まずは昨年の手紙で特に印象に残ったものから

(1)0様   2007.6.25

昨日家内と私は、久しぶりに東京まで演奏会に行ってきました。錦糸町の墨田トリフォニーホールであった、ワーグナー「ニュルンベルクの名歌手」の第3幕のみの、演奏会形式による上演です。「マイスタージンガー」については、私の惚れ込みをWEBに書きましたから、ここでは繰り返しません。全部の上演(正味4.5時間)となると、帰りの電車とか気になるのですが、第3幕だけならば良いか!と考えて3ヶ月前に切符を手配しました。飯森泰次郎さんの指揮、東京アカデミッシュ・カペレです。これをワーグナー協会から手に入れました。

とっても良かった!コレだけ申し上げたいのです。柔らかく、力強く膨らむ合唱の魅力!その中に響き渡るソリスト、特にバリトンのザックス役の、あまり声の無い人でしたが、体を揺さぶって全身で表現するその歌にはしびれました。ワルター役のテノールが主役って感じもしましたが、エファも良かったです。彼女は視覚的にも優れていて、長い白いローブデコルテを引きずって現れる等、あの演出に感心しました。

何より最初に感動したのは、聖カテリーナ教会内部の合唱です。当初、この部分は第1幕ですから上演計画に無かったのですが、それを急遽挿入して上演されたもの。普段服姿の男女が舞台の上方に数十人現れ、賛美歌を歌い始めたとき、最初のゾクッが来ました。続いて涙が出て来ようと言う感動! これ私の大学入学式に付き物の曲なんですが、それも指揮者の独善で支えられたものと聞きますが、ここで頑張って2年生のドイツ語クラス有志による合唱を、オーケストラ演奏に引き続いて式場フロアから響かせたら、確実にワグネリアンが増えたんじゃないでしょうか?素晴らしい!

確かに、家内や米国の友人Cの言うように、ワーグナーはおしゃべり過ぎ、音符が多過ぎる、という批評は当たっていると思います。実際そうなんですが、それにしても私にとって、やはりマイスタージンガーは特別なんだなあ、を再確認。終幕部に向かってワルターの歌唱が進み、ザックスの諌め、最後に合唱で締めくくられるこの曲、やはり素晴らしく、何度でも聴きたい、と思いました。御陰で今日は頭が朦朧としています。余韻を楽しみたい。演出家に乾杯!
千葉のF高





(2)旧友の皆様   2007.12.26

昨日夜、東京からもどりました。このクリスマスは、イブに家内を東京駅の構内の回転寿しに連れて行って飲食し(私は久々の生ビールを飲みましたが旨い!)、それから銀座山野楽器に行きCDとDVDを買い、4丁目の角にあるオープンカフェで冷たい飲み物を楽しみました。それから家内と秋葉原ワシントンホテルに行き、宿泊の手続きをした後夜はニコライ堂のクリスマスイブのミサを見物。これは35年ぶり。2時間の祭典と其の前の1時間以上の待ち時間、その間立ちっぱなしで、かなりくたびれました。ニコライ堂で聴くミサ曲は堂々たる混声合唱(あとで聞いたのですが、ギリシャ正教って混声合唱を認めていたのですね。ただしアカペラで)で、あの広いドーム内によく響いてきました。ホテルに戻ってシャンパンで乾杯。

翌日は午前中石丸電気で例年どおり、CD一式を買い、また近所の安レストランで食べて時間調整。それから午後新国立劇場でバレエ「胡桃割り人形」を観ました。私はこれで3度目ですが、家内は胡桃割り人形は初めて。まあ、クリスマスに最も相応しい出し物ではなかったか、と思っております。盛大な歓声に包まれていました。それから急いで帰宅。帰りの特急内で食事を済ます。という次第でした。これで今年のメインの行事は終了。どうか年末は楽しく、幸せな気分でお過ごし下さるよう。
千葉のF高





