(21)モノローグ    2008.4.7

SK大学にはOSさんという方がおられ、私は2000年ごろ、2回ほど仕事で招かれました。そのご縁で富士山麓にあるOSさんの別荘へも招待されて、泊めて頂いたのですが、玄関ホールにはグランド・ピアノが置いてあり、OSさんによるジャズ演奏を楽しませていただきました。テレビ音楽によく登場するSt等、有名人がしばしばお出でになるとか。ご自分でもコーラルのスピーカー・ユニットをいじりスピーカー・ボックスも自作されておられる位、オーディオにも詳しい方でした。ジャズに関してはOSさんだけでなく、当時読みまくっていた寺島靖国氏の著作にも影響を受けています。小林桂という若手のジャズ歌手をご存知でしょうか。若い小林がこれからノシて行くだろうと書いていたのをよく覚えております。それで私は小林のCDをたった1枚だけ買いました。

ジャズ関連となると、私の所にポストドクトラル研究生として来ていた若いXY君のことを思い出さずにはいられません。XY君はある種の誤解によって、私がジャズ・ファンだと勘違いしていました。実は私は16年前からマッキントッシュ・コンピュータのファンで、OS6の時代から使っていました。しかしOS10に切り替えるのをいつにするか、悩み、それに関し実に保守的でした。今度こそOSを変えよう、と言いつつ、間際になると、いいや、今回は変えずに行こう、と言っては逃れていました。そして投影法は相変わらずOHPフィルムを使用していたのです。しかしOHPというのは予め話す内容を固定する必要がありますから、不便です。

それがある日、いよいよ青森に翌日行かなければ、という時になって、突然コンピュータが動かなくなりました。青くなって、飛び込んだのがXY君の部屋。こういうことは、以前からあって、今オーディオの師匠のN田様の助けを頼んだこともあります。この時、XY君はじっと私のマックを眺め、直してあげます、と言うのです。ただしOSも取り替えるから、一晩マックを彼に預けてくれれば、と申しますので、おろおろ顔の私は何でもいいから頼む、と言って彼に全面的に預けることにしました。そのため、彼のiPodをメモリー全体を仮に保管する媒体として使うことに。翌朝、私の机の上には綺麗に基本ソフトがOS10に入れ変わったマックの姿がありました。困った時の神頼み、と言うかこういう時にN田様やXY君といった人は、文字通り神様です。かくしてその時以来、OHPでなく、コンピュータ・グラフィックス技術による映像を、実用に使うことが出来ました。

この時、XY君は私のマックに何を残して行ったと思います? iTunesを用いて、ジャズが数曲入れてあり、その一部が小林桂でした。私も小林の話は知っていましたし、その話を事前に彼に話したのです。かくして誤解によってジャズ・ファンが一人誕生しました。さらに「ジャック・ルーシェってご存知ですか」と問われたのですが、私が当時持ってい唯一のジャズのレコードだったので、「持っているよ」と答えたのが、火に油を注いだ次第。トドメを刺すように私が「アート・テイタムのことだけど」なんて言ったから、XY君は目を輝かすこと。すっかり仲良しになりました。そしてアート・テイタムのCDは3枚買うことに。

大学時代からの友人であるH野君もマック・ファンだと言うことを知ったのは2007年に我が家に遊びに来た時。彼は私より1年ほどマック歴が長い。ただ彼がどのようにファイル類の整理をしているか等はまだ聞いていません。彼は余りに巧すぎて、使い方を教えてもらっていても、何をやっているのか私には分からなくなるからです。自宅に買ったマックも、今使っているのが7台目。2台が現役中。
千葉のF高





