(81)モノローグ    2009.2.6

フランスに行く事にしました。職場を定年退職して以来、久々の海外旅行。その動機は下の娘にパリの風景とルーブル、オルセーの両美術館を見せてやりたい、という思いです。もし気に入ったら後は自分のフトコロでどうぞ、と言う所ですが、初回だけは親としてパリを紹介したいと思ったため。実は同様にして連れて行った所があと2カ所あります。まずはニューヨークですが、当時は娘二人は赤ん坊でした。そして2度目はインドネシアのジャカルタ。これは1ヶ月間でしたが、娘達が小学生/中学生の時に夏休みを利用したもの。私はこの時、ウイーンのIXXX機構に雇われて、インドネシアでの一ヶ月間を講演や講義・実験等に費やしました。その2年前にも一ヶ月間ジャカルタに単身で行っていたので私自身はジャカルタの生活ぶりは既に承知していました。父親が汗水垂らして仕事をしている間、家族達は優雅にプールなどを楽しんだようです。週末にバリ島や、家族共々皆とボゴール植物園の辺りへ遠足に行ったのもこの時です。現地の世話役だった同年輩のKno氏はなお健在で、2008年のクリスマス・カード(Kno氏はクリスチャン)は電子メールで呉れました。そして今度はパリ。ごく短期間だけの、あっという間の旅行ですが、どうなりますやら。
千葉のF高





(82)モノローグ    2009.2.7

そもそもフランスという国は私にとって、懐かしくもあり、嫌いな所でもあったのです。綺麗な国だと思いつつも、フランス人は冷たいと聞くし。私は長い間お隣の英国が贔屓でした。フランスに興味を引かれたのは小学生時代まで戻らなくてはなりません。当時読んだ子供向きに書かれたジョルジュ・サンド「愛の妖精」や、エクトール・マロ「親なき子」と「家なき娘」、あるいいはジャンヌ・ダークの伝説、ヴィクトール・ユーゴーの「レ・ミゼラブル」、アレクサンドル・デユマ・ペール「モンテ・クリスト伯」、同「三銃士もの」、バロネス・オルツイ「紅はこべ」、そしてモーリス・ルブラン「アルセーヌ・ルパンもの」また先述(前回のAppendix(76)話参照)のエミール・ガボリオの「ルコック探偵」もの。これらがソースとなり、フランスが親しい国として定着したかに見えました(アンドレ・ジイドの「一粒の麦もし死なんずば」、「地の糧」、「法王庁の抜け穴」、「偽金つくり」、またはアベ・プレヴォー「マノン・レスコー」、そして涙して読んだアレクサンドル・デユマ・フィス「椿姫」は18歳の時のものです)。加えて「青ひげ」やペローの童話集などは何時の世でも。こう並べてみると私のフランス文芸との関わりは、恥ずかしくなる程貧相なことが分りますね。スタンダール「赤と黒」は高校生時代に熱心に読みましたが、マルタン・ドウ・ガールの「チボー家の人々」などいつかは読みたい、と思ったものの、まだ果たしていない。

ところが中学1年生の時、坪内逍遥訳のシェークスピアにイカレてしまい、英国が大好きになりました。あまり馴染みのなかった歴史劇に興味を持ったのです。先ず「リチャード3世」と薔薇戦争の華麗な人物群に魅了されました。そして時代を遡ってヘンリ?2世を知って英国びいきが決定的に。そもそもプランタジェネット家は実質的にフランスにあったのだし、歴代の英国王はフランス(というより大陸内)で暮らし、フランスを支配していたもの。この事情は映画「冬のライオン」(キャサリン・ヘップバーンの映画ですが、一緒に見に行った友人達には評判がイマイチ)に見る事ができます。

ヘンリー6世などはノートルダム寺院で戴冠式を行いました。ヘンリー6世の妃マーガレットは本名がマルグリット・ドウ・アンジューと言い、アンジュー伯爵の娘でした。それゆえアンジューという地名の響きは特別なものです。ジャンヌ・ダークも登場するシェークスピア「ヘンリー6世」。そしてカレーその他いくつかの町も最後まで英国領でした。そしてオキテーヌ地方がヘンリー2世の妃(キャサリン・ヘップバーンの演じた役)の出身地であることから、オキテーヌという地名の響きもまた魔術的でした。アリエノール・ダキテーヌ。彼女はヘンリー2世の妃でしたが、かつてフランス王ルイ7世の妃でもありました。そして彼女は十字軍と一緒にエルサレム地方まで出かけて行った女傑としても有名です。そして獅子心王リチャード1世や欠地王ジョンが出てくるし、こんなに面白い歴史劇はありません。そうするとウオルター・スコット「アイバンホー」の物語も出てきますね。これらは私にとっては血湧き肉踊る歴史劇以外の何物でもないのです。