(3)S様、O様  2007.12.27

こちらは以前書きましたとおり、24日から25日、ニコライ堂に行ったり、バレエ公演を見たりしてクリスマスを堪能しました。ニコライ堂の方ですが、あの大きなホールの中で響いていたのは、アカペラの4重唱による合唱でした! なぜ「!」か、といいますと、古いキリスト教の場合、4重唱なんてのは許されなかっただろうと思うから。確か男性オンリーのはずで、しかもモノフォニーのはず。ところが尋ねてみたら、ギリシャ正教でやっているのは昔からある方法です、との説明でした。分ったような、分らないような気分でしたので、ニコライ堂に質問メールを送り、その答えを待っている所です。あのアカペラは実に豊かな響きのある、これぞハイファイの極みの音でした。美しく、楽しい。

バレエの方は楽しかったですよ。淡いピンク色のトーンで統一され、しかも我々の席はオーケストラボックスを斜めに見下ろすところで、実によく見えました。「音楽のすすめ第3章」の第2話に書いたとおり、ドロッセルマイヤーさんの家に住むネズミの王様は、ソーセージの脂肪が大好きでしたが、ソーセージの話はバレエの方には出て来ませんね。しかしクリスマス特番と言える楽しい公演でした。
千葉のF高





(4)O様、S様   2008.1.9

年末にお伝えした、ニコライ堂の聖歌隊に対する私の質問メールに対し、回答がありました。あれは19世紀以来のもの、従って19世紀の歌だとのこと。礼拝堂の中ですから、なかなか素晴らしい音響でしたよ。ドーム全体が響くのです。
千葉のF高





(5)モノローグ   2008.1.10

年末に買ったドン・コサック合唱団のCDはロシア語で、内容は分りませんが、ドン・コサック合唱団の合唱の美しさに脱帽です。先頭にあったのは、ニコライ堂の儀式の先頭で歌われた雰囲気のある曲でしたが、素晴らしい。ぜひ皆にお薦めしたい。後半には女声が混じっているように聴こえましたが、それも可です。伝統を余りに保守頑迷に守ることより、要は人々の心に訴えるものがあれば、それで良いと私は思います。
千葉のF高





(6)O様   2008.1.22

つい30時間余前に、新国立劇場でプッチーニ「ラ・ボエーム」を観て来ました。まだ頭の中を旋律が渦巻いているうちに、手紙を差し上げます。またもこれは古い友人のプレゼントでしたが、ありがたく頂いた次第。いいですね!ラ・ボエーム、即ちボヘミアン達の生態を描くこの物語には、プッチーニの最上のものを感じます。ミミもロドルフォもまだ若い身なのに、これは泣かせる。京都のK様の言葉を引用しますと、
「パリの郊外の居酒屋の前で『でも、今は寒いから、春になったら、別れようね。』とか、言ってるミミとロドルフォ。悲し過ぎますね。大好き。」
これ程ぴったりの表現はありません。ちょっと有名な「外套の歌」の直後に、ボヘミアン達が「ミミは死んだ」とつぶやく場面。それを知らず、ロドルフォがふと友人達の態度に異変を感じて「いったいどうしたんだ?なぜ俺をそんな目で見るんだ?。。。あ、ミミ、ミミ、。。。」と泣き崩れる終幕場面ではいつも涙腺が故障してしまいます。これはイタリア語公演でしたし、ミミもヨーロッパ人。でもそんなことはどうでも良いのです。本当に好きです。家内もすっかり参った様子でした。

ラ・ボエームは、あれほどイタリア嫌いと言われるドイツでも、最も人気のある演目だと聞きますが、それもムベなるかな。私も反省を強いられます。彼等もいつもワーグナーやモーツアルトでは無いようです。帰ってから昨日は一週間前に友人に依頼された仕事を、昼に郵便局に投函しました。そしてラ・ボエームを思い出して楽しんだ次第です。仕事と趣味の両立がこれほど上手く行っていると実感したことはありません。感激症ですみません。
千葉のF高





