(103)モノローグ    2009.7.2

建築様式で、屋根の形に「帝冠様式」と呼ばれるものがある。第2次世界大戦以前にあったコンペで、審査員達の覚えが特に目出たかったのがこれである。そのうち、「必ず帝冠様式にしなければならない」と言われる時代が来て、未だにその様式が残されている。上野の国立博物館がその典型である。飾りのような屋根が付いている。名古屋市の中心街にあるお役所の建物もそれにあたるし、探せばあちこちに。古くは宇治の平等院の建て方もこれに準じると思う。最も日本的と呼ばれる型式である。ただし、左右対称というだけでは「帝冠」とは呼ばない。対称型のものは宮崎県庁が典型的であり、国会議事堂もそれに準じる。いずれも建物全体の構造が左右対称で、中央に塔がある。実はスターリンが好んだと言われる型式に似ている。この「スターリン様式」は東欧諸国等に多いが、ある町で最も美しい場所はどこか、という問いに対し、スターリン様式の建物屋上から見える景色は皆美しい、というジョークがある(そこからスターリン様式は見えない)。
千葉のF高






(104)モノローグ    2009.7.2続き

辻井伸行のピアノ演奏がNHKの人物紹介で聴くことができた。そこではドルトムントでの演奏会の映像も紹介された。あまり広い会場でなかったし、ドイツの聴衆は、米国と違ってイヤだったら出て行くわ、と答える人々だから、本人も心配だったに違いない。ハンカチで鍵盤を拭う等なかなか鍵盤に触れなくてヤキモキさせたが、最初の曲はショパンの「エチュード1番」!僕自身が好きな曲。それから色々曲を拾い、最後のアンコールではショパンの子守歌というプログラム。やはり当初僕が思ったとおり、エチュードのようなキラキラした曲が最も座りが良かった。「子守歌」はよく分からない。NHKスタジオからは2曲演奏された。指揮者の指示に従わなければならない協奏曲はどうするんだろう、とフト思った。指揮者の音楽を予め予想して弾くのだろうか、それともその場の音楽のノリを信じて弾くのだろうか。色々とこれから大変だが、ぜひ頑張って下さい。遅い曲では、タッチがやや甘いかもしれないが、これは僕の聴き方が悪いのだろうか。
千葉のF高






(105)モノローグ    2009.7.4

先日辻井伸行の批評でジェームズ・コンロンのことに触れたら、さっそくこの7月号のOpera News誌でコンロンが取り上げられていた。現在ロスアンゼルス・オペラの音楽監督だという。そして「ワルキューレ」を指揮したばかりだと言う。なるほど「トスカ」
(音楽のすすめ第1章第23話「トスカの苦痛」)や「3部作」だけの指揮者じゃなかった。
千葉のF高






(106)モノローグ    2009.7.7

先月6日にはNHK音楽探偵物番組で千住真理子のフランクのヴアイオリン・ソナタを聴いた。実際驚く程滑らかな演奏だったと思う。フランク好きの私にとって、これは拾いものだった。そのもう1日前の黒柳徹子の番組で神尾真由子のパガニーニ等の紹介を聴く。この逸材はもう少しじっくり聴きこみたいと思う。11月にサントリーホールでヴィヴァルディの四季をやるそうだ。最近のインターネットで調べたら、神尾だけでなく、五嶋龍の同曲(フランク)CDも宣伝になっている。今やブームか。神尾はタッチが強く、ボウイングが強烈だからちょっと聴いただけで、その特別な音色が耳を捉える。ちょっと昔まで、彼女は昔のチョン・キョンファみたいかと思ったが、念のため1970年録音のキョンファのチャイコフスキーを聴いてみたら、どうしてどうして。キョンファの方がずっとエレガントだった。神尾のは「烈女」の弾くヴァイオリンだと思った。
千葉のF高







(107)モノローグ    2009.7.18

今年も大学時代の友人達が集まってくれた。今回の初参加はA新聞にいたJ君だが、彼の書いたDstに対し、日本の伝統的な部分からは早速異論が聞こえてきたとのこと。私がロシアのL学説みたいなものか、と聞いたらそれもあるという返事。集まったのは他にはC大学を今春退官したSI夫妻、T大学を数年前に退官したYH夫妻、独立行政法人Bの理事長のYO夫妻、そして私と妻。SIの退官記念パーティと銘打ったもの。昼ご飯に約2時間半を掛けて楽しみ、あと居間に移ってCDを聴く。私が真空管に凝っていることは周知で、スペア管をどうやって確保しているか等の問い合わせあり。

カザルスの旧録音をCDに焼き直したバッハのトッカータ・ハ長調、続けてカザルスのフォーレ「夢のあとで」を掛けた。また神尾真由子の弾くヴァイオリンで、チャイコフスキー「カルメン幻想曲」を掛け、これは個性的だろうと紹介。そしてフランクのヴァイオリン・ソナタをまずグリュミオーで掛け、同じ所をデュメイで掛けて両者を比較したところ、確かに随分違うな、という批評が返ってきた。ヴァイオリンはボウイングひとつでこうも違いが出るが、こういうのを聴き取っていると、幾らでも時間が要るな、との評。そこで私が蛮勇を奮ってショパンの「エチュード1番」を弾いてみせ、その後、実はこれを目指しているんだ、とポリーニ盤を掛けたら、スピードが違う、迫力が違うと散々。
千葉のF高