要するに英国とフランスの歴史を思い浮かべる際は、常に両方の領土を考える必要があります。多分、リチャード3世以後、つまりジャンヌ・ダークが煙と消え、マルグリット・ドウ・アンジューがフランス大陸に戻ってから英国はブリテン島だけに閉じ込められたと考えて良いでしょう。それまで、英国とはフランスであり、かつブリテン島を保護地としていた、という話になります。言語がどうだったか気になるところです。私自身は欧州の運命には大いに興味があっても、我が国の幕末には全く関心もありません。最近見るチャンスのあった映画「三国志」でも、トリの羽根を持った若造が、その裏側を見せたり、表を見せたりして、何と生意気な!という感じ(これは好みの問題だと思います)。むさ苦しい男だけが集い、カンラカンラと大口を開けて豪快に笑い、関心事は戦争に勝って領土拡大を図ることだけ。女子供は登場しないか、出ても刺身のツマ。源平では私は平家びいきですし、関ヶ原では京都勢に同情を持ちますが、我が国の幕末には全く関心がない。そこに登場する英雄達が薩摩藩なのか、土佐藩なのか、はたまた長州藩なのかという原理的な話もあいまいなまま。すみません。

これらを背景に、私自身の興味と関心が英仏両国の歴史に集中しており、あとはイスラム世界(ウマイヤ朝バグダッドからカイロを経てコルドバまで)の話、トルコと東ローマ帝国の話、に関心が集中しています。これらの歴史の本は各種読みあさりました。それに比せば、米国とかロシアとか中国の歴史に対しては大層冷淡。中国のような近隣の歴史に関心を持たなければ、と思って何度か本も読みましたが、やはり正直言って面倒くさい。カタカナ名に比して漢字名は区別が困難。

そしてリチャード3世以降、興味は英国のみに集中。歴史を下り、ドイツのハノーファ王朝を通してドイツ系の君主が英国を支配するようになった、それが現在の英国王室。誰しも知っている話です。そのフランスに最近よく行き、特にパリにはこれまで8回行きました。そのうち、あの面倒くさいフランスが次第に懐かしい存在として戻って来たのは事実です。行こうかな、私にとって好きであり嫌いでもあるアンビバレンツの都へ。
千葉のF高





(83)モノローグ    2009.2.27

2009年2月20日に妻と娘一人を伴い、パリに行きました。9回目のパリ。米国リーマン・ブラザース社の破産に伴う世界大不況時代の嵐と円高の最中。行く時の機内映画で偶然観たのが本木雅弘主演の「おくりびと」。帰国時にこの映画が米国アカデミー賞で外国部門賞を取ったことを新聞で知りました。ご同慶の至り。

パリは雨模様でしたし、その上寒かった。春風に吹かれてオープン・バスに乗って市内を回れば快適なはずですが、今回は寒さとの我慢比べでした。バスでまず場所を確認し、今回の本命のルーブル美術館に。ここは余りに広い宮殿なので、全部を観るには一週間では無理、とは良く言ったもの。我々はフランス美術とギリシャ等古代美術を素通りして済ませました。観るもの全てが宝物であり、それぞれにファンがいますが、見れるかどうかは時間次第です。この贅沢さを味わうにはここルーブルに来なければ無理です。私自身は「ニケ」像に尤もこだわりました。やはり何回観ても素晴らしい。そもそも「ニケ」像は大昔1955年に「シネラマ・ホリデー」(帝劇旧館)で初めて見たものです。実物を見たのはずっと後になってから。また私が初めて日本で公開されたルーブル展を見たのも1955年頃でした。娘はダ・ヴィンチの「モナ・リザ」とかミロのヴィーナスとかより、意外なものに注意の目を向けていました。ここは広すぎて、どこに自分達がいるのか分からなくなってしまう。

ルーブル美術館の守護神「勝利の女神」ニケの像

約7年前にギリシャに行く途中、パリをチョっとだけ見ようよ、とシャトレ駅まで地下鉄で行き、初めて妻に見せたのがノートルダム寺院でした。その後パリに行った時に何回も見ているノートルダム寺院は妻にとって「我が心の寺院」になっているようでした。別の日にオルセー美術館に行きましたが、ここで次々と見た絵は余りに豊かで、それぞれ余りに有名だったから、直ぐには感動も湧いて来ない。娘は「何となく写生大会みたいね」と感想を言ったので、少しがっかりしたのですが、それが娘にとって褒め言葉だ、ということを後になって理解しました。どうしたら全部を見れるだろう?感動が大きくても飽きずに、新鮮さを保ったまま見続けられるだろうか?ルノアールの「ムーラン・ドウ・ラ・ギャレットの舞踏会」とか、ゴッホの屋根のひん曲がった家とか、はたまたミレーの「晩鐘」等はそっと展示してありましたが、見物人ゼロ。娘の現在の感想として、ここオルセー美術館の方の展示物に、より大きな関心があると言っていました。娘の画風を考えるとき、ウイーンにある図絵類も見て置くと良いかもしれないが、それはご自分でどうぞ。

