S)がR.シュトラウス「ばらの騎士」をやる時、マルシャリン役として高名だったロッテ・レーマンがあれこれクレスパンを指導したらしいが、クレスパンは余り言うことを聞かなかったそうだ。続いてルネ・コロ(T)が登場してワーグナー「ローエングリン」の"名乗りの場"を歌う。少し体をゆすって歌うのはやや気になる。その次のジークフリート・イェルサレム(T)が歌ったワーグナー「ワルキューレ」のジークムントの恋の歌は、もっと品位に欠ける。声は若々しいが声量に欠け、時々声が途切れる。それに体の揺さぶり方はコロの比ではない。デビューして嬉しくて仕方ないという感じでニコニコしていた。声量を将来付ければともかく、このディグニティに欠けた歌唱では英雄の役は貰えまい。続いてビルギット・ニルソンが登場。ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」を歌う。堂々たる押し出しで、ビクともしないポーズをとる。本来あまり器用な人ではないから、衰えてくるとピアニシモに魅力が無くなり、フォルテだけが取柄になる。

その後、プラチード・ドミンゴ(T)が指揮してヴェルディ「運命の力」序曲。腕を突き出したりして苦笑を誘う。イタリア物の最初はアグネス・バルツァ(S)の歌うロッシーニ「チェネレントラ」の最後のアリア。バルツァは初めて聴いたが巧い。金属的だがよく透る声で見事に歌っていた。コソット(Ms)やオブラスツォワ(Ms)のタイプの声である。中音域はよく練れている。後半のカバレッタは、意地悪く聴けばやや食い足りないかも知れない。最近読んだOpera News誌でバルツァいわく、アムネリスやエボーリ姫(共にヴェルディ)は余り好きな役ではないという。ロッシーニをよく歌うためには賢明な選択かも知れない。

つづいてニコライ・ギャウロフ(Bas)がロッシーニ「セビリアの理髪師」より「陰口はそよ風のように」を歌う。そのあとはエディタ・グルベローヴァ(S)が登場してドニゼッティ「ランメルムーアのルチア」の狂乱の場を歌う。グルベローヴァはメットでのツェルビネッタ(R.シュトラウス)を聴いてびっくりした人だけに、耳を凝らして聴いた。注意深い歌唱だがもの足りない。本当にメッツァ・ヴォーチェを頻用する人だ。しかし、これが何となく逃げているような気がするのだ。イタリア・オペラの、あの血の匂いのする生々しさが一向伝わってこない。全く破綻はないが、声がひきつりそうな危険な箇所は、全て避けるのだから当然だろう。口の小さい、小造りの顔の人で何となく三沢あけみに似ている。その後シェリル・ミルンズ(Br)がヴェルディ「仮面舞踏会」のレナートのアリアを歌う。最後はモンセラ・カバリエ(S)がヴェルディ「運命の力」の「神よ平和を与えたまえ」を歌う。ニルソンそっくりのポーズ、体型で構える。

[カヴァレリア・ルスティカーナを聴く等]
1979.9.26(水)
メットにマスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」を観に行く。フィオレンツァ・コソットのサントゥッツァ、ファン・ロベラス(T)のトリドゥ。以前二期会で観たのと実に良く似た舞台装置だった。メットのはゼッフィレルリの演出だそうだが、二期会の方が上手だったと思う。例えばミサの終了後人々が酒屋の方へ集まってくるシーンなど、二期会の方は本当にうきうきと、楽しそうに見えたが、メットのはやや陰気。二期会が勝つ事もあるという例。

「カヴァレリア・ルスティカーナ」のあと続いてレオン・カヴァルロ「道化師」があってヌンチアータ(S)が出演するのだが、一度ぐらいゆっくり帰りたいから、と思って「道化師」は見ないことにした。「カヴァレリア」のカーテンコールをゆっくりと見た後、2階のロビーにてメトロポリタン・ギルドへNational Memberとして登録した。送料込みで29.5ドル払う。日本語のたどたどしい人が来て、英語で、連れの日本人に「道化師」のストーリーを教えてやってくれという。変な人だと思いつつも、思い出す限りの「道化師」の物語をしてあげた。
  
この「カヴァレリア」の公演の前にギフト・ショップにて「ばらの騎士」第2幕の銀のバラ進呈の場面のジグソー・パズルを買う。5ドル。またプッチーニ『ラ・ボエーム』と「カヴァレリア」のプログラムを印刷した、ペーパー・ナプキンを一箱づつ買った。この店ではかつて100ドルもの本を買い込み、レコードも買った。何でも高い。本物の舞台衣装の端きれを集めて作ったバッグなども売っているが、随分高価だ。また「ばらの騎士」にあやかった銀のバラもあり、45ドルだから妻に買おうかと言ったが、ついに買わずじまい。1ドル札がどんなに大金に思えるかは、そこで生活してみないと実感できないだろう。
ニューヨーク市ブルックリンのコニー・アイランドの風景。
ニューヨーク市ブルックリンのコニー・アイランドの風景。