(22)モノローグ    2008.4.8

もともと大学3年生(1965年)の時、沖電気ARGOLIPという基本ソフトでプログラミングを覚え、日立FORTRAN-IVを実用に用いてきたので、米国から帰って初めてパソコンを見たときは、これはソフトウエアが無ければ役に立たないじゃないか、とふてくされたものです。それがたちまちパソコンとBASICのトリコに。音までコントロール出来たので楽しい。ただし値段は高く、プリンターが30万円、フロッピー・ディスク・ドライブも30万円近かったから、なかなか自宅に買うまで時間がかかりました。当時の上司がまた新しいもの好きでしたので、何でもまず職場で買って、それに慣れてから自宅購入に進みました。当初はフロッピー・ディスクが大きな8インチでしたし、ちょっとでも傷がつくとイカレてしまう代物。それを5インチのフロッピーが出た時は早速それを購入する等、小さいことはいい事だ、を実行。小さな3.5インチのフロッピーが出た時も率先して購入。当時はNECのPC9800シリーズ全盛でしたが、自宅に買った時はEPSONの模擬品でした。本体の値段は随分下がって20万円クラス。当時回りにはコンピュータをいじれる人は、今みたいに猫も杓子も、ではありませんでした。最後に買ったPC9800シリーズは小型版の一体型で、マックそっくり。上司のあとを継いだ時、最初にしたのは職場用のマック購入でした。

当初一太郎で書き貯めた文書ファイルをマックで読めるように変換する仕事から始めました。実際に文章を書いてみて、これがはやらないはずは無い、コレダと思いました。それくらい衝撃的な印象を受けました。やがてウインドウズが出てきても、ひたすらマック党。ウインドウズが席巻する時代になっても、あれは商売が巧いのさ、とマック党を頑固に通す。ブラジル滞在中にマイクロソフト社がアップル社を助けることになったという報が耳に入って来ました。あとはご存知の通りです。ウインドウズに巻き込まれてしまう人を何人も見てきましたが、人は人、私は私。PC9800の時代に、一太郎で文書を書いていたのですが、ある日霞ヶ関から電話があって話をするうち、一太郎を使っていると言ったところ、何ですかそれ、と言われました。お役人の世界では富士通が強いということが分った次第(そのワードプロセッサ・ソフトは「松」)。
千葉のF高





(23)モノローグ    2008.4.9

定年退職して驚いたことに、血圧が平均30も下がりました。退職後最初にした仕事は、自宅のマックに過去書き貯めた資料を入れ、また新規に書き加えることでした。出来る時にやって置かないと忘れてしまうからです。そしてWEBの原稿を書くことを開始。その内容は「音楽のすすめ」に書いた通り。
千葉のF高





(24)モノローグ    2008.4.10

出雲と京都に出掛ける機会があり、出雲では古い琵琶を見ました。鎌倉時代ごろのものだそうですが、それでもやはり琵琶は男性が主たる弾き手だったんだろうな、と思いました。源氏物語で明石君が琵琶を上手く弾くという場面がありますが、あんな大きいのを弾くのは、至難の技だろうと思います。また帰途立ち寄った仁和寺(御室御所)では折しも満開の桜を楽しみました。以前にも書いたような気がしますが、もし私に呉れるというなら、仁和寺を春の別荘に、大原の三千院を秋の別荘に貰いたい! 余りに多い見物人でしたが、それでも楽しみ、また屋内でお茶を頂きました。こういう機会があるなら、何度でもめげずに京都に出掛けるだろうと思います。

また出雲で思ったのですが、ああいう神話には恐るべき真実が隠されているような気がします。そもそも出雲の神様は、伊勢の神様にどうして国を譲ったのでしょう? その条件というのが、出雲の神様達が住む所は、伊勢の神様と同じ高さにすること、いう説明も注意を引きました。古事記や日本書紀には出てこない話もあるだろうと感じた次第。ただ出雲は雨でしたから、あれが晴れていれば良かったのに、というのが残念なところです。33年前に私は家内と新婚旅行で、この地を訪れているので、それ以来です。