最後の日にはガルニエ宮(オペラ座)へ行きましたが、ここへの入り口が確か前回は前面入り口付近だったのに、今や表入り口は封鎖され、左側に回ったところに専用入り口が移動していました。ここで説明員付ツアー、見物だけ、切符の予約等の手続きができます。内部は初めて見たときは驚きましたが、もう驚かない。昔の記憶と比べると天井がやや低めに感じられました。最初に見た時の驚くほど高貴な美しさは、やはり第一印象の凄さだ、と理解しました。肝心の娘ですが、日頃オペラに対しては無関心なのですが、この日はしおらしく驚いた顔を見せていました。そう言えば現在のシャガール製作の天井絵にかえた時、それ以前の絵はどこかに保存してあるのだろうか、と思った次第。やはり劇場というのは極めて贅沢な空間であり、そこに必要なのは単に舞台+客席スペースだけでは済まないのだ、という事を痛感しました。ナポレオン3世の建物の贅沢さ。外から見たバスティーユ広場に面した、現在のオペラハウスの余りに簡素な作りと極めて対象的です。

オペラ座の天井を飾るシャガール作の絵

いつもの通り困ったのはトイレの位置。思い出せず案内人に尋ねても3階だ、いや2階だと混乱して分からず。最後にもう一度尋ねて分かったのは正面階段左側を登り、扉一つだけ奥側に扉付きのドアがあって、そこには女性用、男性用と表示があるところ。またもう一つ女性専用ですが、そこは廊下側の扉を開けて中に入ってから右側の表示に注意すれば分かります。わざわざこれを書いたのは、トイレではいつも苦労するから。またオペラ座の中で、若い仏人女性からアンケート調査があり、何が好きかとか、他のオペラハウスで気に入った所はどこか等の質問を受けました。

サクレクール寺院にも行きました。昔来たときは平日でしたが今回は日曜でミサをやっていました。オーディオ的ということを超越した美しいハーモニー。残響タップリで、下から音が湧き出るような感じ。と言うか、下とか上とか方向感覚を越えている音。あれは素晴らしいものでした。豊麗に響き、少しだけずれた音。これはローマン・カトリックの魔術。これで多数の信者を引きつけているのだろうと思います。西洋音楽の基となる和声。そのモンマルトルの丘の上で画家や画家くずれ達が集うテルトル広場は、妻は初めてだと言っていましたが、娘は特に喜びました。その位置から見下ろす風景も相変わらず素晴らしいもの。ここの丘の付近からどれだけ多くの画家が育ったことでしょうか。

モンマルトルの丘から眺めおろす階段多き町
千葉のF高





(84)モノローグ    2009.2.28

Chateldonという名前の発泡ミネラル・ウオーターは大層美味しかったことをご報告します。今まで全く知らなかったのですが、これは美味い!太陽王ルイ14世の時代にオーベルニュ地方で発見されたことを、ホテルのボーイにトクトクと説明されました。ある晩、ものすごく喉が渇いたので、どうやって潤そうかと考えた時にふとワインリストに見つけたのがこのChateldon。うまく表現するのは難しいのですが、喉元を通過する時の例えようもない快感に「これは良い、是非次回も注文する」と決めていました。6ユーロです。白ワインと赤ワインも頼んだのですが、こちらは両方ともホンワカした感触でした。白はシャブリの系列だし、赤はボーイの勧めるチョッと変った味わい、という言に乗ったところ、白ワインはもう少し鋭いはずと思いました。料理はまるで京料理みたいな味わい。

オルセー美術館の4階にあるレストランにも昼食のため入りましたが、味は薄め。その際にもChateldonを発見したので、即注文しました。このレストランは堂々たる装飾で飾られた美しい宮殿風。当日の昼食がトリを煮たものでしたが、もう私は腹一杯だったせいか、あまり食欲が湧かず。オペラ座の近くのレストランにも夕食に飛び込んだのですが、受付の男の愛想がよかった反面、メニューが限られていました。結局はサーモンを注文しましたが、やはり味は薄め。この店は牡蠣を売り物にしているようでした。

