第10話:「音楽のすすめ」(APPENDIXを除く) の終了


(2009年6月25日)
これで「音楽のすすめ」全第5章の全ての本論が終わりました。ここには趣味の世界を中心として書いたのですが、決して仕事をさぼっていた訳ではありません。仕事は仕事で楽しく、多くの交友関係を築くことができました。その中で見つけた楽しいことだけを特にピックアップしたのが、この「音楽のすすめ」です。職業生活が厳しいのは当然です。全てを書けば、決してこういう「エピキュロスの園」みたいな生活にはなりません。ネガティブな面も当然、あります。職業上の問題はいつも、どこでも存在しますが、避けました。そして、フリーになった今だからこそ、オーディオもオペラも「源氏物語」も堂々と書きました。私は、まだどこかに職業生活への未練が残っているのかも知れませんが、今はできるだけ、それらを排除した生活をしています。せっかく築いたネットワークを捨ててしまうなんて、と言われても、です。今なおメールで届く海外からのお誘いにもなびかず、いずれにせよ遠からずこうなるのだから、元気がまだ残っているうちに、生活を楽しみたい、と思います。私の職業上の方法について少し紹介したのが、下記の私の引退講演で喋った内容です。

[職業上の話]
「あとで」ということがよく言われますが、いつ「あとで」が来るのでしょうか?其の時が来たとき、既に「時間切れ状態」で耳が衰え、足腰が衰え、やる気が衰え、ボーッとして過ごすような生活はしたくありません。残された華の有効時間はあと10年位しかないのです。私は「人生=仕事」で燃え尽きたくないのです。仕事は既に十分務めたと思っています。カッコつけちゃってと言われても構いませんが、老後は自分で納得の行く生活をしたい、と考えています。もし自分でも驚く程の才能があって、天才的な思考が次々と出てくるなら、別の方法も取り得たでしょうが、残念ながらよくよく考えてみると、私に与えられた才能はここまで、あるいは訓練不足のせいだとしてもここで終り、と観念したのです。大変残念ですが、これを認めました。

もう一度学生時代に戻れたら、今度こそ量子論や相対論も熱力学も、根本から理解できたかもしれないが、あくまで「もし」の仮定の話に過ぎない。一度、理論に賭けて数式ばかりいじってみましたが、それでは私はやって行けない、と思い知りました。やってみてダメですから、これは本当にダメ。それでは統計に賭けようかとも思いましたが、やはりダメ。私は考えるだけではダメだと身にしみて分りました。残ったのはデータ解析という方法。一番ラクな方法かもしれない。現代はまるで工場のごとく、論文を量産し、しかも著者は大量の者と連名で書く、というのが支配的です。データ解析とこの方法が結びつくとタチが悪く、余り好きになれない方法。特に医学系論文は金魚のフンみたいに互いに名前をつけ合うという習慣があるし。私はある時、仲良くしていた若いDXX君から私ほど強情な人は居ないと言われ、ホウと苦笑しました。DXX君の正直さを買っていたので、彼は本当にそう思ったのでしょう。ただ年をとってから進歩があったのは、プレゼンテーション技術が大幅に向上したことでしょうか。プレゼン技術に関しては第2章29話「ウオルドーフ・アストリア・ホテル」の冒頭に書きましたので、参考にする方はどうぞ。

当初、私自身の口頭発表は下手そのもので、思い出したくないシロモノ。発表時間をどう使うかの戦略も下手だったし、いったい何を言いたいのか分かるようにして呉れ、とリクエストもされました。だからXYZ氏から「君は自信過剰だ」と批評されても当然でした。今は自分でもそう思います。だからこそ、私が学生を教える立場になった時、繰り返して修辞学(レトリック)を尊べ、と強調したのです。教室発表会での私の話の下手さ加減は、思い出すだけで赤面の至りです。しかし申し上げたいのは、いかに下手でも、私自身はやりたいと思うことしかやって来なかった事です。そういう贅沢を味あわせて呉れたのは、教室スタッフの厚い好意です。こういうやり方に馴染めない人も居るかも知れませんが、自発的に、自分自身で調べてみたり、色々やってみて欲しい。誰も教えては呉れないのです。習うのは「努力の仕方」だけです。中味は自分でしか出来ないのです。それでも5年間でDstを書かねばならない、と強調したHta氏。事前に松本市であった学会。当日朝まで取り消すべきかどうか悩みましたが、何とか通過。いつもやっとこさで、一度も悠々と乗越えた事はありません。

私がDstを書いた38年前、1時間の口頭発表もしたのですが、Tn担当主任教授から「君の入った頃の発表は全く下手だったが、今日のは良かったよ」と言われたこと、またO教授から「君のはね、英語で表現すればhectic(熱に浮かされた)なものだった」と言われ、そしてN教授からは「何か一生懸命問題を膨らませようとする姿勢を感じた」、等の批評を頂いた事を思い出します。いずれも身に余る言葉と思っています。しかし、ここに述べたのはあくまで私の生活スタイルであって、他人様にお勧めはしません。私は全体を把握すること、これをまず重視します。細かい分析は後回し。場合によっては細かい差異は目をつぶってしまい、大筋があっていれば良し、としている気がします。どの道へ進むかは、それぞれご自分で見つける問題です。私がDstを書いたのは1971年末ですが、パーマネント・ポストはありません。1974年春に就職するまでPdfとして過ごし、高校の物理の先生としても過ごしました。その間、結構充実した生活を楽しんだこと、初めて青春と呼べる時代を楽しんだことも申し添えます。ですから当時の友人達は、特別です。