(108)モノローグ    2009.7.26

今秋国立劇場でやるシェークスピア「ヘンリー6世」の切符がとれた。妻は電話を掛け続けたが、繋がらず。そのうちインターネットに切り替えて入手した。3部作なので普通なら3晩かけて上演するが、我々はこれを2ツに分解して、土曜に第1部と第2部を観、翌日の日曜日に第3部を観る形。今はチケットが無事入手できてボーッとしている所。皆様は音楽会のチケット入手ではどのようなご苦労をされているのでしょうか?とにかく、11月には長年の夢が叶う。
千葉のF高



昨日1.ベルリンの雨−その2      2009.7.17入力



1984年5月6日(西ベルリン)

4時半ごろから目が覚め、8時に朝食に行く。あの愛想のいい女の子がコーヒーかお茶かときく。紅茶にする。トーストの薄いのを3枚、ライパンを1枚とチーズ、ゆで卵、レバーペースト、ジャム2種(苺は大変美味しいがマーマレードは駄目)、オレンジジュース、キュウリ。女の子に、ベルリン・ドイツ・オペラのBox Officeは14:00で閉まってしまったので昨日は切符が買えなかったと告げたら、言うのを忘れていて済みませんと謝まられた。

Uhrland Strasseより9番のバスに乗り、Opera近くで降りるつもりが行き過ぎてシャルロッテンブルクへ行く。どうせだから宮殿内に入って見物。本物の宮殿を初めて見たが、やがてうんざりしてしまう。金色の部屋、銀色の部屋と、ともかくまあ。フラッシュを焚かなければ写真撮影可という。Operaへ行って「ドン・ジョバンニ」の切符を買う。かなり空いているようである。ピラール・ローレンガーが出るのに。今晩の「さまよえるオランダ人」も空いているが、さすがに発表の前夜だから自重してやめた。12日の晩がsold outだったが何だろう。そのままICCXへ行き、登録を済ませてしまう。スライドの引き渡しはまだなので16時頃来いという。ずしんと重いコンパクトを受け取る。これでコンパクトか、と言ったら笑っていた。一旦Zoologischer Gartenまで戻り、バーガーキングでFischkingとJumboとコーラの大カップを流し込んだ。

天気が悪いのを気にしながらペンジオンに戻り、レインコートを着てからU-barn(地下鉄)でティアガルテンへ。プロシア戦争の戦勝記念塔へ登る。まるで自由の女神のらせん階段だ。そして遠くのブランデンブルク門を目指してJuni 7通りを歩く。芝生でトルコ人家族達が何組もシュシュカバブのバーベキューをやっている。まるでニューヨーク。ものすごく遠いので足が痛い。しかしベルリンは大きな都会だ。そして、この中心にティアガルテンのような巨大公園がある。

旧帝国議会をそばで見ると、何とも凄い威圧感がある。岩石の塊。ローマの巨大趣味とプロイセンのゴツゴツしたところが合わさっている。確かにドイツは世界に冠たるドイツだったんだろうな、と思ってしまう。ブランデンブルク門と「壁」を間近かに見た帰途、雨がひどく降り出す。バス停に屋根があるのを幸い、そこでフィルムの交換をしようとしてはっとする。全くフィルムが巻き取られていない。今日さんざん歩いてくたびれて撮ったものが全部ダメか。ブツブツ言いながら雨の中を傘無しで、レインコートでカメラをかばいながら再びブランデンブルク門に戻り、新しいフィルムで撮り直し。帝国議会もやり直し。これで駄目ならもういいや、という気分になる。

4時にICCXに戻るため新しいルートのバスを探し出して直通で行く。69番線である。アメリカ人にICCXはここで降りて良いのか、と尋ねられたので、丁寧に入口まで案内。ああ英語だと楽だ。ドイツ語の洪水の中で口数が少なくなっていたのが、英語に接して急におしゃべりしたくなる。見知らぬ人にこんなに話しかけて良いものやら。でもアメリカならそういうところだよね。朝会った男に、スライドを持って来たことを告げると20号ザールへ行けと言う。プルマン・レストランの所だという。

スライドは試写後にそのまま保管された。これで安心。5時ごろICCXを出て92番線バスでUhrland Strasseまで戻る。米国のYYY機構のBo氏も来ているはずだが見つからなかった。オイローパ・ツェンターへ初めて入り、日曜のため閉まっている店のウィンドウを見て回る。バーガーキングへ行きビールを飲む。咽が乾いて仕方が無いのだ。足が痛い。ここ毎日何kmも歩いているもの。筋肉に炎症でも起こさないように明日からは、バスをもっと利用しよう。

明日の準備を整え、衣装を決め、髪をシャンプー、ドライヤーでセット、ハンカチから靴下、ネクタイ・ピン、ポケット・チーフまで全て選び出す。シャツはフランスの新品、靴も換える。洗濯物を干したあと、9時10分だけれどもう寝よう。明日うまく行きますように。













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