帰国便を待つシャルルドゴール空港では若い仏人男性のアンケートがあり、何ユーロ使ったか、どこへ行ったか等の質問あり。今回パリ市民の対応は実に親切だったし、冷たいパリ市民という固定観念も修正を要するかも知れないと思いました。少なくとも映画「ある雨の朝パリに死す」とならなかったのは何よりでした。実際疲れていたので、自分の健康を少しだけ気にしていました。妻は買いたかったギャルソン・ウオレット(バスの車掌が持っているような財布)を買うヒマが無かったのが唯一心残りだと漏らしました。満席の飛行機で帰国。娘はまた行きたいと言っています。
千葉のF高





(85)モノローグ    2009.3.1

今年初めにワーグナー協会の季刊パンフレット「リング」が届きましたが、これには2008年に3種類もあった「トリスタンとイゾルデ」上演のうち、一番新しい「トリスタンとイゾルデ」の私自身の上演評が端っこに載っていました。とは申しましても、ホンの数行だけのコラムみたいな記事です。でもこれを書く為に、ワーグナー協会にずっと入ってきました。またメトロポリタン・オペラから送られてくるOpera News誌というのはギルドの配布物ですが、これとのご縁も古い。私はいずれの会員証も、早目にプログラムを貰うとか、入場券が少しだけ割り引かれるというメリットしか使った事はありません。思い出すのはメット・ギルドの方の、私の前の会員番号の人が、NHKのF原さんなんですよ。偶然誤って私の所に配送された郵便物によってそれが分かりました。F原さんも亡くなられて久しい。F原さんは穏やかで、説得力のある音楽批評をされていました。またNHKのイタリア歌劇団招聘を担当していて、自ら仰るには、実は1959年にはマリア・カラスを招聘したそうです。ところが当時カラスは夫君メネギーニから離れてクリスティナ号でアリストートル・オナシスと過ごしていました。カラスの返事は「私には生活の方が大切よ」で、ダメになったそうです。その代わり、1959年にはレナータ・テバルディが招聘を受けました。ヒョっとすると両歌姫がかち合ったかも知れない年でした。F原さんに合掌。
千葉のF高





(86)モノローグ    2009.3.3

「ラインの黄金」を特に選んで、そこからワーグナーの4夜を要する楽劇「ニーベルンクの指輪」を聴こうという人は少ないと思います。それは「ラインの黄金」は男声主導の曲だからです。「ジークフリート」でも同様のことが言えるのですが、男声主導型の曲は嫌われるのです。それはワーグナーの曲を好む人は、そもそも男性が圧倒的に多い。男性の多くは女性が好きだ、という、セクハラと言われそうな理由によってです。「ラインの黄金」のような曲からは、まず女性の聴衆が逃げ出し、男性ばかりが取り残されてしまっているのです。楽劇「ニーベルンクの指輪」の中には華やかな「ワルキューレ」があり、勇ましい「神々のたそがれ」があって人気を集めているのに。なぜかは心理学的な説明を要するでしょうから、色々な方に尋ねてみて下さい。

若い友人Thによれば、「ジークフリート」で延々と男声陣の演唱を聞かされたあとで、第三幕にブリュンヒルデ役の女声を聴かされると、ホッとするのは、ひたすら飽きた頃に女声が登場するから、だそうです。おまけにブリュンヒルデはそこで初めて登場するので、元気一杯!くたびれきったジークフリート役を尻目に、「どうだ、これでもか」とばかり素晴らしく新鮮なソプラノの声を放ちます。なるほど、と思いました。「神々のたそがれ」はブリュンヒルデ役がとびきり魅力的な声をしていれば、どんなに長いソロでも楽しめる。また「ワルキューレ」ですと、女声群が主流を占めますから、どの部分も楽しめるし、それも主役が2人もいるようなものですから(ブリュンヒルデとジークリンデ)、片方が趣味に合わなくても、もう一方でタップリと楽しめます!普通行われているのは、ブリュンヒルデが第一の主役(プリマドンナ)であり、ジークリンデは第2の主役とされます。これは逆だって構わないと私は考えます。

思い出して下さい。英雄ジークフリートはジークリンデから生まれたのだし、ブリュンヒルデが叫ぶように、「ジークフリートは勝利を喜ぶのです!(ジークフリートと言うドイツ語の直訳)」という点。それに対しジークリンデは「ああ聖なる奇跡、どうかジークリンデの陣痛があなたを祝福しますように!」とブリュンヒルデに感謝の言葉を残して、一人森の中に逃げていき、そこで苦しみの中でジークフリートを出産します。ですから全体の中ではジークリンデの役割は素晴らしく大きなものに違いなく、そこに焦点を当てても決して異端ではありません。