(25)モノローグ    2008.4.18

以前に「音楽のすすめ第1章」でチョッと触れたドイツ映画をもう一度観る機会がありましたので行ってきました。「ニーベルンゲン」と題する無声映画会で、学士会講堂で上映され、日本初演当時(大正時代の帝劇)同様に、弁士(今回は女性)が立ちました。またピアノ伴奏が切れ目なくあり、これはおそらくピアニストの自作だと思います。これは3月始めにまず「ジークフリート」が上演され、4月に入ってから「クリムヒルトの復讐」が上演されたのですが、私が行ったのは後者の方。私としても33年ぶりに見たのですが、今回は妻と一緒。ワーグナーのプロットとは少々違いますが、登場人物は共通です。楽劇「神々のたそがれ」で全員が滅んだのでなく、何人かは生き残こりましたね。ここではジークフリートと仮の結婚をしたクリムヒルトの運命を描きます。あちこちでワーグナーの「指輪」の筋立てとは食い違っていますが、それを含めても楽しい。それにクリムヒルト役の女優の何ともゲルマン的な容貌!ああいう無声映画には今日的な、どこにでもいる「普通の」女優の顔では馴染まないと思います。やはり映画に撮る為の顔ですよ。あくまでこれはクリムヒルトの大復讐劇であり、その執念は凄まじいもの。これでもか、これでもかと迫り、あくまでハーゲンの首を要求する傲然たるクリムヒルト。もうこれでオシマイかとおもいきや、まだ続くハーゲンの首要求。げに恐ろしきはオナゴの執念。壮烈な城の炎上崩壊を背景にハーゲンの首を要求するクリムヒルト。そして実現するという次第。上映の機会は限られると思いますが、また上演されたら御覧になることをお勧めします。凄まじいものを見てしまいました。妻のあきらめ顔を他所に、興奮しているところ。(後日「ニーベルンゲンの歌」上下2巻を購入しました)

ニーベルンゲンの映画の主役。左右対称のメーキャップです。
ニーベルンゲンの映画の主役。左右対称のメイキャップです。





(26)モノローグ     2008.4.19

上記の無声映画を見るために、ホテルに泊まり、翌日は石丸電気で、スピーカー・コードを買い直し(以前買ったのが短すぎた)、またCD-RWの音楽用を何枚か買いました。そしてあとは欲しいスピーカー群を試聴して歩いたわけ。主たる比較はQUADとソナス・ファーベルのそれぞれ廉価版。QUADはコーン版の12L2で、ソナス・ファーベルは小さなコンチェルティーノ。それを聴く時の配置も壁に貼付けた形だから、決して理想的では無かったのですが、少なくともその試聴室では、妻の批評「QUADは何かサラダを食べているみたいな音」も当たっていると思います。聞きたかったのはソナス・ファーベルのクレモナでしたから、そのあとテレオンの試聴室へ出掛けましたが、あいにくクレモナはありませんでした。自宅に持ち込んで、ESLとクレモナの聞き比べをしてみたいな、と思いましたがそれは夢。歩きすぎて、くたびれて海岸近くのアズマ屋に帰宅。
千葉のF高





(27)モノローグ    2008.4.21

前記東京でついでに、お茶の水で「K釈と鑑賞」という「源氏物語」特集号を買ってきました。その中には経済構造とか難解な言葉が飛び交う難解な文章もありましたが、実は私の抱いていた最大の関心事はそういう言葉使いではなくて「源氏物語」の「読み」です。各著者は「源氏物語」が本当に好きなんだろうかという疑念。ぼんやりと分ったのは、男性と女性の視点の違いのようなものがあるようです。

「源氏物語」の作者は紫式部という女性です。王権とか経済とか社会構造とかはそれほど意識してはいないのでは、とも思います。言葉だけでエラくなったり、エラく無くなったりする訳ではありません。ミクロな分析は一般に男性の得意とする分野ですが、ミクロに過ぎると、全体像を見落としてしまうようで心配です。以前から私は「源氏物語」では全くのシロート、だから黙っていようと思ってきましたが、これは主張したいですね。門外の分野は遠く敬遠しておくのは、私も色々と経験してきました。でもチョット苦労してその門外分野をかじってみると、案外と分り易いし、また取っ付き易いのです。遠慮せず、分りにくいことは分りにくい、と言った方が良いこともあるのですよ。やはり私にとっては「源氏物語」は物語として全体像を楽しみたい!






(28)モノローグ    2008.4.22

今年のNHKの大河ドラマは「篤姫」ですが、来年度の主役はまたもや上杉家の家臣だそうです。昨年度が風林火山でしたから、これも繰り返し。NHKの好む題材は実質的に(1)関ヶ原もの、(2)元禄四十七士もの、(3)幕末もの、(4)源平もの、の4種類に限定されているかのようです。私としてはもっと古い藤原時平とか、藤原兼家とかも取り上げて欲しいのですが、これはNHK側の問題。実際問題として、我が家では大河ドラマは余り見ておりませんし、大多数が望むのなら仕方がありませんね。