YYY機構のJFは時々不意に尋ねてくるのだが、ある時、僕がクラリネットに興味があってモーツァルトのクインテットを聴いてみたいと言ったら、我が意を得たり、とばかり実に嬉しそうな顔をした。しばらくしてシュワンのカタログを持ってきて、自分だったら古いベニー・グッドマンのモノーラル盤がいいと思う、と言う。ニューヨーク図書館で借りられるから、聴き比べてみたらどうかという(僕はJビザで免税のためSocial Security Numberを持っていないから借りられないと思う)。ベニー・グッドマンはまだ生きているのかしら。JFはベームの「魔笛」のオープンテープを貸してあげよう、と持ってきて呉れたこともある。僕がオープンテープ・デッキを持っていると言ったのを、ニューヨークに置いていると思ったらしい(日本に置いてあるのである)。ともかく親切な人だ。

[マイアベーア"予言者"の演出等]
1979.10.2(火)
カーネギー・ホール・コンサートへ行った。オーマンディの指揮でシベリウスの交響曲第2番。これはつまらなかった。ダイナミック・レンジを、強音を大きくすることによって得ているらしい。しかしオーディオ機器だってピアニシモの善し悪しで値打ちに差が出る。このシベリウスは、ややデリカシーの無いショウピースの感じがした。おざなりの拍手の後はあっさりと客は退場しはじめ、アンコールも無かった。こういうところ、本当に米国人はドライ、というか正直だと思う、

1979.10.8(月)
メットにマイアベーア「予言者」を観に行く。マリリン・ホーン(Ms)が主役を演じ、前にモーツアルト「魔笛」の夜の女王をやったリタ・シェーネ(S)も共演した。予想外に序曲はおとなしく、舞台もどちらかというと簡単なもの。音楽は概してつまらない。"夜の女王"さんはリリックな役は苦手らしく、ちっともさえない。正直なもので拍手は殆ど無い。メットの古い上演記録でリタ・シェーネがメットに初めて夜の女王として登場した時、「衝撃的なもの。もしマリア・カラス(S)が夜の女王を歌って呉れたら、と夢見ている人にとっては満足すべきものだったろう」と評されているが本当か?マリリン・ホーンも印象に残る場面はない。第2幕の「戴冠行進曲」だけは楽しんで聴いた。しかしそれ以外はさっぱり面白くない。やはりマイアベーアが今日はやらないのはそれだけの理由があったようだ。どうして19世紀にははやったのだろう。多分演出がもっと豪華絢爛で、レビューのように目を楽しませるものだったのではなかろうか。


[2009年に記載]
実際僕は思うのだが、せっかく滅多にやらない「予言者」を舞台に掛けるなら、もう少しリアリティのある演出にして欲しかった。僕は「戴冠行進曲」ぐらいしか知らない。いわばこのオペラの初心者だ。そこで初めてこの曲を観ようという人に、抽象的な演出をされると訳が分らなくなってしまい、お手上げ状態になります。

当日の演出は大道具が問題。平たく言うと子供達が使う木工細工みたいな台車が何台かあって、ある台車の上だと何かを意味し、そこを降りると別のことを意味する、という調子の演出。演技する人達の衣装はオペラらしく華やかだったが、この台車のお蔭でまるで分らないものになったのが真相。さっきまで城壁だったのが今度は戴冠式をする盛装した通路、というのだから。こういう演出はもっとありふれた出し物でやって欲しいな。しかし「ありふれた出し物」というのがくせ者で、人によって千差万別です。私は自信をもって言うのですが、この「予言者」のような演出に感激するとは思えません。

好奇心のある人びとを引きつけるには、やはり説明が行き届かないと。視覚的な欠点に気をとられては、声楽的な面がおろそかになってしまう。マリリン・ホーンは声楽的には相変わらず上手だったが、リタ・シェーネに関する古い批評を読み返してみたら、そこでは改革者の意識に満ちた歌唱として書いてあった。しかしシェーネの歌唱は年月と共に衰えてしまったようです。私の偏見かもしれませんが、もう一度みて欲しいなら、オリジナルの絢爛豪華な演出をして欲しいというのが本心です。

(ここまで1979年の日記より収録。次回へ続く)



 <<第4-8話へ マーク 第4-10話へ>>
音楽のすすめに戻る