ところでヴァルナイがバイロイトでフリッカ役を歌う、というニュースが流れたことがあります。これはヴァルナイの尊敬していたウイーラント・ワーグナーの死によって立ち消えになりました。そしてデッカ社の「神々のたそがれ」録音の際にワルトラウテ役をヴァルナイに打診したそうです(話の順番でなく録音の順番は「神々のたそがれ」の方が「ワルキューレ」の前に行なわれた)。その時、ヴァルナイは代理人と相談したそうですが、結局断ってしまう。「ワルキューレ」録音の時は、ヴァルナイはフリッカを依頼されるが、この時W.ワーグナーは既に亡く、一旦はやる気のあったフリッカを断ってしまう。この辺りはヴァルナイの自伝とカルショウの自伝を読み比べると、双方とも肝心な部分を伏せています。カルショウの本にはフリッカの話しか出ておらず、ワルトラウテの話がありません。逆にヴァルナイの本にはワルトラウテの話しか出ていません。いやはや。

私自身はヴァルナイにはジークリンデ役を割り当てるのが適当と考えます。ジークリンデはブリュンヒルデよりホンの少しだけ音が低いし。ソプラノとしては、ブリュンヒルデ役はもうダメと言われるのに耐えるより、ますます競争心を発揮してジークリンデを中心とした物語を考えた方がトクだ、と思うのです。私だったらその点を堂々と主張しますね。やってやろうじゃないか!と。しかしカルショウはヴァルナイの声はジークリンデ役としても老けすぎだ、と思っていたようです。もちろんニルソンのブリュンヒルデがそれで引っ込むはずありませんから、ますます火花を散らすような凄い2人のプリマドンナの喉の競争を聴く事になったでしょう。ブリュンヒルデには高音という武器が、ジークリンデには声による演技という素晴らしい武器があります!しかし前にも述べたように、この問題はヴァルナイは全く歌わず、レジーヌ・クレスパンをジークリンデにすることで終りました。クレスパンは優しい声のジークリンデとして暖かく包み込んでくれます。

そして「ラインの黄金」ではそのような生臭いソプラノ同士の争いはまだ無く、神々の城の完成を祝福しようとしています。ただここで「祝福」と書きましたが、これは神々が敗北する不安にかられたヴオータンが、ニーベルンク族の攻撃を避けるために建てた城です。「ラインの黄金」は派手さが少ないため、人気も低く、録音にも恵まれておりません。レコード録音はデッカの録音が初めてでしたし、そのあと雨後のタケノコみたいに現れた数多い実況録音群も、この時点では未だ出ておりません。だからデッカ社はフリッカ役に60歳を越えたフラグスタートを起用して、それで売ろうとしたのも宜(ムベ)なるかな、と思います。フラグスタートでなくても何人かは十分に歌えたと思いますが、彼女のフリッカ役にはそれなりの説得力がありました。あの時期、フリッカを歌えそうな他のメゾソプラノを探すと、ジーン・マディラ、リタ・ゴール、またレジーナ・レズニック等々がいますし、またヴァルナイもまた声域が次第に下がっていて、メゾソプラノとしても強いフリッカを歌えたはず。

でもデッカ社の判断は結果的に正しかったと言えます。やはりフラグスタートで始めたという点が重要なのです。今思い返してみるとそう言い切ることが出来ます。「フラグスタートが歌う」という言葉の重み。ワグネリアンは息が長く、一旦そうなったら延々と彼等のアイドルを礼讃し続けますから、年配のファンが多いのです。若い歌手達はキルステン・フラグスタートの名前も声も知らなかった、とカルショウは書いていますが、ギリギリの判断としてカルショウは正しかった。もちろん、1958年の「ラインの黄金」録音当時には、ヴァルナイの声はまだ力強かったのですが、よしんば本人が承諾しても、ヴァルナイという名前では録音計画をデッカ本社が承認しなかった(ワグネリアンにしかヴァルナイは受けなかった)でしょう。但し、ヴァルナイとニルソンは仲良しだったみたいです(「音楽のすすめ」第1章・第42話『ミュージカルの冒険;終えるにあたって』の写真を参照のこと)

もうひとつカルショウ等の判断が正しかったのは、やはり「ラインの黄金」を録音するに当たり用意した物理的仕掛けが大当たりした点。あのサンダーマシンのオドロオドロしい地響き。これが無くては一般の聴衆を引きつけられなかったでしょう。これでヒットチャート上位を楽しむ。初めてのワーグナーのスタジオ録音で、「ラインの黄金」という地味な曲に、聴衆達の耳を引きつけるために、このサンダーマシンの響きは実に有効でした。ここで、オーディオという新しい観点が出てきました。この点は誰しも異議がないでしょう。私自身、「ニーベルンクの指輪」全曲録音のうち、「ラインの黄金」は最後に買った品でした。現在4部作としてはショルティ、フルトヴェングラー2種類、クナッパーツブッシュ2種類、カイルベルト、レヴァイン、ブーレーズの指揮したものを持っております。