大河ドラマは基本的に男性中心ですし、そこに登場する者達は、常に気張っています。如何に領土を拡大するか、兵力は、隣の領主は、殿のご機嫌は如何に、等々。そして車座になって口角泡を飛ばして、カラカラと大声で笑う。これが一部でなく、「こればっかり」ですね。ああ年中気張っていては疲れないかな。昔習った独文学に、ブレヒトの短編「傷ついたソクラテスDer verwundete Sokrates」というのがあります。ソクラテスの有名な「悪妻」クサンティッペの目で見た場合の夫、ソクラテス。「大所高所」ばかり説く夫の頼りなさがくっきりと浮かび上がります。たまにはクサンティッペの立場でみたような物語にしてはどうかと思います。凄い変革になると踏んでいます。たとえば、明日は討ち入りだぞ、と宣言された47士の一人の所作を察して、「放って置きなさいよ。それが何になるって言うの?それより太郎の相手をしてやって」と言い放つ妻とか。地べたを這う庶民的感覚。あるいは与謝野晶子の「君死に給うことなかれ」の一節「旅順の城はほろぶとも、ほろびずとても何事ぞ」を思い出しましょう。それでは夢が無くなりますか?
千葉のF高





(29)モノローグ    2008.4.23

買って来たコード類を前にして、しばし悩んでいます。スピーカー・コードって、高価な品ほど重い。ところが重いものは硬いから、これを繋ぐには苦労します。ですから私は大橋様の仰るとおり、オルトフォンのコードで充分なんですが、あれでも重い。今度用意したかったのは、古いQUADのパワーアンプ606が空いていたので、そこにSV-14LBを繋ごうということ。これでiPod専用のアンプを作れれば、という目論みです。私のメイン・スピーカーはタンノイのスターリング/HEですが、あれは重い曲用で、鳴らすのはSV-501SE、またサブ・スピーカーはロジャーズのLS3/5Aで軽ろやかな曲専用で、N田様製作のアンプを繋いであります。そして3番手に考えたiPodの方は、B&WのLM-7という軽いスピーカーに繋いであります。この音は、何となくQUADの 12L2を鳴らす音に似ているような気がしますが、私の贔屓目でしょうか。実際問題として、CDは1,800枚ありますが、あれをいちいち調べて掛けるのは大変です。その点を考慮するとiPodに既に入れてある曲を生かさないことは無いと思います。ただし、コードはずっと安い(1500円/m)もので済ませようと思います。もっと重いコードではQUAD606の端子には繋ぎにくいからです。それにiPodの軽快さを生かさないと。実際に手にして、柔らかく、充分しなやかなコードだ、と確かめて買ってきました。これらの事は、私がハードウエアに対しては極めて楽天的な点を示していると思っています。






(30)モノローグ    2008.4.23(2)

4月20日の「題名の無い音楽会」で久しぶりに佐渡裕の指揮するベートーベンの「運命」の一部を聴きました。オーケストラは若い人たち。テレビでしたし、音は耳でなく頭で聴かなければなりませんが、充分に楽しみました。「運命」というのは、気恥ずかしさがありますが、実際に良い演奏にぶつかるとコレダと言いたくなります。1960年の高校生時代に何度このLPを掛けて楽しんだでしょうか。当時はワルター/コロンビア響盤でしたが、今だったらもう少し推薦盤の種類が増えます。不思議なもので、好きな音楽の前では素直になれるものです。凝りすぎたもの(私の耳にはカルロス・クライバーのが凝り過ぎに思えます)は、飽きがくるのではないかしら。音の強弱の付け方、テンポの畳み込み方、これらは本質的に指揮者そのものですが、他の曲はともかく、この曲のカルロスの演奏は私の耳を引きつけない(済みません、カルロスのファンの方々。こればかりは各個人の好みだ、と笑い飛ばして下さい)。そして佐渡氏の演奏ですが、正直言って素晴らしい!その素晴らしい佐渡氏が推奨するスピーカーがソナス・ファーベル社のクレモナだというから、何とかしてこれが欲しい!妻に言わせると先述のソナス・ファーベル社のコンチェルティーノで聴いた音はなぜか「粉っぽい響き」がある、と言うのですがこれと「サラダを食べるような音」というQUADの12L2の音とを比較すると、どうでしょうか? クレモナを買えないなら、手持ちのタンノイのスターリング/HEで満足すべき?














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