(7)モノローグ   2008.1.29

カラヤンの極く若い時代に吹き込んだ一式がイタリア・プレスで手に入ったので、それを楽しみました。まずはベートーベンの交響曲「第5番」と「第7番」でしたが、この5番が素晴らしい出来映え。贅肉がなく、キリっと締まり、キビキビしたテンポ、清潔感溢れるもので、レコードプロデユューサーが見逃さないのも当然と思いました。晩年のネットリした、暗い、某氏の言を借りると前髪パラリに全神経を集中したような音楽の作りと、全く別世界。これは傑作でした。1949年録音。またモーツアルトの「第41番」も聴きましたが、この音楽はいつも思うのですが、何かオペラの序曲を聴くようです。特に最初の楽章と最後のまとめの章が素晴らしい1942年録音盤でした。考えてみれば1940年代はまだフルトヴェングラー存命中で、カラヤンは確か冷や飯を食っていた時代ですね。でもフルトヴェングラーはカラヤンの才能を認めたからこそ、冷たかったのだろうと思います。いつの世も同じ。余り良くない録音ですが、それでもカラヤンの良さを再認識しました。チェリビダッケとミケランジェリの共演によるグリークのピアノ協奏曲(1972年盤)も聴きましたが、これは異様な低音タップリの録音でしたが、ミケランジェリの素晴らしいテクニックを楽しめます。フルトヴェングラーが出て来たので急にチェリビダッケを思い出した次第。
千葉のF高





(8)モノローグ   2008.1.31

ジェルメーヌ・リュバンってご存知でしょうか。もっとも発音が違うかもしれません。Lubinと書きます。彼女は第二次世界大戦前、フランス音楽界で人気のあるワグネリアン・ソプラノとしてバイロイト音楽祭にも招かれましたが、有名だからこそ、咎めも大きかったと言われます。映画「ボレロ」に出てくる、ある歌手が戦後、髪を刈られ、追放された話がありますね。映画ほど若くはありませんが、まさにあれに近い。彼女は戦犯として財産没収、演奏禁止、投獄2年間ということになりました。彼女の声を聴いたのは最近です。10枚組のワーグナー歌手アンソロジーを買ったら、何と其の中に、一曲だけリュバンの歌が含まれていました!その声は細めで、やや弱めに聞こえました。彼女は「さまよえるオランダ人」のゼンタだけはイヤだったそうですが、イゾルデなどを歌っていました。それだけに、意外な声の細さにビックリ。リュバンは1980年に、ようやくメット編集のオペラ・ニュース誌に復帰しましたが、もう何を話しても、過去の話ばかり。色々なことを考えさせられます。
千葉のF高





(9)モノローグ   2008.2.5

いよいよ立春を過ぎました!待ち通しかった。これから10月末まで、実に楽しい時です。今年はどこに旅行しようかと悩みます。私は全国47都道府県全てで宿泊経験があります。特に沖縄県と御縁が深くて20回も仕事で行き、私用でも2回行きました。47県宿泊の最後に行ったのは宮崎県。宿泊抜きならもっと前に行きましたが、この回は宿泊付きでした。そこでフト湧いて来たアイデアは、越中おわら風の盆に富山県八尾町に行ってみたいということ。実は私はおわら節の断片も聴いたことがないのです。しかし踊り手が静かな音楽に支えられて夜を徹して踊るというのは、なんと優雅なことでしょうか!ワクワクしますね。
千葉のF高





(10)モノローグ   2008.2.14

ルノアールの絵画に「ムーラン・ドウ・ラ・ギャレットの舞踏会」というのがありますね。あれを初めて見た時、私は大きなショックを受けました。驚いたのはあの絵全体の大きさ、またそのキャンバスからほとばしり出る光です!あらゆる所に差し込むような光が満ちています。絵画ばかりはどんな精巧な複製も、本当の姿を全く伝えない、というのが私の今までの結論です。このルノアールの絵はどこがどう、という分析を越えて、何かしら光の塊です。本当に絵画が好きな人、ぜひオルセー美術館まで足を運ぶべきです。これは展示の仕方にも依存しますね。あまり大事にしすぎて、遠くの方から一寸覗き見しかできないような展示の仕方では、観る者に与えるショックが矮小化されます。オーディオでも同様では無いでしょうか?ディスクに音楽会全体が収まるはずが無く、あくまである部分に焦点を当て、それを強調した姿しか再現できないのではないでしょうか。歌の言葉をもっとはっきりさせたい、とかもっと低音を響かせて、とか聴く者がその時何を求めているか、に左右されます。CDはあらゆる可能性を秘めていますが、出てくる音は魔物です。全体像は想像力の賜物。決して生の音楽会ではありません。オーディオは実に有り難い楽しみを与えてくれますが、時々は「生」も楽しみたい!
千葉のF高













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