ここでレヴァインのものはDVDですから、メットの保守的な演出を楽しめます。演出は保守丸出しですが、巨人族とか「虹の架け橋」の音楽場面の壮大さは楽しめる!またサンダーマシンを叩く瞬間の緊迫感も味わえるし。あれは実演の舞台だったら正しいタイミングで音程を出せるかどうか、ハラハラしなければなりませんが、カルショウのはスタジオ録音故の完成度の高さを味わえる!この「ニーベルンクの指輪」という4夜を要する長大な楽劇の開始部として「ラインの黄金」を楽しむのに、視覚とかオーディオ的響きを意識しない他の方法がありますか?
千葉のF高





(87)モノローグ    2009.3.4

そもそもオペラを演劇に例えるとどうなるでしょうか。モンテヴェルディ等の古いオペラはギリシャ悲劇がモデルになります。逆にプッチーニは近代の新劇です。またヴェルディは歌舞伎に似ています。そしてベルカント・オペラはもっと古い浄瑠璃に、ワーグナーは能に分類できます。モーツアルトは困った存在なんですが、阿国歌舞伎に近いのではないでしょうか。阿国と聞くと柳眉を逆立てる方もおられると思いますが、案外そうなんですよ。モーツアルトに社会常識なんて通用しません。そこは直感と人情と欲望が支配する世界!作り笑いでなく、人間を間近に感じられる世界です。

そしてリヒャルト・シュトラウスは自分の居場所はどこに?、と探しまわっている存在。「サロメ」や「エレクトラ」のような古代世界、「ナクソス島のアリアードネ」のような少しつま先だって歩く能の世界、また「薔薇の騎士」のようなゴージャスだが、本質的にエンターテインメントたる映画音楽に近いもの。これらの間をウロウロしていたのがR.シュトラウスです。その発生時の事を忘れて今は気取っているのが浄瑠璃の世界、つまりベルカント・オペラの世界ですが、私自身はそれが大好き。だから当然その兄弟のようなワーグナーも好きです。

但し、これらの言は典型的な場合を無理にまとめた表現であって、個々にはそれからの大きな離脱があり得ます。またこれは各分野の名手達の、達人としての名技を想定しています。もし不完全な歌手による歌唱だったりしたら、全く成立しません。また一部は性格俳優を想定していますから、上手でなければここの分類は相応しくありません。実際問題として世の中にはここで要求するレベルの歌手達はそれほど多くはありません。殆どの歌手は、歌は歌っているけれど、という程度です。これは余り言いたくないのですが、実際そうです。それを確信するにはカラス(S)の表現(1964年の喉と演技と)や、ティト・ゴッビ(Br)の表現を目にすれば分ります。DVD等で現代では可能になりました。一体誰があれほどの表現ができるでしょうか。私は他の分野ではそういう種類の判断を下せません。ピアノでもヴァイオリンでも。それだけの判断力を養っていないからです。しかしある歌手が上手かどうかの判断は直ぐに可能です。大口を叩きましたがご寛容の程を!

私は音楽学を勉強したことはなく、細部にわたって対位法や和声法を分析するような聴き方をしていません。音楽と言うより、音楽という手段を使って芝居じみた表現を如何に上手くやるか、に関心があります。芝居がかった演奏が好きなんです。だから声が引きつったり、絶叫になったり、時として裏返ったりするのを是認しています。カラスに夢中になるのもそのため。カラスの声がいつも裏返るわけではなく、カラスは世界で最も優れた歌唱を聴かせてくれ、音域において突出し、また感情表現でも飛び切り。例え裏返っても益々素晴らしさを表現してくれる、と期待させるからでしょうか。この「期待させる」というのは重大です。

録音は、音だけでも、昔とは比べ物にならないほど改善されました。昔、海賊盤がどっと市場に出た時、レコード評論家Ty氏は、自分はそういうレコードにはサッパリ興味がない、なんて言い放っていましたが、今は思い直されたかも知れないな、と思います。私自身は実況録音の方がスタジオ録音より遥かに好きですし、その方が生々しいと思います。たとえ失敗した箇所が含まれていても、他の箇所は飛び抜けて素晴らしい、ということがあるからです。聴衆との火を吹くようなやり取り、それは実況だけに現れるものと信じています。ただ、それほど才能の無い歌手がその様に歌おうとすると、何処かに作り物っぽい表現が現れるので注意。カラスだって、気の乗らない録音ではそういう場面が見当たるのですよ。ただ雑音を除くと言っても、そこには価値判断があり、好きか嫌いかもありますから、演奏家だけでなく、技術者の趣味も問題になります。それでも演技力は別ですよね。あれは誰でも判断できます。
千葉のF高