["音楽のすすめ"の書き方]
(1)第1章:オペラなど声楽の楽しみの紹介
いままで「音楽のすすめ」というタイトルで駄文を重ねて来ました。当初は最初の声楽編だけの予定だったのが、案外と長いものに変貌してしまいました。最初にペンを取った日から数えて足掛け3年目にゴールに達したわけです。この中ではやはり最初の「声楽編」に最も愛着があります。

(2)第2章:直接話法を用いた、ニューヨークでの日常生活の紹介
この「ニューヨーク再訪記」は、会話体で書いた日記を一部再生したもの。会話体で書くためには、しゃべった直後にメモをとっておかないと、忘れてしまう。それを避けるため私の唯一の自慢できるタネ、photographic memoryを駆使。こういう記録はあとで読み直すと生々しくって、私は個人的には好きです。様々な会話が思い出されます。とくにC&Myとの会話が多いですね。これは私にとっても宝のひとつ。またCはオーディオ・マニアでもありました。

(3)第3章:飲食物にかかわる海外渡航歴の紹介
「食欲編」は全く別の切り口を持っていて、やはり古い日記を中央に置き、その前後を現在の私の話で挟んだものです。古い日記は、会話体ではなく、旅行中や旅行から戻った直後に書いたもの。これは旅行記としての面白さを感じて、ここに紹介しました。それを修飾するようなオーディオの話は後日プラスしたものです。また冒頭等にある食べ物や飲み物に関する話は、全て現在の私の好みを表す話です。

(4)第4章:源氏物語等の文学趣味の紹介
「源氏物語編」。これは音楽や音とは一見別のようですが、よく考えてみると関係があると確信したので、ここに記載することにしました。私の文学全般に対する興味の中でも、源氏物語は特に大きい存在でした。またトマス・マンやシェークスピア歴史劇の世界も、いまなお魅力的な存在です。ここに書いた文章はこのコラムのために新規に書いたものですから、私の現在の好みを表します。

(5)第5章:ピアノの記憶。ニューヨークとの最初の遭遇、パリで終止符を打った海外交流の紹介
「職業生活との関係編」は、私の職業との関係をチョッと述べて、私の声楽以外の分野に対する興味を記したもの。また私の初の海外行きだったニューヨークを取り上げて紹介しています。この部分の原稿はずっと以前からあったのですが、発表する機会が無かったもの。但しコラム記事にする前に少し刈り込みをしました。またその他の地域への訪問記も並べて記しました。


私が最も好きなのは声楽であり、それは第1章を読んで頂けば明らかです。実際この章を書いている時は幸せそのものでした。本心をさらけ出していますし、言葉使いも開放感があると思います。当初、ここだけ書いて終了の予定でしたが、それを延長して章が増えた次第。私が愛着を持つのは第4章で、妻には校正で世話になりました。実際、この古典文学をどうやって世の中に出すか、悩んでいたのですが、書いてみたら結構な量になりました。仕事をしつつも、私はこの古典文学から離れず、46年間も秘かに楽しんできたので、世に公開するに際しては、知ったかぶりにならないよう気を付けたつもりです。この文学と音楽を結びつけたのは、正解だったと思います。そしてオーディオの世界!これは1950年代後半から関心がありましたが、決して知識が多くないことを承知していたので、あまり出しゃばらないように気を付けました。しかしやはり好きな音はこれ、という基準はどうにも変りません。刺激的でなく、体を包み込むような音で、要するにホッとするような音が私にとっては最上です。スピーカー・サイズは邪魔にならない程度であること、できることならオーディオ機器の姿は隠してしまいたい、というオマケまであります。家族との生活を犠牲にしない程度に、そして末永く楽しんで行きたい、と思っています。

ただ本当のことを申し上げれば、現在の私はまだ夢を完全には捨てていません。ここでもう良い、と思った瞬間に過去の人になります。そうではなく、将来に進むために必要なのは、さらに良いものが未来にあるはず、という夢ではないでしょうか。現在だけに満足してしまっては、楽しむことはできても、それは過去の良き日を懐かしむ「消費者」に過ぎません。未来に対して「生産する」ことも大切だと思っています。これは人間の性(サガ)みたいなものでしょうか。ある程度は常に欲求不満にしておいた方が良いのかもしれません。毎日考える課題です。

飛び切り上等のシャンパンの栓を開けて、冷たい魚貝類のオードブルを摘みながら、それでは、今宵はワーグナー「トリスタンとイゾルデ」、それとも「ニュルンベルクの名歌手」、あるいはベルリーニ「ノルマ」を聴きましょうか。源氏物語は常に側に置いて、好きな巻を読めるようになっていて、そしてオーディオ機器のスイッチは早々と入れて暖めてあり、というのが(当面の)私の夢。


あとがき
長い間「音楽のすすめ」本編を読んで頂き有り難うございました。ここまでに使用した文字数はマス目にして約100万個以上。オーディオとは少々かけ離れた世界まで飛躍しましたが、この掲載を許して頂いたキット屋さんには厚く御礼申し上げます。本当に有り難うございました。今後は、この「音楽のすすめ」の中に作って頂いたAPPENDIX内に書きます。今度のAppendixは「現在」と「過去」の2本建てです。
是非続けてAppendixを御読み下さるよう、お願いします。




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