(88)モノローグ    2009.3.5

ワグネリアンと言われる人々は、何か世をすねて、斜めに眺めている所があるんですよ。それがどうしても嫌で我慢ならないと、モーツアルトに走ります。モーツアルトの世界は正直です。モーツアルトの好きな大学時代の友人Tgは私にそう表現しました。米国の友人Cも同様です。両人の違いは、Tgは「素人ほどワーグナーやイタリア・オペラが好きなんて言う」、という言葉をまだ若い(18歳)のぼせ上がった私にぶつけ、私はイライラしましたが、もう昔の物語。対してCはワーグナーの音符が多過ぎることを指摘しましたが、イタリア・オペラに関しては賢明にも何も言いませんでした。

Tgは大学生協でたまたま掛っていたベートーベンの第7番の交響曲を聴いて、ああいいなあ、あれいいだろう?と私を見つめたものです。当時の私にはベートーベンはまだ遠い存在でしたし、「良く分からないけれど」とのみ答えたのです。もう一度若くなれたら、今度はモーツアルトや、いろいろ音楽を楽しめるのになあ、と思います。しかし若さというのは年寄りから見ればまだ無分別に思えても、その時は本人は大真面目に信じているのですから、例え敬して遠ざけても、尊重する余裕は欲しいですね。当時、私はワーグナー「トリスタンとイゾルデ」や同「ニュルンベルクの名歌手」を聴いたばかりで、ボーツとしている時でした。そしてベートーベンの凄さにまだ気づかない頃でした。

当時私のステレオ装置は貧弱な日本ビクター製の一体型でした。そしてそれで聴くオットー・クレンペラー指揮の「神々のたそがれ」の管弦楽パートには不思議な引力がありました。繰り返し繰り返し聴いて、ますます素敵に聴こえたのです。今ではそのクレンペラーの音楽はやや遅いかな、と思っております。かつて感激しただけに簡単には引導は渡せないのですが、やや遅い。また彼がアニア・シーリア(S)をブリュンヒルデ役とする「ワルキューレ」の録音を開始したと聞き、期待しましたが、実際にはその録音は中断されてしまいました。出来上がった部分だけを聴いても、私の耳にはシーリアの声とクレンペラーの音楽の組み合せが、どうもしっくり来なくなりました。まだ結論は出せません。もう一度、クレンペラーの録音したモーツアルト等のオペラや交響曲群を、時代を追って再確認してから判断したいと思います。
千葉のF高





(89)モノローグ    2009.3.7

「ラインの黄金」の舞台を観てきました。2009年3月7日の国立劇場のマチネー公演。抽象的な演出でした。指揮はダン・エッテインガー、東京フィルハーモニー管弦楽団、ヴォータン役はユッカ・ラジライネン、フリッカ役はエレナ・ツイトコーワ、フライア役は蔵野蘭子、エルダ役はシモーネ・シュローダー、ドンナー役は稲垣俊也、フロー役は永田峰雄、ローゲ役はトマス・ズンネガルド、巨人族ファーゾルト役は長谷川顯、巨人族ファフナー役は妻屋秀和、アルベリヒ役はユルゲン・リン、ミーメ役は高橋淳というキャスト。指揮者はイスラエル生まれと書いてありましたが、現国籍はどうでしょうか。イスラエルだったらワーグナーの、しかも「リング」の指揮は禁じられていますが。今日は3階中央の前から2列目。よく見えました。周囲に女性が目立ちましたが、若いのから中年まで。そのかわり1階席を覗き込んだらやはり白髪の紳士達が多い。偶然ですがエレベータの中で、元●委員のO大学のS田名誉教授の姿を認めました。

「静かに始まる曲だから静かにして下さい」という注意書きが配られましたが、指揮者の入場等にも気づかないまま、まるでワーグナーの「パルシファル」のごとく、無音から音が立ち上がりました。但し始めの場面の「ライン河の乙女達」は、演技も何もかも少し玩具っぽい感じ。そこにやって来たニーベルンク族のアルベリヒがラインの乙女達に弄れた挙げ句に、真には相手にされず、それが原因で愛を断念してでも、黄金を奪うことを誓ってしまう(「ラインの黄金」から作った指輪は、ただ愛を断念した者だけが手に入れられる)。巨人達がせっせと働いてワルハラ城を完成させ、その対価として美の女神フライアを要求しますが、ヴオータンはグズグズして動かず。大体フライアを失えば、(フライアがリンゴの栽培をしていましたから)神々の食料が絶えますから困った事態に陥る(神々と言えども一日一個のリンゴを食べなければ死ぬ)。それではと、フライアの代わりに黄金を要求する巨人族の兄弟。そこでヴオータンは火の神ローゲを伴ってニーベルンク族の住む地下のニーベルハイムへ行って黄金を手に入れようとします。

アルベリヒは凄まじく、地下王国ニーベルハイムで鉱夫達を強く叱咤して金を採鉱させますが、鉱夫が挙げる悲鳴はやや大人しい。あれはショルティ盤のような子供を使った方が良いかも知れません。しかしアルベリヒが愛を断念し、恨みを持って地下に戻る時の仕草は、ぞっとする程の凄まじい「去勢」でした。何もかも諦め、ただ強大な権力だけを欲した者の望むもの。また音楽的にも、ニーベルハイムの場面はワサビが効いています。ダラダラしていない。
千葉のF高





(90)モノローグ    2009.3.8

昨日の公演で気がついた点をひとつ。舞台の上のセット壁面に数式や記号が一杯書き散らされていましたが、あれ、いわゆる何でも解ける「宇宙方程式」ですね。昔大学に居た頃の話ですが、さる外部の方が「世界最高宇宙●○研究所教授・所長」と書いた名刺を抱えて研究室に時々現れたのです。それをうるさがった者は、来た気配を感じるとさりげなく姿を消すとか、普段開けっ放しのトビラを閉めてしまう等の防護策を取っていました。大学の仲間達は面倒なことは全て「宇宙方程式」で解けば良い、とうそぶいて。この演出家も考えた挙げ句に「宇宙方程式」を書き散らしたものと思われます。

フリッカの演唱ぶりは際立って優れたものでした。しかもフラグスタートを思わせる音色(昔聴いたロシアのエレーナ・オブラスツオワにも似てましたが、ここでのフリッカ役エレナ・ツイトコーワもロシア人)。本当に上手い。またヴオータンがアルベリヒから奪った「ラインの黄金」で作った「指輪」、その処分について、突然舞台全体を支える大舞台の外側にある壁が開いて、智の女神エルダが現れ、トクトクとヴオータンを諭す場面。あれも素晴らしく印象的でした。最後に真打ち登場、という感じ。あれだったらヴァルナイに相応しい。デッカ社の「ラインの黄金」録音段階では、フリッカ候補としてフラグスタートしかおらず、女性歌手は万人がフラグスタートの名前にひれ伏してましたから、何も問題は起きなかったと思います。当時ヴァルナイの声は充分高音が出ましたが、彼女は低音も得意です。この段階からヴァルナイを取り込んでおけば良かったのに、と過ぎた過去をいとおしんでおります。後で出てくるビルギット・ニルソンのブリュンヒルデ役や、レジーヌ・クレスパンのジークリンデ役を含め、史上最高キャスティングによる「ニーベルンクの指輪」が出来たのに、と惜しく思っている次第。この「最後に真打ち登場」のアイデアも夢となりました。

あとはヴォータン役のユッカ・ラジライネンの声が今イチ。主役なのでもう少し何とかならないか。その代わり女性陣は合格。アルベリヒと、ローゲ、ミーメも合格。

最後に演出について。これも普段は私があまり好意を寄せていない、「おもちゃ箱をひっくり返したような演出」に属するものでしたが、あまり抵抗は無く、キビキビと進められていました(演奏は2時間半ぶっ通しで休憩なし)。実際「ラインの黄金」という曲を見直しました。実に筋の運びも分かり易く、変化に富み、中味の濃い曲です。始まりに黄金色の光りだけが一点から放散されるのを見ましたが、真っ暗な中で黄金の光のもつ意味が分かったような気がします。あの暗さは、明かりという明かりを全て消したように思えましたがどうでしょうか。そして終幕に向かい、雷神ドンナーの叫びHe da He da He do!と叫んだあと打ちおろすハンマーで霧が晴れ、はっとするような次の光景に変ったのですが、あれも素晴らしい変貌でした。この時、ドンナー役は真正面に向かって歌いましたが、少しだけ声が大き過ぎるのでは、と思いました。しかも声の回りにチョッとエコーが付きまとったような響き。要するにエレキっぽいのです。本当のことは分かりませんが、私はどこにも注釈を見つけることが出来ませんでした。

最後のシーンでは歌手達は着替えており、その扮装は何か玩具みたいでしたが、それはそれ。空から色とりどりの風船が降りしきる中で、ヴォータンがフリッカと共に進むのです。其の先には、背景の舞台全面と平行だった平な平面が中央からざっくり割れ、それが左右に裂けました。向こうにあるワルハラ城に向かう神々。この最後の場面に私はビックリしました。なぜなら1951年のウィーランド・ワーグナーの演出そのものだったから。本当に最後の、最後の場面!ウィーランドへの回帰でしょうか。私は鼻水をかむためのティッシュペーパーを、暗闇の中で探しました。見て本当に良かった!
千葉のF高












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